九州 (中国)

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春秋時代の中国

九州(きゅうしゅう)とは中国全域の総称。古代、中国全土を九州に分けたことに由来する雅称のひとつである。中国では天下世界全体の意味で用いられる場合もある。

目次

[編集] 周代以前

代以前は中国全土を9つの州に分けて、地域単位として用いていた。この九州の対象には異説があり、

  • 尚書(=書経)』の夏書・禹貢による九州は、冀州兗州青州徐州揚州荊州豫州梁州雍州を指した。
  • 爾雅』による九州は、冀州、豫州、雍州、荊州、揚州、兗州、徐州、幽州、営州を指した。
  • 周礼』の職方氏による九州は、揚州、荊州、豫州、青州、兗州、雍州、幽州、冀州、并州を指した。
  • また尚書における十二州は、禹貢による九州に幽州、并州、営州の3つを加えたものとされる。

[編集] 漢代以降

前漢の武帝紀元前106年に全国に13州を設置したことにより、九州は具体的な9つの州ではなく、中国全土の雅称として使用されるようになった。

新羅でも第31代の神文王687年には九州制を布いている。

代に王維阿倍仲麻呂を日本に見送るときに作った漢詩、『送秘書晁監還日本国』に「九州何処遠」という句があるが、この「九州」も日本の九州地方ではなく「世界」という意味である(この時代は、日本の九州地方は「筑紫島」と呼ばれていた)。

日本でも保元の乱直後に出された保元新制1156年)の第一条の冒頭に「九州之地者一人之有也」という一文が掲げられたが、これも中国の例にならって国土全体の雅称として用いられたもので、日本の国土全体は公領・私領(荘園)を問わず全て天皇治天の君)の治める土地であるという意味である。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

最終更新 2009年8月5日 (水) 13:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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