乾浩明
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いぬい ひろあき
乾 浩明 |
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| プロフィール | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1938年11月2日(71歳) |
| 最終学歴 | 関西学院大学 |
| 所属事務所 | フリー |
| 職歴 | 元朝日放送アナウンサー、アナウンス部長、ラジオ局長、テレビ制作局長 元ホテルプラザ代表取締役社長 元ABCリブラ代表取締役社長 |
| 活動期間 | 1962年~ |
| ジャンル | 情報・バラエティ番組 |
| 出演番組・活動 | |
| 現在 | 新・赤かぶ検事奮戦記 |
| 過去 | ワイドショー・プラスα 世界一周双六ゲーム |
乾 浩明(いぬい ひろあき、1938年11月2日 - )は、日本のアナウンサー、実業家。大阪府大阪市阿倍野区出身。2007年6月までABCリブラの代表取締役社長を務めていたが、退任後現在はフリーアナウンサー。現在は奈良県北葛城郡王寺町に在住。
目次 |
[編集] 来歴・人物
大阪府立阿倍野高等学校、関西学院大学を卒業後、1962年、朝日放送(ABC)にアナウンサーとして入社。数々のテレビ番組・ラジオ番組等を担当した。
その後、アナウンス部長、ラジオ局長、テレビ制作局長などの管理職を歴任した後、役員待遇となり1997年にABCの関連会社であったホテルプラザへ出向をし、代表取締役社長となった。同ホテルが1999年3月に廃業した際は、社長として従業員の再就職先探しに尽力した。その後、同じく関連会社・ABCリブラの代表取締役社長に就任。社長業の傍ら、『土曜ワイド劇場』の自社製作シリーズ作品『新・赤かぶ検事奮戦記』や『京都の芸者弁護士事件簿』でナレーションを担当し、また2003年に死去した漫才師・夢路いとしの追悼番組では、久々に司会を務めた。
2007年6月末にABCリブラの代表取締役社長を退任、同時に46年間勤務した朝日放送を退社した。
[編集] エピソード
標準語が求められるアナウンサーの世界において、生まれ育った大阪弁で喋ることを武器に、バラエティ番組や演芸番組の司会を数多く担当した。そのためお笑いタレントと間違われることもあったが、様々な番組で活躍し、また奔放な司会が視聴者からの支持を集めた。
スタジオや会場を盛り上げ、かつ自ら進行する技術には定評があった。ABC主催のお笑いコンクールで司会を務めた時、審査の合間に岩崎良美がゲスト歌手として登場したが、岩崎の歌が終わっても声援を止めない親衛隊に対し、「もう、ええかぁ?」とリラックスした口調の大阪弁で静止を求めると、声援はピタッと止まったというエピソードがある。
他にも同局制作で関西ローカルから全国ネットにまでなったクイズ番組「世界一周双六ゲーム」での素人解答者への情け容赦ないツッコミや、強引ながらも解答者を応援する司会進行ぶりは当時の視聴者の間で伝説になり、一躍人気も全国区となった。
また、ラジオ番組の担当中にも関わらず白のエナメルの靴を履くなど、ファッションにおいても個性があり、かつての部下である宮根誠司(現在はフリー)曰く、局内では「エナメルの乾、ベルベットの道上(洋三)」と言われた。
ニュース原稿も滅多なことが無い限り読まなかったため、芸能畑がほとんどであった。そういった意味で、この路線は宮根や三代澤康司(現在はアナウンス部担当部長)が受け継いでいるといえる。
[編集] 過去の出演番組
[編集] テレビ
- ワイドショー・プラスα
- 世界一周双六ゲーム(司会)
- わいわいサタデー
- 乾・鶴瓶の電話でドン!
- ホリデーワイド
- 霊感ヤマカン第六感
- 新・赤かぶ検事奮戦記(ナレーションを担当)
[編集] ラジオ
- 東芝ワイドワイドサンデー
- ABCヤングリクエスト
- ポップ対歌謡曲
- 歌謡曲ぶっつけ本番 ほか
[編集] 関連人物
[編集] ABC時代
- 上司
- 後輩
- 部下
[編集] タレント
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