井上陽水

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井上陽水
基本情報
出生名 井上陽水
出生 1948年8月30日(61歳)
血液型 AB型
学歴 福岡県立西田川高等学校卒業
出身地 日本, 福岡県
ジャンル フォークソング
ニューミュージック
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ギターボーカル
活動期間 1969年 -
レーベル CBSソニー
(1969年 - 1970年)
ポリドール・レコード
(1972年 - 1975年)
フォーライフ
(1975年 - )
共同作業者 多賀英典
星勝
奥田民生
影響 ビートルズ
ボブ・ディラン
ミッシェル・ポルナレフ
公式サイト Yosui Inoue official site
  

井上 陽水(いのうえ ようすい、1948年8月30日 - )は、日本シンガーソングライター血液型AB型。身長178cm。

目次

[編集] 人物

福岡県嘉穂郡幸袋町(現・飯塚市幸袋地区)出身。本名は井上陽水と書いて「いのうえ あきみ」と読む。1970年代には吉田拓郎と双璧をなし、フォークソング界あるいはニューミュージック界を牽引した。1973年発売のアルバム氷の世界』は、アルバムとして日本市場で初のミリオンセラーを記録する。その後も1984年のアルバム『9.5カラット』が売り上げ100万枚、1999年ベストアルバムGOLDEN BEST』は売り上げ200万枚を達成するなど、長いキャリアを通して高い人気を維持し、日本ポピュラーミュージック界の最重要人物の一人として活躍し続けている。

フランスミッシェル・ポルナレフに強い影響を受けており[要出典]、ポルナレフを真似てモジャモジャの長いカーリーヘアーをし、決してサングラスを取らないというスタイルを1970年代は通した。また、特徴の強い、極めて芸術性の高い歌詞と一聴しただけでそれとわかる独特の歌い方でも知られている。1976年ごろまで、歌詞若者特有の繊細でセンチメンタルなものが多いと同時に、エキセントリックかつシュールな作風も多く、同時代の他のアーティストと一線を画した。また高く細い声を絞り出すような独自の歌い方が特徴的である。歌詞は言葉の響きを重視したものが多く、独特の発音で甘く歌う。

デビュー前からビートルズの熱狂的なファンである。コンサートテレビ番組の中でしばしばビートルズの作品を歌うほか、ビートルズの影響は楽曲の随所に見られる。

2人目のである石川セリとの間に一男二女がおり、長女は作詞家・歌手の依布サラサである。

[編集] 経歴

[編集] デビュー前

陽水の父、井上若水は福岡県の歯科医であり、元は軍医でもあった。1948年に福岡県嘉穂郡幸袋町目尾(現飯塚市)で生まれた陽水は若水の長男にして唯一の男子であり(ほかに姉1人、妹1人がいる)、家業を継いで歯科医になることを期待されていた。なお、五木寛之などにより、陽水と幸徳秋水に血縁があるとの説が唱えられたことがあるが、真相は不明である。

1953年、福岡県田川郡糸田町に引っ越す。以来、デビュー時の上京まで約15年間を糸田町で過ごす。糸田小学校、糸田中学校、西田川高校と進学する。 糸田小学校時代に陽水の大好きだった大きな瞳の月森先生の為に町内会の「のど自慢大会」で合格の鐘を鳴らした事がある。同時に宿題を忘れたことを帳消しにしてもらっている。また、糸田中学時代にFMラジオを聴こうとしてFMアンテナを設置する際、自宅の屋根から隣の友人宅の庭先に転落した事もある。しかし無傷だったらしい。 西田川高校時代に所属していた「弓道部」では男性用の弓ではなく女性用を使っていたとのこと。

1963年ラジオで知ったビートルズに熱中する。1966年前後に、はじめて歌を作る。この歌は当時付き合っていた女の子を歌ったもので、ごく短く、題名もついていないが、デビュー後にはコンサートでときおり歌われることになる。1967年九州歯科大学を受験するも失敗し、予備校に通い始める。この年は小倉育英館に通ったが、翌年には九州英数学舘に変える。浪人時代も音楽に熱中していた。このころ「帰って来たヨッパライ」(ザ・フォーク・クルセダーズ)を聞いて、「これなら自分にもできる」と思ったのが、のちに歌手を目指すきっかけになったという。1968年、再度の受験にも失敗する。1969年、3度目の受験に失敗[1]し、大学進学を諦めて歌手を志す。この大学受験での挫折経験は陽水のその後の人生に大きな「肥やし」となる。

[編集] アンドレ・カンドレ時代

1969年6月に生活の本拠を東京に移すが、しばらくは転々と居所を変えていたらしい。

同年、RKB毎日放送ラジオ番組スマッシュ!!11」が放送開始される。この番組には視聴者が作った音楽を流すコーナーがあり、それを知った陽水は「カンドレ・マンドレ」を自宅録音し、4月16日、テープをRKB毎日に持ち込む。このとき陽水は「マンドレ」という芸名を考えていたが、「スマッシュ!!11」のディレクターの野見山実が難色を示し、芸名は「アンドレ・カンドレ」に決まる。「カンドレ・マンドレ」は「スマッシュ!!11」で放送され、数多くのリクエストを受ける。ただしリクエストのかなり多くは、陽水が友人にはがきを配って頼んだためのものだったという。

この(仕組まれた)反響から、「カンドレ・マンドレ」は東京で改めてレコーディングされ、同年9月1日、CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)からアンドレ・カンドレのデビューシングルとして発売される。演奏は六文銭、編曲は小室等が担当した。陽水は「カンドレ・マンドレ」のヒットを確信していたが、実際にはほとんど注目されず、続く「ビューティフル・ワンダフル・バーズ」も、松山猛加藤和彦から楽曲提供を受けた「花にさえ、鳥にさえ」(1970年)も不振に終わる。

こうしたプロデビューの経緯から陽水自身が「僕はアマチュア経験がない」と話すように、本格的な音楽・創作活動の始まりはプロデビュー後となる[2]。この時代にデビューしたフォーク系シンガーで、アマチュアとしてほとんどライブ活動を経験してないミュージシャンは稀である。作詞法で最も影響を受けたというボブ・ディランを知ったのも小室等からという[3]

シングル3枚でアンドレ・カンドレの活動は終わることになるが、これらの作品では、以後にない、無理をしない甘い歌唱が聞ける。またジャケット写真にはいずれもサングラスをかけ、はなでつけて写っている。

この時期に知り合った小室等、安田裕美(六文銭のギタリスト)、星勝(モップスのギタリスト)、RCサクセション忌野清志郎などとは以後長く深い交際になる。特に小室等からは、以後のヒットに恵まれるまでの間にさまざまな形で援助を受け、また清志郎とは「帰れない二人」「待ちぼうけ」などを共作する。

[編集] ポリドール時代

1971年ポリドール・レコードのディレクター多賀英典に誘われて移籍し、初のアルバム『断絶』のレコーディングを始める。このとき来生たかおフォークギターで参加している。このアルバムの製作開始に合わせて名前を変えることになり、マネジメントの指揮を執った奥田義行が本名を聞くと「井上アキミ」というので、どんな字かと思ったら「陽水-ようすい」と書くという。奥田は吉田拓郎を意識し、「拓郎がこの二文字で若者にインパクトを与えている。だったら下の名前の「陽水」の2文字で対抗、強調していこう」と戦略を立てた[4]

1972年、芸名を井上陽水(ようすい)と改めて、シングル「人生が二度あれば」で再デビューを果たす。ここで陽水は歌唱に嗚咽を交えるなど、感傷を強調しており、『氷の世界』(後述)までの作品は同様の作風で貫かれることになる。また「人生が二度あれば」を編曲した星勝は、以後しばらく、陽水の作品の大部分を編曲することになる。5月に『断絶』がリリースされると、『断絶』に収録された「傘がない」は富澤一誠などの批評家に注目される。翌1973年3月のシングル「夢の中へ」が初のヒット作(オリコン17位、以下売り上げ順位はすべてオリコン)となり、同年7月には初のライブアルバム『もどり道』がリリースされるに至る。人気上昇の切り口となった「夢の中へ」は、自身が「みんなで歌えるように作った」とコメントしているとおり、単純で明るく、親しみやすい曲である。

同年12月のアルバム『氷の世界』が陽水をトップスターの座に押し上げることになる。『氷の世界』はリリース直後から1年半にわたってチャート1位を争い続けるなどした結果、1975年に、アルバムとしては日本初のミリオンセラーとなる。1974年のアルバム『二色の独楽』も10週連続1位を獲得する。これらのことによって、陽水は「フォークの帝王」と呼ばれるに至る[5]1980年代1990年代にも人気のピークがある(後述)が、陽水がポピュラー音楽の世界でもっとも重い位置を占めていたのはこの時期である。それはチャートの順位によっても明らかな上、以後のベストアルバムに収録される頻度、カバーされる頻度がこの時期の作品が特に高いことなどにも現れている。

『氷の世界』の影響で以前の作品が注目され、「人生が二度あれば」「愛は君」「傘がない」「つめたい部屋の世界地図」「東へ西へ」「夜のバス」「夏まつり」「神無月にかこまれて」「紙飛行機」「能古島の片想い」などが人気を博する。これらの作品は四畳半フォークに通じる叙情的な色合いを持っている。また「東へ西へ」などには超現実主義的な歌詞がすでに現れている。これについて陽水は「ボブ・ディランの影響を受けた」と語っている。さらに「たいくつ」「自己嫌悪」など内省的な作品が多いこともこの時期の大きな特徴である。ただし『二色の独楽』はロサンゼルスでレコーディングされ、演奏にジャック・ニッチェやジーン・ペイジを迎えたものであり、サウンドが『氷の世界』以前のフォーキーな作風から一転してロック色を帯びている。

以後の「癖毛にサングラス」というイメージは、1974年前後から始まったものと思われる。陽水はポリドール時代には一度もテレビに出演せず(理由は諸説あり)、外見が一般の目に触れる機会はレコードのジャケット写真がもっとも多くを占めていた。シングル「人生が二度あれば」から『氷の世界』までのジャケットでは、髪型がアフロヘアー、サングラスはなしで写っている。しかし『氷の世界』のインナースリーブにある写真の一枚ではサングラスをかけており、サングラスなしの写真は1975年のシングル「御免」を最後に見られなくなる(のちに著書『綺麗ごと』のために撮られたものなど少数の例外がある)。

1974年1月17日熊本県出身の女性[6]と結婚する。同年のシングル「闇夜の国から」はこの結婚を意識した作品とされている。

1975年、陽水・吉田拓郎泉谷しげる小室等が中心となって、フォーライフ・レコードを発起する。また、後に結婚する石川セリと出会う。

[編集] フォーライフ時代〜第二次陽水ブームまで

1976年2月、離婚する。2年余りの短い結婚生活だった。同年にフォーライフからリリースした『招待状のないショー』は9週連続1位を獲得する。1977年、石川セリのアルバム『気まぐれ』に「ダンスはうまく踊れない」ほか2曲を提供する。「ダンスはうまく踊れない」は、陽水の部屋に遊びに来たセリの目の前で30分ほどで作られたという。同年9月10日大麻所持容疑で逮捕され、「自分は酒が飲めないので、くつろぐためにマリファナを吸った」と自供した。9月22日に保釈され、10月11日には懲役8か月、執行猶予2年の判決を受ける。この事件がきっかけとなってか、その後急速に人気を失い、シングル「青い闇の警告」は100位、「ミスコンテスト」はチャートインしないというセールス不振に陥る。 ちなみに、この「青い闇の警告」と「ミスコンテスト」は獄中で作られた曲であり、「青い闇の警告」にある『今の住所はここで、固い扉が守り』とは牢獄の事を意味し、「ミスコンテスト」にある『頼りなさそうな司会者が叫ぶ』とは公判での裁判官の事を意味しているらしい。なお、このころから陽水の作風が変化しており、特徴であったセンチメンタルな曲が影を潜めている。

1978年8月30日、30歳の誕生日に石川セリと結婚し、同年12月16日には長男が産まれている。

1979年のアルバム『スニーカーダンサー』では高中正義が5曲の編曲を努め、1980年のアルバム『EVERY NIGHT』では星勝が編曲から外れるなど、この時期にはサウンドが大きな転換を遂げている。さらに1981年のアルバム『あやしい夜をまって』から編曲に加わった川島裕二は、その後BANANAなどの名前で陽水の作品に多く携わり、星勝と並んで重要な位置を占めるようになる。上述のとおりセールスは伸びなかったが、この時期の作品には後に代表作とされる「なぜか上海」「海へ来なさい」「ジェラシー」「とまどうペリカン」「カナリア」「リバーサイドホテル」などが含まれており、創作面は充実していたとも言える。この時期の歌詞には、英語を多用する、語呂合わせなど音韻を重視する、その結果として意味がわかりにくいものになる、性的な含みがある、などの特徴がある。曲は明るく、ポリドール時代から比べるとかなり複雑なものが多く、歌唱は伸びがあって力強い。

1982年、陽水のバックバンドを務めていた安全地帯がデビューし、1983年には陽水の作詞による「ワインレッドの心」をヒットさせる。さらに1984年には安全地帯に歌詞を提供した「恋の予感」、中森明菜に歌詞と曲を提供した「飾りじゃないのよ涙は」、そして自身の「いっそセレナーデ」がヒットする。12月10日付のチャートでは「飾りじゃ〜」が2位、「恋の予感」が3位、「いっそ〜」が4位と、陽水の手がけた作品が上位を占める。同月21日にはこれらのヒット曲をはじめとする提供曲を陽水が自ら歌ったアルバム『9.5カラット』がリリースされ、翌1985年にかけてヒットする。『9.5カラット』は1985年のアルバム年間売り上げ1位を獲得し、陽水にとっては『氷の世界』以来2作目のミリオンセラーとなる。このヒットにより第27回日本レコード大賞で作曲賞とアルバム賞を獲得する。1986年8月にはライブアルバム『クラムチャウダー』がリリースされ、9月には同じ題名のライブビデオも発売される。さらに8月20日から2日間、安全地帯とのジョイントで「STARDUST RENDEZ-VOUS」と題したコンサートを明治神宮野球場で行う。このコンサートは6万人の聴衆を動員し、テレビ生中継されたほか、ライブアルバム、ライブビデオにも収録される。これらのことは『氷の世界』前後の「陽水ブーム」にたとえて、「第二次陽水ブーム」と呼ばれた。「第二次陽水ブーム」を担った『9.5カラット』の収録曲は、歌詞にも曲にも陽水独特の癖が抑制され、よりポップに作られている。

[編集] フォーライフ時代〜『九段』まで

1988年9月、日産自動車より新発売されたセフィーロ(初代・A31型)のCMに出演し、アドリブで「みなさん、お元気ですか?……失礼しまーす」と声を出す。ところがこのCMが公開されて間もなく、病気で臥せっていた昭和天皇危篤になったため、声はカットされてしまう。つまり陽水の映像は「口パク」になっていた(昭和天皇の崩御後、元に戻される)。このことが話題を呼び、「お元気ですか」が流行語になる。それから間もない10月、フジテレビ系のドラマ『ニューヨーク恋物語』の主題歌に使われた「リバーサイドホテル」がヒットする(11位)。「リバーサイドホテル」は1982年に発表されていた作品だが、リリースから6年を隔ててのヒットとなった。

1990年から1991年にかけて、映画『少年時代』の主題歌として作られた「少年時代」(作曲は平井夏美との共作)がヒットする。リリース直後はそれほどでもなかったが、ソニーのビデオカメラ「ハンディカム・CCD-TR105」のCMに使われてから売り上げを伸ばした。「少年時代」はの終わりを歌った季節感が好まれ、TVでしばしばBGMに使われるほか、音楽教科書に掲載されるなどして、若い世代に最も良く知られる陽水の曲である。シングル「少年時代」はロングセラーとなり、1997年7月には日本レコード協会からミリオンセラーに認定された[7]

1993年、フジテレビ系のドラマ『素晴らしきかな人生』の主題歌に使われた「Make-up Shadow」(現在、トヨタ・ブレイドのTVCFソング)がヒットし、第35回日本レコード大賞の金賞を受賞する。2000年代の井上に見られるような、英語風の発音が、このころから目立ってきている。

このころからリリースのペースが落ち始める。1994年にアルバム『永遠のシュール』を発表してから、次のアルバム『九段』(1998年)までには3年半のブランクがある。また、この時期はコンサートも少なく、1994年末から1999年9月までのおよそ5年間は全国ツアーを一度も行っていない。

1996年PUFFYのデビュー曲として歌詞を提供した「アジアの純真」がヒットする。「アジアの純真」の作曲は、以前から交流のあった奥田民生である(1994年には「月ひとしずく」(小泉今日子)を共作している)。同じく陽水作詞、民生作曲でPUFFYに提供した「渚にまつわるエトセトラ」もヒットする。続いて「井上陽水奥田民生」というアーティスト名でリリースしたシングル「ありがとう」、アルバム『ショッピング』はこれらのヒットを受けたものと言えよう。「ありがとう」はリリースされた1997年サッポロビール・「黒ラベル」のCMに使われたことも手伝ってヒットする。「アジアの純真」「渚にまつわるエトセトラ」は自演の作品にない元気のよさから、以後のコンサートではしばしば歌われる。

[編集] 『GOLDEN BEST』とその後

1999年、アンドレ・カンドレとしてのデビューから30周年になることを記念して、2枚組のベストアルバム『GOLDEN BEST』がリリースされる。『GOLDEN BEST』は自身3作目のミリオンセラーとなった後も売り上げを伸ばし続ける。このヒットを受け、『GOLDEN BEST』のリリースからちょうど1年後には「裏ベスト」として『GOLDEN BAD』が、『GOLDEN BEST』の売り上げが200万枚を突破した2003年には記念として『GOLDEN BEST SUPER』が発売されている。

2001年、「コーヒー・ルンバ」「花の首飾り」のカバーがヒットし、日本のポピュラー音楽において2003年ごろまで続くカバー・ブームの先駆けとなる。これに続いてリリースしたカバーアルバム『UNITED COVER』は80万枚を売るヒットとなり、その期間のライヴ映像はDVD『UNITED TOUR』として発売される。

『GOLDEN BEST』以後の活動は、『UNITED COVER』とセルフカバーアルバムの『Blue Selection』をリリースし、1999年から2006年まで、2004年を除いて毎年全国ツアーを行うなど、歌うことに関しては活発だが、自作の新曲は少ない。この期間で新曲を含むリリースは、シングルが6枚、アルバムは『カシス』『LOVE COMPLEX』の2枚にとどまる。陽水が作曲とリードボーカルを兼ねた作品は合計25曲である。それが『九段』以後8年間の仕事であり、デビュー以来30年で250曲ほどを作曲・リリースしたことに比べれば、この面の活動は大幅に減ったといえる。近年は、曲のリズムにあわせた詩が多くなってきており、言葉を音で捉えたような作品が増えている[8]

[編集] 逸話、関連人物など

  • 来生たかおとは、彼がアマチュア時代から親交がある。若い当時は、喧嘩もしたらしく、姉の来生えつこがその時を目撃し、「ただならぬ雰囲気を感じた」と語っている。が、陽水のシングル「少年時代」のピアノ演奏を来生が担当し、陽水も来生の「地上のスピード」への作詞提供を行うなど、互いに親密な関係にある。
  • NHKの『NHK紅白歌合戦』には1度も出場経験がなく、同局の連続テレビ小説かりん』の主題歌『カナディアン アコーディオン』を担当した1993年に熱心な紅白のオファーがあった際にも「恥ずかしいから」と断っている(VOWネタにもなった)。2006年には、「今年は出る気がない。今後の紅白の出演を検討する」と言葉を濁した。その後、2009年に出場内定報道が出るも、出場には至らなかった。
  • 陽水は「第二次陽水ブーム」を代表として、無数の楽曲をほかの歌手に提供している。経歴で挙げた例のほかには、沢田研二のアルバム『Mis cast.』の全曲を作詞作曲した例が有名である。また一青窈は自ら陽水のファンと称しており、アルバム『一青想』のうち2曲は陽水の作曲による。
  • 陽水の曲をカバーした歌手には、「夢の中へ」の斉藤由貴TRICERATOPS、「心もよう」の南沙織、「氷の世界」の筋肉少女帯工藤静香、「傘がない」の斉藤和義、「東へ西へ」の本木雅弘、「Make-up Shadow」の上原多香子、「いつのまにか少女は」の持田香織、「カナリア」に英語の歌詞を付けて歌ったジェーン・バーキン、「桜三月散歩道」をカヴァーしたキンモクセイなどがいる(本職の歌手でないところでは、お笑い芸人の友近が「Tokyo」を、アイドルマスターレディオにおいて今井麻美たかはし智秋が「少年時代」をカバーしている)
  • 2004年に放送されたテレビ番組「空想ハイウェイ」には、持田香織、三上寛加川良高田渡友部正人、小室等、押尾コータロージェイク・シマブクロ山下洋輔高田漣菊地成孔に加え、陽水へのトリビュートアルバム『YOSUI TRIBUTE』に参加したトライセラトップス布袋寅泰平原綾香小野リサUA、一青窈、奥田民生、忌野清志郎、DOUBLEが出演した。この顔ぶれは陽水の影響力を示すものと言える。ただしこの中の何人かとは初対面だったと思われる。
  • 陽水は文壇との交際が広い。1976年に『青空ふたり旅』として出版された五木寛之との対談をきっかけに、デビュー前から愛読者だったという色川武大吉行淳之介黒鉄ヒロシなどと親しくなったのがその始まりである。ほかにも沢木耕太郎は歌詞集『ラインダンス』に、村上龍は『綺麗ごと』に寄稿し、町田康は「新しい恋」を作詞している。活動分野は違ってくるが、三谷幸喜は『You Are The Top〜今宵の君』の劇中歌である「You are the top」を作詞しており、またタモリとは同郷でもあって親しい。昨今はリリー・フランキーを週末毎に呑み友達(後輩)として連れまわしているという[要出典]
  • 「ワカンナイ」は宮沢賢治の「雨ニモマケズ」のパロディであり、明らかに賢治を揶揄した内容であるが、賢治の地元・岩手県花巻市でのコンサートでも平気で歌う。
  • 小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるによるオムニバスアルバム『クリスマス』収録中「今日のわざ」録音時、4人でマイクを囲んで歌ったが、陽水の声だけ突出して大きく入ってしまうので、陽水だけがまず一歩下がり、それでも変わらず、少しずつ下がり、最後は壁に向かって背を向けて歌ってようやく他の三人とバランスがとれた[要出典]。また、このアルバムにはジャケットが2種類存在している。
  • 奥田民生に「僕のようになるにはまだまだ働かなきゃ」といいながら、レコーディング中の彼に電話で「休んでる?休まなきゃダメだよ」と言い、困惑させたことがある。奥田は陽水に対して「僕は適当な性格だけど陽水さんは僕以上に適当な性格。」と評している。にっこり笑った顔文字だけのメールが突然送られてくる事もあるという。
  • 奥田民生との交流の中で、陽水の息子がファンということで民生(ユニコーン)の楽曲を聴いたところ、そのうちの1曲「雪が降る町」に感動し、この曲の歌詞を手書きし歌詞のみを「奥田民生様へ」と手紙で送った。受け取った民生は大先輩である井上陽水から自分の作詞した歌詞のみが送られた事に驚き「陽水さんはボクに何を求めて…?」と困惑したという。またこの件以降、井上はライブにおいて「雪が降る町」をカヴァーしていた[9]
  • デーモン小暮閣下が世を忍ぶ仮の姿の大学生時代にフォークを熱唱していた縁からか、意外に親交がある。しかしデーモン小暮閣下の「僕にも歌を作って下さいよ」という懇願には「あなたには魂がないの」とあっさり拒否。しかし、デーモン小暮閣下のソロアルバムへの曲提供(シングルカットもされ代表曲となっている)を行っており、自身が歌ったデモテープをも作成している。また留守番電話に自分の日常の出来事を残すなど奥田の件同様に不可解な言動が多い[10]
  • 公私共に付き合いのあるタモリのアルバムを自家用車では気に入って聞いており、絶版になっているので一人復刻活動に勤しんでいると清水ミチコが述べている。尚直接関係は無いと思われるが、2007年12月に復刻版が発売。
  • 歌唱力は歌手の中でも随一と言われ、タモリは「俺が今までの人生の中で聴いた最高に上手い歌は、どんなライブでもレコードでもなく、陽水と夜の公園を歩いていたら、突然奴が歌いだした、『The Long and Winding Road』であり、俺は恐らく死ぬまで、これ以上の歌を人間の喉から聴くことはないだろう。」と評している[要出典]
  • 大瀧詠一から「君は働きすぎだよ」と言われた事がある。

[編集] 作品

[編集] シングル

タイトルの後のc/wはカップリング曲。シングルに3曲以上が収録された場合は半角スラッシュ(/)で区切る。同一曲のインストゥルメンタル・バージョン、カラオケ・バージョンは無視する。

[編集] CBSソニー(『アンドレ・カンドレ』名義)

  • カンドレ・マンドレ c/w 終りがないのは(1969年9月1日)
  • ビューティフル・ワンダフル・バーズ c/w 闇の中で(1969年12月5日)
  • 花にさえ、鳥にさえ c/w さあ、おぬぎ(1970年10月)

[編集] ポリドール

  • 人生が二度あれば c/w 断絶(1972年3月1日)(1989年5月25日再発)
  • 傘がない c/w 感謝知らずの女(1972年7月1日)
  • 夢の中へ c/w いつのまにか少女は(1973年3月1日)(1989年5月25日再発)
  • 心もよう c/w 帰れない二人(1973年9月21日)(1989年5月25日再発)
  • 闇夜の国から c/w いつもと違った春(1974年4月1日)
  • 夕立 c/w ゼンマイじかけのカブト虫(1974年9月1日)
  • 御免 c/w 旅から旅(1975年6月21日)

[編集] フォーライフ

  • 青空、ひとりきり c/w Flight(1975年11月25日)
  • Good,Good-Bye c/w 子供への唄(1976年2月25日)
  • 夏願望 c/w 青空、ひとりきり/招待状のないショー/子供への唄(1977年5月25日)
    • 「青空、ひとりきり」のみ微妙に編集が違うが、ほか3曲は既出。
  • 青い闇の警告 c/w 映画に行こう(1978年8月10日)
  • ミスコンテスト c/w 八月の休暇(1978年10月21日)
    • 「八月の休暇」を再録した「8月の休暇」が『EVERY NIGHT』に収録された。シングルバージョンはここでしか聞けない。
  • なぜか上海 c/w 娘がねじれる時(1979年8月5日)
  • BRIGHT EYES c/w 答えはUNDERSTAND(1980年7月5日)
  • クレイジーラブ c/w 空はブルーエンジェル(1980年11月21日)
    • 1999年5月21日の再発ではカップリングが「答えはUNDERSTAND」になっている。
  • ジェラシー c/w 夏星屑(1981年6月21日)(1988年5月21日再発)
  • 風のエレジー c/w 海はどうだ(1981年11月21日)
  • リバーサイドホテル c/w 俺の事務所はCAMP(1982年7月5日)(1988年10月21日再発)
  • とまどうペリカン c/w Music High(1982年10月21日)
  • 愛されてばかりいると c/w 背中まで45分(1983年2月5日)
    • 「愛されてばかりいると」は『LION & PELICAN』に収録されたものとはアレンジが違う。
  • 誘惑 c/w Frozen Eyes(1983年12月5日)
    • 「誘惑」はアルバムバージョンよりエンディングのフェイドアウトが短くなっておりここでしか聞けない。
  • 悲しき恋人 c/w ダンスのチャンス(1984年7月21日)
  • いっそセレナーデ c/w Speedy Night(1984年10月24日)(1988年5月21日再発)
  • 新しいラプソディー c/w ダメなメロン(1986年5月21日)(1996年2月21日再発)
  • WHY c/w 揺れる花園(1987年11月21日)
  • 今夜、私に c/w 恋は自分勝手に(1988年9月7日)
  • 夢寝見 c/w 紅すべり(1989年7月21日)
  • 最後のニュース c/w BACK SIDE(1989年12月21日)
  • 少年時代 c/w 荒ワシの歌(1990年9月21日)
  • Tokyo c/w 夢の背中(1991年3月21日)
  • 結詞 c/w 野イチゴ(1992年10月21日)
    • 「結詞」は再録。『ガイドのいない夜』に収録されたものと同じ。
    • 「野イチゴ」は再録で、『ReMASTER』に収録された。
  • 5月の別れ c/w Be-Pop Juggler(1993年3月19日)
  • Make-up Shadow c/w プレゼント(1993年7月21日)
  • カナディアン アコーデオン c/w 引き揚げ者の唄(1993年11月3日)
    • NHK連続テレビ小説「かりん」の主題歌。
  • 愛は君 c/w あこがれ (1994年4月10日)
  • 移動電話/カミナリと風(1994年10月21日)
    • ジャケットの表記に従って、両A面シングルと判断した。
  • 嘘つきダイヤモンド c/w OVER TIME(1995年12月6日)
  • TEENAGER c/w 積み荷のない船/HAWAIIAN LOVE SONG(リリウオカラニ女王に捧ぐ)(1998年2月21日)
  • コーヒー・ルンバ c/w 星のフラメンコ/ドミノ/旅人よ(2001年1月24日)
  • 花の首飾り c/w お嫁においで(2001年4月1日)
  • この世の定め c/w 毛ガニ/名古屋食べ物事情(2001年11月21日)
    • 「毛ガニ」、「名古屋食べ物事情」はコンサートで即興演奏したもの。[[]]
  • Final Love Song c/w ヤギのミルク(2002年4月3日)
  • 森花処女林 c/w 決められたリズム(Single Version)(2002年8月21日)
  • 飾りじゃないのよ涙は c/w 決められたリズム(2002年10月23日)
    • 「飾りじゃないのよ涙は」は再録。『Blue Selection』に収録された。
    • 「決められたリズム」は『カシス』に収録されたものと同じ。
  • 新しい恋/長い猫(2006年3月29日)
    • 両A面シングル「長い猫」の作詞は長女の依布サラサとの共作。
  • Love Rainbow c/w LOVE LILA (2009年4月29日)
    • 自身3年ぶりのシングル

[編集] アルバム

[編集] オリジナルアルバム

[編集] ポリドール

[編集] フォーライフ
  • 招待状のないショー(1976年3月25日)
    • 陽水にとってはフォーライフ設立後初のアルバム。
  • 東京ワシントンクラブ(1976年12月5日)
    • ライブアルバム。LPのみ。
  • "white"(1978年7月25日)
    • 大麻事件後初のアルバム。レコーディング期間中に事件が起こったらしい。
  • スニーカーダンサー(1979年9月21日)
  • EVERY NIGHT(1980年12月5日)
  • あやしい夜をまって(1981年11月21日)
  • LION & PELICAN(1982年12月5日)
    • ファンの間では代表作とされることが多い。陽水自身も多く言及し、コンサートでよく登場する曲も多い。
  • バレリーナ(1983年12月5日)
  • 9.5カラット(1984年12月21日)
    • 陽水2作目のミリオンセラー。
  • クラムチャウダー(1986年8月27日)
    • ライブアルバム。
  • Negative(1987年12月16日)
  • ハンサムボーイ(1990年10月21日)
  • ガイドのいない夜(1992年11月20日)
    • セルフカバーアルバム。「Just Fit」は沢田研二に提供した楽曲。
  • UNDER THE SUN(1993年9月15日)
  • 永遠のシュール(1994年10月21日)
  • 九段(1998年3月18日)
  • UNITED COVER(2001年5月30日)
    • 他人の曲をカバーしたアルバム。「手引きのようなもの」のみ自作品をセルフカバーしている。
  • カシス(2002年7月24日)
  • Blue Selection(2002年11月20日)
    • セルフカバーアルバム。全曲にジャズアレンジが施されている。
  • LOVE COMPLEX(2006年6月28日)

[編集] ベストアルバム他

  • GOOD PAGES(1975年7月21日)
    • 初のベスト・アルバム
  • GOOD PAGES 2(1976年10月21日)
  • 井上陽水ベスト20(1980年9月21日)
    • カセットテープのみ。ここでしか聞けない音源を含んでいる。
  • 井上陽水メタル・スペシャル(1981年3月21日)
    • カセットテープのみでの発売。
  • 陽水ライブ<ジェラシー>(1982年4月5日)
    • カセットテープのみのライブ音源。
  • YOSUI SINGLE COLLECTIONS(1987年)
    • CD・カセットテープのみ。「人生が二度あれば」「断絶」など、全14曲を収録。
  • NO SELECTION 井上陽水全集(1991年12月11日)
    • ポリドール時代の4枚と、フォーライフ時代の10枚で合わせて14枚のアルバムにシングル曲集の『SPECIAL EDITION 1』『SPECIAL EDITION 2』を加えて16枚をボックスにしたもの。
    • 『SPECIAL EDITION1』にはアンドレ・カンドレ時代の6曲が含まれている。
    • 非売品のVHS『SELECTION』が付属しており、ここには初期のプロモーションビデオが収録されている。
  • 平凡(1985年3月5日)
    • 「招待状のないショー」はここでしか聴けない再録。「愛されてばかりいると」はシングルバージョンを収録。
  • GOLDEN BEST(1999年7月28日)
    • 2枚組のベスト。200万枚以上のセールスを記録している。
  • GOLDEN BAD(2000年7月28日)
    • B面曲やアルバム収録曲などから陽水自身が選んだ「裏ベスト」。
  • 井上陽水 ReMASTER(2001年5月30日)
    • フォーライフ時代のアルバム15枚にシングル曲集の『ReMASTER extra-1』『ReMASTER extra-2』を加えての17枚ボックス。
    • ボーナストラックとして、ここでしか聞けない「少年時代」のライブバージョンが収録されている。
  • GOLDEN BEST SUPER(2003年6月25日)
    • 『GOLDEN BEST』に『GOLDEN BEST SUPER Disc3』を加えて3枚組とした限定盤。
    • 『Disc3』に含まれるライブ録音の一部は、期間限定でネット配信された。
  • 弾き語りパッション(2008年7月16日)
    • 2007年ツアーから初期の楽曲を中心に収録された弾き語りベストアルバム。当初は2008年ツアー会場での限定先行販売であったが、あまりの反響の多さに急遽メジャー流通で一般発売されることとなった。
  • BEST BALLADE(2008年12月10日)
    • バラードベスト。

[編集] その他

  • 陽水生誕(1975年7月29日)
    • ライブ音源など、ここでしか聴けないトラックを含んでいるが、陽水の同意を得ずにリリースされたため発売停止となったLP。
  • クリスマス(1976年11月10日)
    • 小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるによるオムニバスアルバム。
  • 夏の終りのハーモニー c/w 俺はシャウト!(1986年9月25日)
    • アーティスト名は「井上陽水・安全地帯」。
  • STARDUST RENDEZ-VOUS 井上陽水・安全地帯LIVE at 神宮(1986年11月5日)
    • アーティスト名は「井上陽水・安全地帯」。ライブアルバム。
  • 115人のイラストレーターが描く井上陽水の115曲(1997年12月10日)
    • 115点のイラストに合わせて陽水の歌が流れるCD-ROM。ここでしか聞けない録音が含まれている。
  • オフ・オフ・マザーグース(1995年)EMIミュージック・ジャパン
    • 37曲めの「みんなくたくた」というシュールな歌を歌っている。
  • RESPECT! The 30th Anniversary of Kiyoshiro Imawano(2000年5月5日)
    • 2000年3月3日に日本武道館で行われた忌野清志郎30周年記念ライヴの録音盤。忌野清志郎とともに「帰れない二人」を歌っている。また、2000年6月14日には同ライヴのDVDが発売されており、同様に「帰れない二人」が収録されている。
  • Queen's Fellows: yuming 30th anniversary cover album(2002年12月11日)
  • Rendez-vous(2004年3月30日、日本版は31日)
    • ジェーン・バーキンのアルバム。
    • Canary Canaryは陽水の曲「カナリア」に英語の歌詞をつけたもので、バーキンと陽水がデュエットしている。
    • 陽水の参加作品が海外に向けて発売された唯一の例である。
  • いつのまにか少女は c/w ミステリー あなたに夢中(2004年10月20日)
    • アーティスト名は「持田香織 produced by 井上陽水」。持田香織が歌った作品である。
    • 「いつのまにか少女は」は陽水のカバー。陽水はハーモニカで参加している。
    • 「ミステリー〜」はこのシングルのための提供曲。陽水はコーラスで参加している。
    • 『LOVE COMPLEX』には陽水が歌う「ミステリー〜」が収録されている。
  • YOSUI TRIBUTE(2004年11月10日)
    • 陽水自身へのトリビュート・アルバム。
  • 愛を謳おう c/w 教えてジィジ(2005年7月27日)
    • アーティスト名は「忌野清志郎 with 井上陽水」。
  • はじめてのやのあきこ(2006年3月8日)
    • 矢野顕子のアルバム。陽水は「架空の星座」を作詞し、矢野とデュエットしている。
    • 『LOVE COMPLEX』には再録された「架空の星座」が収録されている。
  • 服部良一 〜生誕100周年記念トリビュート・アルバム〜(2007年10月17日)
    • 服部良一へのトリビュート・アルバム。2曲目の「胸の振り子」に参加。
  • 奥田民生・カバーズ(2007年10月24日)
    • 奥田民生のトリビュート・アルバム。「The STANDARD」を歌っている。

[編集] 映像作品

  • クラムチャウダー<NHKホールライブ> (1986年9月1日)
    • ライブ映像。VHSLDβの3形態で発売。
  • 井上陽水ライブ'88サントリーホール 夜のシミュレーション(1989年4月21日)
    • ライブ映像。VHS、LD、βの3形態で発売。
  • 夢寝見(1989年10月21日)
    • プロモーションビデオ。VHSとLDの2形態で発売。
  • 井上陽水 CONCERT 1999〜2001 UNITED TOUR(2001年12月5日)
    • ライブ映像。VHSとDVDの2形態で発売。
  • 「The Premium Night」―昭和女子大学 人見記念講堂ライブ―(2007年4月11日)
    • ライブ映像。DVDのみの発売。

[編集] PV

  • いくつかの曲でPVが制作されているが、ソフト化されたのは現在のところ「夢寝見」のみ。他に「夢の中へ」,「少年時代」,「Make-up Shadow」,「花の首飾り」,「傘がない (『弾き語りパッション』)」がある。

[編集] 『井上陽水奥田民生』名義

[編集] シングル

  • ありがとう c/w 佗び助(ボツテイク)(1997年2月13日)
  • パラレル・ラブ c/w クリスマス・バニラシェイク(2006年12月20日)

[編集] アルバム

  • ショッピング(1997年3月19日)
  • ダブルドライブ(2007年2月21日)
    1. アウトバーンの狼
    2. パラレル・ラブ
    3. HIROSHIMA ※
    4. 海の中道
    5. パスタ・セレナーデ ※
    6. 京都に電話して
    7. 恋はハーモニー
    8. 砂漠のデザート
    9. 羽飾りMOKKO ※
    10. にじむ虹
    11. 神の技
    12. クリスマス・バニラシェイク
    13. 南国の雪
    • ※は奥田民生のソロ曲。
    • このアルバムでは、奥田民生のソロ曲はあるものの、井上陽水のソロ曲はない。
    • 砂漠のデザートではボーカルは井上陽水だけだが、ギターなどは奥田民生が担当している。

[編集] タイアップ

  • 夢の中へ
  • BRIGHT EYES
    • 映画『ウォーターシップダウンのうさぎたち』主題歌(1980年)
  • とまどうペリカン
  • いっそセレナーデ
  • WHY
  • 今夜、私に
  • リバーサイドホテル
    • フジテレビ系ドラマ『ニューヨーク恋物語』テーマ曲(1988年)
      • 歌詞の一部「金属のメタルで」については、「誰か一人ぐらい疑問に思わず聞き流す人もいるんじゃないか?」との遊び心だそうである。
  • 夢寝見
    • 日産セフィーロCMソング、同CMに出演(1989年)
  • 最後のニュース
    • TBS系列『筑紫哲也 NEWS23』エンディングテーマ(1989年 - 1991年)
      • 他にもNEWS23にレコード・CDとも未発売のオープニングテーマ(1989年 - 1997年)も提供した。
  • 少年時代
  • Tokyo
    • サントリーローヤルCMソング(1991年)
  • 結詞
    • JR東日本「その先の日本へ」テーマソング(1992年)
  • 5月の別れ
    • キリンラガービール「日本の恵みシリーズ」CMソング(1993年)
  • Make-up Shadow
  • カナディアン・アコーデオン
  • 愛は君
  • 移動電話カミナリと風
  • 嘘つきダイヤモンド
  • 新しいラプソディー
    • サッポロ<生>黒ラベル」CMソング(1996年)
    • ANACMソング(2007年)
  • 積み荷のない船
  • ありがとう
    • 「サッポロ<生>黒ラベル」CMソング(1997年)
  • HAWAIIAN LOVE SONG〜リリウオカラニ女王に捧ぐ〜
    • ハワイ観光局CMソング(1997年)
  • TEENAGER
  • 最新伝説
  • クレイジーラブ
  • 花の首飾り
  • Final Love Song
    • キリンビバレッジ聞茶CMソング(2002年)
  • 森花処女林
  • 決められたリズム
    • 松竹映画『たそがれ清兵衛』主題歌(2002年)
  • 歌に誘われて
  • 新しい恋
    • ザ・サントリーオールドCMソング(2006年)

[編集] 楽曲提供

  • オリーブ
    • 「愛ある国へ」 - 作詞・作曲:井上陽水(1970年)
  • ザ・モップス
    • 「窓をあけろ」 - 作詞・作曲:井上陽水(1972年)
  • 石川セリ
    • 「ダンスはうまく踊れない」 - 作詞・作曲:井上陽水(1977年)
    • 「気まぐれ」 - 作詞:石川セリ/作曲:井上陽水
  • 佐藤博
    • 「月の子の名前はレオ」 - 作詞:井上陽水/作曲:佐藤博(1979年)
  • 中山千夏
    • 「Kiss」 - 作詞:井上陽水/作曲:小室等(1980年)
  • 山口百恵
    • 「Crazy Love」 - 作詞:井上陽水/作曲:井上陽水(1980年)
  • 三上寛
    • 「俺のあの娘は可愛いい」 - 作詞・作曲:井上陽水(1981年)
  • 沢田研二
    • 「News」
    • 「デモンストレーションAir Line」
    • 背中まで45分
    • 「Darling」
    • 「A.B.C.D.」
    • 「チャイニーズフード」
    • 「How Many “Good Bye”」
    • 「次のデイト」
    • 「ジャスト フィット」
    • 「ミスキャスト」
      • 全曲、作詞・作曲:井上陽水(1982年12月10日)
  • 荻野目洋子
    • 「ギャラリー」 - 作詞・作曲:井上陽水(1990年6月27日)
    • 「ON BED」 - 作詞:井上陽水/作曲:井上陽水・平井夏美(1990年6月27日)
  • 小泉今日子
    • 月ひとしずく」 - 作詞:井上陽水・奥田民生・小泉今日子/作曲:井上陽水・奥田民生(1994年11月14日)
  • デーモン小暮閣下
    • 「LOVE ROMANCE」 - 作詞・作曲:井上陽水(1995年8月21日)
  • 篠原涼子
    • 「ダメ!」 - 作詞・作曲:井上陽水(1995年11月22日)
  • PUFFY
    • 「アジアの純真」 - 作詞:井上陽水/作曲:奥田民生(1996年5月13日)
    • 「渚にまつわるエトセトラ」 - 作詞:井上陽水/作曲:奥田民生(1997年4月16日)
    • 「CAKE IS LOVE」 - 作詞・作曲:井上陽水(1998年4月1日)
    • 「オリエンタル・ダイヤモンド」 - 作詞:井上陽水/作曲:奥田民生(2007年9月5日)
  • Chappie
    • 「DOCU-MENTARY KISS」 - 作詞:井上陽水/作曲:ギターペイダー(1999年10月10日)
  • 一青窈
    • 「一思案」 - 作詞:一青窈/作曲:井上陽水(2004年4月7日)
    • 「面影モダン」 - 作詞:一青窈/作曲:井上陽水(2004年4月7日)
  • 持田香織
    • 「ミステリーあなたに夢中」 - 作詞・作曲:井上陽水(2004年10月20日)
  • 岡本知高
    • 「E-I-E-N」 - 作詞:井上陽水/作曲:筒美京平(2004年10月21日)
  • Akeboshi
    • 「Yellow Moon」 - 作詞:Yosui Inoue/作曲:Akeboshi)(2006年4月19日)
  • DR.STRANGE LOVE
    • 「アメリカのアリゾナ」 - 作詞:井上陽水/作曲:長田進
  • 本山ツトム
    • 「一枚ガラスの喫茶店」 - 作詞:小椋佳/作曲:井上陽水
  • 野崎沙穂
    • 「エアメール・ブルー」 - 作詞:安井かずみ/作曲:井上陽水
  • かしわ哲
    • 「オシエテモット」 - 作詞:かしわ哲/作曲:井上陽水
  • 水谷豊
    • 「はーばーらいと」 - 作詞:松本隆/作曲:井上陽水(1977年)
    • 「男の手紙」 - 作詞:白石ありす/作曲:井上陽水
    • 「鍵はかけない」 - 作詞:松本隆/作曲:井上陽水
    • 「通過します」 - 作詞:友部正人/作曲:井上陽水
    • 「テンダネス」 - 作詞:松本隆/作曲:井上陽水
    • 「マリーナ デル レイ」 - 作詞:松本隆/作曲:井上陽水
    • 「AMERICAN LINE」 - 作詞:松本隆/作曲:井上陽水
    • 「MUSIC HIGH」 - 作詞・作曲:井上陽水
  • 矢野顕子
    • 「架空の星座」 - 作詞:井上陽水/作曲:矢野顕子
  • 三田寛子
    • 駈けてきた処女」 - 作詞:阿木燿子/作曲:井上陽水
    • 「夏の雫」 - 作詞:阿木燿子/作曲:井上陽水
    • 「ふたりぽっち物語」 - 作詞:阿木燿子/作曲:井上陽水
  • 中森明菜
  • 森進一
    • 「風のエレジー」 - 作詞:阿木燿子/作曲:井上陽水
  • 町田義人
    • 「風のように」 - 作詞:阿木燿子/作曲:井上陽水
  • 薬師丸ひろ子
    • 「哀しみの種」 - 作詞:松本隆/作曲:井上陽水
    • 「ステキな恋の忘れ方」 - 作詞・作曲:井上陽水
    • 「ローズ・ティーはいかが?」 - 作詞:松本隆/作曲:井上陽水
  • 樋口可南子
    • 「からたちの花」 - 作詞:流れ星犬太郎/作曲:井上陽水
  • 小林麻美
    • 「グランプリの夏」 - 作詞:小林和子/作曲:井上陽水
    • 「TRANSIT」 - 作詞:松任谷由実/作曲:井上陽水
  • 安全地帯
    • 「恋の予感」 - 作詞:井上陽水/作曲:玉置浩二
    • 「真夜中すぎの恋」 - 作詞:井上陽水/作曲:玉置浩二
    • 「ワインレッドの心」 - 作詞:井上陽水/作曲:玉置浩二
  • 小椋佳
    • 「坂道」 - 作詞:小椋佳/作曲:井上陽水
  • 郷ひろみ
  • 来生たかお
    • 「地上のスピード」 - 作詞:井上陽水/作曲:来生たかお
  • 姫乃樹リカ
    • 「地上の楽園」 - 作詞:松本隆/作曲:井上陽水
  • 風間杜夫
    • 「東京さみしがり屋」 - 作詞・作曲:井上陽水
  • 長谷川きよし
    • 「ドライアイス」 - 作詞:井上陽水/作曲:長谷川きよし
  • 武田久美子
    • 「半分ピエロ」 - 作詞:友部正人/作曲:井上陽水
  • YK型
    • 「バルサの翼」 - 作詞:吉田照美/作曲:井上陽水
  • ブレッド&バター
    • 「ファッションラヴァー」 - 作詞:GALLWAY PETER ALAN、井上陽水/作曲:GALLWAY PETER ALAN
    • 「WYOMING GIRL」 - 作詞・作曲:井上陽水
  • ペギー葉山
    • 「プラス・ピアス」 - 作詞・作曲:井上陽水
  • 吉永小百合
  • 亀淵友香
    • 「夢のくらし」 - 作詞:及川恒平/作曲:井上陽水
  • 松坂慶子
    • 「ラジオのついたナイト・テーブル」 - 作詞:井上陽水/作曲:小室等
  • かまやつひろし
    • 「ロンドン急行」 - 作詞・作曲:井上陽水
  • MAACHO
    • 「NOTHING IN BLUE」 - 作詞:CASS MARK/作曲:井上陽水
  • 香坂未幸
    • 「神無月にかこまれて」 - 作詞・作曲:井上陽水

[編集] 出演

[編集] 映画

  • 女番町 野良猫ロック(1970年、日活) ※アンドレ・カンドレ名義
  • お葬式(1984年)

[編集] CM

[編集] 書籍

[編集] 著書

[編集] 関連書籍

[編集] 脚注

  1. ^ 受験に失敗した原因について、のちに「天才的頭脳がない」「裏口入学させられるほど金持ちの親がいない」(『断絶』の歌詞カード)、「ビートルズ」「女性」「受験慣れ」(『もどり道』のインナースリーブ)などとコメントしている。
  2. ^ 「LIFE 井上陽水 40年を語る」 NHK教育、2009年8月24日。
  3. ^ 「LIFE 井上陽水 40年を語る」、2009年8月25日。
  4. ^ あの日フォークが流れていた、シンコー・ミュージック、p76-78
  5. ^ しかし本人はビートルズが大好きだったことがあり、「フォーク」と呼ばれることに釈然としていなかった。
  6. ^ アルバム『二色の独楽』のジャケットにはこの女性とのツーショットが掲載されている。
  7. ^日刊スポーツ』2007年12月15日付。
  8. ^ 宇多田ヒカルの作品が同様のカテゴリーに入ると言える。
  9. ^ 初出はアルバム「井上陽水奥田民生」販促フライヤー。
  10. ^ 笑っていいとも!デーモン小暮閣下出演時のエピソードより。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月29日 (日) 16:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【井上陽水】変更履歴

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