佐々木庸平
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佐々木 庸平(ささき ようへい)は、小説白い巨塔の登場人物。
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[編集] 人物設定
大阪船場で繊維卸業を営む株式会社佐々木商店の代表取締役。家族は妻・よし江、長男・庸一以下二男一女。裸二貫でたたき上げた船場の商人で、実質は個人商店の主といってよいワンマン社長。店は繁盛していた。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
[編集] 入院
胃の不調を訴えて浪速大学第一内科、里見助教授を受診。透視や内視鏡に加え、里見独自の検査法である生物学反応による検査を実施する。だが極めて微妙な結果しか得られなかったので、同期の第一外科・財前教授に診察を依頼。財前の透視でごく早期の噴門癌が発見され、入院。手術を要すると診断される。長男・庸一の運転するライトバンで、そろばんを持って入院した庸平は、財前の横柄な態度と病棟の冷たい雰囲気に辟易する。
[編集] 手術まで
若い頃に結核を罹患し、胸部X線写真ではその瘢痕ともいうべき陰影が発見された。入院後間もなくの教授総回診の際、柳原弘(第一外科医局員で胸部外科を専攻する)は「念の為に断層撮影をしておくべきではないか」と申し出たが、財前教授は即座に却下した。病室に見舞いに訪れていた里見助教授は、その陰影とそれを巡っての遣り取りを知る。庸平の癌転移巣の疑いを持ち、財前に強硬に掛け合うが、やはり一蹴され、予定通りに手術は行われる。
2003年版で財前は庸平が院内で喫煙するほどのヘビースモーカーである事を理由に、陰影が単なる肺への負担で出来たものに過ぎないと考えて柳原の進言を「検査が長引いて手術が遅れたら、患者の体力が失われて手術の負担に耐えられなくなる」と一蹴した。しかし、実際には東教授の退官日に顔を会わせたくないという財前の思惑から退官日当日に予定されていた手術が強行されたという側面があり、庸平は財前の都合に振り回されたとも言える。
[編集] 術後
暫くは安定していた庸平の容態はやがて悪化、発熱、咳、痰が頻発する。財前は術後肺炎と診断し、抗生物質の投与を命じるが、柳原から話を聞いた里見は癌性肋膜炎を疑う。財前に胸部の再検査を提案するも、財前は海外の学会出張前で保険扱いの患者の容態など眼中に無い。遂には里見の対診を拒絶。一度も病室を訪ねないまま日本を出発する。
[編集] その後
庸平の容態は日増しに悪化、鎮静剤や抗生物質での対処では抑えきれず、遂に呼吸困難を起こす。柳原は胸腔穿刺を行って胸水を吸引したが、一目で血性とわかるものであった。医長代理の金井助教授の指示で酸素テント、カンフル注射などの措置が取られたが、術後21日目で死亡した。執刀医の財前は訪独中のため日本にいなかった。遺体は病理解剖され、その結果死因は癌性肋膜炎による心不全。
遺族は民事訴訟を起こし、一審では敗訴したものの、控訴審では勝訴。佐々木商店は経営不振と専務・杉田の売掛金持逃げなどにより行き詰まり、倒産した。
[編集] 演じた俳優
- 南方伸夫(1966年、映画)
- 田武謙三(1967年、テレビドラマ)
- 谷幹一(1978年-1979年、テレビドラマ)
- 小鹿番(1990年、テレビドラマ)
- 田山涼成(2003年-2004年、テレビドラマ)職業が弁当屋になるなど、描き方が大きく異なっている。
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最終更新 2009年10月26日 (月) 18:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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