児嶋一哉
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| 児嶋一哉 | |
|---|---|
| 本名 | 同じ |
| 生年月日 | 1972年7月16日(37歳) |
| 出身地 | |
| 血液型 | A |
| 身長 | 177cm |
| 方言 | 標準語 |
| 最終学歴 | 東京都立日野高等学校 |
| 出身 | スクールJCA1期 |
| コンビ名 | アンジャッシュ |
| 相方 | 渡部建 |
| 芸風 | コント(ボケ) |
| 立ち位置 | 左 |
| 事務所 | プロダクション人力舎 |
| 活動時期 | 1993年 - 現在 |
| 同期 | ロンドンブーツ1号2号 陣内智則 劇団ひとり 藤井隆 |
| 配偶者 | 未婚 |
| 受賞歴 | |
| ・2003年 爆笑オンエアバトル優勝 ・2005年 輝け!2005年お笑いネタのグランプリ放送委員会特別賞 |
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児嶋 一哉(こじま かずや、1972年7月16日 - )は、日本の男性お笑い芸人であり、アンジャッシュのボケ担当(一部のコントでは、ツッコミ)。
東京都八王子市長房町出身。プロダクション人力舎所属。血液型はA型。身長177cm。よく間違われるが「小島」でも「小嶋」でも「児島」でもなく「児嶋」である。
目次 |
[編集] 略歴
児嶋は同期で明治大学の落研の部長だった三浦とコンビで一時活動していたが、ほどなく解散。ピン芸人時代は木魚を使った独特のショートコントをしていた[1]。三浦は後に新宿のショーパブ「黒鳥の湖」でダンサーとして活動。
1993年に高校の同級生である渡部建とコンビ結成。高校時代は渡部とはほとんど話したことがなかった。学生時代あまり目立つ方ではなかったが、お笑い芸人になりたくてJCAに入ったが相方が見つからず、「高校時代の同級生から探そう」と電話を掛けたが断られ続け、今の相方は五人目。コンビ結成当初は「お前だけだ」と言い張り、本人曰く「辞められたら困る」ため、車で送り迎えもしていたらしい。しかし渡部が歩いていた平凡な人生の道を踏み外させた原因として渡部の両親には今でも嫌われており、『児嶋』と呼び捨てで呼ばれている。これに関して渡部本人がどう思っているかは不明。
意外に芸歴は長く、同期にはロンドンブーツ1号2号・陣内智則・劇団ひとり・藤井隆などがいる。 相方の渡部建は1年デビューが遅い。
2009年10月15日放送の『白黒アンジャッシュ』内で「コジの乱」に改名(番組内限定)。
[編集] 特徴
- 2003年12月に第3期日本プロ麻雀協会プロ試験に合格し、麻雀プロの資格を取得した。取得した理由は、周りの人達に「すごい」と言われたいだけである。飼い猫の名前は「ロン」で、由来は麻雀用語の「ロン」からである。
- 上記に関連し、フジテレビの麻雀番組『芸能界麻雀最強位決定戦 THEわれめDEポン 生スペシャル』への出演を懇願しており、2007年1月1日の放送で叶う。圧倒的な強さで優勝を飾った。番組内で、「われポンに出たいからプロ資格を取った」と話しており、出演を熱望していた事が伺える。
- 大型自動二輪の免許を持っている。
- 自他共に認める赤面症でもある。スベると赤くなり、ウケても赤くなる。相方には「営業妨害」「芸人向いてない」等と散々言われている。雑誌のインタビューで間違えて答えたときには、渡部は児嶋の“赤面治り待ち”をしたこともあるらしい。
- 非常に温厚な性格なので、滅多に怒る事はない。だが、以前、舞台でアンタッチャブルの山崎弘也から執拗にムチャ振りされ続けたあげくにスベってしまい、幕が閉まったと同時に山崎に殴りかかったことがある[2]。
- 近藤真彦と長渕剛の大ファンである。特に長渕剛はくりぃむしちゅーの上田晋也とアンタッチャブルの柴田英嗣と一緒に語り合うほど。
- 毎朝、母親に携帯電話のメールで起こしてもらっている。芸人仲間からはマザコンではないかと言われているが、本人は否定している。[3]
[編集] 交流
- 明石家さんま、ペナルティのワッキーとは麻雀仲間である。
- アンタッチャブルの柴田英嗣やおぎやはぎの小木博明と仲が良い。小木に関してはお互いに相手を下に見ているらしく傍からは「最低の関係」だと言われている。
- 陣内智則とは二人っきりで誕生日を祝ったほど仲が良い。
- 飲み友達&合コン仲間は、バナナマンの日村勇紀など。
[編集] エピソード
- ジャニーズ事務所に履歴書を送ったことが2回あるが、2回とも落選した。しかし、まだ落選の通知が来ていないので、「ジャニーさんは今でも迷っている」と言っている。*
- 2004年のある時期、児嶋が学生時代いじめられていたという話が出たことがあった。もちろん相方渡部のネタであるが、その昔話は雑誌やラジオなど様々なところで披露されていた。
- 同じ中学の先輩にヒロミがいる。お笑い芸人になりたいと決めた時、ヒロミに憧れ、本人に弟子入りをお願いしたが「俺なんかに付くよりちゃんとしたとこで勉強したほうがいい」と言われ断られた。それをきっかけに当時ヒロミが所属していた事務所人力舎のお笑い養成所JCAの一期生に入った。
- おぎやはぎの小木と妻(森山奈歩)を八景島シーパラダイスに遊びに行こうと誘ったが断られ、結局上野動物園に行った。しかしその時の写真が週刊誌に載ってしまい、児嶋の誘い方があまりに熱心であったこともあり、ラジオ番組『おぎやはぎのメガネびいき』でリーク児嶋の疑いをかけられた。最終的には児嶋が番組にゲスト出演し、リスナー投票による「リーク児嶋裁判」が行われ、晴れて無罪ということになった。だが、おぎやはぎの二人は今でも児嶋を疑っており、番組内でリーク児嶋と呼ばれている(言うまでもないが呼んでいるのはネタ)。
- 2007年10月14日に開催された、麻雀日本一を決める麻雀タイトル戦「第18回麻雀最強戦」に出場し、見事2位になる。
- 高校時代は暗く目立たない存在だったが小中校時代はモテモテでファンクラブもあったと言っていた。しかし当時の同級生の証言によると「ファンクラブなんて無かった」「児嶋を好きと言っていた子など一人もいなかった」ということで、まったくの嘘であったことが判明した(白黒アンジャッシュDVD vol.2より)。
- 2009年度のR-1ぐらんぷりでは準決勝まで進出している(2009年2月1日現在)。
- 2004年に千葉テレビ放送で放送していた『M'zip』でダイエット企画が持ち上がった。水泳やジョギング等をして見事2ヶ月で15kgの減量を果たした。
[編集] 単独での出演
[編集] 映画
- トウキョウソナタ(2008)
(カンヌ国際映画祭にて「ある視点」部門受賞)
次男の担任教師・小林先生役
子供から距離を置く冷めた教師役を好演
- クヒオ大佐(2009)
[編集] ドラマ
- ツナガルココロ 〜3つの愛の物語〜(2007)
- メルドラ'08(2008)
[編集] バラエティー
- ザ!世界仰天ニュース(2009年7月15日・再現ドラマでおすぎ役)
[編集] ライブ
- 単独ライブ「タンピン」2008
芸歴16年目にして初めてピンで単独ライブを行う
[編集] TV
- アンジャッシュ児嶋のクールにエレキスクール (スカパー!・MUSIC AIR) 2009年1月~2月(予定)
- モロ出し!モンド(MONDO21)
- 麻雀 BATTLE ROYAL 2009(MONDO21)
[編集] DVD
- 第18回麻雀最強戦
- アンジャッシュ児嶋一哉単独ライブ「タンピン」
[編集] 脚注
- ^ 2008年1月9日放送TBS系「ザ・放送ヲ阻止セヨ!!これ知られたら芸能界明日から生きてけない絶体絶命スペシャル!」より。
- ^ 「お台場お笑い道」(フジテレビ721)
- ^ 「モテルカルフォルニアvol.24」(GyaO)
[編集] 外部リンク
- NHK『週刊!ハタラキング』ぶっちゃけ大変でした!~20代、私の仕事〜 児嶋一哉篇(NHKオフシャルサイト)
最終更新 2009年10月28日 (水) 04:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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