六本木ヒルズ

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六本木ヒルズ

六本木ヒルズ(ろっぽんぎヒルズ、英称Roppongi Hills)とは、森ビルが17年の歳月を掛けて行った六本木六丁目特別再開発計画の一環で建築された、超高層ビル六本木ヒルズ森タワー」を中心とした複合施設である。

ライトアップされた六本木ヒルズ森タワー

目次

[編集] 概要

主な施設として、ゴールドマン・サックスJ-WAVEYahoo!Japanなどの企業テナント、森美術館などの文化施設が入居する森ビル所有の六本木ヒルズ森タワーテレビ朝日本社ビル、ホテル(グランドハイアット東京)、シネマコンプレックスTOHOシネマズ六本木ヒルズ)、屋外型イベントスペース(六本木ヒルズアリーナ)、住居(六本木ヒルズレジデンス、ゲートタワーレジデンスなど)、TSUTAYAルイ・ヴィトンなどを始めとする多数のショップやブティック、レストランなどがある。また、アメリカ人向けナショナル・スクールの、アメリカンスクール・イン・ジャパンの幼稚園がある。

デザインは、コーン・ペダーセン・フォックス・アソシエイツが森タワーやグランドハイアット東京などを、ジャーディ・パートナーシップ(ジョン・ジャーディ、en:Jon Jerde)がけやき坂など低層部の商業エリアを担当した。また、テレビ朝日は建築家槇文彦、イメージキャラクターの「ロクロク星人」は現代芸術家の村上隆によるものである。なお、六本木ヒルズ森タワーにはJ-WAVEの非常用送信設備が備わっており、東京タワーからの送信が不可能になっても最大1kWの放送が可能である。前社屋の西麻布三井ビルと比べて、同出力の電波飛距離は格段に伸びている。

六本木ヒルズレジデンス

[編集] 前史

六本木ヒルズは、江戸時代に長府毛利家上屋敷だった場所で、赤穂浪士武林唯七ら7人が切腹した場所であった事でも有名である。長府藩(長門府中藩)出身の乃木希典もここで生まれている(東京都旧跡)。他に4つの寺院があった。

明治時代には、法律家増島六一郎中央大学の前身である英吉利法律学校の創立者の1人で初代校長)の邸宅になった。第二次世界大戦の戦災に遭った後、1952年ニッカウヰスキーの工場、後に日本教育テレビ(NETテレビ、後のテレビ朝日)の敷地となった。

かつては広大な毛利家の庭園が残っていた。園内の池は、ニッカ時代にニッカ池という通称が付き、テレビ朝日テレビ番組さんまのナンでもダービー」で一部に知られる様になる。現在、敷地内には面積約4,300平方メートルの毛利庭園が設けられ、「毛利池」があるが、これはニッカ池とは異なる。かつての庭園遺構は毛利池の下に埋土保存されている。

また、東京都立駒場高等学校も前身の旧制府立第三高女時代に駒澤大学の前身で1882年に開校した曹洞宗大学林専門本校があった場所も六本木ヒルズの一角に当たる。その他、メトロハットになっている場所は、西武セゾングループの文化・音楽拠点の一つだった六本木WAVEの跡である。

テレビ朝日本社ビル

[編集] 経緯

六本木ヒルズ誕生前は、テレビ朝日周辺の六本木六丁目は道路が狭く、消防車が通行する事も困難な状況であったため、1990年に同局本社の移転も兼ねた再開発計画地域に指定された。愛称で「六六(ろくろく)」と呼ばれているのも六本木六丁目が由来となっている。なお、この付近の再開発の先行事例として、同じく森ビルが行った赤坂アークヒルズがある。

[編集] 完成まで

  • 1986年 - アークヒルズ完成に伴いテレビ朝日の本社が一時移転。権利変換により森ビルが地権者となり、ここを中心にアークヒルズに続く大規模な都市再開発計画が同社内でスタートした。
  • 1993年 - 森ビルの働き掛けをきっかけに東京都も加わり、「六本木六丁目地区第一種市街地再開発事業」を開始。住民による勉強会が行われる。
  • 1995年 - 東京都が都市計画決定を告示。この年の阪神・淡路大震災を教訓に、耐震構造が組まれる。
  • 1996年 - 「6.6プラン」を発表。
  • 1997年 - 港区が地区の区域の公告を実施。東京都、港区、公共施設管理者が同意に至り、最終計画案がまとまる。
  • 1998年 - 六本木六丁目地区再開発準備組合を設立。
  • 1999年 - 東京都権利変換計画が認可され、仮住居への入居を開始。
  • 2000年 - 着工。ピーク時には1万人近くの工事作業員が作業に携わる(総事業費約2,700億円)。テレビ朝日もこの年の2月末までこの地にあったので、着工時は東陽町に仮設のスタジオ棟を建設して対応していた。
  • 2003年4月25日 - 開業(街開き)。10月、テレビ朝日の本社・スタジオがアークヒルズ・東陽町から戻る。

[編集] 完成後

完成後は、東京の人気スポットの一つに選ばれた(オープン後半年で来街者数は2,600万人)[1]IT関連などの企業が多く入居し、「ヒルズ族」という言葉が使われる様になった。急成長を遂げた企業は、六本木ヒルズに入居していなくともヒルズ族と呼ばれる事もある(例:サイバーエージェントUSEN)。

その後、2004年3月26日には2階正面口の自動回転ドアに6歳児が挟まれて死亡する事故が発生した(→六本木ヒルズ森タワー・回転ドア事故)。

当初は注目を集めた六本木ヒルズだが、入居企業の相次ぐ不祥事により、ブランド力の低下が起こっているという。最初に起きたのは、2006年初夏のライブドア事件である[1]。その後、早くから六本木ヒルズに本社を置いていたヤフー井上雅博社長が「同じビルに間借りしているだけで、括られるのはいかがなものか」と発言しているが、その後も村上ファンド(2006年)、グッドウィル・グループ(2008年)、椿総合法律事務所(同)、リーマン・ブラザーズ(同)、押尾学逮捕(2009年)などテナント・入居者などの不祥事が相次いだ[1]。こうした状況は、都市伝説的に「ヒルズの呪い」などと一部で言われた[1]

「日韓交流おまつり2009」が、ソウルでは2009年9月20日にソウル広場で、東京では同日と21日に六本木ヒルズで、同時開催された。

こうしたブランド力の低下と賃料の高さ、目新しさの薄れから、2009年現在では東京ミッドタウン(2007年3月30日オープン。六本木ヒルズから徒歩10分程度の場所にある赤坂防衛庁跡地に建設された、オフィス・ホテル・住居・商業施設などが入った複合施設。)や丸の内ビルと比べ、入居率が低い状況にある[1]

なお、誕生時のキャッチフレーズは「六本人、生まれる。」であり、テレビCMも流れていた。

[編集] 電波障害

建設中から、東京都杉並区立川市昭島市府中市など多摩地区の住民から、東京タワーから受信しているテレビ放送(地上アナログ放送)の映像が乱れる、全く視聴できないといった問い合わせがテレビ局やメーカーに相次いだ。森ビル側は当初、六本木ヒルズによる電波障害は杉並区周辺までしか認められないとして、多摩地区住民の補償については否定的だったが、最終的にはほとんどの受信世帯にUHFアンテナ多摩中継局など他の送信タワーへ向け設置・切り替える措置を取った。しかし、切り替えた中継局は都域放送である東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)を除きデジタル化される予定がなく運用を終了する予定であるため、その他の地上デジタル放送各局が視聴できない(再度UHFアンテナの向きを東京タワー方向へ変えると同時にデジタル化しなければならない)、或いはCATVを契約し敷設する必要があるといった問題が起きており、各自治体も2011年7月24日のアナログ放送終了を控え、対応に苦慮している。

[編集] 交通

再開発以前は、六本木交差点の地下にある営団地下鉄日比谷線六本木駅と、青山通りを走る都営バス路線しかなかったために、交通の利便性は良いとはいえなかった。

しかし、六本木ヒルズを中核とした地域再開発に伴い、東京地下鉄南北線都営地下鉄大江戸線の開業と新駅の設置、青山一丁目交差点や青山葬儀所と鳥居坂下交差点を結ぶ麻布トンネル・六本木トンネルの完成、ビル開業に合わせた各種バス路線の整備により、格段に向上した。

[編集] 鉄道

東京地下鉄日比谷線・都営地下鉄大江戸線の六本木駅が最寄り駅(日比谷線専用の出口1C直結、同線・大江戸線共用の出口3から徒歩約4分。)。また、都営地下鉄大江戸線・東京地下鉄南北線の麻布十番駅(出口3・4)からは徒歩約4~7分、東京地下鉄千代田線乃木坂駅(出口5)からは徒歩11分である。

[編集] バス

[編集] 一般路線バス

都営バスの路線は、渋谷駅とを結ぶ都01折返と直行版のRH01、並びに五反田駅品川駅とを結ぶ反96の各系統が運行されている。六本木ヒルズ内には六本木ヒルズ(森タワー1階)、六本木けやき坂の停留所があり、都01折返とRH01は六本木ヒルズ→けやき坂→渋谷方面、反96系統は麻布十番駅→けやき坂→六本木ヒルズ→六本木駅の経路で運行される。

また、六本木通りを走る都01(渋谷駅~赤坂アークヒルズ・新橋駅/東京ミッドタウン)及び渋88(渋谷駅~新橋駅、青山学院・神谷町駅経由)の六本木六丁目停留所も利用可能である。

[編集] コミュニティバス

2004年10月1日からは、港区のコミュニティバス「ちぃばす」の2路線が田町駅及び赤坂方面から運行されている。都営バスの反96と同様に、六本木ヒルズと六本木けやき坂の両停留所に停車する。

[編集] その他

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六本木ヒルズ内に数箇所の駐車場があるものの、違法駐車をしている観光客の車や客待ちのタクシーなどで周囲は恒常的に渋滞している。

  • 外回り:飯倉出口~飯倉片町から外苑東通り~六本木交差点~六本木通り、又は芝公園出口から環状3号
  • 内回り:霞が関出口~溜池から六本木通り

[編集] その他

ビルの設備は非常に先進的であるが、回転式の自動扉は事故により撤去されている。再開発の経緯があり、住人が多いので、日常生活にも配慮がある。自転車置き場には可動式の自転車ラックと防犯カメラが設置されている。

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 関連作品

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月23日 (月) 13:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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