城南信用金庫

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城南信用金庫
The Johnan Shinkin Bank
種類 信用金庫
本社所在地 〒141-8710
東京都品川区西五反田七丁目2番3号
電話番号 03(3493)8111
設立 1945年8月
金融機関コード 1344
SWIFTコード JSBKJPJT
総資産 3兆5,846億円
(2008年3月31日現在)
従業員数 2,086人
(2008年3月31日現在)
外部リンク 城南信用金庫
特記事項:店舗数:85店
(2008年3月31日現在)
  
本店(2009年6月)

城南信用金庫(じょうなんしんようきんこ)は、東京都品川区に本店を置く信用金庫みずほ銀行と提携関係にある。営業地域は東京都港区青山から神奈川県厚木市に亘る。

目次

[編集] 沿革

  • 1902年7月、旧一宮藩主で鹿児島県知事を務めた加納久宜子爵)が、産業組合運動の一環として、イギリスの協同組合制度を手本として、地域振興のために、山王の自邸を事務所として設立した都内最古の入新井信用組合が起源。当時、信用組合は「地方自治権の基礎」とされた。
  • 1905年5月、加納久宜と入新井信用組合は、第一回産業組合全国大会を呼びかけ、その議長を務める。
  • 大正初期、東京府は貧富格差の是正、弱者救済、国民生活改善、思想善導、質実剛健、勤倹貯蓄奨励、社会国家の健全なる発達などを目的に、産業組合5カ年計画を策定して組合設立を指示。これを受けて、各地の町長など有力者が、入新井信用組合を見習い、公益事業の一環として、私財を投じて組合長をひきうけ、城南信用組合の前身となる城南地区の各信用組合が発足。
  • 1945年8月 城南地区の15の市街地信用組合が合併して、新たに城南信用組合が設立される。初代理事長には、代田朝義(後に大田区長となる)が就任。
参加組合 - 大崎、品川、大井、大森、入新井、馬込、池上、蒲田、六郷、矢口、羽田、荏原、碑衾、駒沢、砧
  • 1948年10月、酒井熊次郎(後に初代全国信用協同組合連合会(現信金中央金庫)会長となる)が2代目理事長に就任。
  • 1951年6月、城南信用金庫に改組。
  • 1956年5月、小原鉄五郎が3代目理事長に就任。
  • 1959年2月、東都信用金庫の事業全てを譲り受ける。
  • 1961年7月、芝商工信用金庫の事業全てを譲り受ける。

[編集] 信金業界での貢献および現在の経営

設立以来、2001年京都中央信用金庫が合併して誕生するまで、信用金庫業界内で預金量、貸出金量とも1位を継続。2007年12月現在は預金量、貸出金量とも2位。

初代理事長は代田朝義(元六郷信用組合長:後に大田区長となる)、2代目理事長は酒井熊次郎(元入新井信用組合長:初代全国信用協同組合連合会(現信金中央金庫)会長)。

3代目理事長・会長となった小原鐵五郎は、1918年(大正7年)富山県で生じた米騒動を見て、貧富の差をなくして安定した社会を作りたいと考え、1919年(大正8年)7月に大崎信用組合に入職。全国信用金庫協会長や全国信用金庫連合会(現:信金中央金庫)会長を長年勤めるなど、信用金庫業界に貢献。

  • 「裾野金融」
  • 「貸すも親切、貸さぬも親切」
  • 「カードは麻薬」

などの「小原哲学(名前の一字を取って、鉄学・鐵学とも言われる)」は、現在も城南信用金庫の経営理念として残る(内容については小原鐵五郎の項を参照)。

小原死後理事長に就任した真壁実も、独自のプライムレートの導入、不良債権のディスクロージャーの実施、懸賞金付定期預金、民間版定額貯金である「スーパートップ」、「ハイパートップ」、「超(ハイパー)優貯(ゆうちょ)」、「民間版住宅金融公庫ローン(超固定)」など、独自商品を開発する。

「貸すも親切、貸さぬも親切」という原則に徹し、バブル期において、株式ゴルフ場地の購入などの投機的な資金を貸さなかった事から、バブル崩壊後の金融危機でも健全経営を維持。

また「カードは麻薬」という小原哲学に基づき、消費者向けのカードローンは、現状では一切扱っていない。クレジット・信販会社とのATM提携も一切行っていない。
投資信託や保険、デリバティブなど、顧客にリスクのある商品(国債地方債等の公共債を含む)も、一切扱っていない。サブプライム関連の投資も一切取り扱っていない(バブル期頃に20代向けへ普通預金とカードローンの一体型カードを(当時の名称は、城南シティカード)発行していた時期があったが、現在は既存契約を含め廃止している)。

ATMなどの機械化は、振り込め詐欺などの事故やリスクの観点を考えて最小限にとどめている(ATMの項目を参照のこと)。

格付機関であるフィッチ・レーティングスによる格付けは、格付開始以来2008年現在まで連続して☆☆☆(最高位)。
日本経済新聞の実施する「日経金融機関ランキング」の「顧客満足度調査」において、「健全性・信頼感」の分野で、第一回、第二回、第三回の3年連続で、全国金融機関の中で第一位。

また、城南では毎月最終窓口営業日の数日後に、店頭窓口、キャッシュコーナーにディスクロジャーの一環として、全ての債務等の情報を公開している。
これは現在、理事長を勤めている真壁実が、ガラス張りの経営をしたい旨の意向に基づいて実施している。

[編集] 政府系金融機関との提携解消

城南信用金庫は、2005年に『日本政策投資銀行などの政府系金融機関との提携解除』を発表した。同金庫によれば、政府系金融機関は、戦後から1965年(昭和40年)代にかけて、長期資金の供給など、民間が対応できない分野で一定の役割を果たしてきた。しかし、今や民間でも長期資金の供給は十分可能であり、逆に政府系金融機関が民間の仕事を奪うなど、民間と競合しており、その存在意義を失っていることから、同金庫では『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』という考えに基づき、提携を解消したものである(2006年度ディスクロージャーより)。

日本経済新聞(2005年11月9日)は、「民間金融機関が政府系金融機関との契約を解除するのは異例だ。政府系金融機関については、経済財政諮問会議(座長:小泉首相)が統廃合や民営化などの基本方針を月内にもまとめる予定で、改革論議にも影響を与えるとみられる」と論評した。これに対して政府系金融機関は「政府系金融機関のノウハウを生かす」「地域活性化」や「地場産業育成」を理由に民間金融機関との提携を促進しており、2008年2月現在、提携解消に追随する民間金融機関は存在しない。

[編集] 営業地域

東京都一円および神奈川県東部。 店舗は横浜市(16店)、大田区(15店)、世田谷区(14店)に多い。この他にも神奈川県川崎市相模原市大和市厚木市海老名市座間市藤沢市伊勢原市綾瀬市平塚市秦野市茅ヶ崎市鎌倉市高座郡寒川町愛甲郡愛川町を営業基盤を持つ。実際の営業窓口がある所は、品川にある営業部本店から一番遠い厚木市にある厚木支店。

綾瀬市、伊勢原市、平塚市、秦野市、高座郡寒川町、茅ヶ崎市、鎌倉市には営業窓口[1]は一切ない。

[編集] ATMについて

  • 現金自動預払機(ATM)では、他の信用金庫のキャッシュカードによる入出金手数料については他の信金扱いとなる。
(しんきんネットキャッシュサービス、ゼロネットサービスに加盟している)
また、取引できる内容は通帳またはカードでの紙幣扱の入金・カードかカードと通帳併用での出金、通帳記入と残高照会。振込・振替・硬貨の入出金は扱っていない。
  • ATMベンダーは富士通(FACT-AとFACT-Vモデル20)であり三菱東京UFJ銀行(旧東京三菱銀行)と同様、ICキャッシュカードを発行しており、出金操作時に登録した掌の生体認証装置とキャッシュカードに登録した暗証番号で本人確認している。
  • 城南の全支店のATMは日曜・祝日には稼動していないが、ホストコンピュータは稼動しているため、他銀行(他金庫)ATMで出金可能。
(振込・振替は別途契約する事により、テレホンバンキングサービスで対応している。但しテレホンバンキングサービスによる取引は平日午前8時から午後9時まで、土は午前8時から午後5時まで)
テレホンバンクセンターでは全て自金庫の職員が取引を処理している。
  • ※入金と通帳併用取引(通帳記入を含む)は平日午前9時から午後3時まで。カードによる入金は平日午後6時まで、出金と残高照会は平日午前8時から午後9時まで取引可能。
  • ATMシステムはほぼ自前で開発している。カードの紛失・盗難の受付は、世田谷にある集中管理センター(テレホンバンクセンター内)で(しんきんサービスセンターへの委託は全く行っていない)全て処理している。
  • なお、唯一の店舗外ATM「五反田駅出張所」は撤退のうえ、JRビューアルッテ(非提携ATM)にかえられたので注意。

[編集] オリジナル商品等

  • 日本初の独自の短期・長期プライムレート制度の実施と公定歩合に先行した引き下げの実施(1991年4月:日本経済新聞他)
  • 日本初のスプレッドバンキング方式による収益管理(トランスファープライシング)の導入(1991年4月:近代セールス)
  • 日本初の不良債権のディスクロージャーの実施(大手銀行に1年先行する)(1992年4月:日本経済新聞他)
  • 日本初の毎年地方の特産品が送られる定期積金の開発(1993年6月:ニッキン他)
  • 日本初のゆうちょ銀行定額貯金対抗商品「スーパートップ」(1993年10月:1994年2月日本経済新聞優秀製品サービス賞優秀賞受賞)の開発(その後「ハイパートップ」(1995年10月:1996年2月日本経済新聞優秀製品サービス賞優秀賞受賞)「超郵貯」(1999年12月)の開発へとつながる)(日本経済新聞他)
  • 日本初の懸賞金付き定期預金「スーパードリーム」を開発(1994年11月:1995年2月日本経済新聞優秀製品サービス賞最優秀賞受賞)(懸賞金付き定期預金の開発は大蔵省が反対したが国民や識者などの支持の下に実現し社会現象となる。各金融機関が追随)(日本経済新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、東京新聞、各テレビニュース、英フィナンシャルタイムス他)
  • 日本金融機関初のテレホンバンキングの実施(本人確認への乱数表の利用も日本初)(1995年6月:日本経済新聞他)
  • 郵貯(当時)ATM提携並びにデビットカードサービスを開始(当初グループに参加:1999年1月:日本経済新聞他)
  • 民間版住宅金融公庫ローン「超固定」の実施(2001年10月:読売新聞)(参議院予算委員会で小泉首相が取り上げ本商品が住宅金融公庫民営化決定の契機となる:2001年11月NHK国会参議院予算委員会中継、2002年NHK新春記者会見)
  • 日本初の独自のATM月間利用限度額の実施(2005年5月:読売新聞他)

[編集] 社会貢献

災害後に金銭寄託による社会貢献を行っている[2]

[編集] 脚注

  1. ^ 過去には高円寺支店旧店舗が、杉並車庫近辺にあったことが、その車庫窓口に寄贈された写真によりわかる。
  2. ^ 読売新聞2008年6月19日34面記事

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月23日 (水) 08:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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