塩田仁史

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塩田 仁史
名前
愛称 シオ
カタカナ シオタ ヒトシ
ラテン文字 SHIOTA Hitoshi
基本情報
国籍 日本
生年月日 1981年5月28日(28歳)
出身地 茨城県
身長 185cm
体重 80kg
血液型 B型
選手情報
在籍チーム FC東京
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
2004-現 在 FC東京 56 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

塩田 仁史(しおた ひとし、1981年5月28日 - )は、茨城県出身のサッカー選手である。ポジションはGKJリーグFC東京に所属。

目次

[編集] 経歴

水戸短期大学附属高等学校を経て、流通経済大学体育局サッカー部出身。 水戸短期大学附属高等学校時代は、全国大会出場など目立った経歴はなし。流通経済大学体育局サッカー部時代は、1年次はあまり出番がなかったが、着実に力を付け4年次には全日本大学選抜に選出されユニバーシアード大会出場。

大学卒業後の2004年にFC東京に入団。ルーキー・イヤーの2004年は、正GKの土肥洋一日本代表遠征で不在だった穴を埋めるべくナビスコカップで準決勝までの8試合に起用され決勝進出に大きく貢献。チームの決勝進出の立役者の一人だったが、浦和との決勝戦では土肥が先発を務め、さらにMVPも獲得。直後の優勝祝賀会では「おいしいところだけをもっていった土肥さんに何かおごってもらいます」と発言して笑いを誘った。同年8月のスペイン遠征にて、知将ハビエル・イルレタが率いるデポルティーボ・ラ・コルーニャとのプレシーズン・マッチに先発フル出場。その際にデポルティボサポーターからクレヨンしんちゃん(スペインでも放映されている)のパパをもじって「ひろしー、みさえー」とからかわれた(背中の選手名をHITOSHIと表記していたため)。

2006年11月26日、Jリーグ第33節浦和戦(味の素スタジアム)にてリーグ戦デビュー。この試合には浦和の優勝がかかっており、通常以上に緊張感の高い試合での先発デビューとなったが、完封で目の前での優勝決定を阻止しリーグ戦デビューを飾った。それまでFC東京のゴールを守り続け、Jリーグの連続出場記録保持者でもある土肥洋一から正ゴールキーパーの座を奪取し、土肥がFC東京を去った2008年からは背番号も1に変更され、リーグ戦全試合にフル出場した。また、東京では選手会長も務めている。

2009年1月下旬のグアムキャンプで体調に異変を感じ急遽帰国。当初は熱中症と診断されたが、1週間後に虫垂炎である事が判明し入院、手術を受けた。術後合併症による麻痺性腸閉塞を併発したため1ヶ月半入院治療を強いられ、開幕スタメンを20歳の権田修一に譲った。3月19日に退院し、リハビリを開始。4月から部分的にチーム練習に合流した。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2001 流経大 - - - 2 0 2 0
2004 FC東京 22 J1 0 0 8 0 0 0 8 0
2005 FC東京 22 J1 0 0 6 0 0 0 6 0
2006 FC東京 22 J1 2 0 4 0 2 0 8 0
2007 FC東京 22 J1 20 0 4 0 3 0 27 0
2008 FC東京 1 J1 34 0 7 0 4 0 45 0
2009 FC東京 1 J1 1 0 2 0 3 0
通算 日本 J1 56 0 30 0 11 0 97 0
日本 - - 2 0 2 0
総通算 56 0 30 0 13 0 99 0

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年11月15日 (日) 11:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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