外国人参政権
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外国人参政権(がいこくじんさんせいけん)とは、その国の国籍を有しない外国人に付与される参政権をさす。
目次 |
[編集] 各国における外国人参政権
[編集] 各国政府の選挙権と被選挙権
- 国政レベルの被選挙権は、どの国であっても認められないと考えてよい。
- 国政レベルの選挙権は、特定の人種に限って与える場合があるものの、数ヶ国である。
- 地方レベルの被選挙権は、認められる20ヶ国ほどがある。ただ、付与条件は国によりまちまち。
- 地方レベルの選挙権は、認められる20ヶ国ほどがある。ただ、付与条件は国によりまちまち。
世界の独立国が203ヶ国(国連加盟国192ヶ国)の中における以上の状況から、急進的な一部の国を除き、外国人参政権の問題として国政レベルの選挙権・被選挙権が付与されることはレアケースであることがわかる。外国人参政権の問題として論じるべきは、あくまで地方レベルの選挙権・被選挙権であり、とりわけ選挙権の方であることが理解できよう。
[編集] 概説
外国人に対して、国籍にかかわらず、国内全てで、地方自治の選挙権または被選挙権を与えている国は、現在22ヶ国ある。これらの国々も滞在期間や在留資格などで参政権を与える外国人を制限している。滞在期間を問わず参政権が与えられるのはアイルランドだけである。
- EU(欧州連合):アイルランド、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ハンガリー、スロバキア、スロベニア、リトアニア、エストニア
- EU非加盟:ノルウェー、アイスランド、ロシア
- 英国邦連邦:ニュージーランド
- 北米・南米:チリ、ウルグアイ、ベネズエラ
- その他:韓国、イスラエル、マラウェイ
ヨーロッパの国々が外国人地方参政権の付与に積極的に見えるのは、欧州連合という枠組みにおいて、国家間の政策や協力により一致結束して実行する、という目的が背景にある。事実、付与対象者の国籍をEU加盟国に限るとする国がヨーロッパでは大半を占めている。よって欧州連合のような地域間での強力な協力体制がない国々にEUでの事例を直接当てはめることはできない。
その他、EU加盟国、英連邦加盟国同士や、近隣国の間で国籍を限定した外国人参政権を認めた国がある。また、限られた地方自治体の中で外国人参政権を認めている国もある。それらを合計しても外国人参政権を認めている国は39ヶ国で、外国人参政権を認めていない国の方が多い[1]。
[編集] 韓国・北朝鮮の現状
日本に40万人の特別永住者が存在する韓国人・朝鮮人は、世界の中でも特殊な状況にあり、個別に状況を見極める必要がある。
[編集] 在日韓国人の韓国国政への参政権
2012年より、在日韓国人は日本国内でも韓国国政選挙(大統領選挙)の選挙権を与えられることになっている[2]。もし日本で地方参政権を得た場合、在日韓国人は日本と韓国の2カ国における選挙権を同時に持つことになる。その場合、例えば在日韓国人の中には「在日韓国人に帰化した在日朝鮮人」も多く含まれるため、日本の国防上の問題を、日本を敵対国家とみなしている国が左右する可能性も生まれ、安全保障の観点からも非常に危惧されるべき問題となる。
韓国では、2005年の7月の済州道での住民投票が、永住権者の参政権を認める初の例となった。
[編集] 在日朝鮮人の北朝鮮国政への参政権
在日朝鮮人からの代議員(北朝鮮国会議員)は徐萬述(朝鮮総連中央議長)、許宗萬(朝鮮総連中央責任副議長)、梁守政(総連中央副議長)、姜秋蓮(女性同盟中央委員長)、張炳泰(朝鮮大学校学長)、朴喜徳(朝鮮総連中央経済委員会副委員長)が選出されており、北朝鮮国政に積極的に参加している[3]。
[編集] 日本における外国人参政権をめぐる動き
[編集] 平成7年判決
[編集] 事の始まり
1990年、永住資格をもつ在日韓国人(特別永住者)が、大阪市の各選挙管理委員会に対して、彼らを選挙名簿に登録することを求めて公職選挙法24条に基づき、異議の申出をしたことに始まる。異議を選挙管理委員会により却下されたため、在日韓国人らが却下決定取消しを求めて訴えを提起した。
[編集] 大阪地裁の判断
大阪地裁は、(1)憲法15条の「国民」とは「日本国籍を有する者」に限られ、定住外国人には公務員の選定・罷免権は認められない、(2)憲法93条2項の「住民」は「日本の国民であること」が前提となっている、(3)よって日本国籍を有しない定住外国人には参政権を憲法が保障していると認めることはできないとして、請求を棄却した。 これを不服とした原告の在日韓国人は、公職選挙法25条3項に基づき最高裁に上告した。
[編集] 最高裁判所の「判断」
最高裁判所は在日韓国人の上告を棄却した。上告棄却により、大阪地裁での判断が確定し、原告在日韓国人の訴えは認められなかった。
[編集] 最高裁判所の「傍論」
最高裁判所の判例では、「参政権は国民主権に由来し認められるものであるから、その享有主体は憲法上日本国籍を有する国民に限られる」と判断している。
傍論(裁判官の意見のうち、判決理由には入らない部分)として、「法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である」と付け加え、「このような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生じるものではない」と結んでいる。[4]。
[編集] 「傍論」による影響
この傍論部分を根拠に、左派勢力を中心に、国民主権の中心的意義は治者と被治者の自同性(統治する者と統治される者が同一であるべきこと)にあることを理由に、日本国籍を持たないが日本と重要な関連を有する者(永住外国人など)にも参政権を認めるべきであるとの主張が為されることとなった。 政党においては公明党や民主党が積極的である。
法学界においては、定住外国人に地方参政権を認めないこと自体が憲法違反であるとの見解(要請説)もある。
[編集] 各政党の反応
- 民主党は外国人参政権付与法案を公明党の次に多く提出しており、結党時の「基本政策」に「定住外国人の地方参政権などを早期に実現する」と掲げている[5]。マニフェストにもこのことを明記している。民主党の推進派議員によって「在日韓国人をはじめとする永住外国人住民の法的地位向上を推進する議員連盟」を設立して国会で法案を通すための活動をしているが、党内には慎重な姿勢を見せる議員もおり、2008年5月に党規約に基づく代表の諮問機関として「永住外国人地方参政権検討委員会」を設置し、外国人参政権の取り扱いについて議論を継続している[6]。
- 日本共産党も党として地方参政権付与を推進している[8]。2009年1月には志位委員長が在日本大韓民国民団中央本部主催の新年会において、「日本共産党は永住外国人に選挙権だけでなく、被選挙権も付与する立場でがんばっています。」と党の方針を述べ、永住外国人に対する被選挙権を与えると表明した[9]。
- 自民党は党としてはなんらの見解も表明していないが、所属国会議員の多くは外国人参政権に消極的である。しかし、一部議員は公明党等と同調して容認する動きを見せている。
日本国内の特別永住者(ほとんどが韓国籍または朝鮮籍)に対する地方参政権付与は、韓国における永住外国人の地方参政権付与を前提にした互恵的制度として日韓間で法案準備がされてきた。その後韓国内で一度廃案が決まった経緯から、日本の自民党では、「すでに一度終わった話」とする意見が多かった。
その後韓国内で永住外国人に地方参政権を与える法律が成立したが、これに対し日本の自民党や民主党の保守派議員からは、韓国に永住する在韓日本人は二桁であり、日本に永住する在日韓国人が50万人以上というオーダーである事などから互恵的とは言えないという意見や、そもそも地方参政権といえども国民固有の権利であり憲法違反であるとして、外国人には与えるべきではないという意見も根強い。
[編集] 民団・総連の反応
在日コリアン団体の反応では賛否が分れている。韓国民団は地方参政権を得るべきであると主張しており、参政権付与に積極的な民主党と公明党の支援を表明している[10]。そもそも、この平成7年裁判を起こしたのも在日韓国人であることから考えれば当然ではある。
かたや、朝鮮総連は「在日同胞は共和国公民である」という立場から「日本国への政治参加が在日同胞の民族意識を稀薄化させることにつながる」として反対を表明している。その他、「参政権は日本の政治地図を在日コリアンに反映させることになり、さらなる党派分裂もたらす」と危惧する声(金敬得など)もあり、それらが結論においてのみ朝鮮総連と一致するという現象もみられる。
[編集] 反対派の意見
日本人の反対派からは次のような意見が多い。日本国籍を取得した外国人には、当然参政権がある。日本国籍を持たない外国人に参政権を与えた場合、その者が国籍を持つ国と日本の両方の参政権が二重に与えられることも問題とされる。外国人が参政権を求める場合は日本国籍を取得すべきだというものである。また、保守勢力を中心に、主に安全保障上の理由から外国人参政権に対する拒否感があると言われている。
[編集] 法的解釈
参政権は基本的人権の一つと考えられているが、人権は法令により付与されるのではなく人として存在するだけで必然的に発生する権利とするのが通説である。一方、日本国憲法も多くの国と同じく国民の参政権については「固有の権利」としており、自動的に外国人の参政権を排除した規定のしかたをしているとの見解がある。 参政権に関する諸法令では日本国民であることを明示的に要件としているために、結果としても外国人参政権は本来、排除されている。 「国民固有の権利」という表現自体を歪曲して解釈することが地方自治体で横行してきたため戦後、次第に国民国有の権利が外国人によって侵害されてきたという意見がある。
学説においては,(1)憲法上,外国人に参政権を認めることは禁止されているという禁止説,(2)憲法上,外国人に当然には参政権は保障されないが,定住外国人に対し立法措置により参政権を認めることは許されているという許容説(立法裁量説),(3)憲法上,定住外国人に対し,参政権を認めることが求められているとする要請説が唱えられている。(1)が伝統的通説であり,(2)(3)は近時の有力説である。 また,国政レベルの参政権と地方レベルの参政権とで議論状況もまた分かれている。
外国人の人権あるいは政治活動の自由についてはマクリーン事件における最高裁法廷判決により「憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。」と判断されている[11]
定住外国人の地方参政権が問題となった事件で,最高裁判所は1995年(平成7年)2月28日付けの判決において、「公務員を選定罷免する権利を保障した憲法15条1項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である」「憲法93条2項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない」として地方参政権を求めた原告の訴えを棄却した。
但し、その際、次のとおり,日本国憲法は定住外国人に対し地方参政権を否定はしていないので立法的施策が可能である、との傍論が付けられた。 「・・・このように、憲法93条2項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第8章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である」
なお,同判決に関わった園部逸夫裁判官は,強制連行等の歴史的経緯を重視したことを述べている。
同判決に素直に従えば,最高裁は,地方レベルでは許容説に立ち,国政レベルでは禁止説または許容説に立つことが窺われる。
同判決に対しては,これはあくまでも「強制連行された外国人など(つまり日本に住んでいるのが本人の意思でなく日本政府などによって強制された結果)」という前提の話であって、すべての外国人に対して立法措置が可能という意味ではないとの意見がある。
野党などが中心となって1998年10月に初めて国会提出し、審議されるようになった。教職など一定の範囲の公務については外国人に就任を認める立法がなされている。
一方マクリーン事件および定住外国人地方参政権事件の最高裁判例より、国政レベルでの参政権は永住外国人に対して憲法上保障されていないとするのが通説的見解である。
[編集] 在日永住外国人の参政権問題の背景
詳細は「特別永住者」を参照
日本で生活する外国人のうち、永住資格を持つ外国人の人口は、2007年末時点で約87万人である。このうち朝鮮半島や台湾から戦前に移住してきた人々やその子孫で、現在も日本国籍を取得していない、いわゆる特別永住者の人口は、約43万人である。(「平成19年末現在における外国人登録者統計について」参照)。
日本における永住外国人参政権問題については、出身国に関係なく付与すべきという意見もあるが、旧植民地を出身とする特別永住者に対してどのように考えるかということが最も意見の分かれるところである。さらに、本来の特別永住者たる資格要件(戦前から日本に居住していた外国人)を満たさない、不正資格者(密入国者)の存在が、論議を難しくしている。
[編集] 植民地の統治
1895年に日清戦争で勝利した日本は、下関条約によって初めての植民地である台湾を清から割譲された。その後1905年に日露戦争後のポーツマス条約でロシアから樺太の南半分を獲得し、その5年後の1910年には日韓併合条約を締結して、先の二つの戦争のそもそもの原因であった朝鮮半島の併合を成し遂げた。これらの地域は外地とも呼ばれ、日本の領土、すなわち大日本帝国憲法の効力が及ぶ範囲として、太平洋戦争で日本が敗北する1945年まで統治された。日本はこれらの地域に住む多様な民族を包含する多民族国家となった。
これらの植民地に元から住んでいた住民は、大日本帝国の臣民すなわち日本国民であるとされて日本の国籍を持った。但し戸籍については日本人と区別され、植民地ごとに別の戸籍が作られて戸籍法の適用を受けなかった。外地出身の家系であれば内地で生まれても、婚姻等でもない限り内地へ転籍できず外地の戸籍に入籍した。住民には帝国臣民として日本民族に同化させる政策がとられた。その後日中戦争が勃発し、戦時体制が固められていく中で、創氏改名や日本語教育、神社参拝などの皇民化政策が推し進められ、同化(日本人化)政策は強化されていった。植民地では経済的な困窮が続き、内地(日本本土や沖縄)や南樺太などへ出稼ぎとして移住する者も多かった。
[編集] 植民地の参政権
これら植民地では、内地の法律を勅令によって適用させることができるとした。
また台湾と朝鮮については、それぞれ固有の民族や文化に適応した統治を行うために、政府は台湾総督府、朝鮮総督府の各総督に対して立法権を委任した。総督は日本の陸海軍大将などが天皇から任命されて就任した。台湾と朝鮮の総督が制定する法律に替わる命令は帝国議会の協賛を要するとされた。
樺太については、内地からの移住者が多かったため原則的には独自に法律を作ることはなく、内地の法律が適用された(実際に1943年には内地に編入されている)。
これらの地域には衆議院議員選挙の選挙区が設置されなかった。つまりこれらの植民地住民は、立法権を持つ帝国議会議員や総督の選定に容喙できず、道会、州会等の地方議会選挙を通じて民意を表明しうるにすぎなかた。これはこの地域に住む日本人も同様であった。なお選挙を要しない貴族院では、朝鮮人、台湾人も議員に任命されていた。
ただし台湾人、朝鮮人であっても、内地に移住した場合は当然に衆議院議員や内地の地方議会選挙で選挙権を行使できた。
被選挙権については、選挙区への居住が条件づけられていないため、内地の選挙区を選んで出馬することは出来た。ただし外地に居住する台湾人、朝鮮人で実際に出馬した例はなかった。
[編集] 内地の参政権
内地では1912年に沖縄県が選挙区に加わり、小笠原諸島や千島列島を除くほぼ全土にわたって帝国議会の議席が与えられた。1925年に施行された普通選挙法によって、25歳以上の男子で内地に居住する帝国臣民は納税額に関わらず参政権が認められた。ただし貧困により扶助を受けている者や、六ヶ月以上一定の市町村に居住していない者には認められなかった。日本の有権者は1240万人へと増加した。居住条件が台湾人や朝鮮人には不利であったが、内地への移住者が増加するに伴って有権者の数も増加した。
1932年には朝鮮人の朴春琴が衆議院議員選挙で東京4区から出馬して当選を果たした。朴春琴は在日朝鮮人労働者の相互扶助団体「相愛会」を設立(会長:李起東)し、自らは副会長に就任していた。1928年には理事長に朝鮮総督府警務部長、警視庁特高課長を務めた丸山鶴吉を迎え、親日融和を標榜する政府御用団体として成長した。東京4区は戦前に在日朝鮮人が多く住んでいたが、有権者としてははるかに多数派であった日本人の支持を得るため日本の大陸進出を推し進める政策を主張した。朝鮮統治にとって好ましい候補者であったため朝鮮総督府や軍から支持された。外地出身者で立候補した者は他にもいたが衆議院で議員になったのは朴春琴だけである。朴春琴は1937年に再選したが以後は落選した。
このほか地方議会でも1932年に朝鮮人の朴柄仁が尼崎市会議員選挙で当選するなど外地出身者で当選を果たした者もいた。1940年に創氏改名令が施行されたが選挙は戸籍名で行われ、候補者はたとえば朝鮮人であれば朝鮮名を名乗って出馬した。1930年からはハングルでの投票も有効とされた[1][2]。
[編集] 戦時中
1938年に国家総動員法が制定され、政府は内地外地ともに労働力や物資を統制下に置き、動員や調達が出来るようになった。内地ではさらに徴兵令から改定された兵役法や国民徴用令が発動されていたが、戦況の悪化とともに日本人だけでは兵員や労働者が不足するようになり、それぞれ外地でも適用されるようになった。兵役法は戸籍法の適用を受ける日本国民男性を徴集の対象としていたため、戸籍法の適用を受けない植民地住民は対象となっていなかった。1943年に政府は兵役法を改定し「戸籍法の適用を受ける者」の部分を削除し、植民地住民の徴兵を可能とした。
台湾では徴兵制は1945年から、国民徴用令は日本と同じく1939年から適用された。朝鮮では徴兵制は1944年から、徴用については1939年に「募集」、1942年からは官斡旋と形態を変えて動員が図られ、1944年に国民徴用令が正式に適用された。これにより多くの人が動員され、日本内地への移住や戦地への赴任を余儀なくされた。
徴兵や徴用の見返りに、1945年4月1日に改正された衆議院議員選挙法によって台湾と朝鮮にも帝国議会の議席が与えられ、選挙によって衆議院に議員を送ることが出来るようになった。但し有権者は1年以上直接国税15円以上の納税という制限が課されており普通選挙ではなかった。また議席数は、衆議院の定数466に対し台湾5名、朝鮮22名とされた。また1943年に内地に編入された樺太でも同時に3名の議席が認められた。しかし敗戦のため実施されずに終わった。また貴族院でも台湾と朝鮮から勅撰議員を選出することが決められ台湾、朝鮮から合わせて10名の議員が選出された。
[編集] 連合軍占領期
戦後すぐに多くの旧植民地人は帰国して行ったが、既に日本での生活に慣れ親しんだ一部の人々は、帰国することを望まなかった。また帰国したくても渡航費用が無かったり、帰国後の生活基盤が無い上に持ち出し制限が課されて帰国を諦めた人もいた。また一度は帰国したものの、その後の朝鮮戦争などの混乱のために、日本に残った親類などを頼って日本に戻る人も見られた。日本に残り定住を決めた旧植民地人の多くは、戦前に自らの意思で移住してきた人々であって、徴用などで連行されてきた人々の大半は帰国した。
彼らの地位や権利をめぐっては不確定な時期が続いた。連合軍の占領下にあった日本政府は、戦争終結の平和条約を締結するまではこれらの人々について日本国籍を保持するとした。連合軍総司令部もそれを支持し、さらに旧植民地に正式に承認された国家が成立するまでは日本国籍を持つものとするとの考えを示した。1945年10月23日に政府は、内地在住の台湾人と朝鮮人の参政権保持を認めることを閣議決定した。しかし同年12月17日に改定された衆議院議員選挙法の付則では「戸籍法の適用を受けない者」の参政権を当分の間停止すると定め、旧植民地人の参政権を停止した。1947年5月には外国人登録令によって外国人としての登録を義務づけた。1948年8月に大韓民国、9月に朝鮮民主主義人民共和国が成立して朝鮮半島が南北に分裂、また1949年10月の中華人民共和国成立を受けて12月に中華民国国民政府が首都を台北に移転した。
1951年9月8日、日本はサンフランシスコ講和会議に全権を派遣して平和条約に調印、同条約は4月28日に発効し、日本が連合軍の占領から解かれ、また正式に台湾や朝鮮などの植民地と、千島列島や南樺太など内地の一部に関する権利を放棄することが決定した。この発効の直前、1952年4月19日に法務府民事局長が通達を出し、「平和条約の発効に伴う朝鮮人台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について」によって在日台湾人及び朝鮮人は一律に日本国籍を喪失することとなった。平和条約には旧植民地人の国籍に関する明文はなかったが、政府は戸籍法を基準として、内地に戸籍の無い住民は全て日本国籍を喪失するとした。また特に台湾については、1952年4月28日に日本が中華民国国民政府と調印し、8月5日に発効した日華平和条約をもって台湾人は日本国籍を喪失したとされた。
これら決定に至る過程で、日本政府内には当初旧植民地人に対して国籍選択権を与える考えがあったことも指摘されている。また一方で、たとえば当時の韓国政府は韓国併合以前の条約は全て無効であるとの立場をとっており、日本に在住する韓国人(朝鮮人)については、そもそも日本国民ではなく、大韓民国樹立によって日本国籍とされていたものから離脱し韓国国籍を回復した、とする「在日韓国人の法的地位に関する見解」を連合軍総司令部に伝えていた。平和条約発効の同日、外国人登録法が制定された。日本政府は在日台湾人、朝鮮人に対して国籍選択権を与えないことを決め、彼らは日本国籍を失い、外国人として日本で暮らすことになった。
[編集] 平和条約締結後
日本国籍を喪失した旧植民地人は、参政権をはじめ国民年金や国民健康保険などの日本で生活する社会的権利が与えられなかった。彼らにとって、日本国民として日本人とほぼ同等であった戦前とは逆に、戦後は徹底して排除される政策となった。その後徐々に改善され、1960年代の後半から国民健康保険制度が、1980年代には国民年金制度が適用されるようになった。
外国籍でありながらこれらの社会保障制度が認められているため、日本国民の中には旧植民地人には権利は充分に与えられており、それ以上は必要ないと考える人もいる。逆に日本で永住する旧植民地人の中には、一度奪われたものを長年の努力で徐々に回復してきたという意識もあって、その延長線上に参政権がある、と考える人もいる。彼らは日本人と同様に税金は納めているが、現代の日本のみならず世界中のほとんどの国は、いわゆる普通選挙制度を採っており、納税を参政権要求の根拠にするのは今の時代にはふさわしくない、という指摘がなされている。 彼らが日本国籍を取得すればこれらの問題は全て解決するが、戦後かなり長い間、旧植民地人であるなしに関わらず、外国人が帰化することは容易なことではなかった。また彼らの中に帰化することへの心理的な抵抗を抱いている人が少なからずいたということも指摘しておかねばならない。
1991年に、出入国管理及び難民認定法(入管法)の特例として施行された法律で、戦前から定住する旧植民地人(いわゆる平和条約国籍離脱者)とその子孫は特別永住者となった。これらの人々には、日本国民と同等の社会的権利の多くが認められるようになったが、参政権については国政選挙、地方選挙に関わらず認められていない。特別永住者や日本国民の中には、特別永住者に対して外国人という立場のまま地方参政権を付与するべきという意見もある。一方で、90%以上が日本で生まれたという特別永住者に対して、選挙権を与えるのではなく、帰化手続きを簡易にし、日本国籍を取得を促せば良いという意見もある。あるいはいくつかの国が取っているように、日本で生まれた者は自動的に日本国民となる生地主義を導入するべきだという意見もある。2003年から帰化の動機書が不要になるなど、特別永住者の帰化申請手続きは年々容易になりつつある。
[編集] 参考文献
- 田久保忠衛編著『「国家」を見失った日本人』(小学館文庫)
- 百地章『憲法の常識 常識の憲法』(文春文庫)
- 長尾一紘『外国人の参政権』(世界思想社)
- 甲斐素直「定住外国人の参政権―あるいは国籍法の改正について―」『日本法学』66巻2号,2000.9
- 百地章「憲法と永住外国人の地方参政権―反対の立場から」『都市問題』92巻4号,2001.4
[編集] 脚注
- ^ 国立国会図書館 総合調査 人口減少社会の外国人問題 外国人の諸権利 2 外国人参政権をめぐる論点 佐藤 令
- ^ 在外韓国人にも選挙権…2012年総選挙から 中央日報 2009.01.23
- ^ 在日同胞6人も選出 朝鮮新報 2009.3.11
- ^ 選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出却下決定取消(最高裁判所、平成5(行ツ)163、平成7年02月28日)
- ^ 民主党の掲げる基本政策の選挙制度に関する部分では「定住外国人の地方参政権などを早期に実現する」としている。
- ^ 「永住外国人地方参政権検討委員会」の設置と民主党環境シンポジウムの開催を決定
- ^ 「安っぽい同情論」「民主応援できない」鳩山発言でネット騒然
- ^ 永住外国人の地方参政権/法案要綱 永住外国人に地方参政権を保障するための日本共産党の提案(1998年11月17日)
- ^ 民団の新年会に志位委員長が出席 しんぶん赤旗2009年1月10日
- ^ 民団、民主・公明支援へ 次期衆院選 選挙権付与めざす2008年12月12日 朝日新聞
- ^ 在留期間更新不許可処分取消 (最高裁大法廷、昭和50(行ツ)120、昭和53年10月04日)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年9月3日 (木) 10:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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