宝飯郡
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宝飯郡(ほいぐん、ほいのこおり)は、愛知県東部、旧三河国にある郡。人口21,781人、面積9.92km²、人口密度2,200人/km²。(2009年10月1日、推計人口)
以下の1町を含む。
- 小坂井町(こざかいちょう)
[編集] 歴史
7世紀後半に、三川国穂評(ほのこほり)、8世紀の律令制以降は、寶飫(ほお)郡である。さらに、寶飯(ほい)郡と誤記され、現在の宝飯郡に至る。10世紀までは、設楽郡域も宝飯郡であった。
三河国の国府・一之宮(砥鹿神社)・総社・国分寺・国分尼寺は宝飯郡にあった。これらは現在の豊川市にあたる。東三河では、飽海評(渥美郡)と並んで、穂評(宝飯郡)は古くから設置されている。
中世では、支配者であった長山一色城主の一色時家が、大沢城の波多野全慶(時政)に討たれ、宝飯郡における戦国時代が幕を開ける。その波多野全慶を討ち果たした牧野古白の後裔にあたる牧野城・牛久保城主牧野家などの牛久保六騎と、西部山間部には長沢城の長沢松平家(以上、現豊川市)、豊川下流域には伊奈城主本多彦八郎家(平八郎家の弟筋)(現宝飯郡小坂井町)、南西の海岸部では上ノ郷城の鵜殿氏(現蒲郡市)などが勢力を保持した地域。やがて徳川家康が今川氏の支配力を排除するが、その家康も関東へ移封され、吉田城に配された池田輝政の支配下に入った時期もある。
明治、大正時代と、豊川西岸(現豊川市江島町のみ東岸)に郡域が広がっていた。郡役所は当初御油町に置かれ、のち郡のほぼ中央の国府町に移転し、郡制廃止を迎えた。
東海道本線の星越トンネルあたりを境に、東側を東宝地方、西側を西宝地方と呼んだ場合があった。
[編集] 沿革
- 1878年(明治11年)7月22日 - 郡区町村編制法施行。御油村に郡役所を設置する。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行に伴い、宝飯郡に33の村が成立。(33村)
- 1891年(明治24年)10月6日(2町31村)
- 蒲郡村が町制施行し、蒲郡町となる。
- 牛久保村が町制施行し、牛久保町となる。
- 1891年(明治24年)10月16日 - 下地村が町制施行し、下地町となる。(3町30村)
- 1892年(明治25年)1月29日 - 御油村が町制施行し、御油町となる。(4町29村)
- 1893年(明治26年)3月13日 - 豊川村が町制施行し、豊川町となる。(5町28村)
- 1894年(明治27年)6月23日(7町26村)
- 赤坂村が町制施行し、赤坂町となる。
- 国府村が町制施行し、国府町となる。
- 1894年(明治27年)12月10日 - 三谷村が町制施行し、三谷町となる。(8町25村)
- 1906年(明治39年)4月30日 - 蒲郡町・豊岡村・静里村・神之郷村が合併し、蒲郡町が発足。(8町22村)
- 1906年(明治39年)6月25日 - 穂原村・平幡村が合併し、八幡村が発足。(8町21村)
- 1906年(明治39年)7月1日(8町13村)
- 豊川町・麻生田村・睦美村の一部が合併し、豊川町が発足。
- 牛久保町・明子村・睦美村の一部が合併し、牛久保町が発足。
- 御津村・御馬村・佐脇村が合併し、御津村が発足。
- 大村・下地町・鹿菅村が合併し、下地町が発足。
- 本茂村・桑富村が合併し、一宮村が発足。
- 1906年(明治39年)9月10日 - 国府町・白鳥村が合併し、国府町が発足。(8町12村)
- 1906年(明治39年)9月12日 - 豊秋村・伊奈村が合併し、小坂井村が発足。(8町11村)
- 1923年 - 郡制廃止。最終郡役所所在地:宝飯郡国府町。
- 1924年(大正13年)4月1日 - 形原村が町制施行し、形原町となる。(9町10村)
- 1926年(大正15年)9月12日 - 小坂井村が町制施行し、小坂井町となる。(10町9村)
- 1930年(昭和5年)2月11日 - 御津村が町制施行し、御津町となる。(11町8村)
- 1932年(昭和7年)9月1日 - 下地町が豊橋市に編入。(10町8村)
- 1942年(昭和17年)7月10日 - 宝飯地方事務所を国府町に設置。
- 1943年(昭和18年)6月1日 - 豊川町・牛久保町・八幡村・国府町が合併して豊川市が発足。郡より離脱。(7町7村)
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 西浦村が町制施行し西浦町となる。(8町6村)
- 1954年(昭和29年)4月1日(6町5村)
- 1955年(昭和30年)3月1日 - 前芝村が豊橋市に編入。(6町4村)
- 1955年(昭和30年)4月1日(6町2村)
- 赤坂町・萩村・長沢村が合併し、音羽町が発足。
- 一宮村が八名郡双和村大字金沢を編入。
- 1955年(昭和30年)10月1日 - 大塚村の大半(大字大塚・大字相楽)が蒲郡市に編入。残部(大字大草・大字赤根)は御津町へ編入。(6町1村)
- 1959年(昭和34年)4月1日 - 御油町が豊川市に編入。(5町1村)
- 1961年(昭和36年)4月1日 - 一宮村が町制施行し、一宮町となる。(6町)
- 1962年(昭和37年)4月1日 - 形原町が蒲郡市に編入。(5町)
- 1963年(昭和38年)4月1日 - 西浦町が蒲郡市に編入。(4町)
- 2006年(平成18年)2月1日 - 一宮町が豊川市に編入。(3町)
- 2008年(平成20年)1月15日 - 音羽町・御津町が豊川市に編入。(1町)
- 2010年(平成22年)2月1日 - 小坂井町が豊川市に編入予定。 宝飯郡が消滅予定。
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