宮脇健

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みやわき けん
宮脇 健
本名 宮脇康之
生年月日 1961年6月13日(48歳)
出生地 日本の旗日本東京都
民族 日本人
ジャンル 俳優映画テレビドラマ
活動期間 1964年-
主な作品
ケンちゃんシリーズ

宮脇 健(みやわき けん、本名・宮脇 康之(みやわき やすゆき)、1961年6月13日 - )は東京都出身の俳優子役時代は「ケンちゃん」としてお茶の間の人気者だった。 旧芸名は、本名の宮脇康之。

目次

[編集] 経歴

  • 1964年山田洋次監督の映画『運がよけりゃ』で芸能界デビュー。
  • 1966年テレビドラマ『チャコねえちゃん』(四方晴美主演)に出演。以後1976年の『フルーツケンちゃん』までケンちゃんシリーズに出演。しかし、テレビでの活躍とは裏腹に家庭の崩壊、兄の自殺未遂、そして保証人になったことによる多額の借金と苦難に満ちた人生を送った。
  • 1980年 、テレビドラマで共演した三原順子との交際が芸能誌に報じられる。しかし、これが裏付けとなり芸能界から干される状態となる。
  • 1981年、子役からの脱却を目的ににっかつロマンポルノ『マル本噂のストリッパー』に出演。
  • 1984年結城哲也に弟子入りしてチャンバラトリオの付き人を務める。(その際、吉本新喜劇にもチョイ役で出演)、
  • 1989年沖縄ローカルのタレント活動をするなどしたが、芸能の仕事が途絶える状態となる。
  • 1990年、豊川誕らと共にロックバンド『豊川誕とケンちゃんバンド』を結成した。
  • 1996年に結婚。
  • 1997年、子役時代の家庭崩壊などの内情を綴った『名子役の虚構 ケンちゃんの真実』を出版し話題となる。この頃はガス検針の仕事をする。
  • 1990年代末頃~2000年代初頭、「あの人は今!?」といった企画の常連となり、芸能界復帰への意欲を語る。
  • 2000年、占い番組において占い師から名前を「宮脇康之」から「宮脇健」に変えた方が良いとアドバイスされて芸名を「宮脇健」に変更。
  • 2004年1月、自叙伝『ケンちゃんの101回信じてよかった』(講談社)を発表。現在は2001年から始めた還元水生成器ビジネスで成功を収め、講演活動で全国をまわる傍ら、芸能活動も行なっている。

[編集] 出演作品

[編集] テレビドラマ

チャコちゃんシリーズ・ケンちゃんシリーズ(以上TBS

  • 『チャコねえちゃん』(1967年4月6日~1968年3月28日放送)
  • 『チャコとケンちゃん』(1968年4月4日~1969年3月27日放送・全52話)
  • 『ジャンケンケンちゃん』(1969年4月3日~1970年2月26日放送)
  • 『ケンちゃんトコちゃん』(1970年3月5日~1971年3月4日放送)
  • 『すし屋のケンちゃん』(1971年3月11日~1972年3月2日放送・全52話)
  • 『ケーキ屋ケンちゃん』(1972年3月9日~1973年3月1日放送・全52話)
  • 『ケンにいちゃん』(1974年3月7日~1975年2月27日放送・全52話)
  • 『おそば屋ケンちゃん』(1975年3月6日~1976年2月26日放送・全52話)
  • 『フルーツケンちゃん』(1976年3月4日~1977年2月24日放送・全52話)

その他の作品

[編集] 映画

  • 『チャコとケンちゃん』(1969年3月18日公開、東映
  • 『おもちゃ屋ケンちゃん よそではいい子』(1973年8月1日公開、東映)
  • 『お嫁にゆきます』(1978年7月22日公開、東宝
  • 『大恐竜時代』(アニメ) (1979年10月7日公開、日本テレビ
  • 『(本)噂のストリッパー』(1982年9月15日公開、日活
  • 『銀玉マサやん』(1992年12月12日公開、竜企画)

[編集] オリジナルビデオ

  • 『銀玉マサやん 琉球パチンコ決戦』(1993年9月17日発売、ポニーキャニオン
  • 『Zero WOMAN 危ない遊戯(ゲーム)』(1998年5月1日発売、マグザム)
  • 『闇の天使 DREAM ANGEL』(2001年発売)

[編集] テレビ番組

[編集] 著書

  • 『名子役の虚構 ケンちゃんの真実』バラス、1997年
  • 『ケンちゃんの101回信じてよかった』講談社、2004年 - ISBN 406212226X

[編集] エピソード

[編集] こぼれ話

自叙伝で宮脇は次のように述べている。

「ドラマの中では、宮脇康之でいる事は許されなかった。ケンちゃんにならなければならず、必ず半ズボンを穿いていなければならなかった。6年生にもなったら、半ズボンがたまらなく嫌になり、やめさせてくれなければ役を下りるとプロデューサーに申し入れたら、聞き入れてくれたが、その代わりケンちゃん役からは下ろされ、たまに登場するだけの中学生のお兄さん役に回された。」

当時、子どもの象徴として、いかに大人が小学生に半ズボンを押し付けていたかをよく物語る逸話である。実際、『ケンにいちゃん』以降の作品では、主人公の「ケンちゃん」は、宮脇の演じる「ケンイチ」ではなく、岡浩也の演じる「ケンジ」であり、「ケンイチ」は「ケンにいちゃん」となり、脇役的な役回りになっている。

後年の自叙伝「ケンちゃんの101回信じてよかった」では、冬に夏の海水浴シーンを演じさせられることなどの苦労が書かれている。

「ケンちゃんの101回信じてよかった」では、自身が大人の俳優となれなかった主因を、高校生のとき俳優になるための勉強を怠り大金を使って遊んでいたためと、自らの責任としている。しかし、一方では1980年代におけるTBSなどの扱いに関する不満(1982年以降、テレビ局に行っても仕事の話をしようともしなかったこと)も正直に述べている。

ケンちゃん役を降板した後3年ほどは大いに仕事があったが、その後は仕事はほとんどなくなった。原因の一つは三原じゅん子との熱愛疑惑とされる(自叙伝「ケンちゃんの101回信じてよかった」より)。しかしこれについては20年後いつみても波瀾万丈の三原じゅん子の回で、三原本人の口から「熱愛報道は宮脇さんの事務所の意向ではなかったか」と踏み込んだ発言があった(この番組はゲスト芸能人の自叙伝的番組であり、個々のスキャンダルにゲスト本人がここまで言及するのは異例である)。
一方で宮脇は、近年この件に関して「真剣に交際していたが、ある日彼女(三原)から沖田浩之を紹介され『私はこの人と付き合うことになった』と一方的に別れを告げられてしまった」「なぜ別れることになったかはいまだに僕も分からない。でも付き合っていたのは事実ですから」といった旨をインタビューで語っている。

俳優としての仕事がなくなってからは、いくつか仕事を転々としている。

最終更新 2009年8月2日 (日) 10:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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