富嶽
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富嶽(ふがく)とは、
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[編集] 富嶽(米本土爆撃機)計画
1942年(昭和17年)、中島飛行機の創始者である中島知久平が立案した「必勝防空計画」に書かれていたZ飛行機、これがのちの富嶽(Nakajima G10N)である。中島飛行機が設計にかかわる。1943年に陸海軍共同の計画委員会が発足し、これに軍需省も加わった体制で開発が進められた。しかし陸海軍の要求性能が大幅に異なり調整に苦労を強いられ、かつ軍需省は途中で独自に川西航空機に設計案を作らせ、しかも陸海軍や他社はおろか中島内部にさえ根強い反対論があるなど、開発体制には多くの問題があった。第一次案では、下記の仕様のごとくハ-54×6基であったが、空冷四重星型という新形式の開発に手間取り応急案としてハ-44型(2500馬力)やハ-50型6基装備で暫定的に計画を進めた。爆弾搭載量は15トンに減った。
アメリカ合衆国本土爆撃を視野に入れた(計画では、日本を飛び立ち太平洋を横断、アメリカ本土を爆撃、そのまま大西洋を横断し、ドイツで補給を受け、再び逆のコース(または、当時のソ連)を爆撃しつつ戻ると言う)壮大な計画だった。全長45m(B-29の1.5倍)、全幅65m(B-29の1.5倍)、爆弾搭載量20トン(B-29の2.2倍)、航続距離は19,400km(B-29の3倍)を目指した。
当時の日本における技術力・工業力では手にあまると思える空前のスケールの機体であったために、実現までに解決せねばならない諸問題があり、与圧キャビンの研究、新型式降着装置の開発もおこなわれた。1943年中島飛行機三鷹研究所構内に組み立て工場の建設が開始された。1944年7月、マリアナ沖海戦に完敗し絶対国防圏の東の鎖ともいうべきサイパンが陥落、最大の支援者であった東條英機首相は辞職。本土防空戦のための戦闘機開発優先・開発機種削減方針により、「この戦争に間に合わない」と判断された富嶽開発は中止された。ちなみに、ハ-50エンジンが千葉県芝山町にある航空科学博物館に展示されている。
[編集] 富嶽計画参加者
- 田中清史:エンジン主担当
- 中村良夫:のちのホンダ四輪開発責任者。中島飛行機に就職したばかりで従軍し立川陸軍航空技術研究所第二研究所(航空発動機)(陸軍航二研)に属しており、構想を実体化するタイミングでチームが投入され一員として参加。中村は「それまでの日本最大の爆撃機は海軍の四発連山であり、日本の航空技術がもっていた経験技術をはるかに逸脱した無謀なプラン」と評している。自身の関与したエンジン(発動機)に関しては「開発を終わっていた「ハ219」をベースとするものであったためエンジン自体の構造強度と性能は、まあなんとかメドがつけられそうであった」と想定される技術範囲内であったことする一方、エンジンの冷却に関しては複列型であればバッフルにより前後のバランスをとれるが、四列では一列から四列までを均等に冷却することがうまくできなかったことが基本的問題点であり、このため三菱で開発中だった空冷複式22気筒「ハ115」を高出力化しようという代替案も出たがこれは基本仕様ですでに能力不足だったという。[1]
[編集] 関連情報
- アメリカがほぼ同時期に開発を開始し、ほぼ同サイズの戦略爆撃機B-36は、6発のレシプロエンジンと翼端にさらに2基ずつのジェットエンジンの計10基の発動機を推進機関とした上で、第二次世界大戦後の1946年8月8日に初飛行を行い1948年に配備開始された。
- Z飛行機を陸軍と海軍の要求に合うように、すり合わせる中で産まれた設計の一つが富嶽である。
- 旅客機や輸送機へ転用する計画もあった。旅客機型は爆撃機型より一回り小さい全長33.5m全幅50m、定員は4席x25列の100人。輸送機型は全幅を72mに拡大。[2]
[編集] 計画仕様
[編集] 型式
注:予定である。
- 六発
- 中翼単葉
- 楕円翼(B-29の主翼の形状と同じような主翼にする案なども考えられた)
- 全金属製
- 応力外皮構造
- 引き込み脚、主輪数4(内、外側2輪は離陸後投下)
- 前輪式
[編集] 機体仕様
注:全て計画値であり、これ以外にもいくつもの計画案があった。
- 全長:46.00 m
- 全幅:63.00 m
- 全高:8.80 m
- 主翼面積:330.00 m²
- 発動機:中島ハ-54空冷式4列星型36気筒(ハ219複列星型18気筒を2台串型置) 6000馬力(3725 kw)6発
- プロペラ:VDM定速6翅・8翅・二重反転4翅(いずれかで計画)
- プロペラ直径:4.5~4.8 m
- 自重:42 t
- 全備重量:122 t
- 最大速度:780 km/h(高度:10,000 m)
- 実用上昇限度:15,000 m 以上
- 航続距離:19,400 km 以上
[編集] 武装
注:あくまで計画である。
- 20 mm 機銃 4門
- 最大20 t までの爆弾
[編集] 参考
- ^ 『クルマよ、何処へ行き給ふや―あるエンジニアによる哩石の記』中村良夫 著、グランプリ出版 ISBN 4-906189-83-0 P55
- ^ 上毛新聞2008年6月16日 社会面
[編集] その他
- この形の爆撃機は双葉社が発行している3D式の書籍に大きく掲載されている。その中にはアメリカ本土を強襲する様子が描かれている。
- 「紺碧の艦隊」を初めとする架空戦記モノの作品に本機をモチーフにしたものがよく登場しており、震電と並んで架空戦記の常連兵器となっている。そのものを主役兵器とした作品に「大逆転!幻の超重爆撃機「富嶽」」(檜山良昭)がある。ただしこれらの多くは中島知久平の原案である「Z飛行機」を(場合によっては誤解によって)原典としている事が多い。
- カプコンが発売したゲーム「1942 (ゲーム)」には、富嶽を元ネタとした敵超大型戦闘機「亜也虎」が登場、以降シリーズの常連ボスキャラクターとなる。
- ホビージャパンが1984年に製作したシミュレーションゲーム「太平洋艦隊」では,選択ルールとしてユニット化されている。最後のターンにLAC(陸上機)4ユニット(航空機3か月分の生産分)の増援と引き換えに富嶽を入手しアメリカ本土爆撃を実施することができるが1/6の可能性で勝利得点1点が加算されるだけで戦術的な意味はほとんどなく,象徴的なものでしかない。逆に1/3の可能性で「この爆撃によりアメリカ軍の対日戦への予算が高められた」と解され,アメリカ軍の艦艇修理が早まって大艦隊が押し寄せる状況を生み出す。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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