山崎弘也

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 山崎 弘也
本名 同じ
ニックネーム 山ちゃん、ザキヤマ
生年月日 1976年1月14日(33歳)
出身地 日本埼玉県春日部市
血液型 B型
身長 168cm
方言 標準語
最終学歴 埼玉県立春日部工業高等学校
出身 スクールJCA3期
コンビ名 アンタッチャブル
相方 柴田英嗣
芸風 漫才(ボケ)
立ち位置
事務所 プロダクション人力舎
活動時期 1994年 - 現在
同期 オセロ山口智充 など
配偶者 未婚
  

山崎 弘也(やまざき ひろなり、1976年1月14日 - )は、日本の男性お笑い芸人お笑いコンビアンタッチャブル」のボケ担当。

埼玉県春日部市出身。プロダクション人力舎所属。人力舎のタレント養成所・スクールJCAの第3期生。同期の柴田英嗣と1994年にコンビを結成。埼玉県立春日部工業高等学校卒業。血液型B。身長168cm。体重88kg。有吉弘行のつけたあだ名は「アゴイノシシ」。

目次

[編集] 略歴

  • 当初は俳優志望であり、武田鉄矢に憧れていた。俳優事務所に履歴書を送ったことがあったが、返信用の切手を入れ忘れていたため返信がなかったという。その後、雑誌で見つけたプロダクション人力舎のスクールJCAの広告を見つけ応募、すぐに合格した。広告にあったシティボーイズの写真を見て応募したが、そのときは既にシティボーイズは事務所を退社しており、「過去の所属者」として紹介されていたのを見落としていたという[1]
  • 1994年、スクールJCAの同期生、柴田英嗣とコンビを結成。スクールJCAに通っていた研修生の時は1年間1度も休まず通った。授業であるタップダンスを先生とマンツーマンで踊っていた。
  • 2008年、初の冠番組『有田&山崎のおしゃべり太郎』(現:『有田&山崎のひきだし太郎』)が放送された。

[編集] 特徴

  • 漫才ではハイテンションで適当な言動をしてボケる。バラエティ番組では異常な程の低姿勢で相手を怒らせる発言をするキャラクターが定着している。アバウトなところがあり、アドリブではノープランな事が多い。
  • 顔が大きく顎が割れている。これを通称『ケツアゴ』と言い、山崎自身もギャグにしている。舌が長い。顎の割れ目を触られると声が出なくなる、というギャグがある。
  • ワイシャツ・白ネクタイという衣装をトレードマークとしており、「結婚式の帰り」と形容されている。
  • 口癖は「あざ〜っす」(「ありがとうございます」の意)。
  • 相方の柴田が魚と野菜好きであるのに対し、肉類が大好物で、野菜と魚が苦手。黄金伝説の企画では、毎回かなりの量を柴田に食べてもらっている。柴田いわく、茶色い料理系が好きらしい。ローマ字表記の頭文字がKの食べ物はほとんど好きで「カレー、カツ丼、から揚げ」を「3K」と呼んでいる。
  • デブタレントではないが肥満体型。しかし多く食べないといけない企画でもほとんど食べない。デブ化しているのは、間食などの生活の不摂生からの肥満になっている。
  • かなり臆病で「Qさま!!」のSP企画で、1番のチキンの称号を得る。 
  • 野球を8年間やっていた。高校時代は野球部で、補欠の控え捕手。
  • くりぃむしちゅーとの付き合いが長い。特に有田とは仲がよくあまりの親密さに、上田晋也は「そのうち結婚するんじゃないか?」と発言したことがある。住んでいるマンションも有田と同じ。有田に「料理を作ってくれないか?」と頼まれたところ、「出来るわけ無いでしょ」と断ったあと、後日電子レンジを購入し、「有田さん、俺やりますよ!!」と意気込んでいた(有田談)。くりぃむしちゅー有田を通して伊集院光とも交流が深い。伊集院は山崎のことを「やま」と呼んでいる。一時期、お金の問題で伊集院と決裂していたが山崎が謝り甲子園の観戦に誘って修復した。
  • ボキャブラ天国』に出演した時、くりぃむしちゅー上田の妹をナンパしたことを暴露された事がある。
  • ケツアゴは、家族全員がなっていると言っている。つまり、遺伝であるが、中学時代に、「お前、顎割れてんじゃん」と言われるまで気づかなかったと言う。因みに、顎は骨が割れているからではなく、顎の筋肉が異常に発達してのケツアゴである。
  • 1年後輩のおぎやはぎの2人から、『山崎』と呼び捨てされている。矢作兼曰く、「威厳がないから」。事務所に入ったその日におぎやはぎ2人に呼び捨てにされた。逆に先輩である山崎は、各々『小木さん』、『矢作さん』と呼んでいる。その為、まるで先輩後輩が逆転している感じを受ける。また、矢作は「(山崎は)有田さんと俺(矢作)しか友達がいない。ゴルフ仲間にいたっては俺しかいない。」「玄関を出てから芸人になる。」「極度の人見知り」と発言している。(2009年11月24日のおぎやはぎのメガネびいきで発言。)

[編集] エピソード

  • ロンドンハーツ」のコーナー「タレコミ奉行」で、合コンで山崎が女の子に無理やり自分の乳首を触らせていた事が分かり、番組内で罰を受けた。
  • 2005年7月5日、くりぃむしちゅー有田・おぎやはぎ矢作と食事に行った際、有田がその日「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」の生放送の仕事があるのにもかかわらず、「そんなのいいじゃないっすか」と、矢作と共に有田に飲酒を勧めてしまった。その後ほろ酔いでラジオの生放送に臨んだ有田は相方の上田から怒られた。
  • 芸人になってからも、長らく親から仕送りを貰っていた事を「笑いの金メダル」で暴露された。また「どうしても必要だから」と母親に電話でパソコン購入代金をせがんだ。母は100万円を山崎の銀行口座に振り込んだが、山崎はそのお金でパソコンを購入することはなく、風俗嬢にすべて使ってしまった。
  • 「伊集院光 深夜の馬鹿力」のスペシャルウィーク企画において、以前付き合っていた女性を呼ばれ、付き合っている時にテレビを買ってもらったこと、彼女そっちのけでそのテレビを使い「パワプロ」をずっとやり続けていたこと、彼女と一緒にアクセサリーショップに行き「好きなもの買ってやる。だから金を貸して!」と言い 借りた金の半分に相当するアクセサリーをプレゼントしたことなどを暴露されていた。更にふられた後にも金を貸してくれと頼んでいた。また山崎はこの女性との復縁を望んでいたが、その時点で彼氏がいることを告白されうちのめされていた。
  • 初体験の山崎の相手が、アンジャッシュ渡部建の知り合いで、その女性に感想を聞いたところ、「童貞だとしても下手すぎる」と言われていた[2]
  • 前述の通り野球経験者で、大の高校野球ファン。野球を始めたのも、テレビでKKコンビを見たことがきっかけ。ちなみに一番印象に残っている球児はKKと川之江高校鎌倉投手。今も時間があれば、甲子園に行って観戦するといい、実際伊集院光と共に行っていた。本人曰く「M-1よりも甲子園に行きたかった」[3]
  • ムチャ振り好きで、しつこくムチャぶりや悪戯を執拗にしかけるので面倒くさがられている。アンジャッシュ渡部と悪戯をしかける時もあり、その組み合わせは「悪魔コンビ」とも称されている。
  • テレビ出演時は白のワイシャツを着用しており、くりぃむしちゅーらと東京フレンドパークIISPに出演した際、チャレンジでワイシャツ100枚を希望した。結果、見事ゲットしたが視聴者プレゼントでも当たった。
  • 山崎が家具を選ぶのに付き合った東京03角田が適当に対応していると「俺はテキトーなことを言う奴が一番嫌いだ!」とキレた。家ではテレビのリモコンを置いておく位置を気にしていたりする。
  • 遅刻することが多く、何度も仕事を飛ばしていたためにマネージャーや相方柴田が山崎の家まで何度も呼びに行っていたほどの遅刻の常習犯であった。テレビの仕事が増えてからは遅刻をしなくなっていった。
  • アンジャッシュと舞台で競演したときにいつもの無茶ぶりを先輩のアンジャッシュ児島に執拗にしまくった結果、舞台終了後に、グーで殴られる(しかしパーでということになっている)
  • 2008年の『爆笑ヒットパレード』に柴田が病気で休養していたため単独で出演した。その際に番組のスタッフと仲が良くなった事で、翌年も単独出演を果たす。ただし、コネとも言うべき乱入という形であり、さらには様々な芸人を喰っていく様が「山崎消しゴム」と揶揄されたり、羞恥心の元日ライブに乱入したりとやりたい放題であった。

[編集] 笑っていいともでのハプニング

  • 2009年2月17日笑っていいとも!で当事行われていた火曜日コーナー『生態リサーチ ここホレBANG!BANG!』にて今回のテーマである「お父さん芸人」にテーマゲストとして出演した、相方の柴田英嗣に対して山崎は回答者側ゲストで出演…のはずが、面子も十分であった事からか、コーナー司会の中居正広タモリらから「ゲストいなくても大丈夫」と見限られ、紹介しないままコーナーに入った事から自ら勝手に舞台へ乱入。タモリ達から散々にいじられ[4]、時間が一方的に過ぎる中、急遽一ネタ披露するよう強行され、一発かますものの反応は薄く、さらにその直後テーマゲストが出てこないままCMに入ってしまい、さらに大幅に時間を食う形となってしまう。当然、テーマゲスト(相方の柴田、土田晃之中川剛[5]、当時R-1ぐらんぷりの番宣のため相方の蛍原徹とゲスト出演していた雨上がり決死隊宮迫博之)は怒り心頭。結局、この日山崎はゲスト出演してからエンディングに至るまで出演者はおろか、観客からも非難の声を浴びるという悲惨な目にあった。なお、この模様は後の2月22日放送分の増刊号の「いいとも!5DAYS」でも取り上げられた。
  • また、この時間帯にフジテレビ以外の各局全てでは、中川昭一外務大臣(当時)が辞任を表明したことでその緊急報道が入っており、一部の視聴者によっては好評ではあったものの、その分苦情は多く寄せられたらしい。
  • それから1ヶ月後の3月17日。「お父さん芸人」企画の第2弾にて、テーマゲストに出演したバナナマン設楽統の相方の日村勇紀[6]と再び回答者側ゲストとして登場[7]。中居から先述の1ヶ月前の事件を告発された後、またもやネタ披露を強行されるハメに。挙句の果てにはテーマゲスト(上記の宮迫を除く3人+日村の相方の設楽)が中居の合図無しに入場してくる始末。おかげで時間の都合上によりコーナーの方はただアンケートを見るだけという結果となった。
  • 事件から約4ヵ月後の7月14日[8]。この日は同コーナーにて『オシャレ自慢芸人SP』と題し、これまでとは違い、麒麟田村裕髭男爵ひぐち君フットボールアワー岩尾望と共にテーマゲストとして自身の私服を着用して出演(相方の柴田は磯野貴理と共に回答者ゲストとして参加)。他のメンバー共々ファッションセンスをいじられた後、再びギャグを披露するようムチャぶりされることになったが、今回は笑いは取れてコーナーの方も順調に進んだ。アンタッチャブルが2009年度にゲスト出演してまともに番組が進行したのは初めてである。7月19日放送分の増刊号でもこの模様は放送された。

[編集] 評価

  • 2009年6月18日放送回『アメトーーク!』で東野幸治の持ち込み企画「後輩山崎に憧れてる芸人」が放送された。出演者は関根勤FUJIWARA藤本TKO・木下、たむらけんじでみな山崎の先輩である。
    • 番組内では山崎の同じネタで延々と喋れる発想力、共演者のボケ芸人をツッコミにしてしまう爆発力、見切り発車は当たり前のハートの強さなどが絶賛された。どんな小さな入り口でもどんどん大きくすることが出来ると評され、関根はその破壊力を「お笑い界のヒョードル」、東野は一見適当そうに見えて、実は計算されたボケをかぶせ続けて笑いを取りにいく山崎の芸風を「高田純次のふりをした明石家さんま」と例えて高評価した。

[編集] 主なテレビ出演

アンタッチャブル」の項を参照。

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 2009年7月28日放送回「徹子の部屋」出演時に発言
  2. ^ 2005年9月20日放送『不幸の法則』出演時に発言。
  3. ^ 「スポケン!」2009年7月11日、8月8日出演時に発言
  4. ^ タモリから「(衣装のネクタイを見て)結婚式あるんだろ?」、中居から「何でそんなに唇が白いのか」等。山崎が登場する前にも「正方形みたいなやつ」や「全体的に砂消しみたいな」と発言していた。
  5. ^ 他の3人が抗議に参加する中、一人だけ席に座っていたため、宮迫に怒られた。
  6. ^ タモリから「(髪型が)これperfume意識してんの?」、事務所の先輩でその日レギュラーのさまぁ~ず三村から「(今日着ていた)シャツが被っている」といじられ、さらには山崎と同様、一ネタ披露するようムチャぶりをされた。
  7. ^ 当初出演者らは、ドラマ『メイちゃんの執事』の最終回のためにゲストで来ていた水嶋ヒロの共演者である榮倉奈々佐藤健と思っていたが、名前を出さなかった事からあらかじめ知っていたと思われる。
  8. ^ この週タモリ白内障の手術及び、人間ドックに専念していたため昨日の13日から不在だった。

最終更新 2009年11月29日 (日) 06:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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