市田佳寿浩

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市田 佳寿浩(いちだ かずひろ、1975年7月28日 - )は、競輪選手日本競輪選手会福井支部に在籍。

[編集] 経歴

福井県立春江工業高等学校出身。師匠は野原哲也(51期)。日本競輪学校第76期生で、在校競走成績第1位(73勝)。デビュー戦は1995年8月5日松阪競輪場(1着)。

2009年8月4日現在、GIの決勝戦に9回進出。内2004年オールスター競輪決勝戦(西武園競輪場)では、最終4角まで逃げる稲垣裕之の「番手」に位置し、直線で抜け出しを図ったものの、その直線で思ったほどの伸びが見られず、結果、優勝の神山雄一郎と2着の後閑信一にゴール直前で抜かれ、まさかの3着に終わった。同レース終了後、テレビ中継の解説を担当していた中野浩一が、

『市田は直線で脚が三角に回った』

という妙言を残したことでも話題となった。

だがその2年後の2006年、GIIながらも、2月の西日本王座決定戦奈良競輪場)決勝で、澤田義和の2着に入る。また同年7月のサマーナイトフェスティバル函館競輪場)では、2センター付近で逃げる稲垣裕之を捨て、最終バックから捲り切った佐藤友和の番手に入り込み、今度は脚が三角に回ることなく、ゴール寸前で佐藤を捕らえて優勝を果たした。

2009年全日本選抜競輪大垣競輪場)では、優勝の山崎芳仁に次いで2着に入った。

上記のオールスターのみならず、過去に幾度となくGIタイトルに手が届きかけながらも、肝心要のところで体調不良が原因で成績を落としてしまうといったケースも少なくない選手である。

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最終更新 2009年8月22日 (土) 04:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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