新前橋駅

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新前橋駅
駅舎
駅舎
しんまえばし - Shim-Maebashi
所在地 群馬県前橋市古市町471
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号 シマ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
5,940人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1921年大正10年)7月1日
乗入路線 3 路線
所属路線 上越線
吾妻線直通含む)
キロ程 7.3km(高崎起点)
井野 (3.3km)
(4.8km) 群馬総社
所属路線 両毛線
キロ程 84.4km(小山起点)
◄*(井野) (-km)
(2.5km) 前橋
備考 みどりの窓口
* 全列車が高崎駅まで乗り入れ
ホーム・橋上駅舎と西口への自由通路
高崎車両センター(旧・新前橋電車区)

新前橋駅(しんまえばしえき)は、群馬県前橋市古市町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)のである。

目次

[編集] 利用可能な鉄道路線

[編集] 駅構造

島式ホーム2面4線を持つ地上駅で、橋上駅舎を有している。ホームは南西から北東へと延び、東口と西口を持つ。改札口は東口寄りの設置で、西口へはホーム上の自由通路が連絡する。東口にバスターミナルが設置されているほか、西口にもバス乗り場とタクシー乗り場が整備されている。

みどりの窓口を有する有人駅で、Suica対応自動改札機自動券売機指定席券売機、カード発売機を設置。また、改札口と各ホームには発車標が設置されており、指定席券売機の上のモニター画面にも発車案内がなされている。

東口と改札口の間は階段のほかエレベーターおよび上りエスカレータが設置され、西口は階段のみである。改札口とホームは車椅子対応の上下エスカレータで結ばれている。トイレは改札内と東口にあるが、多目的トイレは東口のみ設置である。改札外にコンビニエンスストアNEWDAYSが、駅の東口には駅レンタカーが立地しており、駅の東口側の1階には飲食店が入っている。

[編集] のりば

のりばの番号は東側から順に付番されている。両ホームとも待合室が設置されている。なお、当駅で表示されているラインカラーは一部を除いて他の駅と異なる。

1・2 上越線(上り) 高崎熊谷大宮上野新宿方面
3 両毛線 前橋伊勢崎桐生小山方面
4 上越線(下り) 渋川沼田水上長岡方面
吾妻線 渋川・中之条長野原草津口方面
  • 上りホームでは、基本的に1番線は両毛線からの列車、2番線は上越線からの列車および特急列車が発着する(平日の朝に運転されている特急あかぎ2号のみ1番線から発車)。当駅始発の列車はどちらのホームからも発車する。また、Suica専用グリーン券売機が設置されている。
  • 下りホームでは、通常ダイヤでは両毛線への列車は3番線、上越線への列車は4番線に発着する。ただし、ダイヤが乱れた場合は3番線から上越線への列車が発車することもある。構内の配線的に3番線から上越線へは発着できるものの、4番線から両毛線へは発着できない。
  • 1日3本ある当駅止まりの列車は4番線に到着し、高崎車両センターへ入庫する。当駅での折り返し運転の運用はない。

[編集] 駅弁

2008年現在、市販の時刻表には掲載されていないが、以下の駅弁高崎弁当により販売されている。

  • だるま弁当
  • 鳥めし

[編集] 列車運行形態

主に高崎駅をターミナルとした上越線・吾妻線・両毛線の普通列車が運行されるほか、高崎線および湘南新宿ラインからの近郊列車および特急列車が乗り入れている。構内に高崎車両センター(旧・新前橋電車区)があるため、少数ながら当駅始発・終着の営業列車も設定されており、車両の増解結も実施される。日中はすべての定期列車が停車するが、上越線の夜行列車は停車しない。なお、日本国有鉄道(国鉄)時代には長らく一般駅であり、車扱貨物を取り扱っていたが、民営化以降は旅客駅となっている。ここでは2008年3月15日改正ダイヤに基づいて運行形態を記述する。

上越線の普通列車は高崎 - 水上間の運転が中心で、これに吾妻線直通列車が加わる。両毛線は当駅を終点としているが、普通列車はすべて高崎駅発着または高崎線直通である。列車本数は概ね起点の小山へ向かうにつれ漸減する形態となっている。一部の列車は小山を経由し、宇都宮黒磯まで運転する列車もある。なお、上越線下り方への列車より両毛線へ直通する列車の方が運行頻度は高い。上野方面からの高崎線横浜方面からの湘南新宿ラインは一部列車が前橋まで乗り入れるほか、当駅始発・終着の列車も存在する。湘南新宿ラインの列車は最長で東海道本線小田原駅まで運行している。

かつて夜間の通勤快速(平日運行)と快速「アーバン」(土休日運行)は当駅始発・終着の列車の設定があった。

特急列車は上野または新宿より、水上への「水上」、同じく前橋へ(から)の「あかぎ」「ウィークエンドあかぎ」、同じく万座・鹿沢口への「草津」が運行している。「水上」および「草津」は臨時列車を除き当駅で増解結を行い、以南では併結して運転されている。「あかぎ」については、前橋駅のホームが10両編成の列車までしか対応していないため、下りでは上野から14両編成(7両+7両)で運転している列車は、片7両を切り離して残りの7両が前橋行きとなる。上りでは前橋駅から7両で運転され、さらに7両を当駅で渋川駅始発の列車と併結(4号)、または増結(6号)され当駅から14両編成で運転となる。また、平日・土休日に1本ずつ当駅始発の列車がそれぞれ設定されている。

乗車人員推移
年度 一日平均乗車人員
2000 6,045
2001 6,036
2002 6,032
2003 5,940
2004 5,858
2005 5,788
2006 5,801
2007 5,797
2008 5,940

[編集] 利用状況

2008年度の1日平均乗車人員は5,940人である。

なお、この人数は改札口を通らない乗り換え客は含まれていない。

[編集] 駅周辺

前橋市の中心部とは利根川を隔てている。周囲は主に住宅地となっていて、特に東口側は専門学校が、西口側は工場も多い。西口は東口と比べて裏口のような造りになっているが、通行客は少ないわけではなく、交通センター(運転免許試験場)や国道17号は西口側にある。また現在東口側では、都市計画道路新前橋駅川曲線の拡張工事と合わせて区画整理事業が行われている。

[編集] 東口

[編集] 西口

西口は自由通路(横断歩道橋状)の階段となっている。エレベーターはなし。写真左奧(階段の北側)にバスの停留所がある

[編集] 接続バス

東口にはバス乗り場が2か所あり、高20系統とグリーンドーム前橋への臨時バスは階段を下りた場所で発着するが、それ以外の路線バス及び高速バスは下りた場所から少し離れた場所(駅前のすし屋付近)で発着する。

[編集] 路線バス

[編集] 高速バス

東口近くに高速バス乗り場「nパーキング日高」(路線バスによる連絡も可能)がある。

[編集] 歴史

新前橋周辺の路線概略図。赤線が当初計画ルート。

当駅付近は1884年(明治17年)8月20日に日本鉄道が鉄道路線を開業(高崎 - 前橋)させたが、この間に途中駅は設置されていなかった。前橋の市街地は利根川東岸であったが、利根川への架橋が困難だったため前橋駅は利根川西岸の内藤分村(現在の前橋市石倉町、当駅より 1km ほど東方)に置かれ、「内藤分ステーション」と通称されていた。1889年(明治22年)12月に利根川架橋が完成し、両毛鉄道が開業させていた現在の前橋駅に日本鉄道が乗り入れるとこの駅は廃止される。これらの路線は後に買収・国有化され両毛線となった。

1916年には帝国議会へ上越線の敷設計画が提案されるが、これは既に開業していた東武高崎線1953年廃止)と同様に、高崎からまっすぐ北上し、金古町(現在の高崎市北部、金古町付近)経由で渋川に向かうものであった。このルート案は、県庁を前橋市に取られた高崎市の腹いせであったとも言われている[1]。これを受けた前橋市は議会に対して経路変更の運動を展開した。利根川を2回渡る必要があるため市の中心部を経由させることは断念したが、前橋市域を経由するルートへの変更を実現した[1]。このとき両毛線との分岐駅として設置が決定したのが当駅であり、1921年、上越南線(後の上越線)開通とともに両毛線の駅として開業した。

新前橋駅開業当時の様子は、詩人萩原朔太郎の作品『純情小曲集』中の『郷土望景詩』の一編『新前橋駅』にて描写されている。また『郷土望景詩の後に』では、「朝、東京を出でて渋川に行く人は、昼の十二時頃、新前橋の駅を過ぐべし。畠の中に建ちて、そのシグナルも風に吹かれ、荒寥たる田舎の小駅なり。」と表現され、畑の中にぽつんとできた駅であったことがうかがえる。なお開業時は旅客駅であったが、間もなく貨物営業も開始されている。

[編集] 年表

[編集] 隣の駅

東日本旅客鉄道
上越線・吾妻線
井野駅 - 新前橋駅 - 群馬総社駅
両毛線
井野駅(上越線) - 新前橋駅 - 前橋駅

[編集] 脚注

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  1. ^ JR東日本の小冊子「旅もよう 新前橋駅」の記述による。

[編集] 参考文献

  • 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB、1998年
  • 『JR時刻表 2008年3月号』交通新聞社

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月17日 (火) 12:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【新前橋駅】変更履歴

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