新発田市
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目次 |
[編集] 概要
新発田市は越後平野の北部に位置する、新潟県北部の中核都市である。市北西部には日本海に面した白砂浜海岸が広がり、東部には飯豊山、二王子岳などの山々がそびえ、街からその姿を望むことができる。またこの地では加治川などを水源とした水田が広がっており、県下有数の良質な米(コシヒカリ)の産地としても知られる。 新発田藩の城下町として栄えた市街地は新発田城を代表とする歴史的建築物が多数あり、今も城下町当時の区割りや道、新発田川などの水路がかつての姿をとどめている。明治から戦前にかけては軍都として、戦後は県北部の商業都市として発展した。その昭和の頃の面影を色濃く残す旧公設鮮魚市場や各商店街といった建物や街並みも多く残り、風情ある街にもなっている。 こうした歴史を背景に、新発田の市民は平成16年(2004年)の新発田城三階櫓・辰巳櫓の復元をはじめとする街の景観保存維持に対する関心が非常に高く、市民自ら熱心に取り組んでいる。
[編集] 地理
[編集] 隣接している自治体
[編集] 歴史
阿賀野川・信濃川の流域に拓けたこの地域は、中世には佐々木氏の傍系・新発田氏が領し、この地を流れる新発田川の流域にその水運を生かして城が築かれた。
1597年、豊臣家の家臣であった溝口秀勝が6万石の所領を得てこの地に移封され、以後幕末まで新発田藩は溝口氏の城下町として発展していくことになる。城下では武家町・町人町・寺町などの特徴的な町が形成され、また周辺地域では新田開発によって低湿地の耕地化が進められた。
明治の廃藩置県で新発田県が設置されたが、まもなく新潟県に編入。1878年の郡区町村編制法で阿賀野川以北の地域(阿賀北地域)一帯が北蒲原郡とされると、その郡役所が新発田本村に置かれ、新発田は阿賀北地域の中心地として発展していった。1873年に廃城となった新発田城の跡地には陸軍の歩兵第16連隊が置かれ、以降、明治から終戦までこの町は軍隊の町としての性格を強めた(これは戦後も陸上自衛隊新発田駐屯地として残り、現在に至っている。)。
市制が施行され「新発田市」となったのは、第2次世界大戦後、1947年のことである。
- 1889年4月:町村制により新発田本村と新発田町が誕生
- 1901年11月:新発田本村と新発田町が合併し、新発田町が発足
- 1940年8月:鴻沼村を編入
- 1943年5月:猿橋村を編入
- 1947年1月1日:北蒲原郡新発田町が市制を施行、新発田市となる(県内では新潟市、長岡市、高田市、三条市、柏崎市についで6番目)
- 1955年3月:北蒲原郡五十公野村、川東村、菅谷村、松浦村、米倉村、赤谷村を編入
- 1956年3月:北蒲原郡加治川村の一部を編入
- 1959年4月:北蒲原郡佐々木村を編入
- 2003年7月7日:北蒲原郡豊浦町を編入。人口が9万人を超え、一時期県下4番目に人口の多い自治体となる(これ以前は柏崎市、三条市についで6番目)。
- 2005年5月1日:北蒲原郡紫雲寺町、加治川村を編入。人口が10万人を超える。ただし人口規模では同日に新設合併を行った三条市に次いで県下第5位となる。(その後再び抜き返し、現在は4位となっている)
[編集] 人口
| 新発田市と全国の年齢別人口分布 | 新発田市の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 新発田市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
現在の推計人口は以下のサイトを参照。 http://www.pref.niigata.jp/soumu/tokei/data/jinkou.html
[編集] 行政
[編集] 市長
- 片山吉忠(1998年12月1日)
・1932年生まれ ・新潟県立新発田高等学校卒業 ・明治大学政治経済学部卒業 ・元新発田商工会議所 会頭
[編集] 経済
[編集] 産業
周辺一帯では、越後平野の稲作を中心とした農業地帯が広がっている。こうしたことを背景として、産業面でも食品関連産業や酒造会社などが目につく。また、城下町で茶道が盛行された伝統もあってか、和菓子業も多い。(新発田の茶道と和菓子について)
冬季間の農家の女性のための働き口と、同市出身者大倉喜八郎の大倉財閥の大倉製糸新発田工場があったこともあり繊維業・特に縫製工場が多く点在していたが、海外への仕事の流出などにより、近年では数が減ってきている。
[編集] 市内の主な企業
[編集] 漁業
- 松塚漁港
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
加賀市(石川県)
- 友好都市提携(※1991年11月8日友好都市提携)加賀大聖寺城主(4万4千石)、溝口秀勝は豊臣秀吉による天下平定後には1583年秀吉の家臣であった溝口秀勝が越後新発田(6万6千石)に配置移封が縁で交流をしております。
※溝口秀勝 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%9D%E5%8F%A3%E7%A7%80%E5%8B%9D
須坂市(長野県)
- 姉妹都市提携、江戸時代に信州、須坂市米子出身の竹前権兵衛とその弟小八郎が紫雲寺潟の干拓工事にあたったことから、昭和60年6月16日に当時の紫雲寺町と姉妹都市提携を結びました。平成17年5月1日に紫雲寺町が新発田市に編入した後も、両市にある米子(よなこ・よねこ)町をはじめ全市的な交流が活発に続いています。
[編集] 海外
[編集] 地域
JR新発田駅は新潟近郊区間内に含まれており、また国道新新バイパス-新潟バイパス-新潟西バイパスを通じて新潟市中心部と結ばれているため、新潟市のベットタウンとしての機能の高まりから、近年開発が進み大型店の出店などが相次いでいる。一方で、全国の他市町村と同様に、中心商店街の衰退が大きな問題となっている。そのため、県立新発田病院を2006年11月に駅前の大倉製糸新発田工場跡に移転したが、どこまで効果があるのか推移を見守る。
[編集] 健康
[編集] 病院
- 新潟県立新発田病院
[編集] 教育
[編集] 大学
[編集] 高等学校
- 新発田中央高等学校
[編集] 中学校
- 本丸中学校
- 猿橋中学校
- 佐々木中学校
- 七葉中学校
- 川東中学校
- 第一中学校
- 東中学校
- 豊浦中学校
- 紫雲寺中学校
- 加治川中学校
[編集] 小学校
- 外ヶ輪小学校
- 猿橋小学校
- 五十公野小学校
- 御免町小学校
- 佐々木小学校
- 七葉小学校
- 車野小学校
- 住吉小学校
- 松浦小学校
- 菅谷小学校
- 赤谷小学校
- 川東小学校
- 竹俣小学校
- 東豊小学校
- 二葉小学校
- 米倉小学校
- 荒橋小学校
- 中浦小学校
- 天王小学校
- 本田小学校
- 紫雲寺小学校
- 藤塚小学校
- 米子小学校
- 加治川小学校
[編集] 特別支援学校
- 新潟県立村上養護学校いじみの分校
[編集] スポーツ
[編集] スポーツ施設
- 新発田市五十公野公園野球場
- 新発田市五十公野公園陸上競技場(グリーンスタジアムしばた)
- NINOHJI SNOW PARK NINOX(ニノックス)
[編集] 河川施設
- 加治川治水ダム(加治川水系加治川。日本最大の治水ダム。新潟県管理)
- 加治川ダム(加治川水系加治川。水力発電専用ダム。東北電力管理)
- 内の倉ダム(加治川水系内の倉川。多目的ダムで新発田市の水がめ。新潟県管理)
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
- 在来線
中心駅の新発田駅は、JR羽越本線と白新線が合流する駅。市内には7つの駅がある。また、かつては国鉄赤谷線が新発田駅~東赤谷駅間を結んでいたが、1984年に全線廃止となっている。
[編集] 道路
- 高速道路
- 一般国道
- バス
- 新潟交通北 新発田営業所
- 新発田市コミュニティバス
[編集] 名所・旧跡・観光スポット
- 新発田城
- 新発田城址公園(日本の歴史公園100選)
- 新発田藩下屋敷 清水園・足軽長屋
- 蕗谷虹児記念館
- 月岡温泉
- 菅谷寺(菅谷不動尊)
- 五十公野御茶屋(日本の歴史公園100選)
- 豪農・市島邸
- 大友稲荷
- 市島酒造
- 櫛形山脈
- 菊水酒造
- 五十公野公園
- 藤塚浜海水浴場
- 新発田カトリック教会(アントニン・レーモンド設計)
- 長徳寺
- 白壁兵舎
- 旧県知事公舎記念館
- 宝光寺
- 新発田西公園
- 内の倉ダム
- 石泉荘(石崎邸)
[編集] 祭事・催事
- 赤谷どんつきまつり(2月下旬)
- 月岡温泉どんとまつり(2月下旬)
- 新発田春まつり(4月、会場:新発田城址公園)
- 越佐招魂祭(5月3、4日)
- あやめまつり (6月中旬~7月上旬)
- 藤塚浜海上花火大会(8月中旬)
- 城下町新発田ふるさとまつり (8月27日~29日)(祭りのメインである『帰り台輪』について)
- 内の倉ダム・堤体内部コンサート (10月)
- 義士祭 (12月14日)
[編集] 新発田市を舞台にした作品
- 小説
- 映画
- 『新・雪国』(月岡温泉がロケ地)
[編集] 出身有名人
- 青山杉作(俳優、演出家 旧紫雲寺町出身)
- 天田昭次(刀工・人間国宝)
- 井伊誠一(弁護士・政治家)
- 五十嵐みずも(シンガーソングライター)
- 井上久助(新発田藩藩士)
- 大倉喜八郎(実業家)
- 大竹与茂七(新発田藩領中之島村の名主、義民)
- 鹿島恵子(メゾソプラノ・アルト歌手)
- 久米幸太郎(新発田藩藩士)
- 桑田立斎(蘭方医)
- 小柳牧衛(政治家元青森県知事、元福島県知事、元長崎県知事、元兵庫県知事、元新潟市長、元衆議院議員 旧・北蒲原郡川東村出身)
- 笹川弘三(画家)
- 笹川美和(歌手、旧紫雲寺町出身)
- 佐々木剛(俳優)
- 佐藤和三郎(相場師)
- 茂野雅道(作曲家)
- 新発田綱貞(戦国時代の武将)
- 新発田長敦(戦国、安土桃山時代の武将)
- 新発田重家(戦国、安土桃山時代の武将)
- 渋谷利喜太郎(料理研究家)
- 杉山義法(脚本家)
- たかたかし(作詞家)
- 高沢順子(女優)
- 高田真樹子(歌手)
- 高橋宏(公立大学法人首都大学東京理事長)
- 高山景子(元新潟総合テレビアナウンサー、テレビ愛媛アナウンサー)
- 田口運蔵(共産主義者)
- 寺田ヒロオ(漫画家)(西蒲原郡巻町〈現新潟市〉生まれ)
- 聖悠紀(漫画家)
- 平方恭子(元福島放送アナウンサー、フリーアナウンサー)
- 蕗谷虹児(画家)
- 堀部安兵衛(赤穂浪士の一員。「高田馬場の決闘」で有名)
- 松下芳男(社会主義者、軍事史学者)
- 三田村邦彦(俳優)
- 豊山勝男(大相撲力士)
- 豊山広光(大相撲力士)
- 山川丙三郎(イタリア文学者、翻訳家)
- 渡辺紘三(政治家、旧紫雲寺町出身)
[編集] 新発田ゆかりの人物
- 今村均(陸軍大将):旧制新発田中学(現新発田高等学校)卒業生。
- 大杉栄(思想家):少年期を新発田でおくっている(『自叙伝』参照)。
- 小和田恒(皇太子妃雅子の父):出生地が新発田。
- 加藤健(プロ野球選手):聖籠町出身、新発田農業野球部出身。
- 近衛十四郎(俳優):長岡市出身、新発田歩兵第16連隊に入隊。
- 小柳富次(日本海軍軍人):旧豊栄市出身。旧制新発田中学卒。
- 佐々木行(歌手):ダークダックスのメンバー。小、中学校の9年間を新発田で過ごす。
- 佐藤哲三(画家):出身は長岡市であるが生涯の殆どを新発田で過ごした。
- 関口和之(ミュージシャン):旧水原町出身。新発田高等学校卒業生。
- 野瀬清喜(柔道家):旧京ヶ瀬村出身。新発田高等学校卒業生。
- 原久一郎(ロシア文学者):旧水原町出身。旧制新発田中学卒。
- 溝口秀勝(大名):初代新発田藩藩主。尾張国中島郡溝口出身。
- 宮崎繁三郎(陸軍軍人):岐阜県出身、新発田歩兵第16連隊隊長としてノモンハン事件に参戦。
- 村上幸子(演歌歌手):旧荒川町出身。新発田中央高等学校卒。
- 渡辺良夫(元厚生大臣):旧新潟2区選出衆議院議員。旧制新発田中学卒業生。
[編集] 新発田の名物
[編集] 市町村合併
2003年7月7日、北蒲原郡豊浦町を、2005年5月1日、北蒲原郡紫雲寺町、加治川村をそれぞれ編入合併した。合併後の面積は532.82km²、総人口は106,834人(2003年7月31日住民基本台帳より)となった。平成の大合併以前は県内で同規模の都市である柏崎市や三条市より遅い市制施行ということもあり後塵を拝しており、人口が県下第6位であったが、合併によって人口が柏崎市を越して県下第5位の人口を擁することとなった。
[編集] その他
戦前は「新発田」を略して「芝田」と書く慣例があり、当時は新聞報道などでも「芝田」という記述が罷り通っていた。その名残から、現在も年配者の間では「芝田」と略して記述する向きが多く、一例として新発田駅を「芝田駅」、新発田高校を「芝高」、新発田農高を「芝農」などと記すケースがままある(現在でも目にできる例として、新津駅近くにある「新津市鉄道資料館」の赤谷線コーナーに「赤谷線鉄道唱歌」の歌詞が展示されているがその中に「汽笛一声芝田駅 はや我が汽車は離れたり」と書かれている)。
新聞・テレビなど県内の各メディアも1980年代半ばまではこの慣例に倣っていたものの(特に「芝農」は、同校がスポーツ等で実績を挙げていたことから多用されていた)、地元住民などから「本来の地名には存在しない字を使って、地名を略して記すのは如何なものか」と疑問が寄せられるなどしたため、こうした記述は徐々に淘汰されていった。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月8日 (日) 15:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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