日本体育大学

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日本体育大学
世田谷キャンパスの校舎
世田谷キャンパスの校舎
大学設置 1949年
創立 1893年
学校種別 私立
設置者 学校法人日本体育会
本部所在地 東京都世田谷区深沢
キャンパス 東京・世田谷(東京都世田谷区)
横浜・健志台(神奈川県横浜市青葉区
学部 体育学部
日本体育大学女子短期大学部
研究科

スポーツ文化・社会科学系
トレーニング科学系

健康科学・スポーツ医学系
ウェブサイト 日本体育大学公式サイト
  

日本体育大学(にっぽんたいいくだいがく、英語: Nippon Sport Science University)は、東京都世田谷区深沢に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称は日体(にったい)または日体大(にったいだい)、NSSU。

目次

[編集] 概観

[編集] 大学全体

「日本体育会発祥之地」碑
成城中・高校敷地内

1891年明治24年)に日高藤吉郎により東京・牛込区原町の成城学校(現・成城中学高等学校)内に設立された「体育会」(翌1892年に日本体育会と改称)を起源とする。

1893年(明治26年)日本体育会体操練習所(当初国民体育「社会体育等」の体育指導者養成を目指すがのちに体育教員養成にも幅を広げる)、日本体育会体操学校(高等科・高等師範科・女子部高等科)を経て、専門学校令による日本体育専門学校(本科・師範科・女子師範科)となった。体操練習所時代から教員養成には定評があり、全国から体育教員志望者・スポーツ運動好き(受験者)が殺到した。

幻となった1940年(昭和15年)東京オリンピックには多くの在校生(日本代表選手・競技役員・補助員「ボランティア」等)の参加が見込まれていたが、戦争の勃発は「敵性スポーツ」をことごとく禁止に追い込んだ。いつしか「体育」も「軍事教練」に名を変え、在校生の多くがスポーツにその情熱を注げぬまま戦地に倒れていった(戦死学生の碑、日体生-学徒の碑が本部世田谷深沢キャンパス西に有る)。この忌まわしい過去を忘れることなく第二次大戦後の1949年(昭和24年)、それまでの教育方針を180度転換し「民主体育」をスローガンに日本体育大学が出発した。

今でこそ他の総合大学においても体育系専門学部を有する大学や、スポーツ推薦で有力な高校生を獲得する大学が多いが、一昔前は体育系(スポーツ科学・体育「養護」教員養成)の大学といえば日本体育大学がその代名詞であり、少年時代に運動神経が良い子は「将来は日体大(「日体」に進学)だね」という会話がなされたほどであった。

[編集] 建学の精神

建学の精神に「體育富強之基」を掲げている。

国民体育の振興、真に豊かな国家・社会を実現するため、体育・スポーツの普及・発展を積極的に推進し、健全な心身を兼ね備えた全人格的な人間を育成することを建学の理念としている。そのような校風は、「質実剛健・団結和協」「知徳兼修・体育奉公」と校歌の詞にも謳われている。校歌は日本を代表する作曲家呉泰次郎(ご たいじろう)が作曲し、作詞はこいのぼりの作詞で有名な近藤宮子(こんどうみやこ)の伴侶、国文学、第一人者と云われた近藤忠義(こんどうただよし)である。

日体スピリット(日体魂)「チャンス(Chance)の像」(1954年-昭和29年建像)の云われ、世田谷深沢キャンパス正面左側に競技者の銅像がある。ちょうどラガーメンが前方の体育館にパスをしょうとしているシーンを表現したもののようである。この像はチャンスと命名(命名者は元学長栗本義彦氏)されている。「ポイントゲッターになるよりも、チャンスメーカーになれ」「トライゲッターであるよりも、チャンスメーカーたれ」この言葉はラガーメンのためのキャッチフレーズだが、ラグビー以外のスポーツウーマン・スポーツマン一般(ラグビー部員以外一般学生)生にも当てはめた標語を通して、日体大が目指そうとしている教育理念を表明しょうとしたものである。真のチャンスメーカーに徹する生き方こそが日体スピリット(日体魂)である。※大学案内要綱一部抜粋

[編集] 教育および研究

日本の中核をなす体育スポーツ科学の専門大学という位置づけにあり、その歴史(体育大系・スポーツ系で最古)の中で、数多くのオリンピック代表選手、世界選手権代表選手、体育教諭(スポーツ指導者)、養護教諭、更にはスポーツ科学者(スポーツ研究家)を輩出している名門体育大学、近年は国際的に活躍する指導者の育成にも力を入れている。

伝統的に保健体育の教員養成(養護教諭を含む)を目的としていることもあり、同校出身のプロスポーツ選手[1]は他大学と比較しても多くはない。むしろ、プロ組織を持たない比較的マイナーなアマチュアスポーツ(体操競技バレーボールバドミントンハンドボール水泳柔道レスリングアーチェリーソフトボールフェンシングトランポリンウエイトリフティングカヌー等)において世界レベルの選手を数多く育成しており、日本スポーツ界の底上げを担っている。北京五輪において、日本代表26名(大学最多人数・日体大・日体大院-在校生・卒業生含む)・スタッフ(役員・監督・コーチ・トレーナー等)20名総計46名、2006年アジア競技大会カタールドーハ大会)選手51名輩出(代表選手の内わけ日本大学は28名・筑波大学26名・早稲田大学19名等)次の2番目の大学を大きく引き離す結果と、1912年(大正元年)スウェーデンストックホルムオリンピック初出場から第29回北京オリンピックまでの日本代表選手団のメダル獲得数の4分の1(金33・銀33・銅41-計107個-北京五輪-メダル獲得数12個-体操銀4・水泳金2・銅2-柔道銅1・レスリング銅2・ソフトボール金1-団体競技-個人競技を含む)を日体大(在校生・学部院卒業生)関係者が獲得している。その華々しい実績などから実技の日体大(体育・スポーツ「科学」の日体)と云われる所以は今なお受け継がれているといえる。

東京・世田谷キャンパスは「体育・スポーツ科学の総合大学」にふさわしい都市型・高度情報型キャンパスに再開発中(2011年完成予定)であり、これに伴い教育・研究カリキュラムの抜本的な改革に着手している。

[編集] 学風および特色

もとは、体育会の下に設置された体操練習所(のち体操学校)からスタートした体育系(体育学・体育科学・スポーツ科学)大学の老舗である。そして、体育学から波及した色んな学科をいち早く取り入れた。例えば健康学科を体育系大学で初めて設置し、保健分野(養護「保健」学・健康学・公衆衛生学)でもよく知られ、伝統の体育指導者(体育教員・スポーツ指導者・スポーツ科学者等)輩出のみならず、養護教員・医療関係従事者のOG・OBも多く輩出している。現在、健康学科-社会福祉コースにおいては、在学中(または卒業後)に社会福祉士の国家資格を取得し、福祉関係の仕事に就く学生もいる。日体生の就職志望は、教員が一番多く2008年度採用試験283名「本採用」現役浪人含む(延べ人数)が合格し教職に就こうとしている。次に公務員(警察官・消防官・刑務官・県「市」職員等)などが多い。進学者は8%程度で日体大大学院・早稲田大学大学院・筑波大学大学院・東京学芸大学大学院等数名が進学している。スポーツを嗜む大学生(体育会-部員)、スポーツ系(スポーツ学部・スポーツ科学部・体育学部・体育専門学群・健康科学部・スポーツ健康学部・ライフデザイン学部・人間科学部・人間健康学部・教員養成学部-教育学部スポーツ・体育コース等)学生には略称の日体-にったいは広く認知されているが、一般学生・一般市民には日体大-にったいだいで全国的によく知られている。特にオリンピック年には日体生(学部・院卒選手・コーチ等含む)の活躍により、よく話題になる大学である。学生の大半が運動系・文科系問わずクラブかサークルまたは学外実業団クラブ・スポーツクラブ等に入部し、練習・研究活動に切磋琢磨している。運動系(部・サークル)はインターカレッジ優勝を目指しているクラブが多い。因みにインカレの優勝旗が18旗有り、総合大学(スポーツ系・健康科学科等を要し、強化する大学)が強い中、単科大学では奮闘している(全国大学スポーツポイントランキング-インカレ優勝旗獲得数等全種目総合得点換算-日大に次いで第2位である。※日大には日体にない馬術部・グライダー・ライフル射撃・ヨット・日本拳法・自動車部等が有り得点されるためである)。単科大学でのスポーツの強豪は、数えるしかない。野球の東北福祉大学、ボクシングの東京農業大学等数校である。昨今、レクリエーション的なクラブ・サークルも増えてはいるが、学風は概ね上下関係や礼儀には厳しくスポーツ(スポーツ科学の研究-保健体育・養護-教職教養科目等の「勉学」・スポーツ実技実習「実習(海浜・キャンプ・スキー・スケート・ゴルフ等)・実技(講義)」・サークル・クラブ活動等)を中心としたイメージ通りの体育大学であると思われる。現在2016年東京オリンピック・パラリンピック(東京オリンピック構想)招致推進に向け、東京都と協定を2009年3月19日に締結し、大学を挙げて応援し協力をしている。※参考文献日本の大学東洋経済新報社、大学ランキング朝日新聞社(インカレの成績など)抜粋引用

[編集] エッサッサ

エッサッサとは、日本体育大学で伝統的に行なわれている応援スタイル及び運動のこと。現在大学生活おいて、新入生特別活動(前期授業の一環)で徹底的に教えられる。そして各部祝勝会等(「勝利の雄たけび」として)で披露される事が多い。最近では、2008年北京オリンピック壮行会・2008年インカレバレーボール男子・インカレハンドボール男子優勝時・2007年体育研究実演発表会(中国・四国大会)等で行なわれた。

大正時代後期に各学校でスポーツ応援が盛んとなり、東京高等商船学校(東京商船大学の前身、現東京海洋大学)の応援歌「錨をあげて」[2]や東京農業大学の「青山ほとり[3]などに対抗するスタイルのものを求めて、前身の体操学校在校生の師範科生平井一氏が考案した。

当時、アメリカから導入された「ピストン・ロッジ・アームモーション走法」を参考に、掛け声を「エッサッサ」と定めたことに始まる。その後、エッサッサは学生寮(学校寮)にて脈々と受け継がれ、進化して現在の形になった。

同校卒業生が全国の高等学校中学校で体育教師に就いた際、運動会などで男子のマスゲームの一環として披露されることもある。参加者が千人以上ともなれば壮観であり、それ以上の大人数となれば地面が揺れるとまで形容される。

一般的に上半身裸、裸足のスタイルで行う。肉体の美、精神の美(雄たけび等)、集団の集合離散の美を追求する。

  • 横浜健志台キャンパスには元日展審査員で著名な故井上久照氏作(2009年2月御逝去)の「エッサッサ像」が建立されている。

[編集] 沿革

  • 1891年(明治24年) - 日高藤吉郎、東京・牛込区原町の成城学校(現・成城中学高等学校)内に体育会創設
  • 1892年(明治25年) - 日本体育会に改称
  • 1893年(明治26年) - 日本体育会体操練習所となる
  • 1899年(明治32年) - 国庫補助金(5年間)を受けて「準国立」となる。女子の入学受け入れにも着手
  • 1900年(明治33年) - 日本体育会体操学校と改称
  • 1941年(昭和16年) - 専門学校令による日本体育専門学校設立
  • 1949年(昭和24年) - 学校教育法による日本体育大学体育学部体育学科設立
  • 1953年(昭和28年) - 日本体育大学女子短期大学(短期大学初体育科)設立
  • 1962年(昭和37年) - 体育学部健康学科設置
  • 1963年(昭和38年) - 日本体育大学女子短期大学保育科設置
  • 1965年(昭和40年) - 武道学科設置
  • 1968年(昭和43年) - 神奈川県横浜市緑区鴨志田に用地を取得し、新キャンパス建設に着手。
  • 1971年(昭和46年) - 健志台総合グラウンド開設
  • 1975年(昭和50年) - 社会体育学科設置、大学院体育科学研究科(修士課程)設置(体育系では初の大学院設置)
  • 1991年(平成3年) - 日本体育大学(日本体育会)創立100周年式典挙行(日本武道館)
  • 1996年(平成8年) - 大学の英文表記を NIPPON SPORT SCIENCE UNIVERSITY(NSSU)に変更
  • 1998年(平成10年) - 大学院体育科学研究科博士課程(前期・後期)設置
  • 2006年(平成18年) - 日本体育大学女子短期大学部 専攻科保育専攻設置

[編集] 基礎データ

世田谷キャンパス和泉校舎
健志台キャンパス正門

[編集] 所在地

  • 東京・世田谷キャンパス(本部) - 東京都世田谷区深沢7丁目1番1号
    • 深沢校舎 - 同上
    • 和泉校舎 - 東京都世田谷区中町5-10-17
  • 神奈川・横浜健志台キャンパス - 神奈川県横浜市青葉区鴨志田町1221-1

[編集] 象徴

  • シンボルマークは6つの花弁を持った花桜でデザインされている。
  • 校章は體大の立字(旧式漢字)を使用し、体育会系クラブ「学友会」旗のほか、スポーツ応援などで多用されている。
  • 略称の「NITTAIまたはNITTAIDAI」・「NSSU」もユニフォーム等に多く使用されている。硬式野球部(首都リーグ所属)の帽子(ユニフォーム)には「日体」の文字「日本N・スポーツS(スポーツも体育の一領域と考え)」英文字表記「NS」の略称を使用している。

[編集] 教育および研究

[編集] 組織

[編集] 学部

上記4学科ともに体育教員免許の取得が可能。武道学科伝統芸能コースなどでは司書教員免許の道も開かれている。

[編集] 大学院

  • スポーツ文化・社会科学系研究科
  • トレーニング科学系研究科
  • 健康科学・スポーツ医学系研究科

[編集] 専攻科

  • 短期大学部専攻科
    • 保育専攻
    • 体育専攻科

[編集] 付属機関

  • 日本体育大学図書館 - 世田谷本館、横浜・健志台分館に約34万冊の蔵書をもつ。国内外の体育・スポーツに関する文献が特に充実している。
  • 体育研究所 - スポーツ科学、スポーツ医学に関する計測機器を多数そろえる。学外にも保有機材の利用に門戸を開いている。
  • スポーツトレーニングセンター - 通称トレセン。トップアスリートの競技力向上などを目的とした施設。国内指折りの充実したトレーニング施設には学外からの利用もある。
  • スポーツ局 - 在学生のオリンピック・世界選手権大会等の日本代表選手など、トップアスリートのためのトータル支援施設。コンディション調整から、生活栄養指導までカバーしている。
  • 健康管理センター-学生・教職員等の心身両面の健康管理に携わっている。

[編集] 研究

これまで教員養成やスポーツ選手育成を大学教育の主眼としてきたこともあり、教員・学生(大学院生)共に充分な研究環境が整っているとはいえない状況にあった。そのため、大学院博士後期課程の設置から10年を経た2008年、研究活動の振興を図るための基本事項を定めた「基本計画(5ヶ年計画)」が策定された。

これにより、他大学に比べて後れをとっていたスポーツ科学分野での研究者養成、および他大学との学術交流が促進されるものと思われる。※過去の著名な研究 1975年ぶら下がり健康法等提唱されたといわれる。

[編集] 学生生活

  • 学友会が組織されているが、学長を会長とし学生・教職員が会員となる独自の組織となっている。これには、現役選手が教職員として学内に残ることが多く、必然的に学生・教職員の垣根を越えた活動が求められていることによる。
  • 学友会の組織には、総務部、運動部、応援部、厚生文化部のほか、サークル同好会が置かれ、約70の公認クラブ・サークルが活動している。
  • キャンパスがふたつ有り、学生は概ね学生寮(健志台合宿寮・世田谷深沢第一学生寮等)か、各部合宿所(例えば水泳部の場合、競泳ブロック・水球「部」ブロック・飛び込むブロック等に分かれ合宿所がある)で生活し、学生時代を謳歌している。比較的寮費・合宿費が安いのと、クラブの練習日程・開始時間(雨天変更)等の連絡(情報)が入るので4年間過ごす学生も多いという。下宿の場合、世田谷深沢キャンパスの学生は桜新町駅界隈に、横浜健志台キャンパスにおいては青葉区青葉台駅周辺に下宿する学生が多いと云われている。

[編集] スポーツ

  • 体育系のクラブ活動がそのまま大学教育と直結するため、国内有数の強豪クラブ(大半のクラブが所属する地区における大学リーグの上位に所属)を多く抱える。また、それぞれの競技種目・分野で連勝などの記録を持っている。
  • 競技種目によっては「常勝日体大」として他大学を圧倒した時期もあったが、近年は強化のノウハウを熟知した卒業生が他大学の指導者(教職員など)に就任するなどして、日体大を倒す状況がしばしば見受けられる。後述する水球部の連勝を止めた専修大学(監督に日体大OB)がその好例である。

[編集] 水球部

  • 水球部(水泳部所属-男子水球ブロック)が持つ376連勝(21年間無敗ギネス登録-スポーツ無敗記録一覧)の記録は、他大学・実業団のクラブ競技などの目標となっている。日体大は、関東学生水球リーグ1部に所属している。2009年度の1部校は、早稲田大学・筑波大学・中央大学・専修大学・日本大学・国際武道大学・仙台大学の八大学、2部校慶應義塾大学・明治大学・学習院大学・東京大学・成蹊大学・新潟産業大学の六大学である。※3部校等割愛 毎年リーグの一部校最下位校(八位校)は、二部優勝校との入れ替え戦が行なわれる。
  • 日本学生水泳選手権大会水球競技29回(21連勝・8連勝)関東学生水球リーグ(春季・秋季含む)29回(21連勝・4連勝・3連勝)
  • 女子-関東学生女子水球リーグ(春季・秋季含む)8回(3連覇含む)インカレ1回 日体クラブ-全国女子水球競技大会9回  

   ※2005年度までの学連記録(女子記録は1989年から2005年まで1989年以前は記録不明)。

[編集] 体操競技部

  • 体操競技(器械体操)部は、日体大の伝統ともいえるクラブで、学校創設以来の110年を超す歴史を持つ。北京五輪団体メンバー内村航平団体銀・個人総合銀メダリスト、2009年度世界体操競技選手権大会ロンドン大会個人総合金メダリスト(体育学科在学生)OBに北京五輪団体レギュラーメンバー中瀬卓也徳洲会体操クラブ・日体大院博士課程在学中)沖口誠コナミスポーツ)元日本体操協会理事タレントの森末慎二(現落語家)・現日本体操協会理事池谷幸雄など多数。実業団チームに所属する財団法人日体スワロー(旧名・スワロークラブ)は日体OB・OGで構成された社会人体操界の古豪の強豪チームで何度か全日本体操選手権大会(初代男子優勝チーム-個人・団体戦・女子個人戦)を制している。
    • 男子 - 6連勝(1947年「昭和22年」全日本学生体操競技選手権大会初代優勝校、最多優勝回数31回)
    • 女子 - 12連勝(2009年8月4年連続-最多優勝回数41回)、男女のアベック優勝22回を数える。
    • 全日本体操競技選手権大会 大学勢最多-男子優勝8回(2連勝)大学勢最多-女子優勝17回(11連勝)アベック優勝2回

[編集] レスリング部

[編集] 洋弓部

  • 洋弓部(アーチェリー)は、1959年に日体大・玉川大学東京教育大学(現筑波大学)・学習院大学の4大学を中心に「日本アーチェリー学生連盟」が発足。各大学に普及する嚆矢となった。
    • 男子 - 3連勝(優勝4回、準優勝16回)2009年インカレ全日本王座決定戦対近大210対209接戦を制し優勝(23年振り)
    • 女子 - 9連勝(優勝20回、準優勝12回)、アベック優勝3回
  • ロス五輪銅メダル・アテネ五輪銀メダリストの山本博(現日体大准教授OB)が監督。OGには、北京五輪団体8位・個人6位入賞の早川浪甲南女子大学教職員)など多数。

[編集] バレーボール部

[編集] バスケットボール部

[編集] バドミントン部

[編集] サッカー部

(女子については、日本体育大学女子サッカー部を参照)OBには元NHKサッカー解説者松木安太郎名古屋グランパスフィジカルコーチ東大院卒-喜熨斗勝史(元尚美学園大学教員)・ジェフ千葉MF坂本将貴J1リーグ2001年新人賞獲得)等多数。
OGに北京五輪4位入賞の丸山桂里奈・本学OG近賀ゆかりがいる。※中退者含む

[編集] ソフトテニス部

  • インカレ男子4連勝(8回)、女子4連勝(11回)、アベック優勝3回。
  • 全日本王座決定戦男子6回 女子10回、アベック優勝1回 2009年6月13日東京体育館にて

全日本王座決定戦 決勝戦男子対中央大学3対0 女子対神戸松蔭女子学院大学2対0で初のアベック優勝。

  • OBには1975年第一回世界ソフトテニス選手権大会団体日本代表メンバー初代優勝 本学元監督・現部長西田豊明を始め2007年度世界選手権大会団体優勝メンバーの高川経生(NTT西日本広島)浅川陽介・篠原秀典(桜友会)などがいる。

[編集] ライフセービング部

日本学生ライフセービング選手権大会

  • 男子総合優勝 6連勝(15回)
  • 女子総合優勝 4連勝(10回) 日本記録 マネキンリレー1分51秒41 アベック優勝5回
  • 男子 全日本ライフセービング選手権大会7連勝(10回)全日本ライフセービング室内選手権大会17連勝(18回)

※競技では、世界選手権代表選手も毎年何人か輩出する一方、救急救命士等の資格にチャレンジする学生が非常に多いのもクラブの特長のひとつである。1993年NHK教育テレビ若者参加型番組「ファイト!」に出演協力した。

[編集] 水泳部

  • 水泳部(競泳ブロック・飛込ブロック・水球「部」ブロック)はオリンピック代表クラスの選手が多数在籍している。OB・OGには北京五輪平泳ぎ金メダリストの北島康介・背泳ぎ銅メダリスト中村礼子近代五種競技出場の村上佳宏(競泳ブロック)がいる。
    • 競泳競技では、女子総合優勝7連勝(優勝16回2008年最多優勝校)の記録を持つ。
    • 飛込競技では、男子5連勝(優勝13回2008年最多優勝校)の記録がある。
    • 本学OGにおいてはアテネ五輪シンクロナイズドスイミングで活躍した銀メダリスト藤丸真世(現TBS)がいる。

[編集] 陸上競技部

[編集] フェンシング部

  • 女子:フルーレ4連勝(フルーレ8回-エペ8回-サーブル3回-全種目フルーレ・エペ・サーブル制覇2回での2連覇含む2008年度現在ー全種目制覇は日体大のみ達成-種目エペ初代優勝校)過去の個人種目別インカレ優勝-16回
  • 全日本フェンシング選手権大会 フルーレ2回・エペ3回(3連勝)
  • 男子:サーブル1回個人種目別インカレ優勝5回2009年対中央大学45対37全日本学生フェンシング王座決定戦サーブル優勝
  • 1991年(平成3年)男女アベック優勝1回-種目女子エペ・男子サーブル。
  • OBに市ヶ谷廣輝バルセロナオリンピック・アトランタ五輪代表(現香川県高校教員)、ジュニア日本代表コーチ笹田健一(インカレ個人優勝・現長崎県高校教員)、OGにアテネ五輪北京五輪2大会連続出場wカップ中国大会1位・北京五輪個人7位入賞日本人最高位の菅原智恵子(現宮城県高校教員)、モントリオール五輪・まぼろしのモスクワ五輪2大会連続代表岡秀子(現成徳学園高校教員)、2大会連続出場ロス五輪団体8位入賞ソウル五輪団体・個人出場岡智子、同じくソウル五輪団体出場桐谷乃宇奈、2009年W杯キューバ-ハバナ大会エペ3位入賞中野希望(大垣共立銀行)など多数。

[編集] ハンドボール部

  • 男子: 5連勝(2009年最多優勝校20回)2006年 - 2009年四連覇中である

※全日本学生ハンドボール選手権大会 2009年11月11日決勝戦 対筑波大学 29対25で勝利する。

過去に日本ハンドボールリーグに加盟していた大阪イーグルス(大阪教員チーム)は、日体大ハンドボール部OBにて編成されたチームで、一部に在籍し上位にいた事もある強豪チームであった。(昭和63年度脱退-現在はない)全日体大は優勝5回(3連覇)。昨今のOBには宮崎大輔スペインリーグ・アルコベンダス入団)・太田芳文大崎オーソル)、田場裕也琉球コラソン)等が活躍している。※中退者も含む。

[編集] ラグビー部

[編集] 硬式野球部

  ※日体大には準硬式野球もあるので違いに注意

[編集] 軟式野球部

[編集] トランポリン部

  • トランポリン部:体操競技から派生したトランポリンを日体大はいち早く取り入れ、第一線の選手を育成している。OBに北京五輪個人4位の外村哲也選手、舞台「マッスルミュージカル」で活躍のプロ中田大輔、OGでは岩下由利子元日本選手権大会優勝、2008年北京五輪日本代表コーチ阪南大学監督などいる。
    • 男子 - 全日本トランポリン競技選手権大会団体戦3連勝(優勝6回)、2002年から始まった大学対抗戦(インカレ)団体戦では2連勝(優勝3回)、個人戦は優勝14回。
    • 女子 - 同大会2連勝(優勝5回)、大学対抗戦では初代優勝校、団体戦2連勝(優勝4回)その他個人戦でも優勝19回。
    • アベック優勝2008年1回

[編集] トライアスロン部

[編集] アメリカンフットボール部

[編集] スケート部

[編集] ソフトボール部

  • 大学ソフトボール界の先駈け東京都大学ソフトボール連盟発足時当初から在籍にしている伝統校である。1966年-昭和41年-インカレ第一回全日本大学ソフトボール選手権大会男女アベック優勝校で男子は6連勝の記録を持つ 2009年度決勝戦対福岡大学に7対1にて勝利し優勝(2連覇中)する 優勝28回準優勝4回、女子6連勝優勝19回準優勝13回アベック優勝9回の成績を収めている。
  • 男子-全日本総合選手権大会優勝3回準優勝4回
  • OBに日本で初めて「ウインドミル投法」を取り入れた三宅豊新島学園教員)がいる。OGには北京五輪決勝戦(対米国)にて先取点となるヒットエンドランを成功させた金メダリスト藤本索子レオパレス21)、アトランタ・シドニー・アテネ五輪3大会連続出場-投手シドニー銀・アテネ銅メダリスト高山樹里などがいる。

[編集] 相撲部

[編集] その他の運動部 (サークル・同好会含む)

[編集] その他のクラブ活動

  • 体操部(体操競技部ではなく独立している-正式な体育系「学友会所属」の部である。例えると「原則競技には参加しない徒手体操部」)広く体操の普及・発展に貢献する事を目的として活動している。発表会(国内・海外体操祭・各種イベント等)に参加。OBには組体操学(集団演技)の大家、創部者元日本大学文理学部名誉教授の濱田靖一、元NHK体操のお兄さんでお馴染みのタレント佐藤弘道OGには元NHKテレビ・ラジオ体操アシスタント栗原久美子等がいる。※2009年3月5日東京ドームWBC開会式セレモニーにおける国旗行進に参加し協力した。
  • 体育会系のサークル同好会では、ダブルダッチ(縄跳び競技)サークルがニューヨーク世界大会でMASTERPIECEチームが他国の強豪チームを抑え優勝している。他にもセパタクローサークル(男女インカレ3連覇中)・混合バレーボール同好会(第1回学生混合バレーボール選手権大会初代優勝チーム2009年2月会場埼玉県草加市スポーツ健康都市体育館にて)が強豪として知られる。※混合バレーボールとは、男女三人ずつの計6人がプレイする簡易バレーボールの事。JMVAルール-男子はスパイク禁止-しかしバックアタック(6mライン後方からならOK)は良い。男子のジャンプサーブとブロックにおけるオーバーネットの禁止などがある。
  • 厚生文化部に属する研修部は、体育系大学唯一の教員採用試験合格を目指す為のクラブであり、体育授業全般(体操・バレーボール・サッカー・野球(またはソフトボール)・バスケットボール・フォークダンス等)の実技練習と研究授業「体育授業・保健授業・道徳教育の研究授業等」を行っている。
  • トレーナー研究会は、アスレチックトレーナーの研究及び実践をしている。スポーツトレーナーの養成を目指しているクラブである。OBには著名な人達がたくさんいる。大会主催者の依頼に応じ各種目のインカレ・スポーツ大会(アメリカンフットボールXリーグ・全日本レスリング選手権大会など)等に賛同し、選手の心身両面のケアー、そして場合によっては運営等にも携わり協力している。年に数回のトレーナー・医療研究発表会も行われ活発な議論が交わされる。
  • 文化系のサークルでは、総務部(各部総括・日体大スポーツ新聞発行等)、応援団(応援部所属・応援リーダー部など全日本学生応援団連盟所属-全日本学生応援団連盟本部記念祭-2008年度58回を数える大学「連盟加盟」の応援団部による全国の各大学の演武並びに演奏発表会出場)・吹奏楽部(応援部所属・ブラスバンド部)・体育指導研究会・CIA(略-キャンプインストラクターアカデミー)この部はキャンプインストラクター・レクリエーション・救急救命士等の資格受験にも力を入れている・野外教育活動研究会・社会体育研究会・放送部・英会話部・写真部・家政部のほか同好会サークルの活動も数多くあり体育系の大学では珍しいといえる。応援部は2008年松竹映画フレフレ少女(主演新垣結衣)の応援指導を請け負った。


[編集] 大学関係者組織

  • 卒業生による「日本体育大学同窓会」が組織されている。現会員は75000名(平成21年)を数え、全国に支部を持ち卒業生の親睦や在学生の支援(OB会が主催となり各都道府県において、教員採用試験対策講習会等の実施をしているところもある)などの活動を行っている。
  • 在校生の父母らによる「保護者会」が組織されており、世界大会(世界選手権大会・オリンピック等)など選手の海外遠征には同会からの支援や応援ツアーなどが見られる。

[編集] 大学関係者一覧

[編集] 施設

[編集] キャンパス

[編集] 東京・世田谷キャンパス

  • 深沢校舎(東京都世田谷区深沢7丁目1番1号)
約40,000m²の敷地に各校舎のほか、2つの体育館、グラウンド、プール、図書館などが集積して立地する。現在、キャンパスの一部が再開発工事中である。(参考:東京世田谷キャンパス再開発計画
  • 和泉校舎(東京都世田谷区中町5丁目10番17号)
  • 交通アクセス:東急田園都市線桜新町駅」から徒歩15分。同駅から東急バスで「日本体育大学前」下車

[編集] 横浜・健志台キャンパス

通称-健志台(けんしだい)は、(十数年前まで、健志台キャンパスと呼称しておらず、鴨志田キャンパスと呼称していた)1971年昭和46年)にオープンした運動競技場総合施設(講義等も含む)である。施設内容は、野球場(内野観覧席有り)・陸上競技場-400mブルートラック「陸連公認陸上競技場、全天候型-ウレタン仕上げローラーエンボス工法-国立競技場横浜国際競技場トラック同一仕様」・米本記念体育館(他二つの体育館を有する)・百年記念館(研究室・講義室・トレーニングセンター・健康管理センターなど)・体操競技館(体操界では、設備「体操器具」等日本一の施設であると言われている大学対抗戦・ジュニア大会等の試合が例年行なわれている)・サッカー場(全面人工芝ー観覧席有り)・ラグビー場(観覧席有り)・アーチェリー場・プール(屋外温水プール・水深変更可-競泳コート・水球コート・飛び込みコートを要する)・弓道場・テニスコート(6面)・ゴルフ練習場等である。各競技の大学対抗戦(陸上競技のインカレ日本学生陸上競技連合主催、日本学生陸上競技対抗選手権大会・首都大学野球連盟が主催する、首都大学野球リーグ・関東大学対抗レスリング、バドミントン、バレーボール、サッカー、ハンドボールリーグなど)等の公式戦試合会場になる他、陸上記録会(箱根駅伝等)で著名な日本体育大学陸上競技長距離記録会-日体大長距離記録会が年に数回行なわれ日本中の陸上競技長距離選手(社会人・大学生・中高校生など参加者)のメッカとなる。

約166,000m²の敷地に3つの体育館運動場などが並び立つ。1992年平成4年)には百年記念館が落成。
  • 交通アクセス:東急田園都市線青葉台駅」から東急バス「日体大」行きに乗車。乗車時間は約10分。バスロータリーは、健志台キャンパス正門前にバスが到着する。(ここから東急田園都市線青葉台駅への折り返し運転。因みにこの健志台キャンパスのバスロータリー内に「みずほ銀行あざみ野支店日本体育大学鴨志田出張所(ATMだけのコーナー)がある。(詳細はみずほ銀行のホームページを参照)
  • 学生寮
    • 東京世田谷深沢 - 日体第一学生寮・女子深沢寮
    • 神奈川横浜青葉区 - 健志台合宿寮・健志台桜寮(女子専用)
  • 合宿所 部によっては合宿所があり、部員の多いクラブは、ブロック別に合宿所を要する

[編集] 菅平実習場

  • 実習場(長野県上田市菅平高原1223-3909)
約44,022mの敷地 実習地・合宿所・研修所など

[編集] 対外関係

国際交流協定校(国際交流実習大学校含む)

[編集] 社会との関わり

  • 2007年、日体大と系列の女子短大において、マイクロソフトが教育機関向けに開発した「Windows Live@edu」を導入。日本の教育機関では初の導入となる。これにより、在校生・教職員のみならず卒業生もがメールシステム、ウェブサービスを無償で利用できることとなった。

[編集] 附属学校

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ バスケットボールbjリーグを除く
  2. ^ アメリカ海軍の軍歌・行進曲「錨を上げて」 (Anchors Aweigh) を元にしたもの
  3. ^ 大根を持って踊るようになったのは第二次世界大戦後。

最終更新 2009年11月19日 (木) 00:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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