日本製薬
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日本製薬株式会社(にほんせいやく)は、東京都千代田区東神田一丁目9番8号に本社を置く医薬品企業である。武田薬品工業の子会社。略称は「ニチヤク」。1921年8月に「大五製薬合資会社」として創業したポリタミンシロップというアミノ酸製品化に成功。1951年にはエタノール分画法によるガンマグロブリンの製造に成功し、日本の栄養輸液製剤、殺菌消毒剤など製造・販売している。
1950年代から、東京都葛飾区や北海道函館市など各地に「ニチヤク血液銀行」を開設。有償採漿を行なっていた。旧ミドリ十字(当時:日本ブラッドバンク、現:田辺三菱製薬)、富士レビオ(当時:富士臓器製薬。現在は有償採漿、血液製剤ともに撤退)とともに主要な商業「血液銀行」の一つだった。その後、血漿分画製剤用に縮小し、血液製剤の国産原料が全て献血に転換された1990年9月に廃止され、日本最後の「血液銀行」となった。
現在は血液製剤用の血漿の大半は日本赤十字社から購入し、国内では調達が難しい特殊用途の免疫グロブリン用の血漿を外国から輸入して賄っている。
目次 |
[編集] 沿革
- 1921年 - 「大五製薬合資会社」に創業、ポリタミンシロップを発売。
- 1946年 - 「日本製薬株式会社」を設立。
- 1951年 - 乾燥ヒト血漿の製造に成功し、血液製剤事業に本格的に参入。
- 1960年 - 滋養強壮内服液「ポリタン内服液」を発売。
- 1966年 - 滋養強壮内服液「ポリタンC」を発売。
- 1971年 - 滋養強壮内服液「ハイポリタンC」を発売。
- 1987年 - タケダで販売されるミニドリンク剤「アリナミンドリンクシリーズ」のOEM生産を開始。
- 1989年 - 「大五栄養化学株式会社」と合併し新生「日本製薬株式会社」になる。
- 1990年 - 有償採漿終了。
- 1992年 - 葛飾工場を千葉県成田市に移転。
- 1995年 - 医薬部外品・殺菌消毒剤「オスバンウオッシュ」を発売。
- 2000年 - ホームページ開設。
[編集] 事業所
[編集] 研究所
- 東京研究所
- かずさ研究室
- 大阪研究所
[編集] 工場
- 成田工場
- 大阪工場
[編集] 支店
- 札幌支店
- 東北支店
- 北関東支店
- 千葉・埼玉支店
- 東京支店
- 甲信越支店
- 横浜支店
- 名古屋支店
- 大阪支店
- 南大阪支店
- 京都支店
- 神戸支店
- 中国支店
- 四国支店
- 福岡支店
- 南九州支店
[編集] 主要製品
[編集] 医療用医薬品
- ESポリタミン
- 12%インポール
- イントラファット注
- オスバン10%消毒剤
- オスバンラビング
- カコージン注100mg
- カコージンD
- カチーフN
- パルミリン注
- ブラニュート顆粒
- フォリアミン
- マックアミン
- ミネラリン注
- ガンマグロブリン
- PPSB-HT-ニチヤク(第9血液凝固因子製剤)
- 献血アルブミネート-ニチヤク
- 献血トロンビン
- 献血ノンスロン(アンチトロンビン)
- 抗HBs免疫グロブリン
- 抗D免疫グロブリン
- 抗破傷風免疫グロブリン
[編集] 一般用医薬品
- オスバンS
[編集] 医薬部外品
- オスバンウオッシュ
- オスバンネオウオッシュ
- ポリタンC
- ハイポリタンC
[編集] 動物用医薬品
- 獣医用オスバン液「ダイゴ」
[編集] その他
- 培地「ダイゴ」
[編集] 関連項目
- つげ忠男 - デビュー前、葛飾区立石にあった同社葛飾工場に就職し、採血作業の補助をしていた。ここでの経験を基に『無頼平野』を描いた。
- 武田薬品工業
- 千寿製薬
- あすか製薬(旧:帝国臓器製薬+旧:グレラン製薬)
- 和光純薬工業
- ワイス(旧:日本レダリー+旧:日本ワイス→旧:日本ワイスレダリー)
- 天藤製薬
- ビオフェルミン製薬
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月25日 (日) 06:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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