日産・プレジデント

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日産・プレジデント (PRESIDENT) は、日産自動車が製造・販売するセダン型の高級車

目次

[編集] 概要

日産のフラッグシップモデルであり、競合車はトヨタ・センチュリーである。主に公用車社用車などのショーファードリブンカーとして使われる。中古車では安価な車両もあるためか、一部の若者には人気が高く、彼らからは「プレジ」の愛称で呼ばれている。

[編集] 歴史

[編集] 初代(1965年-1990年)

日産・プレジデント(初代)
250型
リア(250型)
乗車定員 6人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン Y40型 4.0L V8 OHV 180ps
H30型 3.0L 直6 OHV 125ps
変速機 3速コラムAT
駆動方式 FR
サスペンション 前: ダブルウィッシュボーン式
後: リーフ式
全長 5,045mm
全幅 1,795mm
全高 1,460mm
ホイールベース 2,850mm
車両重量 1,600kg(タイプA)
-このスペック表は試行運用中です-
1965年10月21日
150型プレジデント発売開始。セドリック・スペシャル(50型、1963年2月登場)の後継車種であり、当時の国産乗用車の中で車体、エンジン共に最大サイズであった。搭載エンジンはY40型V型8気筒OHV3988ccとH30型直列6気筒OHV2974ccの2種類。グレードはタイプA・B・C・Dの4段階でタイプDが最高級仕様となり、その価格も300万円という当時としては破格の値段[1]であった。
タイプA・BにH30型、タイプC・DにY40型エンジンが搭載され、Y40型搭載車にはフロントホイールアーチ後部、及びトランクリッド後端に「V8」のエンブレムが付加されていた。フェンダーミラーの調節機能には国産市販車初の電動リモコン式が採用された。また、当時の佐藤栄作首相の公用車としても納入された。
1973年8月29日
250型プレジデント発売開始。当時の資料ではフルモデルチェンジと銘打たれてはいるが、基本の車台とキャビン部のエクステリアデザイン等はほぼ不変[2]であり、実際はフルモデルチェンジと言うよりも「ビッグマイナーチェンジ」に近い状態である。変更点はフロントマスクとリアエンドを中心とした大幅なデザインの変更と全長の200mm以上の延長により、より一層アメリカン色を強めたスタイリングとなった。また全長延長分のそのほとんどは150型時代に不評だったトランクルーム容量の拡大に費やされ、結果リアオーバーハングの増大へとつながっている。
搭載エンジンはY44型V型8気筒OHV4414cc[3]と、150型から引き継いだH30型直列6気筒OHV2974ccの2種類で、グレードはタイプA・B・Dの3段階となり、このうちY44型搭載車はタイプDのみとなった。
1975年4月
マイナーチェンジ。昭和50年排出ガス規制適合。型式は当初昭和50年排出ガス規制適合も単にH250型だったが制度変更によりA-H250型となる。搭載エンジンがEGI化されたY44E型エンジン1種類のみとなり、グレード構成もタイプD1-D9までの9段階となる。
1975年12月
一部改良。トランクリッドハンドル新設。
1976年7月
マイナーチェンジ。昭和51年排出ガス規制適合。型式がC-H251型となる。
1977年8月
マイナーチェンジ。最高級グレード「ソブリン」追加。型式がE-H252型となる。
1980年3月
一部改良。カセット付AM/FMマルチラジオ、子時計追加。
1982年11月
マイナーチェンジ。ラジエータグリルの意匠変更、角型4灯ヘッドランプの採用の他、内装ではインストを一新。ガソリンタンクの容量を75L→95Lへと拡大し、リアサスペンションをパナールロッド付4リンク+コイルスプリングに変更[4]。その他、装備・仕様を向上。
1984年6月
一部改良。トランクロックシステムをキーを左に回しておくと室内から開かないように変更、パワーウインドーにロックスイッチ追加。
1984年12月
一部改良。
1985年1月
「ソブリン」を超える最高級グレード「ソブリンVIP」追加。
1986年3月
一部改良。フェンダーミラーの大型化、後席可動式ヘッドレスト追加。「NISSAN」エンブレムの書体変更。
1988年11月
一部改良。タイプD、タイプCのホィールカバーをソブリンと同一のものに変更。
1989年3月
シフトロック追加。
1990年1月
カタログ等のエンジン出力表示をネット表示に変更。

[編集] 2代目(1990年-2002年)

日産・プレジデント(2代目)
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン VH45DE型 4.5L V8 270ps
変速機 4速AT
駆動方式 FR
サスペンション 前: 独立懸架マルチリンク式
後: 独立懸架マルチリンク式
全長 5,225mm
全幅 1,830mm
全高 1,425mm
ホイールベース 3,030mm
車両重量 約1,930kg
-このスペック表は試行運用中です-
1989年10月
JG50型プレジデントを東京モーターショーに出展。
1990年10月
JG50型にフルモデルチェンジ。JG50型から生産工場が日産の栃木工場へ移管。グレードは発売当初は油圧アクティブサスペンションを装着したベースグレードのみが用意されるモノグレード。前年の1989年11月に登場した「インフィニティQ45(G50型)」をベースに、ホイールベースを延長、ラジエータグリルを持つ専用フロントマスクとされ、インフィニティQ45の上級車種として設定。搭載エンジンはVH45DE型V型8気筒DOHC4494cc。インフィニティQ45と同エンジンであるが、法人向けとしての性格上、特性が変更されている。
1992年2月
グレード追加。新たに油圧アクティブサスペンションのV仕様、マルチリンクサスペンションのD仕様が用意された。さらに、公用・社用車ではなく個人購買層を意識し、インフィニティQ45と同じホイールベースを持つ「プレジデントJS(PG50型)」が登場。
1993年
オーテックジャパンの手による「ロイヤルリムジン」が追加。生産は高田工業が受託していた。
1993年4月
左側後部座席用のエアバッグ装着車を設定。これは助手席の背面にエアバッグシステムを装着し、後部座席の搭乗者を助けるというもの。その為、助手席シートはスライド量が少なくなり、リクライニング機能もなくなる。同時に助手席エアバッグもオプション設定されたが、後席エアバッグとの同時装着はできなかった。
1994年5月
マイナーチェンジ。外観ではフォグライトやメッキモールの採用、フロントグリルやリヤコンビネーションランプの意匠変更が主な変更。また、内装では新たに木目調パネルが採用された。250型に設定されていた最高級グレード「ソブリン」が復活。V仕様は廃止され、D仕様はタイプDに名称変更された。
1998年12月
マイナーチェンジ。各メッキパーツの手直しが行われ、キセノンヘッドランプが装備された。ナビゲーションシステムも刷新され、コンパスリンク対応のマルチAVシステムとなった。(オプション設定)また、後席エアバッグが廃止され、代わりにY33型シーマにも採用されていた後席サイドエアバッグを全車標準装備とした。
2002年12月
JG50型生産終了。1年弱の間、一度絶版となる。

[編集] 3代目(2003年-)

日産・プレジデント(3代目)
フロント
乗車定員 4-5人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン VK45DE型 4.5L V8 280ps
変速機 5AT
駆動方式 FR
サスペンション 前: 独立懸架ストラット式
後: 独立懸架マルチリンク式
ホイールベース 2,870mm
車両重量 1,890kg
-このスペック表は試行運用中です-
2003年10月
PGF50型にフルモデルチェンジし再登場。2年前の2001年1月に登場した「シーマ(F50型)」とコンポーネンツを同一とする上級車種として登場。搭載エンジンもシーマと同様のVK45DEV型8気筒DOHC4494cc(280ps)を搭載する。外見上の違いとしてはフロントグリル、フードマスコット、リアのナンバープレート位置など。目に見えない相違点としては遮音材が厚くなっており、静音性が向上している。
グレードは「ソブリン5人乗り」と「ソブリン4人乗り」の2種類のみ。4人乗りにはセダンとしては初めて助手席格納シートが装備された(5人乗りにもオプション設定)。また、後席VIPパックとしてバイブレーター付きリラックスシート、後席テーブル、後席乗降グリップがセットで装備される。このような装備の差で4人乗りは5人乗りより約100万円高い。
後席モニター(アームレストにはビデオ入力装備)、後席DVDプレーヤー、BOSEサウンドシステム(8スピーカー)、後席コントロールスイッチなど他の車でオプション設定される様な装備が全て標準装備されている。後席VIPパック装着車は後席を優先したものなので、助手席パワーオットマン機構や助手席アクティブヘッドレストは装備されない。「ソブリン」エンブレムは先代から唯一流用されたパーツであり、フェンダーにグレードエンブレムが装備される日本車は現行モデルではプレジデントのみである。
2008年2月
シーマと共にマイナーチェンジ。標準装備のナビゲーションがカーウイングス対応になる。また、エクストレイル・フーガ・シーマにも採用されたスクラッチシールド塗装を採用。リアコーナーピローが復活したが、カタログ写真等は使いまわしのため、映っているものとそうでないものが混在する。
2009年1月14日
一部改良。シーマと同様にフードオーナメントが隆起タイプから埋め込みタイプに変更される。

[編集] 車名の由来

「PRESIDENT」とは、「大統領総裁頭取または社長」の意味の英語。

[編集] 諸外国での実績

トヨタ・センチュリー同様国内専用車として販売してきたが、3代目以降から近隣諸国への輸出が目立つようになる。香港・タイ・マレーシア・シンガポール等、左側通行/右ハンドル方式を採用している国への販売もある。オセアニアへの輸出もあるが、日本からの中古という名目である。

[編集] 脚注

  1. ^ プレジデント発売当時(1965年10月)のトヨタの乗用車最高価格車は、VG10型クラウン・エイトの165万円。
  2. ^ 前後サスペンション、ホイールベース、サイドシル部、前後ドアパネル、前後ドアサッシュ、ルーフ、ガラス全般、インストメントパネル等は150型と同一。
  3. ^ Y44型をベースにボブ・シャープの手によってチューンされたエンジンがIMSAに出場したDatsun、280ZXに搭載されたことがある。それ以前に市販のZにY型エンジンを搭載する案もあったが、実現に至っていない。
  4. ^ このリアサスペンションの一新で最低地上高が増え、試作車の段階で当時の川又克二会長から「(後席へ)乗降しづらくなった」とクレームが付き、総力を挙げて改善しマイナーチェンジ後の最低地上高を10mm増に抑えたという逸話がある。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月8日 (木) 15:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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