日産自動車栃木工場
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日産自動車栃木工場(にっさんじどうしゃとちぎこうじょう)は日産自動車の主力生産工場のひとつであり、主として高価格帯車両を製造しているほか、鋳造部品やアクスル関連も製造している。所在地は栃木県河内郡上三川町上蒲生2500。
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[編集] 概要
1968年にアルミホイール・スチールの鋳造をスタートさせ、翌1969年にはアクスルの機械加工・組立を、そして1971年の組立工場の完成に伴い、車両の最終組立までを行う一貫生産体制を確立した。また、1999年10月に発表され、翌年4月から実施された日産リバイバルプランの影響で一時期、様々な車種が混同製造された。また、2001年3月の村山工場の閉鎖に伴い、それまで同工場で生産されていたスカイラインやローレルの生産が栃木工場に移管され、現在ではその流れを汲んでFR車ないしはFRベースの4WD車のみが生産されている。
敷地面積はテストコースを擁する関係で2,922,000m2と日産の国内工場としては最大の面積を誇っており、従業員も日産工場最多の約6,100名が働く(2006年7月現在)。尚、生産能力は年間約25万台である。
[編集] 沿革
- 1968年 - 操業開始。アルミホイールと鉄の鋳造を開始。
- 1969年 - アクスル関連の生産・加工開始。
- 1971年 - 車両組み立て工場完成。セドリックとグロリア生産開始。
- 1980年 - レパード/レパードTR-X生産開始。
- 1988年 - シーマ(当時:セドリックシーマ/グロリアシーマ)生産開始。
- 1989年 - インフィニティQ45生産開始。
- 1991年 - PM優秀事業場賞特別賞受賞。
- 1996年 - デミング賞事業所表彰受賞、ISO9002認証取得(品質保証国際規格)。
- 1997年 - ルネッサ生産開始。ISO14001認証取得(環境マネジメント国際規格)。
- 1998年 - プレサージュ生産開始。
- 1999年 - バサラ生産開始。
- 2001年 - セレナ、スカイライン、ローレル、ステージア生産開始。
- 2004年 - フーガ生産開始。
- 2005年 - フェアレディZ生産開始。新ゲストホールが完成。JDパワー初期品質調査高品質工場銅賞を受賞。
- 2007年 - GT-R、インフィニティ・EX生産開始。
- 2008年 - インフィニティ・FX生産開始。
- 2009年 - スカイラインクロスオーバー(インフィニティ・EXの国内向け)生産開始。
[編集] 現在の生産車種
- GT-R
- スカイラインクロスオーバー(インフィニティ・EX)
- インフィニティ・FX(輸出専用、S51型 - )
[編集] 過去の生産車種
- インフィニティQ45
- セドリック(230型 - )
- グロリア(230型 - )
- レパード
- ローレル(C35型)
- パルサー(栃木工場のほか、富士重工でも製造された)
- プレサージュ(U30型)
- バサラ
- ルネッサ
- セレナ(C24型)
- ステージア(M35型)
- スカイラインGT-R(R34型)
[編集] その他
- 工場見学は社会科見学・一般見学を問わず見学希望日の3ヶ月前から受付ていて、平日(月曜日~金曜日。但しゴールデンウィークなどの休暇日を除く)に限り可能である。内容的には工場見学のほか、ロビー見学やビデオ上映まで含まれている。
- 全長6.5kmの高速耐久テストコースのほか、高速散水路や石畳などのさまざまな環境・条件を想定した各種テストコースを保有している。
- CO2排出量の低減や資源の有効活用(リサイクル)に積極的である傍ら、地域とのふれあいを大切にした手作りの祭りである「しらさぎ祭り」を開催し、お神輿まつりなどのイベントを通じて、地域住民とのコミュニケーションの充実を図っている。
- 栃木リンチ殺人事件の準主犯と被害者はともにこの工場の社員であり、栃木リンチ殺人事件の際には、被害者と遺族に対する対応が不適切であるとの非難の声が上がった(詳細は栃木リンチ殺人事件を参照)。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年8月16日 (日) 06:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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