服部幸應

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はっとり ゆきお
服部 幸應
生誕 1945年12月16日(63歳)
日本の旗 東京都豊島区
出身校 立教大学社会学部卒業
職業 服部学園理事長
服部栄養専門学校校長
  

服部 幸應(はっとり ゆきお、1945年12月16日 - )は、日本料理評論家教育者タレント学位博士(医学)昭和大学2003年)。学校法人服部学園理事長服部栄養専門学校校長生島企画室と業務提携してタレント活動を行う。本名は染谷 幸彦(そめや ゆきひこ)。通称は服部先生(はっとりせんせい)。

目次

[編集] 来歴・人物

東京都豊島区出身。立教大学社会学部卒業。「1561年(永禄4年)に発祥し、1885年(明治18年)に日本に初めてカレーを紹介した『服部流割烹』[1]17代目家元[2]の孫」を名乗っていたが、下記の経緯などから2004年頃以降中止し、経歴からも削除したはずであったが、現在もなお服部学園卒業生に『服部流割烹免許』と題した書状を交付し続けている。

父の服部道政こと染谷栄(服部学園創立者)から英才教育を受け、産地の異なるフグタイの刺身[3]カラスミを毎日食べさせられ、「味」に開眼したと称している。実妹も服部津貴子の芸名を用い料理研究家として活動中であるが、兄と同様に『服部流割烹家元』の名称使用は中止したことになっている。

社団法人全国調理師養成施設協会会長、社団法人全国栄養士養成施設協会副会長、東日本料理学校協会会長、NPO日本食育インストラクター協会代表などを勤めているほか、「食育」をテーマに講演活動もこなす。

2001年5月に、調理師[4]専門調理師・調理技能士ふぐ調理師製菓衛生師栄養士いずれの免許も持たぬまま、調理師養成施設を永年経営していた事実が発覚したが[5]、本人に叙勲歴があり、かつ既に調理師試験を出題する側の地位になってしまっていたため、事実上不問に帰された形になっている。

このためか2005年昭和大学大学院医学研究科博士課程に学位論文「A study on the relationship between food intake and personality in woman students(女子学生における食品摂取と性格との関連に関する研究)」を提出し、博士 (医学)を取得[6][7]

更に2007年9月には、『週刊文春[8]や『日刊ゲンダイ[9]で、これまで自称してきた「戦国時代から続く服部家の末裔」という経歴が誤りではないかと報じられたため、服部幸應は芸名のようなもので、服部家と血縁関係がないことを認め、以後経歴を修正することになった。

羽田孜毒蝮三太夫と並ぶ、人民服マオカラースーツの愛用者。長山藍子の大ファンであることを、テレビ朝日『愛のエプロン』で共演した際に告白した。

[編集] 出演番組

[編集] その他の出演

  • 料理の鉄人 KITCHEN STADIUM TOUR(博報堂マルチメディアエンターテイメンツ、セガサターン[10]

[編集] 著書

[編集] 脚注

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  1. ^ 「日本初のカレーライス」(らいふとおく)
  2. ^ 13代目と記述していた時期もある。
  3. ^ 生鮮品物流が発達する前の時代に、どのようにして全国各地の生魚を調達していたかは不明。
  4. ^ 但し、無資格で営業しても法的に罰則はない。
  5. ^ 「服部幸應さん、調理師免許持ってなかった!」 ゲンダイネット 2001年5月25日
  6. ^ 「書誌情報」『国立国会図書館 NDL-OPAC(書誌 詳細表示)国立国会図書館
  7. ^ 一部記述には非公式な名誉博士号とあるが、教授会の審査を経て発行し、国会図書館に論文が所蔵されている正規の博士号である。医師免許は持たないが、博士号の取得に医師免許は必要としない。
  8. ^ 「服部幸應の「家柄」は偽装だった!」『週刊文春』2007年9月20日号。
  9. ^ 「詐称疑惑浮上 服部幸應(料理家)を直撃」『日刊ゲンダイ』2007年9月15日配信記事
  10. ^ 但し、内容はこれまで放送したデータベースソフトである。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月13日 (金) 05:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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