柴田英嗣
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| 柴田英嗣 | |
|---|---|
| 本名 | 同じ |
| ニックネーム | 柴っさん など |
| 生年月日 | 1975年7月15日(34歳) |
| 出身地 | 静岡県静岡市清水区 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 167cm |
| 方言 | 標準語 |
| 最終学歴 | 東海大学付属工業高等学校 |
| 出身 | スクールJCA3期 |
| コンビ名 | アンタッチャブル |
| 相方 | 山崎弘也 |
| 芸風 | 漫才 |
| 立ち位置 | 右 |
| 事務所 | プロダクション人力舎 |
| 活動時期 | 1994年 - 現在 |
| 同期 | オセロ 山口智充 など |
| 配偶者 | 既婚 |
| 親族 | 柴田陽史(実弟・アスリート) |
| 公式サイト | 『柴田英嗣の平穏な僕』 |
柴田 英嗣(しばた ひでつぐ、1975年7月15日 - )は、日本のお笑い芸人。お笑いコンビ「アンタッチャブル」のツッコミ担当。
静岡県静岡市清水区出身。プロダクション人力舎所属。人力舎のタレント養成所・スクールJCAの第3期生になる。同期の山崎弘也と1994年にコンビを結成する。私立東海大学付属工業高等学校(現・東海大学付属翔洋高等学校)卒。身長167cm、体重53kg。血液型はB型。既婚で、2児の父親。
愛称:柴っちょ、しばたん、柴っさん、しばんちゃん
目次 |
[編集] 特徴
- 大きな鼻と下縁メガネがトレードマークだが、キャラや見た目としては「普通」であると自分で認めている。
- 以前は視力が悪く、度付きメガネやコンタクトレンズを使用していた。2006年に視力回復手術(レーシック手術)を受けた結果、0.01の視力が1.5にまで回復する。メガネはキャイ〜ンの天野ひろゆきなどと同様、レンズの入っていない伊達メガネになり、以前よりも目が大きく見えるようになった。
- 2006年夏のとんねるずのみなさんのおかげでした「モジモジくんHYPER」出演時にメガネを壊し、一時期は外していたが、2007年2月ごろからまたかけるようになった。
- 腹筋が六つに割れている。
- 静岡県の出身でありながらなぜか喋りが江戸っ子口調。
- キレツッコミが横山やすしの再来と評価される事もある。2003年・2004年のM-1決勝でも審査員から軒並み柴田のツッコミが高く評価された。
- MCもしっかりしておりコーナーではよく進行役を務める。
- 2007年12月6日に急性肝炎で緊急入院[1]。2008年2月29日、公式サイトにて仕事への復帰が発表された。
- レギュラー番組「Qさま!!」の漢字検定試験の企画で、見事漢検2級に合格した。
[編集] エピソード
- 稲川淳二の怖い話が好きで昔、その話をよくしていた事がある。柴田も怖い体験に何度か遭遇した経験があるがいずれも微妙なもので霊感は無いらしい。
- 柴田が、かつて住んでいた自宅マンションの下の階にアカペラグループ「RAG FAIR」「ズボンドズボン」のメンバー・土屋礼央が住んでいた。その事を知らなかった柴田は、土屋のギター音に対し「うるさい!」と抗議していた。後にテレビ番組を見ていて同じマンションに住んでいる事を知った。この件を「虎の門」で告白、謝罪した。
- 歌、音楽が得意で、「爆笑オンエアバトル」特別番組ではリードヴォーカルを担当し、「カントリーロード」の演奏に参加したことがある。
- 「歌スタ!!」では、ミュージシャンの堂島孝平に歌声を見初められた。堂島いわく「相当かっこつけていいと思いますよ」とのこと。その後、2006年2月1日に『だまって俺についてこい』で徳間ジャパンコミュニケーションズから歌手デビューし、オリコン初登場90位を記録。初回限定盤には、「抽選で1組に柴田英嗣があなたの結婚式で『だまって俺についてこい』を熱唱し、お二人の門出を祝福させていただきます!」というスペシャル企画の応募ハガキが封入されていた。ちなみに、そのオーディションの際歌った曲はTHE BLUE HEARTSの青空。
- 昔いじめられっ子だったときにボクシングを始め、以降も身体を鍛えている。運動全般が得意で、過去にプロサッカークラブからスカウトされた経験がある。学生時代には体操部、中学時代は野球部に所属していた。「Qさま!!」では、8段の跳び箱でハンドスプリングを披露する、15段の跳び箱を一回で飛ぶ、鬼ごっこでは松野明美と戦って2勝1敗で勝ち越す、などの成績を残し、エースと言われている。ただしジョセフ・オツオリ、ベン・ジョンソンなどが鬼だった時は、柴田だけ他の人よりも本気で追いかけられたため、競技開始後早々に捕まえられていた。
- また同番組の「10m高飛び込み」では公式記録として最速の2秒(詳しくは原西孝幸の項も参照)で飛んだことがある。他にも「シーソービビリ橋」(全長15m・高さ10m・幅45cm)ではスタートと同時に全力疾走し、途中に配置されたバナナの皮やシーソーを飛び越えてゴールに駆け込み、これまた2006年現在最速の3秒でゴールし、他の挑戦者(10分程度)に比べ圧倒的に速い記録を作る。また同番組内では影のリーダー的存在と言われている。
- 東京フレンドパークIIでウォールクラッシュに挑戦した際、運動神経を生かして一発でCLEARゾーンまで届き、見事に達成した。メンバーはそれに大喜びしたが山崎が手を上げた瞬間スーツの脇のマジックテープが優香の髪の毛にくっついてしまい、それを剥がすためにメンバーやスタッフがそちらに集中した結果、肝心の柴田が置いてけぼりにされてしまった。
- 「伊集院光 深夜の馬鹿力」において「スペシャルウィークの企画がない言い訳として、伊集院光がTBSラジオ局内で原付自転車に甘く轢かれた事にする」という企画の際に、原付自転車で伊集院を(あくまで「甘く」)轢く役目を任されたが、エンジンを吹かしすぎてウィリー状態で局内の廊下を暴走したことがある。そのせいで廊下のじゅうたんに黒々とタイヤ痕が残ってしまい、スタッフが必死で後片付けに追われたらしい。
- 伊集院光との交流が深い。伊集院光 深夜の馬鹿力で包茎であることをバラされたり、原付バイクを長い間借りていたりといったエピソードがある。伊集院はTBSラジオ『JUNK座談会』にて「JUNK2パーソナリティ達の中で、コンビの相方にするなら誰?」という質問に「柴田」と答えている。
- キレる芸風と相反して、動物園に通いキリンを3時間眺めていられる、オフには趣味で収集している動物図鑑を眺めているという程の、無類の動物好きである事を自身のブログで明かしている。単に動物が好きというだけでなく知識も豊富であり、度々バラエティ番組やブログなどで動物に関するうんちくを語ることがある。一番好きな動物はカバであり「カバ最強説」を唱えている。また、2007年の夏のオフには、柴田と、伊集院光と、柴田の後輩芸人2人と共に北海道の旭山動物園に一泊の旅行にも行った事がある。しかし裏腹に昆虫の類は大の苦手で、カブトムシさえ捕まえることが出来ない。
- ダウンタウンDXでは「視聴者はみた」にコーナ-で、家族と動物園にきたにも関わらず、家族そっちのけでシロクマを見ていたと暴露された。
- 漁港の町として知られる静岡県、清水市で育ったこともあり、魚・刺身が大好物であるが、肉類(特に牛肉)は苦手(相方の山崎は肉が大好物だが、野菜と魚が嫌い)。しかし、「いきなり!黄金伝説。」でマグロばかりをひたすら食べるという企画をやった後は、柴田が一人でかなりの量を食べさせられていた為に、一時期、魚も食べられなくなりベジタリアンになりそうになったと語っている。さらに、ずっと食べ続けていたせいか、野菜すらも嫌いになってきたと言ったこともある。その後、にんにく、一万円生活と続き、以前くりぃむしちゅーが達成出来なかったクリームシチューのみを、一週間で500杯食べ続ける企画の中では、人参などの野菜をほとんど、柴田が一人で食べていた。肉類は代わりに山崎に任せる約束をしたがすぐに拒否された為、苦手な肉類も、柴田が自分で食べる事になった。苦労しながらも、まぐろ、にんにく、一万円生活に続いて、クリームシチュー企画も見事に伝説達成に成功した。
- また、無類の焼きそば好きとしても知られる。上記の一万円生活(コンビ対決編)では相方がスーパーで、お菓子を衝動買いするなどの、我がままをする度に切れていた。しかし焼きそば用の中華麺を見た瞬間、急にその場に立ち止まりその麺を買おうか買わまいかと何度も麺を掴んでは置く行動を見せ禁断症状に苛まれる一面を見せた。結局は誘惑に負け買ってしまい、夕食のメニューも急遽焼きそばに変更。いつも柴田が料理を作っていた担当ではあったが、その時は更に一人だけでキッチンに入り焼きそばを作った。食事の時には焼きそばの出来に満足し自慢する一幕があった。
- 5回目の伝説企画では、海女さん生活二泊三日に挑戦して企画を達成した。柴田はここでもプロの海女さんに絶賛される程の成長と働きぶりを見せ、最終日にはプロでも取るのが難しいと言われるクロアワビまでも取る事に成功していた。
- くりぃむしちゅーとの付き合いが長い。特に、上田晋也とは仲が良くプライベートでも先輩後輩を越えた親しい付き合いがある。
- アンジャッシュの児嶋一哉や、おぎやはぎの小木博明、劇団ひとりなどの芸人達とも仲が良い。
- バナナマンの2人とも仲が良く、日村勇紀とは近所に住んだり、柴田と日村で同居をしていた時もあった。
- 2005年1月17日の内村プロデュースの企画「手相診断」で、手相家・西谷泰人さんに「2005年の終り頃に結婚」と予言されている。
- 2005年9月に、入籍を発表。入籍後、2005年11月28日に第一子となる長男が誕生した。その後、2008年3月11日には第二子となる長女も誕生した。
- コーヒーが全く飲めないが、内村プロデュースの心理学の企画では、内村光良の差し入れたコーヒーを飲んだことがある。この事は心理学的に見て、尊敬する人物のものは苦手でも受け入れる表れとして、内村を喜ばせた。
- ロンドンハーツ内「格付けしあう男たち」のコーナーに出演した際は顔を真っ赤にして怒り続けるキャラを演じたが、ヤセ型・メガネに加えその時のスーツ姿という見た目上の共通点もあって「次の横山やすしの位置を狙っているでしょ」と言われていた。
- 昔、ピンでギター漫談家として活動をしていた事がある。これは当時、仕事が殆んど無く相方山崎とも不仲だった為。当時、ビビる大木と仲が良く同居もしていた為に、大木が当時コンビ仲が上手くいっていなかった事から、大木と組む事も考えていた。
- 現在、相方山崎とはプライベートでも草野球をしたり、たまに買い物に行くなど仲は良い。
- アンタッチャブルのシカゴマンゴにおいて山崎に悪フザケで強引に薦められた事がきっかけで、柴田が自分の2007年の誕生日に、「柴田英嗣の平穏な僕」というタイトルのブログを、柴田が自分だけの力で立ち上げた。パソコン操作が苦手だった為、当初は苦痛なようだったが、反響がかなり良かった為に続けることになる。
- アメーバブログが柴田ブログの評判を聞きつけ、ライブドアからアメーバに移ってもらおうとプロダクション人力舎に連絡をしてきたが、マネージャーが柴田に伝えずに勝手に断ってしまった。(マネージャーは柴田に事後報告)
- 柴田はその後、アメーバからの誘いに応じてライブドアからアメブロヘ移行することを、柴田の独断で決め、柴田は現在ではアメブロでのブログ活動に積極的な姿勢を見せている。
- プライベートでも仲の良いブログ女王(現在は休止中)の若槻千夏と電話で話したところ、アクセス数の多さに驚いたらしい。
- 実弟 柴田陽史(日本体育大学在学)がダブルダッチで世界一になった。
- 柴田が過去に、静岡県のサッカー選抜に選ばれた際、練習中にとんでもないドリブルテクニックを持つ少年がいたことがきっかけで自信喪失し、サッカー人生にピリオドを打つ。ちなみにその少年は後の日本代表田中誠(アビスパ福岡)。
- キレイ好きであり、掃除なども好きで体調にも気を付けているにもかかわらず、ウィルスに弱い体質で風邪などの病気にもなりやすい事で悩んでいるらしい。
- 音楽グループの、ケツメイシとの交流も深く、柴田はプライベートで後輩の芸人達とシバメイシというグループも結成しているほどである。
[編集] 出演番組
- 「アンタッチャブル」の項を参照。
[編集] 著書
- アンタッチャブル柴田英嗣の日本一やかましい動物図鑑(ISBN 4062155184、講談社、2009年7月)
[編集] 新聞連載
[編集] 脚注
- ^ "「アンタッチャブル」柴田が急性肝炎". スポニチ (2007-12-8). 2008年3月5日 閲覧。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月25日 (水) 03:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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