横浜市営バス

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みなとみらい100円バス
(2009年2月7日、桜木町駅前にて撮影)
ベイブリッジと横浜市営バス(2009年5月11日、横浜さとうのふるさとにて撮影)

横浜市営バス(よこはましえいバス)は、横浜市交通局自動車部が運営する公営路線バスである。市営バスないしは市バスとも呼ばれる。

目次

[編集] 沿革

[編集] 横浜市営バスのはじまり

横浜市営バスの設立の発端は1923年関東大震災襲来であった。横浜市電気局(当時)は市電の壊滅的な被害からの復旧に追われ、震災により郊外へ移っていった市民の新たな交通需要に対応することができなかった。1927年には市に隣接する2町7村が横浜市に編入され、ますます急拡大した市域の足を確保する必要があった。そこで、電気局は"市電の補助機関として"バスの運営に乗り出すこととなったのである。

開業当初の路線
路線名 運行区間
井土ヶ谷線 神奈川 - 横浜駅前 - 桜木町駅前 - 阪東橋 - 井土ヶ谷
保土ヶ谷線 桜木町駅前 - 平沼町2丁目 - 浅間町 - 保土ヶ谷駅前 - 保土ヶ谷橋
小港線 桜木町駅前 - 万国橋 - 桟橋 - 山下橋 - 小港橋 - 小港
根岸線 桜木町駅前 - 市役所前 - 亀ノ橋 - 地蔵坂上 - 山元町 - 滝ノ下
間門線 磯子 - 八幡橋 - 滝ノ下 - 間門
三ツ沢線 神奈川 - 青木橋 - 反町東横電車前 - 三ツ沢
日野線 弘明寺 - 上大岡 - 吉原 - 日野

1928年4月18日に電気局からバス事業開始についての議案が市会に提出され、市会はこれを原案通り採決した。昭和天皇の即位大礼式が行われるのにあやかり、市営バスは1928年11月10日、右記の7路線で運行を開始した。

路線の総延長は30.2km、料金は1区間7銭、運転手・車掌合わせて140人、クリーム色に青帯塗装の14人乗りフォードA型バス30台体制にて運行を開始し、一日の利用数は約1万人弱であった。開業直前に桜木町駅横の空地に桜木町車庫の建築が始まったが間に合わず、市電の浅間町車庫の一部がバスの仮車庫として転用された。桜木町車庫は1930年4月15日に使用が開始された。

1936年頃までには当時京浜工業地帯として組み込まれていった鶴見方面の路線増強、弘明寺線・岡野町線・磯子線・豆口線・関内周り三ツ沢線といった当時の郊外線の新設など、バス路線の大幅な拡張やそれに伴う車両の増強(140台程に増)が行われ、"市電の補助機関として"の運行から"独立せる運輸体系を持って事業経営に当たる(横浜市電気局事業誌より)"こととなった。

[編集] 民営バスとの競合

当初横浜市は、市民のための公共交通は市民自らが経営すべきであるという公営交通一元論を持っていたが、これは実現せずに現在に至っている。市営バスは路線の拡大を図るべく1929年に計23路線の申請をしているが、これに対し後から申請した各民営バスの路線が先に認可されるなど、当時路線の許認可を取り仕切っていた鉄道省や県の理解は得られず対立していた。市営バスの開設直前には横浜乗合自動車が横浜駅~杉田間のバスを開業し、市内西部では相武自動車鶴屋商会(後に相武自動車と合併)が路線を開業させていた。

当時の市内民営バス
事業者名 代表路線
横浜乗合自動車 横浜駅 - 長者町 - 杉田
鶴見臨港鉄道 鶴見駅西口 - 東寺尾 - 獅子ヶ谷
東京横浜電鉄 東神奈川駅西口 - 小机 - 川和
中央相武自動車 横浜駅 - 鶴ヶ峰 - 長津田
相武自動車 弘明寺 - 本郷村 - 鎌倉
横須賀自動車 杉田 - 金沢八景 - 横須賀
京浜電気鉄道 (市外) - 市電生麦終点
富士屋自動車 箱根宮ノ下 - 鎌倉 - ホテルニューグランド
・1935年に横浜乗合と横須賀自動車は合併・湘南乗合に改称
・1939年に相武自動車と中央相武は合併→後の神奈川中央交通
・1936年に湘南電鉄が湘南乗合を買収、1941年に京浜電鉄と合併
・その他、百貨店野沢屋が市内に無料送迎バスを運行

1932年には公営一元化の方針の下に、鶴見駅~汐田・安善町方面の路線を運行していた鶴見乗合自動車を買収し、同年7月1日から鶴見駅~安善町間を市営バス路線として開設している。しかし民営会社の買収はこの1件にとどまった。横浜乗合自動車が路線売却の方針を示した際、市と会社との交渉が行われたものの価格面で折り合えず、結局湘南電鉄(後の京浜急行電鉄)が買収することとなったり、1936年頃に鶴見臨港鉄道の鶴見駅~獅子ヶ谷間路線の売却話があった時も交渉がなされたが、これも不調となるなど失敗に終わった。1935年には10社以上の民営バスが市内を運行しており、実際に市営バスで統一するには難しい情勢であった。

バスの公営・民営競合は横浜市だけの問題ではなく、1934年には六大都市電気局長協議会において”公営バス保護並びに民間バスの統一を目的とした強制買収に関する規定設置請願”が決議され、1935年にはこの"民営バス強制買収法案”が国会に提出されるまでに至った。これには各民営バス事業者が猛反発し、激しい陳情書を鉄道省・貴衆両院・各政党に提出して反対運動を行うなど大論戦になったが、結局この法案は審議未了のまま廃案となった。これには、既にガソリン統制問題が浮上してくるなど、バスを含む運送事業・自動車産業が戦時下の険しい時代に突入しようとしていた背景があった。

[編集] 戦争と市営バス

1931年に満州事変が起こり、1937年に日中戦争が勃発し、日本は戦時体制に突入する。石油資源がない日本は戦争が進むにつれてガソリン使用が厳しく統制されていき、1941年の政府の通達ではついにガソリンの使用が禁止、代用燃料車のみ運行可能とされてしまう。これにより市営・民営問わず運行規模の縮小を余儀なくされ、横浜市内の民営バスは陸上交通事業調整法に基づきその殆どが東京急行電鉄の支配下に置かれ整理・統合された。このことが、市内バス路線の市営バス統一実現をさらに遠ざけた。

運転職員の給料には高燃費運転した者にその分だけ“節油給”という手当が付き、その逆なら作業給から罰金を引かれた。1938年から市営バスでも大口~子安線で木炭バスの運行が始まり、1940年には保有車両の3分の2が木炭バスになっている。当初大口~子安線が選ばれたのは、坂が無く平坦なため馬力が無い木炭バスでも走行できたからであった。車庫ではガス中毒で倒れる整備員が出たり、坂道では馬力不足で乗客を降車させ運行、また運転には非常に高度な技術を要するなど、職員は大変苦労したという。木炭バスは戦後の1952年頃まで走り続けた。

やがて木炭すら満足に入手ができなくなると、市営バスは市電との並行区間を中心にその殆どが運行休止された。横浜大空襲直前の1945年5月の“バス運行系統図”を見ると、軍需工場への輸送力が要求されていた鶴見地区を中心に僅か6路線のみしか運行されていない。

1941年に太平洋戦争が始まると電気局からも職員が次々と戦場へ駆り出されていき、当時の“電気局報”には日増しに悲報の数が増えていった。1945年5月29日の横浜大空襲ではバス144台中55台を失うなど電気局も大損害を受け、バスは翌日から全面運休となったが、職員の必死の復興努力によって6月1日よりまず軍需工場への輸送のための末吉橋~鶴見駅西口線、横浜駅~洪福寺線、4日から桜木町駅~間門線が運行復活し、同年10月1日から生麦~鶴見駅西口線の運行を再開(後に生麦~鶴見駅西口~末吉橋の通し運行に変更)、10月8日には横浜駅~弘明寺線、1946年に横浜駅~三ツ沢線、磯子~間門線、生麦~大黒町線が再開された。車両は木炭バスに加え、電気バス21両と米軍払い下げのトラックを強引に改造したバス50両が用意され窮地を凌いだ。

1947年夏、横浜市は東京急行電鉄、神奈川中央乗合自動車の2社と路線の臨時運転契約を結んだ。これは、交通需要があるにも関わらず燃料・資材不足から運行休止であったり間引き運転され無ダイヤ状態であった両社運行の路線を市営バスが肩代わりして臨時運行するというもので、東急の該当区間は東神奈川駅~川和(後の3系統)・横浜駅~杉田(後の110系統・4系統)、神奈中の該当区間は横浜駅~亀甲山(後の5系統)であった。戦後混乱期の臨時処置であったが、その後も市民交通の便宜のためには市営バスによる運行継続が必要との判断から、両社との相互乗り入れ協定が結ばれ共同運行路線となった。

[編集] 市民急増に対応し運行拡充

1946年5月、横浜市電気局は横浜市交通局に改称され、名実共に市電中心の運営から市営交通を総括する事業体として再出発していくこととなる。

戦争が終わり復興が進むにつれて横浜市の人口は急激に増加し、終戦時の1945年には62万人だったのが1951年には100万人を突破している。市域は急速に都市化が始まり、都市計画も十分になされないまま市街地が虫食い的に拡大していった。市営バスはこういった状況下で交通需要の増大に対応するべく順調に路線を復興・新設していき、1949年には6・7・16・18系統、1950年には20・21・22(初代・横浜駅~梅の木~川和)・23・24系統、1951年には25・26(初代・六浦橋~白山道)・29・31系統、1952年には32・33・34・36系統、1953年(昭和28年)には41・42・43系統などが開設されている。終戦直前には営業路線長15kmであったのが、1952年には215kmにまで増えた。

1949年11月、全国でも初となるバス全路線への系統番号付番が施行された。この系統番号は現在首都圏で主流の頭文字記号+数字形式ではなく数字のみ形式のもので、現在に至るまで横浜市営バス路線の特徴となっている。

民営バスもこのころ路線網を大幅に拡充しており市営バスとは路線競合が再燃、特に神奈中・相鉄とは激しく競合し、“戦国時代”と呼ばれる程の状況となってしまった。このため交通局は不毛な対立を避け運行円滑化を図るべく、1955年以降に市内民営バス各社と乗合自動車経営路線の実施計画に関する路線協定を締結していった。協定書には全4項あり、第一項では共同運行路線のダイヤ厳守について、第二項では新規路線開設に当たっての事前協議について、第三項では共同運行路線ダイヤの事前協議について記されている。しかし協定締結後もしばらくは安定とはいかず、神奈中バスと井土ヶ谷~六ッ川線の路線免許申請で競合してしまい、運輸省の斡旋により結局神奈中が路線を開設することとなったり、相鉄が23路線・93kmの大規模な路線申請をした際、前述の協定に違反するとして大きな問題となるなどした。それでも昭和30年代後半には対立は収束に向かい、1968年には市営・神奈中・相鉄の3社局共同運行であった62系統千丸台団地線を皮切りに利用者がどの社局のバスでも乗れる共通定期券が各共同運行路線で設定されるなど、市営バスと同様に市民の足を担う存在となっていた民営バスとの共存の道を探るようになる。

[編集] 交通局の主要事業へ

1960年代以降も多数系統の新設が進められたが、その路線の性格は横浜市中心部への乗り入れより、当時市内各地に造成されていた公団住宅団地或いは住宅地と鉄道線各駅との“フィーダー輸送”に重きを置いたものが増えていく。代表的な例を挙げると1961年の70系統磯子駅~汐見台団地線開設、1966年の90系統中山駅~青葉台駅線開設、1970年の56系統鴨居駅~竹山団地線開設、1972年の75系統鶴ヶ峰駅~くぬぎ台団地線開設、1974年111系統上大岡駅~洋光台駅~港南台駅線開設、1979年の65系統十日市場駅~若葉台線開設(後に青葉台駅へ延伸)などである。さらに、埋立て造成が進み重化学工業や貿易の拠点となっていった本牧・鶴見の臨海部への就業者輸送にも対応し、1967年に54系統根岸駅~日産工場線・91系統根岸駅~三菱本牧工場線、1972年に61系統磯子駅~鳥浜町線、1977年には17系統鶴見駅~大黒町岸壁線など順次路線拡充がなされた。

しかし新設された路線は必ずしも採算がとれていた訳ではなく、ラッシュ時の往路は混雑するものの折返しの復路は乗客が少なくなる効率の悪い系統が少なくなかった。前述の通り民営バスとの関係もあり思う様に市営バスの進出が出来ず、収支バランスの取れた健全な路線網を構築できていないのも事実であった。また、諸都市の例に漏れずモータリゼーションの進行によって自動車保有台数は増加、道路渋滞によって定時運転ができなくなり、横浜市営交通でも乗客離れが現れていく。特に市電ではこの傾向が顕著で、1964年度からは輸送人員・収入ともに減少に転じ、市営バスの輸送人員が市電のそれを上回るようになっている。これらに加え物価高騰による経費の増加や、採用難対策と労働運動の活発化による人件費の増加が交通局の経営を圧迫し、1964年には累積赤字が53億円、1965年度末には不良債務が66億8200万円余という膨大な額に達している。

交通局は1965年から市電の減便を始めとする合理化計画の施行を始め、1966年11月1日には“路面電車撤去・人件費削減など合理化により再建期間を短縮すること”を条件に、不良債務を再建債として国が一時的に肩代わりするという、各都市交通局中でも初となる自治省による財政再建団体の指定を受けた。これにより市電廃止の方針は決定的となり、1966年から1972年にかけて市電・トロリーバス路線は順次廃止され、市営バスがそのほぼ同経路を運行し代替機能を果たす事となった。現在の市営バス86・101・102・103・105・106・113・156・158・201・202系統などがそれにあたり、これら路線はその殆どが現在に至るまで市営バスの主要路線となっている。バス車両在籍数は市電撤去が開始された1966年に600台弱であったのが市電全廃となった1972年には1000台超にまで増車され、バス運転職員もこの時期には毎年200人程度採用していた。

[編集] 横浜市六大事業の下に

1965年、飛鳥田市政下の横浜市は大型都市開発プロジェクトである“横浜市六大事業”を発表・着手した。これは、(1)都心部強化、(2)金沢地先埋立、(3)港北ニュータウンの建設、(4)高速鉄道(地下鉄)建設、(5)高速道路建設、(6)ベイブリッジ建設の6つから構成されており、交通局市営バスもこれら事業と協調した運営展開を進めることとなる。

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[編集] さらなる福祉化と地域密着化へ

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[編集] 改善型公営企業として

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[編集] 年譜

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[編集] 経営状況

横浜市は1日当り約90万人のバス利用者がいるなど他都市と比べてもバス需要の高い地域であり、横浜市営バスも公営バスとしては比較的順調な経営成績を上げているものの、交通局の地下鉄建設資金とした莫大な企業債の償還や景気低迷・少子高齢化の影響による利用数の減少があり、依然厳しい状況が続いている。近年になり横浜市自体の財政状況が非常に厳しいこともあり、交通局の高コスト体質と市一般会計からの支出が取り沙汰され、鉄道会社社長や大学教授などの有識者により組織された横浜市営交通あり方検討委員会により“バス事業の完全民営化”が答申されるなど様々な議論・検討がなされたが、横浜市の結論は公営形態で継続、『改善型公営企業』としての経営を確立し『市営交通としてバス・地下鉄を走らせ続ける』ことを目指すこととなった。

このような状況により、自動車部では不採算路線・民間競合路線の移譲や嘱託職員の採用など、収入確保やコストダウンに意欲的であると同時に、小型バス路線の新規開設・最終バスの繰り下げ・年末年始終夜運行の実施・雨の日臨時便の運行など、きめ細やかなバスサービスを実施し、新たな需要確保と信頼確保に邁進している。また、市の中心部を中心に広告パネル付きバス停留所上屋の整備を進めるなど、収入の増加に向けての努力の姿勢が見られるが、助役による約5,000万円の横領事件や、勤務乗車証の私的使用、学歴詐称などが発覚しており、職員のモラル向上が課題となっている。

人件費削減のため2007年12月9日に61系統と117系統が市交通局の外郭団体である横浜交通開発へ路線移譲され、2008年2月9日から緑営業所・磯子営業所所管路線の運行が横浜交通開発へ委託された。[1]

[編集] 路線再編成

不採算対策の一環として施行された路線移譲・再編成関連の経緯を以下の年表とする。

  • 2005年7月4日 - 芹が谷地区の30・71・77・203系統などで路線移譲前途のダイヤ改正、84系統を廃止
  • 2006年1月29日 - 30・71・203・206系統を神奈川中央交通へ移譲
  • 2006年2月20日 - 神奈川県生活交通確保対策地域協議会に9路線の退出意向を提出
  • 2006年3月16日 - 43系統を東急バスへ、110系統を横浜京急バスへ移譲
  • 2006年3月18日 - 123系統を廃止
  • 2006年3月27日 - 66・69・108系統と45系統の一部区間を廃止、76・98・145系統を廃止・再編し156・158系統を開設、77・138・139系統を神奈川中央交通へ移譲
  • 2006年3月31日 - 野庭営業所を廃止
  • 2006年8月31日 - 神奈川県生活交通確保対策地域協議会に追加して29路線(計38路線)の退出意向を提出
  • 2006年9月30日 - 70・85系統の一部区間を関係する地元企業の理解が得られたとして廃止
  • 2006年10月16日 - 横浜市道路局が「横浜市生活交通バス路線維持制度」を発表
    • 対象候補路線は10・11・17・18・26・27・33・54・60・72・73・80・109・121・134・300・302・308・310系統
  • 2006年11月1日 - 107系統の一部区間を京浜急行バスへ移譲
  • 2006年11月6日 - 横浜市生活交通バス路線維持制度の適用路線を運行する事業者を募集開始
  • 2007年3月16日 - 3・118系統を東急バスへ移譲
  • 2007年4月1日 - 大規模な路線再編を実施
    • 24・42・81・93・95・96・100・114・120・122・126・127・162(100円バス)・303系統を廃止
    • 10・14・17・18・31・33・38・41・54・57・61・73・99・107・109・202・302系統の一部区間を廃止又は経由地変更
    • 181系統と暫定運行措置対象路線の290・291・292・293・294系統を開設。68・79・201系統が暫定運行措置対象路線となる。
    • 4系統と横浜市生活交通バス路線維持制度の適用路線となる11・60・121・72・134系統を民営事業者(4系統は横浜京急バス、11・60・121系統は神奈川中央交通、72系統は臨港グリーンバス、134系統はフジエクスプレス)へ移譲。10・17・18・26・27・33・73・54・80・109・181・300・302・308・310系統が横浜市生活交通バス路線維持制度の適用路線となる。
    • 港北ニュータウン営業所を廃止
  • 2007年10月1日 - 1系統を神奈川中央交通へ移譲(但し中山駅前~緑車庫間は存続)
  • 2007年12月1日 - 116系統を神奈川中央交通へ移譲
  • 2008年2月12日 - 5・115系統を神奈川中央交通へ移譲(但し5系統の横浜駅西口~保土ヶ谷車庫間は存続)
  • 2009年4月1日 - 暫定運行措置対象であった路線を再編・減便の上、一般営業路線に変更

このバス路線再編成・整理は、市営バス事業規模の適正化と経営の健全化を目的とし、以下の方針を以って進めるとされた。

  • 民間事業者との共同運行によって非効率となっている路線を移譲
  • 市営バスなどのバス路線や鉄道路線と並行・重複している路線の一部区間を廃止
  • 利用者数が少ない、又は採算が取れず維持が困難である路線を廃止

横浜市道路局の横浜市生活交通バス路線維持制度は、市営バスの一部の廃止予定路線を民間に移譲し、その補助を行うというもので、市営バスの路線再編を受けて創設された。対象候補路線は計19路線であったが、14路線については運行事業者が決定しなかったため、暫定的に横浜市営バスが継続して運行することとなった。

暫定運行措置対象路線は、運行経費の一部を横浜市の一般会計から繰出し2007年4月から2年間暫定運行を行ったもので、一定の利用が見込まれる廃止区間をカバーする形で新たに5路線が開設された。また、既存系統の3路線も暫定運行措置対象路線とされた。ダイヤは日中の1時間に1本のみの運行で、既存系統である68・79・293系統のみは1時間に1本ではなく現行便数から多少の減便での措置とされた。運行開始から2年を経過した2009年には、これらの路線の利用状況が増加傾向又は横ばいであったことから、さらに支出を削減した上での運行継続であれば可能と判断され、運行経路・便数を再度見直した上で一般営業路線に変更された。

これら一連の路線再編成は地域住民に与える影響が大きいため、その後に地域での説明会などが開催されたが、市民の反発は非常に強いものとなった。またこの路線再編はあくまで採算が基準のため、81系統や95系統など利用客が多数あっても廃止となった系統があった。しかし、3系統や24系統の廃止を補う形で38系統の経由地が変更されるなど、利用者に対する一定の配慮は見られた。また、民間に移譲された路線はパターンダイヤになりかえって便利になったという意見もある。

この路線再編の詳細については交通局のサイトを参照されたい。[2]

[編集] 営業所

横浜市営バスの営業所と各担当路線は以下の通り。

磯子営業所
いそごえいぎょうしょ
所在地 横浜市磯子区森三丁目1-19
担当系統 8・10・58・61(交)・63・64・70・85・94・99・113・117(交)・215・293・294
港南営業所
こうなんえいぎょうしょ
所在地 横浜市港南区日野南三丁目1-1
担当系統 2・45・51(351)・52・107(367)・108・111・112・130・217
港北営業所
こうほくえいぎょうしょ
所在地 横浜市港北区大豆戸町字塚田581
担当系統 13・14・27・38・41(355356)・67・88・104・129・300・301(370)・302・304・308
浅間町営業所
せんげんちょうえいぎょうしょ
所在地 横浜市西区浅間町四丁目340-1
担当系統 26・31・34・35・36・44・50・53・57・59・82・83・87・105・106・201・202・291・292
滝頭営業所
たきがしらえいぎょうしょ
所在地 横浜市磯子区滝頭三丁目1-33
担当系統 9・21(361)・68・78・101・102・103(366)・113・133・135・156・158・163(みなとみらい100円バス)・219・375
鶴見営業所
つるみえいぎょうしょ
所在地 横浜市鶴見区生麦一丁目3-1
担当系統 7・13(365)・15・16・17・18・19・27・29・46・48・86・128・155・181・213・290
保土ヶ谷営業所
ほどがやえいぎょうしょ
所在地 横浜市保土ケ谷区川辺町4-2
担当系統 5・22・25(358)・28・32・34・35・50(362)・62・75・79・89・92・101・115・136・151(市内遊覧バス)・210(374)・211・212・218
本牧営業所
ほんもくえいぎょうしょ
所在地 横浜市中区本牧元町45-1
担当系統 8(363)・20・26・54・58・91・97・103・105(364)・106・109・148・222・271(あかいくつ)
緑営業所
みどりえいぎょうしょ
所在地 横浜市緑区白山一丁目10-1
担当系統 1・12・33・36・39(373)・56(353)・82・119(354)・124・136・221(鴨居・東本郷線)・305(372)・306・310・311
若葉台営業所
わかばだいえいぎょうしょ
所在地 横浜市旭区若葉台二丁目15-1
担当系統 23・40・55・65(350)・73・74・80・90
備考 (交):横浜交通開発により運営される系統。 (緑字):深夜バス。
磯子営業所、2007年12月14日撮影
鶴見営業所、2008年11月22日撮影

浅間町営業所と保土ヶ谷営業所、滝頭営業所は横浜市営バスの主要営業所であり多数の路線と特殊路線を所管する。これに対し若葉台営業所と港南営業所は運行便数・輸送量が多い郊外の団地輸送路線を受け持っており、担当する系統の数自体は少ない。港北営業所と浅間町営業所にはCNG充填設備が設けられており、CNGバスが多数配置されている。また、緑営業所にもCNGバスの配置があり、これは都筑区佐江戸に所在する東京ガス運営の施設を使用しCNGの充填を行っている。CNGバスと対応設備が初めて配置されたのは滝頭営業所であるが、2008年に浅間町営業所敷地内に東京ガスとのパートナーシップ事業により一般個人・事業者も利用可能なCNG充填設備が完成すると、滝頭営業所のCNG車両は全車が浅間町営業所に移籍され、滝頭営業所のCNG施設の運用は廃止された。

磯子営業所と緑営業所の路線運行は市交通局の外郭団体である横浜交通開発へ委託されており、磯子営業所所管の61系統と117系統は横浜交通開発直営の路線となっている。なお、横浜交通開発直営の路線と運行委託される路線では、横浜市営バスの定期券・バスカードなどは全て共通の利用が可能である。

保土ヶ谷・緑・鶴見・滝頭・港南・磯子営業所の敷地内には横浜市営住宅、浅間町営業所の敷地内には西スポーツセンターが併存しており、営業所事務室はこれら建築物の1階・2階部分に収まる構造となっている。これは、市建築局に交通局財産である営業所敷地の“空中権”を売却したことによるものであり、1972年の保土ヶ谷営業所上の川辺町市営住宅完成から1998年の浅間町営業所の西スポーツセンター完成まで、交通局ではこの空中権売却により累計約60億6900万円の収入を得ている。

[編集] 廃止された営業所・派出所

  • 磯子営業所金沢派出所 - 横浜市金沢区幸浦二丁目1-17 - 1991年5月10日廃止
  • 港南営業所芹ケ谷派出所 - 横浜市港南区芹が谷三丁目33-3 - 1974年12月23日廃止
    • 翌24日から2006年3月27日まで野庭営業所芹ヶ谷詰所。同営業所廃止と共に神奈川中央交通に移譲。
  • 浅間町営業所中山出張所 - 1964年12月19日廃止
  • (初代)鶴見営業所 - 横浜市鶴見区生麦四丁目6-37 - 1981年5月5日廃止、現・港北営業所
  • 西営業所 - 横浜市西区高島二丁目18 - 1965年7月11日廃止、現・保土ヶ谷営業所
  • 野庭営業所 - 横浜市港南区野庭町字宮久保637-2 - 2006年4月1日廃止
  • 緑営業所川和派出所 - 横浜市都筑区川和町字上サ2469 - 1991年6月28日廃止
  • 港北ニュータウン営業所 - 横浜市都筑区大丸23-21 - 2007年4月1日廃止

[編集] 営業区域

横浜市営バスの路線網
東急バス・臨港グリーンバスの車両と並ぶ横浜市営バスの車両、2005年11月16日、綱島駅前にて撮影

古くからの市街地が中心であり開業当初からの路線や市電代替系統も多く、横浜駅へ直接発着する系統が目立つ中区西区保土ケ谷区神奈川区、戦前当時の事情により市電が一路線しか開設されなかったものの京浜工業地帯を抱え古くから市営バスが運行されていた鶴見区、戦後開発された大規模団地・住宅地と東京方面へ向かう鉄道路線駅とのフィーダー輸送路線が多い市郊外の緑区都筑区港北区南部港南区磯子区の一部が市営バス路線網の営業基盤となっている。[3]その他、各民営バスの営業エリア[4]である青葉区旭区南区金沢区戸塚区川崎市幸区へ乗り入れる路線がある。泉区栄区瀬谷区には現在市営バスの運行はない。前述の経緯もあり、各民営バスとの市域内営業区域の分担は完全には徹底されておらず各民営バスもそれぞれ市営バス運行エリアへ乗り入れる路線を持っており、市営バス路線網の中心地といえる横浜駅にも民営事業者[5]の路線が多数乗り入れている。また民営バスとの共同運行路線も少なからず存在する。路線の総営業距離は2009年現在500kmほどで、毎日の利用数は約34万人である。かつては市内各地から横浜駅へ路線が集積する現在よりもさらに広い路線網であったが、2000年代に入り健全運営ができる事業規模に適正化するとして各民営バスへの路線移譲と再編が進められ若干縮小した。

その他に横浜市街地での観光に特化した特殊路線や、市内での小規模な貸切運行とスクールバスを運行している。

各系統の詳細については所管営業所の記事を参考のこと。

[編集] 系統番号

横浜市営バスの各路線には数字のみで表される系統番号が附番されており、営業運行車両の行先表示の右側に掲示される他さまざまな案内に使用されている。一桁から300番台の系統まで存在しており、現在運行されている系統数は144本程である。附番には確固とした規則性はなく(後述)、また一部において同一系統の路線でも殆ど運行区間が異なる路線があったり(例:23・41・45系統)、同一区間の運行でも往路か復路かによって異なる附番であったり(例:35・50系統)と多少複雑な面がある。その他、行先表示には掲出されないものの各深夜バス路線や特殊路線などにも書類上では系統番号が附番されている。

再使用が繰り返された6系統
運行区間 使用時期
1代目 横浜駅 - 保土ヶ谷駅東口 - 戸塚駅 1948?-1957
2代目 桜木町駅 - 日ノ出町1丁目 - 戸塚駅 1957-1959
3代目 横浜駅 - (横浜新道経由) - 戸塚駅 1959-1962
4代目 長津田駅 - 上市ヶ尾 - 鉄町 1964-1966
5代目 青葉台駅 - 田奈駅 - 奈良北団地 1966-1993

現在の系統番号制が開始されたのは1949年11月20日である。1系統から43系統まで当時存在していた運行路線に対して順番に附番されたものであったが、細かい路線の改変や廃止が繰り返されるにつれ、路線廃止され欠番となった系統番号を再附番した新設路線が開設されるようになり(その最たる例は左記の6系統である)、その一方で1949年の系統番号制施行から大きな路線変更がなく定着している路線においては混乱を避け番号の整理(変更)をなさないまま存続されているため、また路線が新設される際にも新番号が附番される場合と既存系統の子系統扱いとなる場合とで区々なことから、番号分けと各路線の開設時期や運行方面などは殆ど一致しない。理由は定かではないが、トロリーバスの代替系統・東戸塚駅発着の新設路線などは200番台、港北ニュータウン地区の新設路線は300番台、駅から15分交通政策に関連し平成期以降に新設された路線は210番台、2007年の路線再編により暫定新設された路線には290番台に飛んだ系統番号が与えられたため、現在一般運行路線には1系統から311系統まで存在するものの欠番となっている番号も多い。

[編集] 特殊な路線

定期観光バス「ベイサイドライン」(2008年12月13日、大桟橋付近にて撮影)
あかいくつ号(2008年5月22日、港の見える丘公園にて撮影)
あかいくつ号車内(2008年5月22日撮影)
37系統三ツ沢グランド行(2009年8月19日撮影)
花月園競輪場シャトルバス(5-1440)(2007年12月9日、鶴見駅西口にて撮影)

[編集] 市内遊覧バス

横浜市営バスでは、横浜市内の名所を巡る市内遊覧バスベイサイドライン定期観光バス)の運行も手掛けている。保土ケ谷営業所が運行を担当しており、書類上の系統番号は151系統とされている。

通年設定されているコースは一日コースと半日コース(午前・平日午後・土休日午後)の4種類があり、いずれも横浜駅東口から出発する。車両は通常の観光バス(日野・セレガSHD)を使用しているが、1996年から2008年11月までは観光路線ブルーラインで使われていた2階建てバス(ヨンケーレ・モナコ)を専用車に充当していた。またかつては滝頭営業所の所管であった。

2005年2006年には夏期限定ではとバスとの共同運行による夜のコースが設定された。その影響か2006年からははとバスのガイドが乗務している。

2008年12月にコース内容のリニューアルと新車の導入が行われ、午後コースは平日と土曜・休日で内容が異なる。また一日コースと午前コースでは追加料金で昼食を中華街の他に洋食も選べるようになり、午後コースでは喫茶が加わる。2009年の開国博Y150会期中は平日午後に桜木町駅発の短時間コースが設定された。詳しくは公式サイトを参照。

[編集] みなとみらい100円バス

  • 日ノ出町駅 - 桜木町駅 - ジャックモール - パシフィコ横浜 - 赤レンガ倉庫

みなとみらい21地区を運行する運賃100円(子供は50円)の路線バスである。現在運行しているのは日ノ出町駅ルートで、運行日は土曜日日曜日・祝日・振替休日と、夏休み冬休み春休み期間中の平日である。滝頭営業所が担当しており、行先表示には掲出されないが書類上の系統番号は163系統とされている。かつては桜木町駅ルート、横浜駅ルート、大さん橋山下公園ルートも存在し、車両はCNGノンステップバスが優先的に充当されていた。

[編集] あかいくつ

  • 桜木町駅 → マリノスタウン →パシフィコ横浜 → 赤レンガ倉庫 → 日本大通り → 中華街(朝陽門) → 港の見える丘公園 → 山下公園前 → 大桟橋客船ターミナル → 馬車道駅 → 桜木町駅(循環)

観光スポット周遊バスあかいくつは、2005年3月に横浜高速鉄道みなとみらい線沿線の観光施設を巡る路線バスとして運行を開始した。当路線専用のレトロ調バスで運行され、桜木町駅から港の見える丘公園で折り返し再び桜木町駅に戻る循環運行路線である。運賃は大人100円・小児50円で、Pasmo・Suica・市営バス一日乗車券・みなとぶらりチケット・みなとぶらりチケットワイド・みなとみらいぶらりチケット(相鉄)・横浜1Dayきっぷ(京急)での利用も可能である。系統番号は掲出されないが書類上の系統番号は271系統で、本牧営業所が担当している。詳しくは当該記事を参照。

  • ちなみに、このバスは2007年4月~6月に日本テレビ系列で放送されたドラマ「喰いタン2」第3話で、主人公達が乗っていた同車がテロリストに銃撃されるシーンに登場した(横浜が舞台になっているため)。このときの運転には、スタントマンの前歴を持つ本牧営業所所属の現役運転手が選ばれた。

[編集] 臨時営業路線

[編集] 37系統

  • 37:横浜駅西口(第2) - 三ツ沢グランド前
  • 37:東神奈川駅西口 - 三ツ沢グランド前

37系統は、三ツ沢球技場(ニッパツ三ッ沢球技場)でのサッカー試合等開催時に臨時運行される系統である。通常営業の路線は乗り入れない三ツ沢公園敷地内の三ツ沢グランド前停留所まで途中停留所無停車にて運行される。利用状況に応じて全営業所から車両が充当され、そのため全営業所の車両に当系統の行先表示の用意がある。横浜駅西口発着便については原則として一般の三ツ沢方面系統と同様の経路を運行するが、復路の横浜駅西口行については翠嵐高校前廻りで運行する場合がある。

[編集] 49系統

  • 49:横浜駅 - (急行) - 大桟橋
  • 49:桜木町駅 - (急行) - 大桟橋

かつては花月園競輪場への送迎バスにこの番号が付されていたが、現在は大桟橋への送迎バスに番号が付されており、横浜港国際客船ターミナルに大型客船が入港する際に稀に運行される。浅間町・本牧営業所が担当。なお、2003年から2005年までみなとみらい100円バスに「大さん橋・山下公園ルート」があったが、こちらは横浜港国際客船ターミナルに大型客船が入港していなくても大さん橋に発着していた。

[編集] 花月園競輪場シャトルバス

  • 鶴見駅西口 - 花月園競輪場
  • 東神奈川駅 - 花月園競輪場
  • 花月園競輪場→東神奈川駅西口→横浜駅西口

花月園競輪場で競輪が開催される日に運行される無料送迎バスである。鶴見駅西口発着は港北・鶴見両営業所の担当で臨港バスとの共同運行、東神奈川駅・横浜駅西口方面は鶴見営業所の担当となっている。横浜駅西口行は花月園競輪場発のみの運行で、途中東神奈川駅西口に停車する。

[編集] 雨の日臨時便

横浜市営バスはサービス向上策の一環として2009年6月1日より雨の日臨時便の運行を開始する。これは、利用が増え混雑・遅延が顕著に発生する雨天日の朝ラッシュ時間帯に限り、下記の市営バス系統にて臨時便を増発し、乗車率の緩和によって快適度・信頼性の向上を図るものである。

系統 運行便区間 備考
21C 根岸駅→八幡橋→市電保存館
市電保存館→八幡橋→根岸駅
34A 横浜駅西口→沢渡→横浜駅西口 (循環)
36U 片倉町駅→西菅田団地→菅田町
菅田町→西菅田団地→片倉町駅
41T 新横浜駅→大倉山駅→新横浜駅 ※(循環)
45K 洋光台駅→南公園前→港南台駅
58E 根岸駅→東福院前→本牧原
58F 小港→東福院前→根岸駅
74A 中山駅北口→谷津田原住宅→中山駅北口 (循環)
111B 港南台駅→バイパス下→洋光台駅
201D 浅間町車庫→岡野町→横浜駅西口
202F 横浜駅西口→岡野町→浅間町車庫
213A 新子安駅西口→駒形天満宮下→新子安駅西口 (循環)
215B 新杉田駅→杉田生協前→新杉田駅 ※(循環)
※:当臨時便独自区間便

雨天運行有無の確定基準は前日に発表される神奈川県東部午前6~12時の降水確率が50%以上であることとなっており、これに該当しない場合は雨天日でも運行されない。この運行有無は横浜市交通局の公式HPにて前日の19時に掲出される。詳しくは交通局公式HPニュースリリース[1]を参照のこと。

[編集] 運賃

大部分の系統が大人210円・小児110円の均一料金となっている。なお、乗降方式は全て前乗り中降りの料金先払い制である。

  • 40・94系統のみ区間料金制を採用している。区間料金制の系統に乗車する際は乗務員に対して行き先を告げる必要がある。
  • 109系統については、横浜ベイブリッジ(首都高速湾岸線)区間を経由する場合は大人230円・小児120円の割増料金となる。
  • 深夜バス料金は通常料金の2倍であり、定期券一日乗車券でも乗車可能であるが、これらの乗車券を利用する場合は通常料金と深夜料金の差額を支払う必要がある。
  • バス共通カードを車内で発売しており、「あかいくつ」・市内定期遊覧バスを除く全路線と100円バスで利用が可能である。
  • マリンカードは販売を終了した2008年3月現在も市営バスで利用が可能となっている。その他にも川崎市営バス、神奈中バス、江ノ電バスのバス共通カード取扱車での利用も可能である。
  • 市営バスのみ利用できる一日乗車券を大人600円・小児300円で、市営バス・市営地下鉄共通の一日乗車券を大人830円・小児420円で車内・営業所・定期券発売所にて発売している。2008年11月からはこれまで適用対象外だった「あかいくつ」も利用できる。

[編集] 企画乗車券

通常の一日乗車券の他、以下の市営バス限定の企画乗車券が発売されている。

ファミリー環境一日乗車券
1世帯の家族5人までが土曜日・日曜日・祝日・振替休日および旧盆・年末年始期間中の1日に限り市営バスを何回でも利用可能。1枚1,000円
環境定期券制度
家族のうち1人でも通勤定期券、シニアパスを所持していれば、同居の家族が同伴で乗車する場合、人数に関係なく全線1人100円(子供50円)で乗車できる制度。他社発行の共通定期券でも制度を受ける事が可能。利用できる期間はファミリー環境一日乗車券と同じ。
みなとぶらりチケット
横浜中心部の観光スポット周辺に利用エリアが限定されている一日乗車券。市営地下鉄にも横浜駅から伊勢佐木長者町駅まで利用可能。また、あかいくつ号や100円バスも利用可能。利用エリア外での乗車や乗り越しはその分の実費を支払わなければならず、バスの車内では注意を促す放送が流れる。提携施設や提携店舗での割引やサービスの特典も付加されている。大人500円・小児250円
みなとぶらりチケットワイド
みなとぶらりチケットのエリアに加えて、市営地下鉄新横浜駅で乗降が可能(横浜駅~新横浜駅間での乗降は不可)。新横浜地区の提携施設や提携店舗での割引やサービスの特典も付加されている。大人550円・小児280円
小さな旅
新山下・本牧ベイエリアの散策向けの企画乗車券である。午前10時から午後4時までの制限時間内であれば26系統の山下公園停留所以西・54系統の根岸七曲り下停留所以西の区間において何回でも乗降が可能。沿線提携施設での優待特典もある。横浜駅東口・関内駅定期券販売所と、26・54系統の車内にて販売。大人210円・小児110円
あかいくつ一日乗車券(発売終了)
観光スポット周遊バス「あかいくつ」の他、みなとみらい100円バスを1日に限り何回でも利用可能。2008年11月に市営交通一日乗車券でも利用できるようになったため販売終了となる。大人300円・小児150円

[編集] 乗り継ぎ運賃制度

2008年3月30日に施行された市営地下鉄グリーンライン開通に伴う再編と同時に、一部区間にて市営バスから市営バスへ乗り継ぐ場合に2回目の乗車運賃が無料となる乗り継ぎ運賃制度が新設された。区間内において1回目の乗車時に乗り継ぎ券を受け取り、2回目の乗車時に乗り継ぎ券を渡すことで利用ができる。現在この制度が利用可能な区間は以下の3つである。

  • 江田駅 - (301系統) - 池田・都筑ふれあいの丘 - (徒歩(7分)) - 御影橋 - (306・310・124・80・73系統) - センター南駅
    • 301系統江田駅~御影橋~センター南駅間運行便の廃止によるもの
  • 仲町台駅 - (301系統) - 池田・都筑ふれあいの丘 - (徒歩(7分)) - 御影橋 - (306・310・124・80・73系統) - センター南駅
    • 88系統仲町台~都筑ふれあいの丘~センター南駅間運行便の廃止によるもの
  • 緑車庫 - (36系統) - 菅田町入口 - (129系統) - 新横浜駅
    • 120系統菅田町~菅田町入口~新横浜駅間運行便の廃止によるもの

バスの乗り継ぎ制度では他の例として東京都交通局における全路線にて利用可能な2回目の乗車運賃が100円引となる乗り継ぎ割引、大阪市交通局が古くから実施している地下鉄への乗り継ぎも可能な乗り継ぎ制度などがあるが、当制度は設定区関が限定されており地下鉄との乗り継ぎも不可能なため、制度の新設を評価する意見がある一方さらなるサービス内容の充実を求める意見がある。

[編集] PASMO

横浜市営バスの一般運行路線では、横浜市営地下鉄と同様にPASMOの利用が可能である。利用時にはバス利用特典サービスが適用される。車内では千円札・二千円札を一枚ずつチャージすることが可能であるが、10.001円以上の残額があるカードにはチャージができない。なお現在はICカードへの一日乗車券の搭載には未対応である。

市営バス定期券のPASMOへの搭載対応は、現行の定期券制度が全線定期券又は指定駅停留所から2km以内区間での設定である短距離定期券又は各民営バスとの共通定期券の3つであることから、全ての車両にカードリーダー(車載器)が取り付けられるまで設定が見送られたが、2008年6月22日に全車両がPASMO利用に対応したため、同年7月1日から市営バスのPASMO定期券の発売が開始された。

鉄道駅との接続が多い路線を多数所管しているとの理由で浅間町営業所から導入され、2008年6月22日に全営業所の所管路線で利用開始となった。

[編集] 車両

[編集] 概説

日産ディーゼル工業日野自動車いすゞ自動車三菱ふそうトラック・バスの4メーカーの車両を保有している。なお、事業用車両はこの限りではない。車両保有数は2009年現在約800両であり、低床車の導入に積極的でノンステップバスは全車両の約6割、ワンステップバスは約3割と非常に高い割合となっている。低公害車の導入にも比較的積極であり、電気式ハイブリッドバスを50台ほど、蓄圧式ハイブリッドバスを20台ほど、CNGバスを70台ほど保有している。

2004年度から新車購入は入札制となり、毎年単一メーカーの車両が大量に導入される。かつては営業所ごとに導入車両メーカーが指定されており、磯子・滝頭営業所は日産ディーゼル製、港南・浅間町・保土ヶ谷営業所は日野製、港北・鶴見営業所はいすゞ製、本牧・緑・若葉台営業所は三菱ふそう製の車両で統一されていた。現在でも各営業所でこの指定メーカー車の割合が高いが、新車導入や車両転配によりこの原則は崩れている。

車種は大型短尺車に加え、大型長尺車や中型車、小型車など、所管の路線事情に見合った車種が各営業所に配置されている。

  • 8・58・105系統など本牧方面の路線を担当する本牧・磯子営業所には大型長尺車が配置されている。また109系統を担当する本牧営業所には、首都高速道路を運行するために客席シートベルトとETCが装備された大型長尺車が配置されている。
  • 浅間町・港南営業所を除く全営業所に中型車が配置されている。また、磯子・滝頭(廃車済み)営業所には中型ロング車が在籍している。
  • 港南・若葉台営業所を除く全営業所に狭隘路線専用の小型車が配置されている。
  • 浅間町営業所と港北営業所にはCNGバスが多数配置されている。緑営業所にもCNGバスの配置がある。1999~2001年度に導入されたCNGノンステップバスの車両登録番号は、2002年FIFAワールドカップ決勝戦の横浜開催を記念して20-02とされた。
  • 浅間町・保土ヶ谷・港南営業所に電気式ハイブリッドノンステップバスが配置されている。
  • 若葉台・緑・本牧・磯子営業所には蓄圧式ハイブリッドバスが配置されている。
  • その他にも排気再循環装置付バス、リフト付バスなど低公害車とバリアフリー対策車両の導入に積極的である。
  • 保土ヶ谷営業所には市内遊覧バス用のスーパーハイデッカーとヨンケーレ製2階建て車両が在籍している。このスーパーハイデッカー車はリースによって導入され、車椅子用リフトを装備している。車両の登録番号は市内遊覧バスの運行開始年にちなんだと考えられる「19-35」とされた。
  • 本牧営業所には観光スポット周遊バス「あかいくつ」用の中型車・中型ロング車が配置されている。この車両は外装・内装ともにレトロ調の装飾となっており異彩を放っている。車両は日野・レインボーで、改装は東京特殊車体が担当した。なお車両購入費として、日本宝くじ協会から全5両のうち4両分の約1億4,000万円の助成を受けた。車両の登録番号は2009年横浜港開港150周年を記念して150で統一されている。運行当初に配置された2004年度車は中型車で、2008年度に増備された車両は中型ロング車とされた。
  • 利用者が忘れ物の問合せをする際などの利便を図るため、2007年後期導入車両から登録番号は車両番号と同一の希望ナンバーになっている。

座席表地は青色で、横浜マリンタワー帆船日本丸横浜ベイブリッジのイラストが入る織り柄となっている。その他にはまりんイラストの柄や、横浜市環境事業局の「ヨコハマはG30」をPRする柄の車両も存在する。

行先表示装置は通常の幕式の他にLED式や液晶式の試験導入があったが、2002年度導入車両からはLED式を本格的に採用した。なお、既存車両のLED式表示機への改造は、浅間町営業所に所属し後に滝頭営業所へ移籍した2台の試験的な改造のみに留まっている。

[編集] カラーリング

一般路線バス(大型車)
横浜市電のカラーリングに準じ、クリーム色の車体に青色のラインを配している。バンパーは銀色である。車体正面の青いラインはY字型に曲がっており、中心に横浜市紋章のエンブレムが設置される。基本的なデザインは1964年度車から変更されていないが、近年小規模な変更が2回行われた。
1996年度以降導入車両
正面の青いYラインが直線基調のものとなり、車体中央の青いラインに施されていた銀色の縁取りがなくなった。また、正面行先表示周辺を覆っていた青色塗装が省略された。この小変更以前の塗装車はファンから旧塗装車と呼ばれている。
2000年度・2001年度以降導入車両
いすゞ・日野製車両は2000年度から、三菱ふそう・日産ディーゼル製車両は2001年度の導入車両から、正面の青いラインが再びY型となった。
近年では車体全面を広告とするラッピングバスが多数在籍しているが、視覚障害者団体からの要請により正面の塗り分けは残される。ただし、ズーラシアのラッピングバスは正面もラッピングが施されている。また、横浜交通開発に譲渡された車両については、カラーリングの意匠はそのままに、車体正面の紋章が"TD"に変更され、車体側面などの"横浜市営"の表記は"横浜交通開発"に改められた。
一般路線バス(小型車)
オフホワイトの地に青いラインが引いてあり側面後部には短い斜めのストライプが3本入る。正面は市紋章エンブレムの周辺で分断された青いラインの両端が緑色と橙色になっており、車体背面(後部)のラインは橙色となっている。
CNGノンステップバス
白地の車体に濃い青色のバンパーで、車体には横浜国立大学の学生チームによるデザイン[6]、市交通局関連の広告、又ははまりんのラッピングが施されている。はまりんラッピングバスは車内の座席表地もはまりんイラストの柄となっている。当初、1999~2001年度に導入されたCNGノンステップバスは2002年FIFAワールドカップ決勝戦の横浜開催をPRするラッピングであった。
ズーラシア塗装
緑色の山の背景に大きく動物のイラストが描かれている。
あかいくつ
明治期の路面電車をイメージした外装で、車体上半分がベージュ色、下半分が赤である。
市内遊覧バス用ハイデッカー車
赤色の車体。側面と後部に大きく『横濱 BAYSIDELINE』のロゴが入る。屋根は白色。
2階建てバス
白色の車体。後部に青い横浜の名所イラストが描かれ、横浜ベイブリッジ・日本丸・横浜三塔の3種がある。
特定スクールバス(過去車両)
白に青・黄・水色のラインが入る。青色の面積が後部に行くにつれて大きくなっている。2009年に全車廃車され消滅した。
観光バス(過去車両)
クリーム色にピンクと緑の帯を巻き、バンパーより下はダークグレーである。2007年に全車廃車され消滅した。
オープンバス(過去車両)
1998年横浜ベイスターズ優勝時に、廃車予定の路線バス車両1台(磯子営業所所属・日産ディーゼル・RAベース)を、1か月半の期間と20万円の費用をかけてオープンバスに改造されて優勝パレードに使用された。パレード使用後は解体する予定だったため仮ナンバー登録であったが、ファンからの要望で残される事になり、補強工事を施して正式にナンバーが登録され、翌年の横浜国際仮装行列から各種のイベントに用いられた。登録番号はCNGノンステップバスと共に2002年FIFAワールドカップ決勝戦の横浜開催を記念して20-02とされた。車両はその後、首都圏排ガス規制の影響により2003年北海道函館市の民間会社へ売却された。

[編集] 車両番号

車両には1~4桁の番号が付けられており、以下の法則に基づいている。

4 - 3 7 72
年式 メーカー 用途 固有番号

例:4-3772(あかいくつ1号車)

  • 上1桁目は導入された年度を示す(なお、その車両が購入された予算年度に基づいている。つまり、2007年度に導入されたものでも2006年度の予算で購入されれば6の数字が与えられる。この場合は2004年度購入車)。
  • 下4桁は1桁目がエンジンメーカー、2桁目が用途、残りの2桁が車両番号となる。ただし、車両番号の下2桁に「42」「49」が付く番号は忌番のため原則として使用しない(1994年式までの車両には「42」「49」を使用していたが、2006年度末に消滅した)。
    • エンジンメーカーは、1がいすゞ自動車、2が三菱ふそう、3が日野自動車、4が日産ディーゼル、5がその他のメーカーとなる。ハマちゃんバスに使用されていた日野ポンチョは厳密にはフランスPSA・プジョーシトロエン製のエンジンを搭載するため「5」が適用された。
    • 用途は、0が観光用などの貸切、1が特定車両、2が横浜交通開発所有の車両(かつては車掌台付車両に付番)、3以降がワンマンの通常路線バス車両となる。
      • ワンマンの通常路線バス車両番号は、下3桁が999に至る前に最初の番号(連番は300だが、リセットの最初は下3桁は301となる)に戻る場合がある。

[編集] 廃車車両の譲渡

横浜市営バスで役目を終えた車両は競争入札により中古車両流通業者へ売却処分され、全国各地のバス事業者にて整備の上再運用される例が多い。神奈川県を含めた首都圏が排出ガス規制強化地域に指定された1990年代後半から増加し、北海道中央バスじょうてつ茨城交通ジェイアールバス東北サンデン交通長崎県交通局西肥自動車九州産交バス沖縄バスなどで活躍している。

P-代[7]まではマニュアル車が標準で多くの事業者が購入していたが、U-代[8]ではオートマチック車が標準となったことから、しばらくは地方への譲渡は見られず多くの車両は海外へ輸出されていた。しかし、KC-代[9]以降は一部車種を除き再びマニュアル車が標準となったため、近年は再び全国の地方事業者へ大量に譲渡されるようになった。

最近では三菱ふそう・ニューエアロスターが長野県の松本電鉄バス川中島バス、北海道のジェイ・アール北海道バスなどへ、日産ディーゼル・JPワンステップが栃木県の関東自動車への譲渡が見られる。

[編集] その他

[編集] 運行情報

2005年4月1日より運行中のバスの現在位置や到着予測時刻を確認できるバスロケーションシステムの「横浜市営バス運行情報」が提供されており、パソコン・携帯電話で閲覧が可能である。また、2007年の交通局ホームページのリニューアル時より「市営交通緊急情報」のページが開設され、交通事故や災害などによりバスの運休・迂回運行が発生している場合に情報が表示される。

[編集] 一般車両を使ったバスツアー

横浜市交通局協力会(交通局の外郭団体)が不定期的に開催する一般車両を使ったバスツアーは、毎回マニアックな企画でファンに好評を博している。

  • 2006年7月22日23日の2日間、鶴見営業所所属(当時。現在は本牧営業所に所属)の109系統専用車いすゞ・富士重工7E・KC-LV280Qを使用した「いすゞKC-LV280Qで行くバス好き集まれ!バスツアー」が行われた。交通局主催のバスツアーに一般車両が使用されるのは交通局創立以来初めてのことであった。コースは、桜木町駅を午前9時と午後2時に出発し、前半は横浜の中心部や鶴見営業所の路線をつなぎ合わせたルートでスカイウォークへ向かうというもので、その後車両の公開と撮影会が行われた。後半は、ベイブリッジの下の国道357号線を渡り、山下公園・中華街・港の見える丘公園を抜け、根岸台で折り返しの後、桜木町駅へ戻る約4時間のコースであった。鶴見営業所所管の路線走行時は、音声合成装置で実際に停留所の放送が流れたり、また、交通局のイメージキャラクター「はまりん」が桜木町駅での見送りと出迎えの他、途中の停留所で突如出現し乗車するも途中で降りるなど様々なシチュエーションが用意された。
  • 同年11月11日には、第2弾として、廃車の近い本牧営業所所属の三菱ふそうの超低床型バス(エアロスターK・U-MP628M)を使用したバスツアーが行われた。
  • 2007年3月24日には、路線再編によって2006年度限りで廃止あるいは民間事業者へ移譲される路線を旧塗装車で巡る「ありがとうツアー」が企画された。
  • 2007年12月23日には、旧塗装車の廃車を惜しんで、2回目の「旧塗装車ありがとうツアー」が開催された。なお旧塗装車は2009年10月に完全廃車になった。これで、旧塗装車は全滅した。
  • 2009年3月31日には、第三京浜道路を運行する特徴的な系統であったが路線再編で廃止された旧95系統のルートを辿る「95系統復活ツアー」が開催され、旧95系統経路の往復走行や、浅間町営業所での撮影会が行われた。

[編集] 脚注

  1. ^ 横浜交通開発株式会社 お問い合わせ
  2. ^ 市営バス バス路線の再編成について
  3. ^ 東端は川崎駅西口・安善町・C4バース、西端は奈良北団地、南端は金沢区総合庁舎、北端はあざみ野駅
  4. ^ 大別すると市東部は臨港バス、市西部は神奈中バス相鉄バス、市南部は京急バス江ノ電バス神奈中バス、市北部は東急バス小田急バスが路線網を有している。
  5. ^ 横浜駅へ乗り入れる一般路線を有す民営事業者は京浜急行バス横浜京急バス)、神奈川中央交通横浜神奈交バス)、相模鉄道江ノ島電鉄
  6. ^ 横浜市営バス 新デザインCNG Non-Stepバス
  7. ^ 昭和58年排出ガス規制適合車
  8. ^ 平成元年排出ガス規制適合車
  9. ^ 平成6年排出ガス規制適合車

[編集] 参考文献

  • 横浜市交通局編『のりあい自動車 よこはま市バス60年』、1988年11月10日
  • 横浜市交通局横浜市営交通八十年史編集委員会編『横浜市営交通八十年史』、2001年3月31日
  • 横浜市交通局経営部経営計画課編『横浜市交通局 事業年報』、各年度末発行号
  • 横浜市交通局営業課調査係・総務課経理係・庶務課編『横浜市交通局 事業概要』、昭和28年度末~昭和43年度末発行号
  • 横浜市交通局総務部編『横浜市交通局 事業月報』、昭和43年1月末~昭和58年12月末発行号
  • 横浜市交通局編『横浜市交通局報』No.829~1056、昭和48年1月~昭和57年12月
  • BJエディターズ『バスジャパンハンドブックシリーズ R59 横浜市交通局』、2006年9月

[編集] 関連項目

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[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月22日 (日) 08:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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