横浜市
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横浜市(よこはまし)は、関東地方南部、神奈川県の東部に位置する都市で、同県の県庁所在地。政令指定都市のひとつ。日本の市町村で人口が最も多く、神奈川県内の市町村で面積が最も広い。旧武蔵国と旧相模国の一部。
目次 |
[編集] 概要
横浜市は、東京都心から南へ約30km、東京湾に面した神奈川県で最大の都市である。市政の中心地は関内地区(中区の関内駅周辺)で、市域の中央駅は横浜駅(西区)[2]。経済活動の中心は関内地区から約3km北の横浜駅周辺地区へ移っており、両地区の中間に位置する横浜みなとみらい21地区(桜木町駅周辺)の開発を進めて、中心部の一体的な発展を図っている。
市域は、鎌倉に鎌倉幕府が置かれた鎌倉時代から本格的に開発され始めた。江戸時代には江戸幕府が置かれた江戸に近いため、幕府直轄地や旗本領が大部分を占め、藩は小規模な六浦藩(金沢区)のみがおかれた。また、大きな港を持たない鎌倉幕府の海の玄関口として六浦湊(金沢区六浦)が、江戸湾(東京湾)内海交通の要衝として神奈川湊(神奈川宿、神奈川区神奈川)が、早くから栄えた。江戸時代末期には、神奈川沖・小柴(旧・六浦湊外周部)で締結された日米修好通商条約により、「神奈川」を開港場にすることが定められた。
実際には神奈川湊の対岸にある横浜村[3](現在の中区関内地区)に新たに港湾施設が建設され、短期間に国際港の体裁を整えた。1859年7月1日(旧暦:安政6年6月2日)に開かれた横浜港は「金港」とも呼ばれ、生糸貿易港、商業港、旅客港として、また工業港として急速に発展。横浜を日本の代表的な国際港湾都市へと発展させる礎となった。
1889年(明治22年)4月1日に市制が施行され、横浜市となった[4]。市域の面積は、市制施行時には横浜港周辺の5.4km² にすぎなかったが、6次にわたる拡張と埋立てにより437.38km² (平成18年)となっている。
1927年(昭和2年)の区制施行で市域は5区に分けられ、周辺町村の合併と区域の再編を経て、行政区の数は18区となっている。市制施行時の横浜市の人口は約12万人だったが、その後は第二次世界大戦中の一時期を除いて増加の一途をたどり、現在では約360万人となった。これは日本の市では最も多く、人口集中地区人口も東京特別区に次ぐ。1956年(昭和31年)には政令指定都市に[5]、1988年(昭和63年)には業務核都市に指定された[6]。
市域が広大なため、多摩田園都市や港北ニュータウンなど市内北部・東部を中心に市の中心部よりも東京都心への接続が便利な地域も多く、市の中心部との交流があまりない地域も多く存在する。(詳細は後述)
[編集] 地理
[7] 市域は神奈川県の東部にあたり、東経139度43分31秒(鶴見区扇島)から139度27分52秒(瀬谷区目黒町)、北緯35度35分33秒(青葉区美しが丘西)から35度18分44秒(金沢区六浦南)に位置する[8]。東は東京湾に面し、北は川崎市、西は大和市・藤沢市・東京都町田市、南は鎌倉市・逗子市・横須賀市に接する。市域の面積は神奈川県の約18%を占め、県内の市町村で最も広い[9]。
[編集] 地形
市域の地形は、丘陵地、台地・段丘、低地、埋立地に分けられる。
丘陵地は、市域中央部よりやや西よりに分布し、市域を南北に縦断する。この丘陵地は保土ケ谷区・旭区などを流れる帷子川付近を境に、北側と南側で性質を異にする。北側の丘陵地は、多摩丘陵の南端に位置し、標高は60mから100mで北に向かって高くなっている。南側の丘陵地は、三浦半島に続く三浦丘陵の北端部を占め、標高は80mから160mで南に向かって高くなっている。南側の丘陵地の方が起伏も激しく、標高も高い。鎌倉市に山頂部を置く大平山をはじめとする通称「鎌倉アルプス」に続く峠部分が市内最高点(栄区上郷町、標高159.4m)であり、市内最高峰の大丸山(金沢区釜利谷町、標高156.8m)や円海山(磯子区峰町、標高153.3m)もこの南側の丘陵地に位置する。
台地・段丘は、丘陵地の東西にある。東側の台地は鶴見区の地名を取って下末吉台地と呼ばれ、標高は40mから60mで鶴見川付近まで続く。西側の台地は、相模野台地の東端にあたり、標高は30mから70mで南に向かって低くなっている。本牧付近で台地が海に突き出し、その南側は根岸湾と呼ばれる。横浜駅周辺も幕末まで袖ヶ浦と呼ばれる入り江だった。
低地には、丘陵地や台地を刻む河川の谷底低地と沿岸部の海岸低地とがある。谷底低地は鶴見川に沿って広がり、平坦な三角州性低地を形成する。また、海岸部には埋立地が造成され、海岸線はほとんどが人工化されている。金沢区の小さな入り江平潟湾は、鎌倉幕府が海の玄関口とした天然の良港であった。島としては金沢区の野島(八景島は人工島)があり、野島海岸が横浜で唯一の自然海浜となった。
[編集] 気候
本州のほぼ中央、太平洋岸に位置し、気候区分では温帯の温暖湿潤気候に属する。気温の年較差は大きく、四季は明瞭。1日の寒暖の差は小さく、1年を通じて穏やかな気候である。横浜では、梅雨時と秋雨・台風の時期に降水量が多い。冬は晴れる日が多く、積雪はほとんどない。
横浜の年平均降水量は1622.5mmで、月平均降水量の最高は9月の232.4mm、最低は12月の43.2mm。年平均気温は15.5℃で、月平均気温の最高は8月の26.4℃、最低は1月の5.6℃。年平均相対湿度は68%で、月平均相対湿度の最高は7月の80%、最低は1月の54%。年平均風速は3.4m/sで、最大は3月の3.8m/s、最小は7月の3.2m/s。風向は、7月が南西、8月が南南西であるほかは、年を通じて北が最も多い。年平均の合計日照時間は1920.6時間で、最多は8月の203.4時間、最少は9月の125.3時間。大気現象の年平均日数は、雪が9.8日、霧が12.1日、雷が11.2日となっている[10]。
横浜地方気象台の観測史上、最高気温は1962年(昭和37年)8月4日の37.0℃、最低気温は1927年(昭和2年)1月24日の-8.2℃。同じく、日降水量が最も多かったのは1958年(昭和33年)9月26日の287.2mm、年降水量が最も多かったのは1941年(昭和16年)の2535.2mm。
横浜の初雪の平年値は1月4日で、初霜は12月6日、初氷は12月12日。桜(ソメイヨシノ)の開花日の平年値は3月28日で、満開日は4月5日となっている[11]。
[編集] 歴史
詳細は「横浜市の歴史」を参照
市域には、およそ25か所の後期旧石器時代の遺跡が発見されている。縄文時代の遺跡は、都筑区の花見山遺跡など数多く見られる。中期までの弥生時代遺跡は少なく、中期後半以降は、都筑区の大塚・歳勝土遺跡など、方形周溝墓を伴う環濠集落が現れる。古墳の出現は4世紀の中期以降とされ、青葉区の稲荷前古墳群などはこの時代の遺跡である。
市域の地名に関する文献上の初出は、『日本書紀』の安閑天皇元年(534年)の条とされる。武蔵国に住む豪族が、橘花(たちばな。橘樹郡)、倉樔(くらす。後に久良(くら)郡、さらに久良岐(くらき)郡)ほか4か所を屯倉として献上したと記される。7世紀後半までに市域には、武蔵国橘樹郡、久良岐郡、都筑郡、相模国鎌倉郡が置かれた。都筑区の長者原遺跡(ちょうじゃっぱらいせき)は、8世紀に成立した都筑郡衙跡とされる。なお、都筑郡の名が見える最古の記録は、『万葉集』である。927年(延長5年)には、都筑郡の杉山神社が、式内社とされた。この杉山神社には論社がいくつかあり、位置は確定されていない。
市域は奈良時代以降、人口も増えて生産力を高めた。平安時代には各所の開発も進み、坂東八平氏や武蔵七党など、関東武士の力が蓄えられた。市域には、平子氏、榛谷(はんがや、はりがや)氏、稲毛氏、綴党(つづきとう)などの武士団が勢力を張った。今に残る弘明寺、宝生寺など、平安時代以前の建立とされる寺院は、これら有力武士団の支援を受けていたものと考えられる。
市域は、鎌倉に鎌倉幕府が開設された12世紀から本格的に開発が始まった。鶴見川や柏尾川などの河川流域では農業が発達し、13世紀前半には、現在の新横浜周辺地域にあたる小机郷鳥山(港北区小机町・鳥山町)から、多摩川・鶴見川周辺地域が、幕府によって大規模に開発された。また、東京湾に面する六浦湊(金沢区六浦)が鎌倉の玄関口として文化・交易・産業の中心地となり、中国大陸(南宋)との貿易(日宋貿易)や内湾の交易によって栄え、武士や商人・職人・宗教者などが多く集まりにぎわいをみせ、東海道に接して栄えた神奈川湊(神奈川区神奈川)とともに漁業と海運業の発達へと繋がっていった。
横浜の名の初出は、室町時代中期の1442年(嘉吉2年)の文献である。この年、平子氏の家臣と思われる市川季氏と比留間範数の両名が、石河宝金剛院(現、南区の宝生寺)に、横浜村の薬師堂免田畠を寄進する旨の文書が残されている。横浜村は武蔵国久良岐郡に属し、神奈川湊の対岸、現在では市政の中心街になっている関内地区(中区)にあたる地域にあった。
江戸幕府が置かれた17世紀以降は、東海道の宿場とされた神奈川宿、程ヶ谷宿(保土ヶ谷宿)、戸塚宿を中心に発展する。特に、神奈川湊を持つ神奈川宿が江戸湾(東京湾)内海交通の要衝の一つとして栄え、対する六浦湊は、歌川広重が金沢八景を浮世絵としたように、風光明媚な景勝地としての色合いを濃くしていった。なお、江戸時代末期までの横浜村は、前出二つの湊とは対照的に、戸数わずか100戸足らずの砂州上に形成された半農半漁の寒村であった。
横浜村の運命を一変させたのは、当時国交を持たなかったアメリカのマシュー・ペリー率いる黒船の来航であった。太平洋航路の拠点として、また、捕鯨の際の供給基地として日本の港を利用することを望んだアメリカ海軍の黒船一行は六浦藩小柴村沖(現在の金沢区八景島周辺)に無許可のまま2か月間投錨し、幕府の対応を待った後に横浜沖へと進み入り、その後幕府は横浜村に設営した応接所で外交交渉を行った。交渉の結果1854年(安政元年)に横浜村で日米和親条約が締結され、1858年(安政5年)には神奈川沖・小柴(現・八景島周辺)のポウハタン号上で日米修好通商条約が締結された。この通商条約に「神奈川」を開港するよう定めたことが、横浜の都市開発の発端となった。
幕府は、東海道に直結し当時既に栄えていた神奈川湊を避け、外国人居留地を遠ざけるため、対岸の横浜村を「神奈川在横浜」と称して開港地とした。横浜村には、短期間で居留地、波止場、運上所(税関)など国際港の体裁が整えられ、安政6年6月2日(新暦1859年7月1日)に横浜港は開港した。横浜市では、6月2日を開港記念日としている[12]。こうして、横浜は日本の玄関口の一つとなったことから、様々な文物をいち早く取り入れる国際色豊かな都市として発展し始めた。
横浜村は幕府が設置した運上所(税関)を境に、以南を外国人居留地(横浜居留地)、以北を日本人居住区とした。境界には関所が置かれ、関所から外国人居留地側を関内、以外を関外と呼んだ。外国人居留地には、イギリスやフランス、ドイツやアメリカを中心とした各国の外国商館がたち並んだ。今に残る横浜中華街は、外国人居留地の中に形成された中国人商館を起源とする。一方日本人居住地は横浜町と名付けて5区域に分割し、各区域に名主を置いて総年寄が町全体を統括した。明治6年、横浜町は第1区1番組に編入され、明治7年(1874年)6月14日大区小区制により第1大区1小区となり、1878年(明治11年)11月21日に郡区町村編制法に基づき、第1大区が横浜区となり、久良岐郡から分離して横浜区長が管轄することとされた。そして、1889年(明治22年)4月1日、市制が施行されると同時に横浜区は市となり、横浜市が誕生した。当時の市域面積は、横浜港周辺の5.4km²。面積は狭いものの、市制施行当時、すでに戸数27,209戸、人口121,985人(1889年末時点)に達した。その後、関内地区は市政と商業の中心地として発展する。
開港当初の横浜港には、東波止場(イギリス波止場)と西波止場(税関波止場)が設置され、東西波止場はその形から「象の鼻」と呼ばれた。象の鼻は、現在の大さん橋の付け根部分にあたる。ここでの貿易は、生糸、茶、海産物が輸出され、絹織物、毛織物が輸入された。明治5年9月12日(1872年10月14日)には、新橋(後の汐留駅。現在は廃止)と横浜(現在の桜木町駅)をつなぐ鉄道が開業し、新橋・横浜それぞれの会場で盛大に開業式典が執り行われた。同年には、神奈川駅(現在の横浜駅近傍)と鶴見駅も開設されている。当時、生糸貿易の主導権は外国商館にあった。そのため、横浜商人と呼ばれた日本人貿易商は、1873年(明治6年)には生糸改会社を設立して競争力を高め、1881年(明治14年)には生糸荷預所を設立して生糸貿易の主導権確立に努めた。また、横浜商人たちは、県営水道の設置(1887年(明治20年))、横浜共同電灯会社の設立(1890年(明治23年))、十全病院の設立(1891年(明治24年))、生糸検査所、商業会議所の設立(1895年(明治28年))など、都市基盤の整備と商業の発達に大きく寄与した。
1909年(明治42年)には開港50周年を迎え、この年の7月1日[13]から3日間にわたって、横浜開港50年祭と銘打った数々の記念行事が催され、「全市は殆ど家族打連れて外出せしやの観あり」と伝えられた[14]。できたばかりの新港埠頭で行われた式典では、森鴎外の作詞による横浜市歌が、市内小学生の合唱によって初めて披露され、各国艦船は祝砲を放った。また、このとき、市章の「浜菱」が制定され、市民の寄付による開港記念横浜会館(1917年(大正6年)竣工。現・横浜市開港記念会館、ジャックの塔)の建設が計画されるなど、市制施行20周年とあわせて盛大に祝われた。
大正時代に入ると、鶴見川河口の埋立が始まって京浜工業地帯が形成され始め、横浜港は工業港としての性格を持ち始めた。1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災(関東地震)では、横浜港、関内を始め、市内全域で大きな被害を受けた[15]。震災復興事業により、日本大通りの拡幅、山下公園の造成、横浜三塔に数えられる神奈川県庁舎(キングの塔)や横浜税関庁舎(クイーンの塔)の建設などが行われ、1929年(昭和4年)にはほぼ旧状に復した。
昭和時代に入り、1926年(昭和2年)4月に第3次市域拡張が行われ、同年10月には区制が施行されて、鶴見区、神奈川区、中区、保土ケ谷区、磯子区の5区が置かれた。以降も第6次まで続く市域拡張(1939年(昭和14年))と東京湾岸の埋立により市域は拡大し、市域面積は437.38km²(2006年(平成18年))、行政区の数は18区となっている。1930年(昭和5年)前後には、現在山下公園に係留されている氷川丸など、豪華客船の就航が相次ぎ、横浜港は太平洋航路の乗船地として、客船黄金時代の一翼を担った。また、この頃の横浜港は、生糸貿易港から工業港へと変貌し、輸出、輸入とも、機械類・金属製品、鉄鋼の割合が高まった。この傾向は、第二次世界大戦中の軍需生産期、戦後の高度経済成長期を経て、より強まっていった。
第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)5月29日の横浜大空襲では、磯子区から鶴見区に至る沿岸部が焼き尽くされ、中区、西区の中心市街地は壊滅した[16][17]。同年8月の終戦によりイギリス軍やアメリカ軍、ソビエト連邦軍を中心とした連合国軍が進駐し、横浜の中心市街地と横浜港は接収され、都市機能は麻痺した[18]。連合国軍は、横浜税関ビルに連合国軍最高司令官総司令部(GHQ、後に東京の第一生命ビルに移転)と太平洋陸軍総司令部(AFPAC)を置き、軍事拠点とした。空襲とそれに引き続く接収により、横浜の復興は大幅に遅れた。
1950年(昭和25年)、横浜国際港都建設法が制定され、復興に向けた取り組みが本格化する。1951年(昭和26年)には、対日講和条約が締結され日本の連合国による占領体制が終わり、新たに市長となった実業家で元貴族院議員の平沼亮三の下、接収解除に向けて動き始めた。また、この年には、横浜港の管理が国から市に移管された。条約が発効した翌1952年(昭和27年)以降、大桟橋や山下公園などが次々と接収解除された。しかし、なお市域には475万m²余の、連合国軍撤収後も居残ったアメリカ軍の施設が残る(2006年(平成18年)1月1日現在)[19]。
1956年(昭和31年)9月1日、制度の開始とともに、政令指定都市に指定される。この頃から、相模鉄道を中心とした横浜駅西口の開発が始められた。1959年(昭和34年)に行われた開港100周年記念祭では、平和野球場(現・横浜スタジアム)で、横浜出身の美空ひばりや草笛光子が3万人の観客を前に歌った。1964年(昭和39年)5月には根岸線(桜木町 - 磯子)が開通し、同年10月には東海道新幹線の開業に伴い、横浜線との交点に新横浜駅が開設された。横浜駅西口地下街が完成したのもこの年で、横浜駅西口は急速に発展し始めた。また、1960年代後半(昭和40年代)には中区の元町商店街が活況を呈し、元町ブランドで固めた山手の女子高生たちのファッションは、後に1970年代後半(昭和50年代)のハマトラ(横浜トラディショナル・ファッション)ブームへとつながっていく。
1963年(昭和38年)、日本社会党の衆議院議員であった飛鳥田一雄が市長となり、「革新首長」のリーダー的存在となった。1965年(昭和40年)1月、飛鳥田市政下の横浜市は、六大事業と呼ばれる都市計画プロジェクトに着手した。これは、(1)都心部強化、(2)金沢地先埋立、(3)港北ニュータウンの建設、(4)高速鉄道(地下鉄)建設、(5)高速道路建設、(6)ベイブリッジ建設の6事業からなり、都市基盤の整備と中枢管理機能の充実を図るものである。
まず、高速道路建設に取りかかり、1968年(昭和43年)には神奈川県道高速横浜羽田空港線(浅田 - 東神奈川)が開通する。1972年(昭和47年)には横浜市営地下鉄(上大岡駅 - 伊勢佐木長者町駅)が開通した。また、1979年には横浜横須賀道路(日野―朝比奈間が開通し、1981年には狩場―日野間を、1982年には朝比奈―逗子間と逗子―衣笠間を供用開始した。
1977年(昭和52年)には金沢地先埋立が完成し、1990年(平成2年)に大黒ふ頭の埋立(第2期)が完成すると、横浜の東京湾沿岸における大規模埋立事業は一段落した。日本社会党委員長として国政に復帰した飛鳥田のあとを受けて、1978年(昭和53年)に市長となった細郷道一も、六大事業の推進に力を注いだ。1980年(昭和55年)には港北ニュータウンの入居が始まり、1985年(昭和60年)には人口が300万人を超えた。
1989年(平成元年)、市制100年と開港130年を記念して、横浜博覧会が開催された。同年には横浜ベイブリッジも開通し、1994年(平成6年)の鶴見つばさ橋開通とあわせて、首都高速湾岸線の整備・延伸が進んだ。1990年(平成2年)、急逝した細郷のあとを引き継いで市長となった高秀秀信は、六大事業の中心となる都心部強化、横浜駅周辺地区と関内地区の間をつなぐ横浜みなとみらい21地区の整備を本格化させた。1993年(平成5年)には、みなとみらい21地区のシンボルとなる横浜ランドマークタワーが完成した。
高秀は、六大事業に加えて、新たな大型公共事業計画の立案に邁進した。中でも1998年(平成10年)に完成した横浜国際総合競技場(現在の日産スタジアム)と横浜国際プールは、高秀市政の象徴となる。2002年(平成14年)には、国際総合競技場で2002 FIFAワールドカップの決勝が行われ、国際プールではパンパシフィック水泳選手権が行われた。また、2002年(平成14年)には、横浜港に大さん橋国際客船ターミナルが完成した。
2002年(平成14年)、高秀と争って新たに市長となった中田宏は、これまでの大型プロジェクトを中心とする市政運営を改め、財政再建を基本に据える政策を打ち出した。市民の負担を伴う財政再建策も進められる中、2008年度(平成20年度)には、1961年度(昭和36年度)以来47年ぶりに、普通交付税の不交付団体となるなど、その成果も徐々に見られ始めた。
2009年(平成21年)、開港150周年・市制施行120周年を迎え、横浜市などが設立した財団法人横浜開港150周年協会が中心となって、様々な記念事業・祝祭イベントが行われた[20][21]。同年4月28日から9月27日まで横浜みなとみらい21新港地区で開国博Y150が始まり[22](7月4日から9月27日まで、ヒルサイドエリア(横浜動物の森公園)でも開催)、4月19日には横浜動物の森公園で第20回全国「みどりの愛護」のつどいが開催された。5月31日にはパシフィコ横浜国立大ホールにおいて、天皇皇后、三権の長らを招いて、横浜開港150周年記念式典が挙行された[23]。このほか、開港150周年を記念したプロジェクトとして、「象の鼻」地区を中心とした広場や緑地の整備[24]、「開港150周年の森」づくり[25]、横浜マリンタワーの再整備[26]、横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校の開校[27]などが実施された。また、同年7月には任期途中で中田が市長職を辞任し、第45回衆議院議員総選挙と同じ同年8月30日に行われた市長選挙で、東京日産自動車販売代表取締役社長の林文子が新たな市長に選ばれた。
[編集] 行政区域の変遷
「市政記録」(2007年版)、第1部市勢編より[28]。
| 年月日 | 事柄 | 面積(km²) |
|---|---|---|
| 1889年(明治22年)4月1日 | 市制施行 | 5.40 |
| 1901年(明治34年)4月1日 | 第1次市域拡張 | 24.80 |
| 1911年(明治44年)4月1日 | 第2次市域拡張 | 36.71 |
| 1927年(昭和2年)4月1日 | 第3次市域拡張 | 133.88 |
| 同年10月1日 | 区制施行。鶴見区、神奈川区、中区、保土ケ谷区、磯子区の5区を置く。 | - |
| 1936年(昭和11年)10月1日 | 第4次市域拡張 | 168.02 |
| 1937年(昭和12年)4月1日 | 第5次市域拡張 | 173.18 |
| 1939年(昭和14年)4月1日 | 第6次市域拡張(市域がほぼ固まる) | 400.97 |
| 同日 | 神奈川区から港北区を分区新設。戸塚区を新設。 | - |
| 1943年(昭和18年)12月1日 | 中区から南区を分区新設。神奈川区の一部を中区に編入。 | - |
| 1944年(昭和19年)4月1日 | 中区から西区を分区新設。 | - |
| 1948年(昭和23年)5月15日 | 磯子区から金沢区を分区新設。 | - |
| 1956年(昭和31年)9月1日 | 政令指定都市に指定。 | - |
| 1969年(昭和44年)10月1日 | 南区を(新)南区と港南区に分割。戸塚区を(新)戸塚区と瀬谷区に分割。保土ケ谷区を(新)保土ケ谷区と旭区に分割。港北区を(新)港北区と緑区に分割。港北区の一部を(新)保土ケ谷区に編入。 | 417.29 |
| 1986年(昭和61年)11月3日 | 戸塚区を(新)戸塚区と栄区と泉区に分割。 | - |
| 1994年(平成6年)11月6日 | 港北区と緑区を再編し、港北区、緑区、青葉区、都筑区を新設。 | - |
| 2008年(平成20年)4月1日 | - | 437.38[29] |
[編集] 人口
- 人口:3,671,776人(2009年10月1日現在)[30]
- 世帯数:1,507,645世帯(2007年(平成19年)1月1日現在)
- 外国人登録者数:70,993人(2006年(平成18年)12月31日現在)
- 平均年齢:42.25歳(2007年(平成19年)1月1日現在[31])
| 横浜市と全国の年齢別人口分布 | 横浜市の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 横浜市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
横浜市の人口は、1942年(昭和17年)に100万人を超え、戦時中は減少したものの、1951年(昭和26年)に再び100万人を超え、1968年(昭和43年)に200万人を超えて名古屋市を抜き、1978年(昭和53年)には大阪市を抜いて東京都区部に次ぐ大都市中第2位となり、1985年(昭和60年)には300万人を超えた[33]。現在は、3,671,776人(2009年10月1日現在)[34]と、全国の市で最も多くなっている[35](人口順位も参照)。市の人口が多い理由は、市域面積が大きいこと(横浜市の面積は、神奈川県の総面積の18.0%を占め、市人口第2位の大阪市の面積の約2倍にのぼる。)や、山地湖沼が少ないことなどが挙げられる。また、第二次世界大戦後に急速に人口が拡大した理由は、戦後復興に伴い京浜工業地帯や関内駅・横浜駅周辺など東京湾沿岸部の商工業が発展したことや、高度成長期以降に顕著となった東京一極集中により、地方から都市部への人口流入が進んだこと、市郊外の私鉄沿線に沿って宅地開発が進み、ベッドタウンとしての性格も持つようになったことなどが挙げられる。特に、横浜都心に直接接続しない田園都市線沿線や横浜市北部を中心とした港北ニュータウンの開発は、横浜に住んで東京に通勤通学する横浜都民の増加をもたらした。平成12年度(2000年度)の国勢調査によれば、横浜市の昼夜間人口比率(常住人口(夜間人口)に対する昼間人口の比率)は90.5%となっている[36]。横浜市の昼夜間人口比率は長らく低落傾向を示していたが、1990年代初めに底を打って以来、上昇傾向に転じた。
行政区別の人口が最も多いのは港北区の323,358人[37]で、以下、青葉区300,444人、戸塚区271,722人、鶴見区269,538人と続く。人口の最も少ない区は西区で91,888人、以下、栄区124,750人、瀬谷区126,875人、中区143,764人と続く。
[編集] 市政
旧くから市制実施していた五大都市にあるように、伝統的に市議会を市会と称している(地方自治法規定外の通称として)。
また、2003年4月号から旧「助役」を「副市長」と呼称していた。(その後、2007年4月の地方自治法の改正により、正式名称となった。)
東京一極集中も手伝って人口最大市となった横浜市であるが、当面の課題としては、幹線道路整備の遅れ(都市計画道路整備率は、平成18年3月31日時点で62.3%[38])による市内各拠点と郊外住宅地を結ぶ体系化の未達、低い昼夜間人口比率(平成17年国勢調査によれば、90.4[39])、市域の一体的な発展などがある。人口急増により、都市基盤整備や地域経済圏の確立が遅れた地域もあるため、市内の一体感に乏しいとも指摘されている。直面する課題に向けた政策推進力が求められている。
[編集] 歴代市長
市制が敷かれた1889年(明治22年)6月に就任した初代・増田知から2009年(平成21年)8月に就任した林文子まで、30代20人の市長がいる。
| 代 | 人 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | 増田知 | 1889年(明治22年)6月18日 | 1890年(明治23年)2月15日 | |
| 2 | 2 | 佐藤喜左右衛門 | 1890年(明治23年)3月3日 | 1896年(明治29年)3月2日 | |
| 3 | 3 | 梅田義信 | 1896年(明治29年)6月3日 | 1902年(明治35年)9月20日 | |
| 4 | 4 | 市原盛宏 | 1903年(明治36年)1月9日 | 1906年(明治39年)5月2日 | |
| 5 | 5 | 三橋信方 | 1906年(明治39年)9月28日 | 1910年(明治43年)6月25日 | |
| 6 | 6 | 荒川義太郎 | 1910年(明治43年)9月10日 | 1913年(大正2年)11月13日 | |
| 7 | 7 | 安藤謙介 | 1914年(大正3年)7月24日 | 1918年(大正7年)7月23日 | |
| 8 | 8 | 久保田政周 | 1918年(大正7年)8月26日 | 1922年(大正11年)5月27日 | |
| 9 | 9 | 渡辺勝三郎 | 1922年(大正11年)11月29日 | 1925年(大正14年)4月10日 | |
| 10 | 10 | 有吉忠一 | 1925年(大正14年)5月7日 | 1931年(昭和6年)2月26日 | |
| 11 | 11 | 大西一郎 | 1931年(昭和6年)3月3日 | 1935年(昭和10年)7月18日 | |
| 12 | 12 | 青木周三 | 1935年(昭和10年)8月3日 | 1941年(昭和16年)2月10日 | |
| 13 | 13 | 半井清 | 1941年(昭和16年)2月10日 | 1946年(昭和21年)11月30日 | |
| 14 | 14 | 石河京市 | 1947年(昭和22年)4月9日 | 1951年(昭和26年)4月4日 | |
| 15 | 15 | 平沼亮三 | 1951年(昭和26年)4月25日 | 1955年(昭和30年)4月3日 | |
| 16 | 1955年(昭和30年)4月25日 | 1959年(昭和34年)2月13日 | 在職中死去 | ||
| 17 | (13) | 半井清 | 1959年(昭和34年)4月25日 | 1963年(昭和38年)4月22日 | |
| 18 | 16 | 飛鳥田一雄 | 1963年(昭和38年)4月23日 | 1967年(昭和42年)4月22日 | |
| 19 | 1967年(昭和42年)4月23日 | 1971年(昭和46年)4月22日 | |||
| 20 | 1971年(昭和46年)4月23日 | 1975年(昭和50年)4月22日 | |||
| 21 | 1975年(昭和50年)4月22日 | 1978年(昭和53年)3月1日 | |||
| 22 | 17 | 細郷道一 | 1978年(昭和53年)4月16日 | 1982年(昭和57年)4月15日 | |
| 23 | 1982年(昭和57年)4月16日 | 1986年(昭和61年)4月15日 | |||
| 24 | 1986年(昭和61年)4月15日 | 1990年(平成2年)2月15日 | 在職中死去 | ||
| 25 | 18 | 高秀秀信 | 1990年(平成2年)4月8日 | 1994年(平成6年)4月7日 | |
| 26 | 1994年(平成6年)4月8日 | 1998年(平成10年)4月7日 | |||
| 27 | 1998年(平成10年)4月8日 | 2002年(平成14年)4月7日 | |||
| 28 | 19 | 中田宏 | 2002年(平成14年)4月8日 | 2006年(平成18年)4月7日 | |
| 29 | 2006年(平成18年)4月8日 | 2009年(平成21年)8月17日 | 任期途中退職[41] | ||
| 30 | 20 | 林文子 | 2009年(平成21年)8月30日 |
- 財政[42]
- 平成20年度(2008年度)予算
- 一般会計 1兆3,599億円
- 市税収入見込額 7,354億円
- 市債 1,113億円(平成20年度末の市債残高は2兆3,961億円の見込み)
- 特別会計 1兆3,171億円
- 公営企業会計 6,425億円
- 全会計純計[43] 2兆3,767億円
- 平成18年度(2006年度)決算
- 一般会計
- 歳入決算額 (A) 1兆3,186億円(うち市税収入 6,855億円)
- 歳出決算額 (B) 1兆2,998億円
- 形式収支 (C)=(A)-(B) 188億1,200万円
- 翌年度への繰越財源 (D) 123億3,700万円
- 実質収支 (E)=(C)-(D) 64億7,500万円
- 特別会計
- 歳入決算額 (A) 1兆4,617億円
- 歳出決算額 (B) 1兆4,510億円
- 形式収支 (C)=(A)-(B) 106億2,100万円
- 翌年度への繰越財源 (D) 5億8,100万円
- 実質収支 (E)=(C)-(D) 100億4,000万円
[編集] 議会
横浜市では市議会を市会と呼んでいる。これは他の旧5大市の名古屋市、京都市、大阪市、神戸市も同様[44]。
- 横浜市会
- 議長: 川口正寿
- 副議長: 松本敏
- 議員定数: 総数 92人[45]
- 各区ごとの定数
| 選挙区 | 定数 | 選挙区 | 定数 | 選挙区 | 定数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 鶴見区 | 7(6) | 神奈川区 | 6(5) | 西区 | 2 |
| 中区 | 4 | 南区 | 5 | 港南区 | 6(5) |
| 保土ケ谷区 | 5 | 旭区 | 6 | 磯子区 | 4 |
| 金沢区 | 5 | 港北区 | 8 | 緑区 | 4 |
| 青葉区 | 8(7) | 都筑区 | 5(4) | 戸塚区 | 7(6) |
| 栄区 | 3 | 泉区 | 4 | 瀬谷区 | 3 |
(2007年4月現在、括弧内の数字は次回選挙の定数)
- 会派の構成
| 会派名 | 議席数 | 代表者 |
|---|---|---|
| 自由民主党 | 30 | 佐藤茂(旭区) |
| 民主党 | 21 | 谷田部孝一(金沢区) |
| 公明党 | 16 | 仁田昌寿(南区) |
| 民主党ヨコハマ会[46] | 9 | 飯沢清人(都筑区) |
| 無所属クラブ[47] | 7 | 宇都宮充子(戸塚区) |
| 日本共産党 | 5 | 大貫憲夫(青葉区) |
| 無所属 | 2 | |
| 欠員 | 2 |
(2009年8月4日現在)
[編集] 国政・県政
[編集] 国の機関
横浜市に置かれる国の機関は以下の通り[48]。横浜市に置かれる各省庁の地方支分部局のうち、関東地方(もしくはそれよりも広い地域)を統括するものは、国土交通省の関東地方整備局(港湾空港部)・関東運輸局、海上保安庁第三管区海上保安本部など、数少ない。それらの多くは中区山下町の横浜地方合同庁舎、もしくは中区北仲通の横浜第2合同庁舎(旧生糸検査所)に所在する。他の省庁の地方支分部局で関東地方を統括するものは、埼玉県さいたま市のさいたま新都心にそのほとんどが置かれている。
| 国の行政機関 | |
|---|---|
| 司法機関 | |
| 独立行政法人 | |
|
(太字は本部が所在)
|
|
| 特殊法人 | |
|
|
[編集] 県の機関
神奈川県庁、神奈川県警察本部、神奈川県立図書館など、多くの機関が所在する。
[編集] 国会議員
- 衆議院[49]
- 小選挙区選出
| 選挙区 | 議員名 | 所属政党 |
|---|---|---|
| 神奈川1区(中区・磯子区・金沢区) | 中林美恵子 | 民主党 |
| 神奈川2区(西区・南区・港南区) | 菅義偉 | 自由民主党 |
| 神奈川3区(鶴見区・神奈川区) | 岡本英子 | 民主党 |
| 神奈川4区(栄区・鎌倉市・逗子市・葉山町) | 長島一由 | 民主党 |
| 神奈川5区(戸塚区・泉区・瀬谷区) | 田中慶秋 | 民主党 |
| 神奈川6区(保土ケ谷区・旭区) | 池田元久 | 民主党 |
| 神奈川7区(港北区・都筑区) | 首藤信彦 | 民主党 |
| 神奈川8区(緑区・青葉区) | 江田憲司 | みんなの党 |
- 比例代表選出(カッコ内は所属政党と重複立候補した小選挙区)
[編集] 県議会議員
- 各区ごとの神奈川県議会議員定数[50]
(2007年(平成19年)4月現在)
| 選挙区 | 鶴見区 | 神奈川区 | 西区 | 中区 | 南区 | 港南区 | 保土ケ谷区 | 旭区 | 磯子区 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 定数 | 3 | 3 | 1 | 2 | 2 | 3 | 2 | 3 | 2 |
| 選挙区 | 金沢区 | 港北区 | 緑区 | 青葉区 | 都筑区 | 戸塚区 | 栄区 | 泉区 | 瀬谷区 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 定数 | 3 | 4 | 2 | 4 | 2 | 3 | 1 | 2 | 1 |
[編集] 地域
東京、川崎から続く市域の沿岸部には、京浜工業地帯が広がる。埋立地を中心とした地域には、鉄鋼業や化学工業などの大規模工場や、火力発電所が多く、内陸部にかけた地域は、部品や食品などの中小規模事業所が多い。横浜駅へ鉄道路線を集中したため、商業の中心地は関内地区から横浜駅周辺へと移っている。そのためもともとの中心地であった伊勢佐木町や関内の相対地位が低下しており、その中間に位置する「みなとみらい21(横浜ランドマークタワー他)」を整備することで都心の一体化を目指している。また、新幹線駅を持つ新横浜を始め、上大岡、戸塚、二俣川・鶴ヶ峰、鶴見、港北ニュータウンなど、副都心としての機能を持つ街の整備を図り、都市機能の集積や地域経済強化に注力している。
- NTT市外局番はほぼ全域が「045」(横浜MA)。ただし、青葉区奈良町のごく一部に「042」(相模原MA)、鶴見区尻手のごく一部に「044」(川崎MA)地域がある。
- 日本の音風景100選:横浜港新年を迎える船の汽笛
[編集] 行政区
横浜市は現在、18区(行政区)で構成される。市役所本庁の所在地は中区。行政区の数としては、大阪市の24区に次ぐ。区名と主要な施設・観光地は以下のとおり。
- 横浜市の各区
| 区名 | 人口 | 設置年 | 主なスポット | |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 鶴見区 | 270,561人 | 1927年 (昭和2年) |
總持寺 - 鶴見つばさ橋 - 横浜ベイブリッジ - 大黒パーキングエリア - 京浜運河 - 神奈川県立三ツ池公園 - 花月園競輪場 - 電気の史料館 - 環境エネルギー館 - キリン横浜ビアビレッジ - 鶴見駅 |
| 2 | 神奈川区 | 230,056人 | 1927年 (昭和2年) |
浦島太郎伝説 - 三ツ沢公園球技場 - 本覚寺 - ポートサイド地区 - 旧神奈川宿 - 東神奈川駅 |
| 3 | 西区 | 093,020人 | 1944年 (昭和19年) |
横浜みなとみらい21 - 横浜ランドマークタワー - クイーンズスクエア横浜 - 三菱みなとみらい技術館 - パシフィコ横浜 - 横浜美術館 - 横浜能楽堂 - 水天宮平沼神社 - 横浜観光コンベンション・ビューロー - 野毛山公園 - 野毛山動物園 - 横浜スカイビル - 横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ - 横浜ポルタ - 横浜中央郵便局 - 横浜駅 |
| 4 | 中区 | 146,640人 | 1927年 (昭和2年) |
神奈川県庁 - 横浜市役所 - 横浜赤レンガ倉庫 - よこはまコスモワールド - コスモクロック21(よこはまコスモワールド内にある観覧車) - 三渓園 - 本牧市民公園 - 元町 - 中華街 - 横浜マリンタワー - 横浜スタジアム - 山下公園 - 根岸森林公園 - 馬の博物館 - 県立音楽堂 - 港の見える丘公園 - 山手 - 桜木町駅 - 関内駅 |
| 5 | 南区 | 197,113人 | 1943年 (昭和18年) |
横浜市立大学附属市民総合医療センター - 弘明寺 - 横浜国立大学教育人間科学部附属特別支援学校 - 庚申塔 - 井土ヶ谷駅 |
| 6 | 保土ケ谷区 | 206,109人 | 1927年 (昭和2年) |
旧保土ヶ谷宿 - 横浜国立大学 - 横浜ビジネスパーク - 県立保土ヶ谷公園 - 横浜市民病院 - 保土ヶ谷駅 |
| 7 | 磯子区 | 163,669人 | 1927年 (昭和2年) |
根岸森林公園 - 横浜市電保存館 - 横浜こども科学館 - 三殿台遺跡 - 円海山(浜マーケット) - 磯子駅 |
| 8 | 金沢区 | 210,113人 | 1948年 (昭和23年) |
金沢自然公園 - 横浜市立金沢動物園 - 横浜・八景島シーパラダイス - 金沢文庫 - 金沢八景 - 称名寺 - 横浜市立大学 - 海の公園 - 野島公園 - 明治憲法起草の碑 - 横浜ベイサイドマリーナ - 金沢シーサイドライン - 横浜市立大学附属病院 - 金沢漁港 - 大丸山(横浜市内最高峰) - 金沢文庫駅 |
| 9 | 港北区 | 325,590人 | 1939年 (昭和14年) |
大倉山記念館 - 小机城址市民の森 - 新横浜プリンスホテル - 横浜アリーナ - 横浜国際総合競技場(日産スタジアム) - 新横浜ラーメン博物館 - 菊名駅 - 新横浜駅 |
| 10 | 戸塚区 | 273,547人 | 1939年 (昭和14年) |
舞岡公園 - 旧戸塚宿 - 戸塚カントリー倶楽部 - 仮名手本忠臣蔵 - 西横浜国際総合病院 - ドリーム開発ドリームランド線跡地 - 戸塚駅 |
| 11 | 港南区 | 221,685人 | 1969年 (昭和44年) |
久良岐公園 - 神奈川県戦没者慰霊堂 - ゆめおおおか - 京急百貨店 - ウイング上大岡 - 港南台タカシマヤ - 港南台駅 |
| 12 | 旭区 | 249,086人 | 1969年 (昭和44年) |
よこはま動物園ズーラシア - こども自然公園(大池公園) - 神奈川県運転免許試験場 - 二俣川駅 |
| 13 | 緑区 | 175,964人 | 1969年 (昭和44年) |
四季の森公園 - 三保市民の森 - 中山駅 |
| 14 | 瀬谷区 | 126,922人 | 1969年 (昭和44年) |
海軍道路 - 瀬谷市民の森 - 長屋門公園 - 三ツ境駅 |
| 15 | 栄区 | 124,989人 | 1986年 (昭和61年) |
地球市民かながわプラザ - 上郷森の家 - 本郷ふじやま公園 - 本郷台駅 |
| 16 | 泉区 | 155,662人 | 1986年 (昭和61年) |
かまくらみち - 相鉄ギャラリー - いずみ中央駅 |
| 17 | 青葉区 | 302,713人 | 1994年 (平成6年) |
こどもの国 - 寺家ふるさと村 - 市が尾駅 |
| 18 | 都筑区 | 198,337人 | 1994年 (平成6年) |
横浜市歴史博物館 - 大塚・歳勝土遺跡 - 横浜国際プール - 港北ニュータウン - ららぽーと横浜 - センター南駅 |
- 住所の表記
- 「保土ケ谷区」や「市ケ尾町」など、横浜市では公式の表記において大文字の『ケ』で記している。また、住所で『が』と表記される場合でも、駅名などでは小文字の『ヶ』が用いられる場合もある[51]。
- 「丁目」の数字においては漢数字と算用数字が併用されている。
- 字(あざな)がある町も多いが、上掲「字丁目」以外で通常使用されることは少ない。なお、住居表示や土地区画整理事業、町名地番整理事業で設けられた町は字を廃止している。また、大字は存在しない。
[編集] インフラ整備の状況
- 下水道普及率:99.7%(平成17年度末)
[編集] 観光
横浜市の観光入込客数は約4,253万人(延べ数、2008年(平成20年)[52])で、このうち日帰り客が87.9%を占めている。また、神奈川県の調べによる横浜・川崎地域の入込観光客数は5,598万2千人(延べ数、2008年(平成20年)[53])で、これは県全体の入込観光客数の32.7%を占めており、地域別では最も多い。
| 施設 | 金沢文庫 - 三渓園 - 山下公園 - 横浜中華街 - 横浜外人墓地 - 横浜みなとみらい21 - 三井アウトレットパーク 横浜ベイサイド(旧横浜ベイサイドマリーナショップス&レストランツ) - 横浜ワールドポーターズ - 横浜赤レンガ倉庫 - 横浜マリンタワー - 大さん橋 - 横浜八景島シーパラダイス | |
|---|---|---|
| 祭り | 野毛大道芸 - みなと祭国際仮装行列 - 横浜国際女子駅伝 - 開港記念バザー - 横浜開港祭 - 横浜フランス映画祭 - 神奈川新聞花火大会 - みなと祭国際花火大会 - サマーナイトフェスティバル - ヨコハマカーニバル - お三の宮例大祭 - 三蹊園観月会 - JATA国際観光会議&世界旅行博 - ワールドフェスタ・ヨコハマ - 横浜オクトーバーフェスト - 横浜ジャズプロムナード - 横浜トリエンナーレ | |
| 娯楽 | スポーツ | 横浜ベイスターズ(プロ野球セントラル・リーグ) - 横浜F・マリノス(プロサッカーJリーグ1部) - 横浜FC(プロサッカーJリーグ2部) - 横浜ギガスピリッツ(バスケットボール、いすゞ自動車→横浜ギガキャッツ→横浜ギガスピリッツ。現在プロリーグ参戦を目指している) - 大日本プロレス(プロレス団体) - 横浜プロレス(大日本プロレスの別ブランドとして旗揚げされたローカルインディー団体) - NEO女子プロレス(女子プロレス団体) - 横浜スポーツ&カルチャークラブ |
| 芸能[54] | 横浜BLITZ - 横浜 7th AVENUE | |
| 大規模な 娯楽施設 |
横浜アリーナ - 横浜国際総合競技場(日産スタジアム) - 横浜国際プール(ウォーターアリーナ) - 横浜スタジアム - 横浜・八景島シーパラダイス - 花月園競輪場 - よこはま動物園ズーラシア - 横浜みなとみらいスポーツパーク - よこはまコスモワールド | |
[編集] 経済
横浜経済の特徴としては、市外からの所得が東京特別区及び12政令都市の中で最大となっていることが挙げられる。また、市内総生産と市内最終需要を比較すると需要が供給を上回っており、移入超過となっている[55]。
- 市内総生産
- 横浜市の市内総生産は、12兆6814億円(平成15年)。これは、神奈川県シェアでは41.2%、全国シェアでは2.5%となる。また、この規模を都道府県と比較すると10位の静岡県と11位の茨城県の間に位置し、OECD諸国と比較すると24位のポルトガルと25位のチェコの間に位置する。他の政令指定都市との比較では、大阪市の約6割の規模であり、名古屋市とほぼ同じ。
- 内訳は、第一次産業が119億円 (0.1%)、第二次産業が2兆7473億円 (21.7%)、第三次産業が10兆4379億円 (82.3%) となっている。他の政令指定都市と比べ、第一次産業の額と第二次産業の建設業の割合、第三次産業の不動産業の割合が大きく、第三次産業の金融・保険業、卸売・小売業、サービス業の割合は小さいが、第三次産業は名古屋とほぼ同じ。
- 市民所得
- 横浜市の市民所得は11兆3077億円で、一人当たりでは320万6千円(平成15年)。これは、国民所得を100とすると110.9となる。
- 市民所得のうち雇用者報酬は9兆5924億円で、市民所得に占める割合は84.8%。これはいずれも政令指定都市の中で第1位である。市民所得のうち企業所得は1兆5427億円で、市民所得に占める割合は13.6%。政令指定都市中、額では第3位であるものの、割合では最下位の第12位となっている。
- また、市民所得全体のうち、市外からの所得は2兆4727億円となっている。これは、市内から市外へ通勤する人の数が、市外から市内へ通勤する人の数より多いことを示している。2000年(平成12年)の国勢調査によれば、移動人口は、東京都区部、川崎市に対する流出超過となっている。
- 市内総支出
- 市内総支出(=市内総生産)は12兆6814億円。他の政令指定都市との比較では、家計の最終消費支出が大きいことが挙げられ、その額は8兆7137億円と大阪市(5兆4206億円)の1.6倍の規模である。横浜市の民間住宅投資は7372億円で、政令指定都市中第1位。民間企業設備投資は1兆5810億円で、第1位大阪市(2兆7027億円)の約6割の規模。公共投資は5208億円で、名古屋市(5854億円)に次ぐ第2位。
- 労働力・就業者数等(平成17年国勢調査より[56])
- 横浜市の労働力率は62.0%となっている。これは全国平均 (61.5%) 並みで、政令指定市の中では第8位、首位の川崎市 (66.1%) より4.1ポイント少ない。
- また、完全失業者数は97,464人、完全失業率は5.3%となっている。これは政令指定市のうち、広島市 (5.0%)、静岡市 (5.1%) に次いで、3番目に低い。
- 戦後、第1次産業の就業者数、就業者割合は一貫して減っている。第2次産業の就業者数および就業者割合は高度経済成長期に拡大。その後は産業構造の転換により、数の上では増減したものの割合は減少している。第3次産業の就業者数は一貫して増加しており、就業者割合も昭和35年を除いて常に拡大している。平成17年には就業者割合が74.8%に達した。
- 平成17年の産業別就業者割合を全国平均と比較すると、農業(全国4.4、横浜0.5)と製造業(全国17.3、横浜13.6)が低く、情報通信業(全国2.6、横浜6.6)とサービス業(全国14.3、横浜17.9)の割合が高くなっている。
- 15歳以上人口(A):3,063,487人
- 労働力人口(B):1,834,323人
- 就業者総数:1,736,859人
- 第1次産業:8,935人 (0.5%)
- 第2次産業:378,582人 (21.8%)
- 第3次産業:1,299,538人 (74.8%)
- 完全失業者数(C):97,464人
- 労働力率(B/A):62.0%
- 完全失業率(C/B):5.3%
- 就業者総数:1,736,859人
- 労働力人口(B):1,834,323人
[編集] 産業
- 商業
- 事業所数は2万8527(平成16年6月1日現在、以下同じ)で、このうち卸売業は6523事業所、小売業は2万2004事業所となっている。従業者数は25万3026人で、うち卸売業は7万480人、小売業は18万2546人。年間商品販売額は9兆3105億円で、卸売業が5兆6889億円、小売業が3兆6216億円。小売業の売場面積は280万9693km²。
- サービス業
- サービス業の事業所数は、4万2566(平成16年サービス業基本調査、以下同じ)。従業者数は39万1346人で、うち常用雇用者数は32万249人。経費総額は4兆5300.75億円で、うち給与支出総額は1兆2464.65億円。設備投資額は1801.20億円。
- 工業
- 製造業に属する事業所数は、3577(平成17年工業統計調査、以下同じ)で、従業者数は10万9182人。製造品出荷額等は4兆3807億円、付加価値額は1兆3965億円、有形固定資産投資総額は1178億円となっている。
- 製造品出荷額の業種別構成比では、石油1兆568億円(24.1%)が最も多く、以下、一般機械6236億円 (14.2%)、輸送機械4998億円 (11.4%)、食料4635億円 (10.6%)、情報機器3593億円 (8.2%)、金属製品2411億円 (5.5%)、飲料1532億円 (3.5%)、電気機械1403億円 (3.2%)、非鉄1099億円 (2.5%)、化学1022億円 (2.3%)、その他14業種6310億円 (14.4%) と続く。
- 農業
- 都市化の中にありながら第一次産業である農業も近郊農業として確立し、盛んに行われている。横浜市内の農地面積は3,419ha と神奈川県内最大である。
- 横浜市独自の農業振興策として、市街化調整区域や生産緑地地区などの他に、農業専用地区という都市農業の確立と都市環境を守ることを目的とした地区が定められている。現在26地区、1011ha(うち田畑は613ha)が指定されており、横浜農業の中心として意欲的な農業経営が持続されている。
- 現在ではキャベツ・ホウレンソウ・コマツナ・ジャガイモなどをはじめ、「横浜ブランド農産物」の生産が意欲的に行われている。港北区綱島の桃「日月桃」や保土ケ谷区の「保土ヶ谷いも」など、かつては全国に知られた野菜産地も市内に存在する。
[編集] 本社を置く主な企業
| 一般企業 | |
|---|---|
| 東証1部 上場 |
相模鉄道 - 日本発条 - 芝浦メカトロニクス - クリエートメディック - 日本ビクター - 千代田化工建設 - 京三製作所 - 新興プランテック - 日本農産工業 - 日本配合飼料 - 宇徳運輸 - さが美 - CIJ - ニフコ - グラフテック - NECモバイリング - サカタのタネ - コロワイド - 相鉄ローゼン - ヨコレイ - 岡村製作所 - コナカ - 図研 - ナイス - ユニプレス - 協同飼料 - ヨロズ - アネスト岩田 - アマノ - CFSコーポレーション - パイオラックス - 古河電池 - コーエー - マクニカ - アイネット - 小野測器 - 富士ソフト - 日揮 - 丸全昭和運輸 - クリエイトエス・ディー - ファンケル - パナソニック モバイルコミュニケーションズ(旧・松下通信工業) - エーアンドエーマテリアル - コカ・コーラセントラルジャパン - 日産自動車 |
| 東証2部 上場 |
ベリテ - ランド - スルガコーポレーション - 花月園観光 - 小糸工業 - 工藤建設 - アルプス物流 - 東京エレクトロン デバイス - ゼロ - スリーエフ - ソディック - エルナー - テクノメディカ - トリニティ工業 |
| JASDAQ 上場 |
ピーシーデポコーポレーション - ヒップ - 陽光都市開発 - タウンニュース社 - エバラ食品工業 - トオカツフーズ - 創健社 - トーエル - 菊水電子工業 |
| マザーズ 上場 |
チップワンストップ |
| 非上場等 | 日本飛行機 - 劇団四季(四季株式会社) - タカナシ乳業 - テイヒュー - 崎陽軒 - 富士通ワイエフシー - 三和エナジー |
| 金融機関 | |
| 横浜銀行 - 横浜信用金庫 - 神奈川銀行(旧神奈川相互銀行:第二地方銀行) | |
| メディア | |
| 神奈川新聞 - テレビ神奈川(tvk:神奈川新聞傘下) - アール・エフ・ラジオ日本 - 横浜エフエム放送 (Fm yokohama) - 横浜コミュニティ放送 (FM-salus) | |
[編集] 交通
[編集] 航空
- 市内に空港はなく、国内線は東京都大田区の東京国際空港(羽田空港)、国際線は千葉県成田市の成田国際空港(成田空港)が最寄りとなる。アクセス路線として横浜駅東口バスターミナルに隣接する横浜シティ・エア・ターミナル(YCAT)を中心に、市内の各主要駅から両空港へのリムジンバスが発着し、鉄道路線では京急が市内各駅と羽田空港駅を結ぶ列車、JRが横浜駅と空港第2ビル駅及び成田空港駅を結ぶ列車(成田エクスプレスなど)を運行している。
- なお、国際航空運送協会(IATA)都市コード YOK を持つ。
[編集] 船舶
詳細は「横浜港」を参照
- 横浜港は、開港当初から昭和初期に至るまで、綿花などの原料・鉄類・機械の輸入と、生糸・綿糸・絹織物の輸出を主とし、特に生糸貿易港として発展した。その後、京浜工業地帯の発展に伴い、鉄鋼・機械類・油脂の輸入と、機械類・金属製品・鉄鋼の輸出を主とする工業港となる。現在では、コンテナ貨物取扱や倉庫物流の拠点としても重要な役割を担っている[57]。横浜港は、日本有数の貿易港となり、東京港と併せて京浜港として指定特定重要港湾(スーパー中枢港湾)に指定されている[58]。また横浜港は、明治以来、海外渡航者の海路玄関口の一つとして、大さん橋や新港埠頭に多くの客船や移民船が出入りした。1960年代以降は外国航路が空路に替わり、国内航路の中心が東京港に移ったことにより、客船ターミナルとしての役割は衰退した。
- 1990年代になると、クルーズ客船による船旅が活発化し始める。横浜市で決勝戦が行われたFIFAワールドカップ日韓大会開催のため、国内外から訪れる観光客に誇れる立派な客船ターミナルが必要とされたこともあり、2002年(平成14年)6月に大さん橋国際客船ターミナルが新装オープンした。横浜市は、これにあわせてクルーズ客船の寄港誘致に積極的に乗りだした。クルーズ客船の着岸料金の半額を横浜市が負担するなどした結果、横浜港への日本船籍のクルーズ客船の寄港回数は、新装前の2倍以上へと増えて、2003年度に初めて国内1位になり、現在まで国内1位を続けている[59]。
- 一方乗降客数では、2007年から2008年現在、外国航路の定期路線が存在せず、国内航路の定期路線も少ないため、国内主要旅客港との乗降客数の比較では、外国航路において大阪港の7分の1程度の規模、内国航路においては神戸港・東京港の30~20分の1程度の規模と、低い数値となっている。
- 東海汽船により伊豆大島への定期航路がある。
- 横浜港遊覧
-
- 大桟橋発着:ロイヤルウイング
- 山下公園発着:マリンルージュ、その他
- シーバスが横浜駅東口、みなとみらいの「ぷかり桟橋」、山下公園を結ぶ。
[編集] 鉄道路線
- ■ 横浜市交通局
- ■ 横浜市営地下鉄ブルーライン
- ■ 横浜市営地下鉄グリーンライン(全線)
- 備考
-
- 市内のJRの駅は、JRの特定都区市内制度の「横浜市内」駅として扱われる。(なお、「横浜市内」駅には川崎市内の一部JR駅も含む)
- 横浜駅は西区の中央駅でもあるが、横須賀線ホームの一部が神奈川区に跨る。
- 横須賀線及び京浜東北線は運転系統上の名称であり、線路名称上は東海道本線に属する。そのため、線路名称上市内を通るJRの在来線は東海道本線・根岸線・横浜線・南武線・鶴見線の計5路線である。
- 京浜東北線と根岸線は常時相互直通運転。
- 横浜線の一部列車は東神奈川駅から根岸線に乗り入れる。
- 西隣の鎌倉市に所在する大船駅の東側一部が栄区に跨る。(上記「横浜市内」駅には含まれない)
- 弘明寺駅は京急と地下鉄の2つがあるが、距離が大きく離れているため、乗換駅ではない。
[編集] 路線バス
各事業者の運行子会社は省略。
- 横浜市営バス - 旧市街地を中心に市域の約5割をカバー。一部路線を神奈中など民営に移管中。また、一部の運行業務を、横浜交通開発に委託している。(車両は、横浜市営バスのものを使用)
- 京浜急行バス - 金沢区・磯子区中心。京急グループ
- 川崎鶴見臨港バス - 鶴見区中心。京急グループ。
- 東急バス - 港北区鶴見川以北・都筑区・青葉区中心。東急グループ。
- 江ノ島電鉄 - 港南区笹下地区、磯子区西南部、戸塚区JR以東および栄区豊田地区中心。小田急グループ。
- 小田急バス - 青葉区の一部に乗り入れる形。小田急グループ。
- 神奈川中央交通 - 戸塚区・栄区・泉区・瀬谷区・港南区・旭区・緑区・青葉区のJR以南中心。小田急グループ。
- 相模鉄道 - 相鉄沿線および神奈川区城郷地区中心。運行子会社を含む。2007年12月神奈川区城郷地区・保土ケ谷区および南区の不採算路線に対し廃止または他社移管への方針を打ち出す。
- 相鉄バス - 瀬谷区の一部。相鉄グループ。
- 大新東バス - 金沢区南部の分譲地限定。
- フジエクスプレス - 2007年4月1日より横浜市営バス134系統を全便移譲の上、一部運行経路を変更(桜木町駅~中区本牧地区循環線)して運行を開始する。富士急行グループ
- 川崎市バス - 久末団地線の高田町 - 久末団地間のみ横浜市に乗り入れ。
乗降方式は、地域・会社毎に異なる。市営バス・臨港バス・東急バス・小田急バス・フジエクスプレス・大新東バスは前乗り後降りで、区間運賃制の路線であっても整理券は使用せず、乗車時に行き先を乗務員に告げて所定の運賃を支払う。京急バス・相鉄バス・江ノ電バス・神奈中バスは前乗り後降りの路線と後乗り前降りの路線があるが、これは地域(均一運賃制か区間運賃制)によって分かれる。なお、神奈中バスでは主として戸塚以西で前乗り前降りの路線も存在する。
運賃は均一運賃区間と区間運賃制を採る区間に分かれる。後者は主として金沢区・戸塚区・泉区・栄区・瀬谷区および旭区の大部分と緑区の一部であり、それ以外の地区は均一運賃制である。
※境界バス停
寬政・京町三丁目・池田一丁目・南幸町・末吉橋西詰・鷹野大橋・江川町・井田坂・蟹ヶ谷・県営久末・道中坂下・すみれが丘公園・美しが丘三丁目・美しが丘西一丁目・保木・すすき野団地・すすき野二丁目・早野・三輪緑山二丁目(以上、川崎運賃との境界)
杉山神社前・長津田駅・公園前・若葉台西・大貫橋・緑警察署前・都岡辻・今宿・二俣川駅北口・万騎が原大池・環2今井・星川ランプ・富士見橋・さかえ橋・東戸塚駅東口・不動坂・戸塚駅東口・港南車庫入口・日野南中学校前・中野町公園前・上郷高校・市民の森入口・上の前・杉田・慶珊寺前・東柴町(以上、区間運賃との境界。これより内側が均一運賃となる)
[編集] 道路
横浜市は「横浜国際港都建設法」により、日本の代表的な国際港都であるべきことが目的として掲げられている(法第1条)。そのため、国際港都にふさわしい都市計画として「横浜国際港都建設計画」を定めることになっており、その道路事業が「横浜国際港都建設計画道路事業」として計画されている。
道路整備分野では「ゆめはま2010プラン」などで横浜の都心まで30分の交通体系整備を実現させる旨が宣言されており、幹線道路として3環状10放射からなる道路建設が進められている。市内の都市計画道路の整備率は、2009年3月31日時点で73.5%である。
- 3環状
- 10放射
- 高速自動車国道
- 東名高速道路:横浜青葉IC - 横浜町田IC
- 高規格幹線道路
- 首都圏中央連絡自動車道
- 地域高規格道路
- 第三京浜道路(都筑IC - 港北IC - 羽沢IC - 保土ヶ谷IC)
- 国道1号横浜新道(保土ヶ谷IC - 常盤台IC - 峰岡IC - 星川IC - 藤塚IC - 新保土ヶ谷IC - 今井IC - 川上IC - 上矢部IC)
- 国道16号横浜新道(新保土ヶ谷IC - 狩場IC)
- 横浜横須賀道路本線(狩場IC - 別所IC - 日野IC - 港南台IC - 朝比奈IC)
- 横浜横須賀道路金沢支線(堀口能見台IC - 並木IC)
- 核都市広域幹線道路
- 保土ヶ谷バイパス(新保土ヶ谷IC - 新桜ヶ丘IC - 南本宿IC - 本村IC - 下川井IC - 上川井IC)
- 首都高速道路
- K1 神奈川1号横羽線(浅田出入口 - 汐入出入口 - 生麦出入口 - 守屋町出入口 - 子安出入口 - 東神奈川出入口 - 横浜駅東口出入口 - みなとみらい出入口 - 横浜公園出入口)
- K2 神奈川2号三ツ沢線(横浜駅西口出入口 - 三ツ沢出入口)
- K3 神奈川3号狩場線(新山下出入口 - 山下町出入口 - 石川町出入口 - 阪東橋出入口 - 花之木出入口 - 永田出入口)
- K5 神奈川5号大黒線
- B 湾岸線(大黒ふ頭出入口 - 本牧ふ頭出入口 - 三渓園出入口 - 磯子出入口 - 杉田出入口 - 幸浦出入口)
- 横浜藤沢線
- 環状2号
- 横浜北部放射連絡道路
- 一般国道
- 国道1号(第二京浜、東海道)
- 国道15号(第一京浜、東海道)
- 国道16号(東京外環)
- 国道246号(厚木街道)
- 国道357号(東京湾岸道路)
- 主要地方道
- 神奈川県道2号東京丸子横浜線
- 神奈川県道6号東京大師横浜線
- 神奈川県道12号横浜上麻生線
- 神奈川県道13号横浜生田線
- 神奈川県道14号鶴見溝ノ口線
- 神奈川県道21号横浜鎌倉線
- 神奈川県道22号横浜伊勢原線
- 神奈川県道23号原宿六ツ浦線
- 神奈川県道30号戸塚茅ヶ崎線
- 神奈川県道40号横浜厚木線
- 神奈川県道45号丸子中山茅ヶ崎線
- 横浜市道環状2号
- 横浜市道環状4号(一部)
- 主要市道
- 環状1号、環状2号、環状3号、環状4号、横浜市道新横浜元石川線
[編集] 文化施設
ホール・集会場
図書館
博物館
- 中区を中心に多数存在。
美術館
公民館
- 横浜市では「地区センター」、「コミュニティハウス」が相当する。各区に数箇所存在。
スポーツ施設
- 横浜文化体育館
- スポーツセンター - すべての区に存在する。
[編集] 教育
市域に設置されている幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、専修学校、および各種学校の数は、下表の通り(いずれも平成19年度学校基本調査[60])。各種学校等の外国人学校は9校設置されている[61]。校名等は、各区の記事を参照のこと。
| 学校種 | 総数 | 国立 | 県立 | 市立 | 私立 |
|---|---|---|---|---|---|
| 幼稚園 | 295 | - | - | - | 295 |
| 小学校 | 358 | 1 | - | 347 | 10 |
| 中学校 | 177 | 1 | - | 145 | 31 |
| 高等学校 | 96 | - | 49 | 9 | 38 |
| 中等教育学校 | 2 | - | - | - | 2 |
| 特別支援学校 | 22 | 1 | 7 | 12 | 2 |
| 専修学校 | 63 | - | 2 | - | 61 |
| 各種学校 | 11 | - | - | - | 11 |
[編集] 大学・短期大学
大学は17校、短期大学は6校設置されている。高等専門学校は設置されていない[62]。校名一覧は下表の通り(太字は本部所在校)。
| 大学 | 国公立 | 横浜国立大学 - 横浜市立大学 - 東京工業大学 - 東京芸術大学 |
|---|---|---|
| 私立 | フェリス女学院大学 - 神奈川大学 - 関東学院大学 - 桐蔭横浜大学 - 鶴見大学 - 横浜薬科大学 - 横浜商科大学 - 慶應義塾大学 - 東京都市大学 - 明治学院大学 - 東洋英和女学院大学 - 日本体育大学 - 國學院大學 - 洗足学園音楽大学 | |
| 短期大学 | 公立 | 神奈川県立外語短期大学 |
| 私立 | 横浜美術短期大学 - 横浜女子短期大学 - カリタス女子短期大学 - 横浜創英短期大学 - 鶴見大学短期大学部 |
[編集] 職業訓練
公共職業能力開発施設として、職業能力開発短期大学校が2校設置されている。
- 職業能力開発短期大学校
-
- 県立
- 神奈川県立産業技術短期大学校
[編集] 自治体間交流・国際交流
[編集] 自治体間交流
横浜市は山梨県南都留郡の道志村と友好・交流に関する協定を結んでいる[63]
- 友好・交流に関する協定
- 横浜市と道志村の友好・交流に関する協定書(2004年(平成16年)6月22日調印) - 「市民と村民が相互に活発な交流を進め、持続的な友好交流が行われるよう努める」ことなど、3項目に合意。
- 「横浜市民ふるさと村」に関する覚書(2004年(平成16年)6月22日調印) - 道志村を「横浜市民ふるさと村」とすることなど、3項目に合意。
[編集] 国際交流
[編集] 姉妹都市など
横浜市は7都市と姉妹都市提携、1都市と友好都市提携し、1都市とビジネスパートナー都市提携している[64][65]。また、横浜港は3港と姉妹港提携、2港と友好港提携し、1港と貿易協力港提携している[66]。
- 姉妹都市
サンディエゴ市(アメリカ合衆国)- 1957年(昭和32年)10月29日提携
リヨン市(フランス共和国)- 1959年(昭和34年)提携
ムンバイ市(インド)- 1965年(昭和40年)6月26日提携
オデッサ市(ウクライナ)- 1965年(昭和40年)7月1日提携
バンクーバー市(カナダ)- 1965年(昭和40年)7月1日提携
マニラ市(フィリピン共和国)- 1965年(昭和40年)7月1日提携
コンスタンツァ市(ルーマニア)- 1977年(昭和52年)10月12日提携
- 友好都市
- ビジネスパートナー都市
ホーチミン市(ベトナム社会主義共和国) - 2007年(平成19年)10月23日提携
- 姉妹港
オークランド港(アメリカ合衆国) - 1980年(昭和55年)5月2日姉妹港提携
バンクーバー港(カナダ) - 1981年(昭和56年)5月15日姉妹港提携
ハンブルク港(ドイツ) - 1992年(平成4年)10月27日姉妹港提携
- 友好港
- 貿易協力港
[編集] 総領事館など
在横浜大韓民国総領事館(中区山手町)
台北駐日経済文化代表処横浜分処(中区日本大通り)
在横浜エルサルバドル共和国名誉総領事館(中区本町)
在横浜グアテマラ共和国名誉領事館(青葉区美しが丘)
在横浜ブルガリア共和国名誉領事館(神奈川区入江)
在横浜ベネズエラ・ボリバル共和国名誉領事館(中区山下町)
在横浜ルーマニア名誉領事館(中区本牧三之谷)
1975年(昭和50年)前後までは、米国、英国、フランスなども横浜に総領事館を置いていた。
[編集] 海外事務所
横浜市は、ドイツのフランクフルトと中華人民共和国の上海(財団法人横浜産業振興公社が運営)、アメリカ合衆国のロサンゼルスに海外事務所を置いている。かつては、マレーシアのクアラルンプール(2003年(平成15年)6月末に閉鎖)、アメリカのニューヨーク(2007年(平成19年)3月末に閉鎖)にも海外事務所を置いていた。
財団法人横浜産業振興公社上海事務所 - 1987年(昭和62年)10月開設
横浜市フランクフルト事務所 - 1997年(平成9年)6月開設
横浜市ロサンゼルス事務所 - 2007年(平成19年)10月開設
[編集] 横浜市に関する作品
- 横浜市歌
- 作詞・森林太郎(森鴎外)、作曲・南能衛
- 1909年(明治42年)に、開港50周年を記念して作られた。なお、各区の歌は区の記事を参照。
- 横浜音頭
- 山野芋作(長谷川伸)による同名の小説がある。後に舞台化され1913年(大正3年)に横浜座で初演。
- いいね!横浜G30
- 作詞・駒井瞭、作曲・横山剣(クレイジーケンバンド)
- 横浜市環境事業局(現在は資源循環局)「ヨコハマはG30」タイアップ曲。横浜市内では、ごみ収集時に流される。
- 歌謡曲
- 横浜を歌ったご当地ソングは数多くある。1998年(平成10年)1月3日放送の「出没!アド街ック天国」で紹介された「全国名曲の街ベスト50」では、第1位は横浜(ブルー・ライト・ヨコハマ)だった。主要な曲目については神奈川県のご当地ソング一覧#横浜を参照。
| 映画 | 港の日本娘 (1933年) - 霧笛(1952) - 霧笛が俺を呼んでいる (1960年) - 涙を、獅子のたて髪に (1962年) - 天国と地獄 (1963年) - ゴジラシリーズ(三大怪獣 地球最大の決戦 (1964年)、ゴジラvsモスラ (1992年)、ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃 (2001年)、ゴジラ×メカゴジラ (2002年))- 月曜日のユカ(1964) - 赤いハンカチ(1964) - 夜霧よ今夜も有り難う (1967年) - 正義だ!味方だ!全員集合!! (1975年) - 冬の華 (1978年) - ヨコハマBJブルース (1981年) - あぶない刑事シリーズ - 私立探偵 濱マイク 三部作(我が人生最悪の時 (1993年)、遥かな時代の階段を (1994年)、罠 (1996年)) - 居酒屋ゆうれい (1994年) - 横浜ばっくれ隊 夏の湘南純愛篇(1994年) - ジャンクフード(1998年) - ヨコハマメリー (2005年) - 名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌 (2006年) - 大決戦!超ウルトラ8兄弟 (2008年) |
|---|---|
| テレビ ドラマ |
ウルトラマン (1966年) - 俺たちの勲章 (1975年) - 大追跡 (1978年) - 探偵物語第6話、7話、13話、17話、19話など(1979年 - 1980年) - プロハンター (1981年) - 早春スケッチブック (1983年) - 牟田刑事官事件ファイル (1983年 - ) - あぶない刑事シリーズ (1986年 - ) - ベイシティ刑事 (1987年 - 1988年) - 法医学教室の事件ファイル (1992年 - ) - おばはん刑事!流石姫子 (1998年 - 2006年) - Sweet Season (1998年) - あきまへんで! (1998年) - ストロベリー・オンザ・ショートケーキ (2001年) - 私立探偵 濱マイク (2002年) - ホットマン (2003年 - 2004) - 喰いタン (2006年・2007年) - 海猿 (2005年) - 14才の母 (2006年) - たったひとつの恋 (2006年) - どんど晴れ (2007年) - 正義の味方 (2008年) - 打撃天使ルリ (2008年) - シバトラ〜童顔刑事・柴田竹虎〜 (2008年) - イノセント・ラヴ (2008年) - 相棒Season 7 第10話 ノアの方舟〜聖夜の大停電は殺人招待状!(2009年1月1日) - RESCUE~特別高度救助隊 (2009年) |
| アニメ | Kanon(京都アニメーション版) - 超神伝説うろつき童子 - センチメンタルジャーニー - 鋼鉄天使くるみ2式 - 君が主で執事が俺で |
| 漫画 | 夜回り先生(原作水谷修、漫画土田世紀) - 新世紀エヴァンゲリオン - ハチミツとクローバー - MAJOR - 夏のあらし - 絶対少年(横浜編) - ヨコハマ買い出し紀行 - スクールランブル - 疾風伝説 特攻の拓 - あいしてる(守村大)- あいつとララバイ(楠みちはる)- B・B (石渡治) |
| ゲーム | 君が望む永遠 - マブラヴ - マブラヴ サプリメント - マブラヴ オルタネイティヴ - マブラヴ ALTERED FABLE - レーシングラグーン - 電車でGO!(京浜東北線で横浜市の駅が出てくる) - 金色のコルダ - ときめきメモリアル3 |
| 文学 | 霧笛 (大佛次郎) - 午後の曳航 (三島由紀夫) - 砂の上の植物群 (吉行淳之介) - マイク・ハマーヘ伝言 (矢作俊彦) - 横浜殺人事件 (内田康夫) - 花園の迷宮 (山崎洋子) - ゴールドラッシュ (柳美里)- 海を見ていたジョニー (五木寛之)- 傷痕の町(生島次郎) |
| 絵画 | Y市の橋 (松本竣介) |
[編集] マスコット
横浜市には数多くのマスコットキャラクターが存在する。
| イベントの キャラクター |
たねまる(横浜開港150周年) - toMtoM21(トムトム21、市政100周年横浜市泉区地域イベント)-ブルアちゃん(横浜博覧会) |
|---|---|
| 行政機関の キャラクター |
はまりん(交通局) - はまピョン(水道局) - ハマサイ(行政運営調整局・横浜市債マスコット) - とつか再開発くん(都市整備局・戸塚駅西口再開発事業) - へら星人ミーオ(資源循環局「ヨコハマはG30」) - クリーンバード(資源循環局のシンボルマーク) - ふや星人ゴミーオ(資源循環局・中事務所) - にこりん(コールセンター) - イコットちゃん(選挙管理委員会) - イコットJr.(選挙管理委員会) - だいちゃん(環境創造局) - はま菜ちゃん(環境創造局) -エコぽん(環境創造局)- ひだまりちゃん(こども青少年局) - すくすくん(こども青少年局) - ハマくん(安全管理局) - みんなのアース君(地球温暖化対策事業本部地球温暖化対策課) |
| 区での キャラクター |
ワッくん(鶴見区) - かめ太郎(神奈川区) - にしまろちゃん(西区) - スウィンギー(中区) - みなっち(南区) - こうなんくぅ(港南区) - カルガモ・カールズ(保土ケ谷区) - あさひくん(旭区) -てっくるちゃん(旭区・グリーンロード構想)- いそっぴ(磯子区、磯子まつりマスコット) - ミズキー(港北区) - なしかちゃん(青葉区) -えら坊(青葉区選挙管理委員会)- ミドリン(緑区) - ウナシー(戸塚区) -ララ・ミミ・キキ(戸塚区・とつか緑と暮らそうキャンペーン)- せやまる・このは家族(瀬谷区) - いっずん(泉区) - タッチーくん(栄区、いたち川マスコット)- どぼくねこ(港北土木事務所)- あいちゃん(都筑区・地域福祉保健計画マスコット) |
| その他 | いこあら(金沢区明るい選挙推進協議会) - ヨッチー(横浜市立大学) - キャプテンわん(横浜市体育協会)- みどりちゃん(横浜市緑の協会) |
[編集] 出身有名人
詳細は「横浜市出身の人物一覧」を参照
[編集] 脚注
- ^ 横浜市徽章(1909年(明治42年)6月5日告示第44号)に準拠。市章は、横浜港開港50周年を記念して、市民からの公募により定められた。「ハマ」の2文字が図案化されているため、市民には「ハマ菱」「ハマ章」「ハマ旗」と呼ばれて親しまれている。
- ^ 関内地区の中区港町一丁目1番地には横浜市役所が、中区日本大通1番地には神奈川県庁がある。
- ^ 横浜村は、武蔵国久良岐郡に属する。「横浜」の名は、海から見たとき「横に長い浜」であることに由来するとされる。
- ^ 横浜村は、安政6年(1859年)に横浜町となり、1878年(明治11年)には郡区町村編制法の施行により横浜区になっていた。
- ^ 地方自治法(昭和22年法律第67号)252条の19第1項、地方自治法第二百五十二条の十九第一項の指定都市の指定に関する政令(昭和31年政令第254号)。
- ^ 多極分散型国土形成促進法(昭和63年法律第83号)8条1号イ、多極分散型国土形成促進法施行令(昭和63年政令第194号)5条1号、首都圏整備法(昭和31年法律第83号)2条3項、首都圏整備法施行令(昭和32年政令第333号)2条。
- ^ この節は、「横浜市防災計画 震災対策編 YOKOHAMA2005」横浜市防災会議・発行、横浜市安全管理局危機管理室・編集、2006年(平成18年)3月を参照。
- ^ 「横浜市統計ポータルサイト大都市比較統計年表(平成16年)I 土地及び気象 1。位置、面積及び市域の高低」
- ^ 「グラフでみる神奈川(2007年3月発行版)」 神奈川県企画部統計課、2007年、20頁。
- ^ 「過去の気象データ」 気象庁、横浜地方気象台。
- ^ 「2007年さくら(ソメイヨシノ)の開花日及び満開日一覧(東京管内)」 気象庁。
- ^ 横浜市立学校の管理運営に関する規則(昭和59年教育委員会規則第4号)4条1項8号は、小中学校における休業日として「開港記念日 6月2日」と定めている。
- ^ 従来、開港記念日は旧暦に合わせて6月2日としてきたが、このとき新暦に合わせて7月2日とした。しかし、1928年(昭和3年)には6月2日に再変更され、現在に至っている。
- ^ 1909年(明治42年)7月4日付、「横浜貿易新報」。
- ^ 関東大震災による死者は2万人余、全壊家屋は6万戸にのぼる。
- ^ 横浜大空襲による被害は、死者3,787人、重傷者1,554人、軽傷者10,837人、罹災者313,144人、罹災戸数79,350戸に及ぶ。「神奈川県下の空襲被害状況」、『神奈川県警察史(中巻)』より、横浜市行政運営調整局総務部法制課。
- ^ 戦時中を通じての空襲による被害は、罹災面積6,940,000坪、罹災人口399,187人、罹災戸数98,361戸、死者5,830人、負傷者14,215人に及び、市街地の46%が被害を受けた。建設省編『戦災復興誌』第1巻(1959年)より、横浜市行政運営調整局総務部法制課。
- ^ 横浜は、連合国軍によって、港湾施設の90%、市街地の27%が接収された。接収された土地の面積は918万m²、建物は96万m²にのぼる。また、横浜の接収は、沖縄を除く全国の接収土地面積の70%、接収建物の61%を占め、その6割は継続接収であった。
- ^ 横浜市都市経営局基地対策部
- ^ 「横浜開港150周年~市政120周年~基本計画」、横浜市開港150周年・創造都市事業本部。
- ^ 横濱開港150周年、財団法人横浜開港150周年協会。
- ^ 開国博Y150公式サイト、財団法人横浜開港150周年協会。
- ^ 開港記念式典/ヴィジョン!ヨコハマ、横浜市開港150周年・創造都市事業本部。
- ^ 横浜港 象の鼻地区、横浜市港湾局企画調整課。
- ^ 「開港150周年の森」づくり、横浜市環境創造局みどりアップ推進部みどりアップ推進課。
- ^ マリンタワー再生事業、横浜市経済観光局観光交流推進課。
- ^ 横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校、横浜市。
- ^ 「市政記録」(2007年版)、横浜市市民活力推進局総務部市民情報室。
- ^ 全国都道府県市区町村別面積調、国土地理院。2008年(平成20年)4月1日速報値。
- ^ 「横浜市人口ニュース」 横浜市行政運営調整局総務部総務課統計係
- ^ 以下、「人口動態と年齢別人口」 横浜市行政運営調整局総務部総務課統計係参照。
- ^ 人口のあゆみ(明治22年〜平成11年)、第18表 年齢(3区分)別人口、年齢構造指数及び平均年齢の推移-市(大正9年〜平成21年)、横浜市行政運営調整局総務部総務課統計係。
- ^ 「人口のあゆみ」横浜市行政運営調整局総務部総務課統計係
- ^ 「横浜市人口ニュース」 横浜市行政運営調整局総務部総務課統計係
- ^ 平成17年国勢調査「第1次基本集計結果」 総務省統計局、2006年。
- ^ 国勢調査でみる横浜市の昼夜間人口、横浜市。
- ^ 以下、いずれも2008年(平成20年)9月1日現在推計。
- ^ 「都市計画道路の整備状況」 横浜市道路局計画調整部企画課。
- ^ 「平成17年国勢調査 従業地・通学地集計結果」 横浜市、総務省統計局
- ^ 「市政記録2006年版」第1部 市勢編、横浜のあゆみ 横浜市市民活力推進局市民情報室(初代から29代就任日まで)
- ^ 2009年(平成21年)7月28日に辞表提出。
- ^ この節は、横浜市行政運営調整局財政課のサイトを参照。
- ^ 会計間で相互にやりとりする重複部分を除いた純計。
- ^ 「横浜市会」横浜市市会事務局
- ^ 2009年3月26日の平成21年第1回定例会で定数を86に減らす条例案が可決されている。
- ^ 民主党の一部とヨコハマから日本を変える会で構成する統一会派。
- ^ 無所属や単独では交渉会派に至らない政党で構成する統一会派。「議会改革をめざし会派を形成~横浜」神奈川ネットワーク運動・活動報告、2007年5月12日更新を参照。
- ^ 「神奈川県内の行政機関ガイド」 総務省神奈川行政評価事務所。
- ^ 第45回衆議院議員総選挙 投・開票速報、神奈川県選挙管理委員会。
- ^ 「神奈川県議会ホームページ」神奈川県議会
- ^ 詳しい表記などは、「横浜市の町名一覧(平成18年11月1日現在)」(横浜市市民活力推進局区政支援部窓口サービス課、2007年1月5日更新)を参照。
- ^ 平成20年(2008年)横浜市観光入込客数過去最高の4,253万人、経済観光局観光交流推進課、2009年4月20日発表。
- ^ 県の観光客数が4年連続で過去最高に、神奈川県、2009年(平成21年)6月9日発表。
- ^ 交通の便が良いため、コンサート、ライブ等は多数開催されている。#横浜市出身の有名人で見られるように、輩出している芸能人は多いものの地元への定着性は低い。これは、地元密着のマスコミが少ないためであり、東京を除く関東広域圏共通の傾向でもある(詳しくはローカルタレントの項を参照)。
- ^ この節は、「平成16年度 横浜市の市民経済計算(横浜市の市民所得)」(横浜市都市経営局政策部政策課、2007年(平成19年)3月26日公表)を参照。
- ^ 平成17年国勢調査 第2次基本集計結果「横浜市の概要」 横浜市行政運営調整局総務部総務課統計係
- ^ 「横浜港ホームページ」 横浜市港湾局
- ^ 港湾法(昭和25年法律第218号)2条の2、平成16年7月23日国土交通大臣公示
- ^ 2006年(1月~12月)の日本船籍客船の寄港回数は、131回で4年連続国内1位。「クルーズ客船に人気があるのはどの港?」(2007年1月26日)] クルーズオンライン
- ^ 「平成19年度学校基本調査」(神奈川県企画部統計課)、横浜市行政運営調整局総務部総務課統計係。
- ^ 「平成19年度版 教育年鑑」 横浜市教育委員会
- ^ 「平成20年度学校基本調査(速報値)」
- ^ 「道志村との友好交流促進について」横浜市都市経営局調査・広域行政課、2007年1月4日更新
- ^ 「国際交流」横浜市都市経営局国際政策室
- ^ ベトナム・ホーチミン市と「ビジネスパートナー都市」提携、横浜市経済観光局誘致・国際経済課。
- ^ 「姉妹港・友好港・貿易協力港」横浜市港湾局振興事業課。
[編集] 参考文献
- 横浜市 『横浜の歴史』 横浜市教育委員会事務局小中学校教育課、2007年。
- 「図説・横浜の歴史」編集委員会 『図説〈横浜の歴史〉市政一〇〇周年 開港一三〇周年』 横浜市市民局市民情報室広報センター、1989年。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
公式
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