熊倉一雄

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熊倉 一雄
くまくら かずお
本名 熊倉 一雄
(くまくら かずお)
生年月日 1927年1月30日(82歳)
出生地 日本東京府東京市麻布区
(現・東京都港区
職業 俳優、声優、演出家
活動期間 1951年 -
主な作品
トラヒゲ(『ひょっこりひょうたん島』)
エルキュール・ポワロ(『名探偵ポワロ』)
備考
ゲゲゲの鬼太郎』主題歌

熊倉 一雄(くまくら かずお、本名:同じ、1927年1月30日 - )は、日本の男性俳優声優演出家テアトル・エコー所属で、現在は代表取締役も務めている。

目次

[編集] 来歴・人物

東京府東京市麻布区(現・東京都港区)出身。旧制東京府立第8中学校(現・東京都立小山台高等学校)卒業。旧制都立高等学校理科(現・東京都立大学理学部)在学中、記念祭で催した芝居をきっかけに演劇に興味を持ち始め、同校卒業後の、1949年に劇団感覚座を設立。しかし多額の負債を抱え込み1年で解散。

1950年東京演技アカデミー楽劇科に入学し、ミュージカルを中心に学ぶが、学校が1年後に倒産。その後劇団東芸等で俳優活動をしていたが、俳優は向かないと思うようになり、俳優活動を休止する。

1953年開局間もない日本テレビに入社。スタジオ班に配属され、主にテレビドラマの大道具を担当。当時は放映されるドラマの数が少なく、セットが完成すると次のドラマの準備まで時間が空くため、その合間に通行人等の端役でドラマにも出演していた。このドラマ出演をきっかけに再び俳優業に興味を持つようになり、劇団東芸に戻り、俳優活動を再開する。

1956年9月、テアトル・エコーへ入団。翌1957年に日本テレビで放映された『ヒッチコック劇場』で、元社員であった縁でキャスティングプロデューサーとして声優のキャスティングを担当(アルフレッド・ヒッチコックは放映開始当時、スーパーインポーズで吹き替えはなし)。担当ディレクターに、ヒッチコックの吹き替えに適当な役者がいないと相談したところ、熊倉本人に吹き替えを担当するように指示。これが熊倉の声優としての最初の成功作となる。以後数々の作品に声優として出演する。

声優としての当たり役にはヒッチコックのほか、TVドラマ版『名探偵ポワロ』の名探偵エルキュール・ポアロデヴィッド・スーシェ)の吹き替え等がある。1960年代後半に幼少期を過ごした者にとっては、NHK総合テレビで放送されていたひょっこりひょうたん島トラヒゲ1970年前後から1980年代前半生まれの世代にとっては、NHK教育テレビで放送されていた『ばくさんのかばん』のばくさんとして記憶されている。アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌を歌っていたことも有名。またディズニーの長編アニメの吹き替えも複数担当している。

テアトル・エコーでは演出家を兼ねて指導的立場となり、1969年には『ひょっこりひょうたん島』『ブンとフン』などテレビ・ラジオでの協業が多かった放送作家・井上ひさしにデビュー戯曲(実際はこれ以前に雑誌掲載のみの習作もある)『日本人のへそ』の執筆を依嘱。ブレヒト風の歌入り芝居に風刺と推理劇を盛りこみ、二重三重の劇中劇が入り組む前代未聞の作となり、主演と演出を兼ねての公演はセンセーショナルな成功を収める。以後、作・井上ひさし、演出・熊倉一雄のコンビは数年にわたって話題作を連打し日本の演劇界の話題を集め続けた。1977年には『日本人のへそ』映画版にも出演したが、ハナ肇と共に原作にない劇中劇の照明係兼(そのため出番が少ない)という扱いでのゲスト出演であり、熊倉が演じた役はなべおさみに譲られた。井上が大劇場へ転じてからはニール・サイモンなど翻訳喜劇を多く取り上げている。

1990年代初頭に『あどりぶランド』(毎日放送)の「よってたかってインタビュー」に出演した際には、「近年海外ドラマの放送が減ったせいで、我々の吹き替えの仕事も減って困っているんですよ」と嘆いていた。

[編集] 出演作品

[編集] テレビアニメ

[編集] 人形劇

[編集] 劇場版アニメ

[編集] ゲーム

[編集] 吹き替え(洋画)

アルフレッド・ヒッチコックが有名

[編集] 吹き替え(アニメ)

[編集] 実写

[編集] ラジオ

[編集]

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月12日 (木) 00:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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