片山晋呉
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| 片山 晋呉 Shingo Katayama |
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|---|---|
| 基本情報 | |
| 生年月日 | 1973年1月31日(36歳) |
| 出身地 | 茨城県筑西市(旧下館市) |
| 血液型 | B型 |
| 利き手 | 右 |
| 成績 | |
| 優勝回数 | 日本男子:26回 |
| 初優勝 | サンコー・グランドサマートーナメント(1998) |
| 賞金ランク最高位 | 日本男子:1位 (2000・2004・2005・2006・2008) |
| 2009年2月18日現在 | |
片山晋呉(かたやま しんご、1973年1月31日 - )は、茨城県筑西市(旧下館市)出身のプロゴルファーである。日本プロゴルフツアー永久シード保持者。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] アマチュア
子供のころ、ゴルフ場経営者の父の影響でゴルフを始め、5歳でラウンドデビュー。それ以後もゴルフの英才教育を受け、茨城県内屈指のゴルフの名門校である水城高等学校から日本大学に進学。日本アマチュア選手権優勝、日本オープン選手権・ベストアマチュア賞などを獲得する。
[編集] プロ
1995年にプロゴルファーテスト合格。チャレンジツアー(2軍組織、当時の名称は「グローイングツアー」)では上位に君臨するも、レギュラーツアーでは予選落ちを繰り返すが、江連忠プロ(ティーチングプロ)の指導の下で頭角を現す。1998年に後援競技の「サンコー・グランドサマートーナメント」でレギュラーツアー初優勝を果たした。
2000年、ダンロップフェニックストーナメントやメジャータイトルの「ゴルフ日本シリーズ・JTカップ」などで優勝を飾り、初の賞金王(賞金ランキング1位)に輝く。2003年に日本プロゴルフ選手権大会で初優勝を達成。2004年に2度目の日本ツアー賞金王になった。2005年は日本オープン選手権とABCチャンピオンシップで優勝し、2年連続3度目の賞金王が確定した。トレードマークはカウボーイハット。ツアー競技で優勝するたびに様々なパフォーマンスを繰り広げることでも知られる。
2001年、全米プロゴルフ選手権で4位入賞。この時アメリカのゴルフファンにも「カウボーイ・シンゴ」という愛称で呼ばれた。
2007年、背中や右膝などを痛めていたため、全英オープンを欠場。
2008年、昨年に引き続き背筋痛を理由として7月17日から開催の全英オープンを欠場。欠場表明後、国内ツアーで永久シード獲得となる通算25勝にあと1と迫っており、2連覇がかかる7月3日から開催の日本ゴルフツアー選手権に出場した。世界最古のメジャー大会を袖にした形となった片山の行動に対して、全英オープンを主催するR&Aは 日本ゴルフツアー機構会長小泉直に対して、次年以降の日本ツアー出場枠の削減を示唆したという。小泉は8月25日の理事会の定例会見において「非常に恥ずかしい思いをした」と自身の心境を振り返った。小泉によれば特別顧問青木功も「われわれがつくった地盤を壊す選手がいて困る」と憤慨していたという。[1][2]
2008年8月5日、全英オープンに続いて、出場登録していた全米プロゴルフ選手権を背筋痛のため欠場することを発表した[3]。
2008年の日本オープンゴルフ選手権競技において-1で優勝。通算25勝となり、永久シード権を獲得した。最近は体力低下により出場する試合を厳選している。
2009年のマスターズ・トーナメントでは10アンダーで回り、首位と2打差の4位に入る大健闘を見せた。マスターズでの日本選手としては伊沢利光(2001年)と同じ順位であり、首位との差では中嶋常幸(1991年)の4打差を抜いて最も接近する日本人最高成績となった。
[編集] 主な戦歴・記録
- 日本ツアー 26勝(永久シード)
- 2000年、2004年、2005年、2006年、2008年:賞金王
- 日本オープン 2勝 2005年、2008年
- 日本プロゴルフ選手権 2勝 2003年、2008年
- 日本ゴルフツアー選手権 1勝 2007年
- ゴルフ日本シリーズ 2勝 2000年、2002年
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ スポニチ Sponichi Annex 片山 背中の痛みで全英オープン欠場
- ^ スポニチ 片山欠場余波…全英OP日本枠が削られる?
- ^ スポニチ Sponichi Annex 片山が背中の痛みで全米プロ欠場
[編集] 外部リンク
- JGTOによるプロフィール
- PGAによるプロフィール
- Club45(公式サイト)
- DOLCESTAR(所属事務所サイト)
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最終更新 2009年7月17日 (金) 22:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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