矢沢永吉

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矢沢永吉
基本情報
出生名 矢沢永吉
別名 E.YAZAWA
出生 1949年9月14日(60歳)
血液型 B型
出身地 日本 広島県広島市
ジャンル ロック
職業 歌手ミュージシャン
担当楽器 ベースギターボーカル
活動期間 1972年 - 現在
レーベル GARURU RECORDS
共同作業者 キャロル
公式サイト YAZAWA'S DOOR
  

矢沢 永吉(やざわ えいきち、1949年9月14日 – )は、広島県広島市出身のロックミュージシャン血液型B型

目次

[編集] 人物概要

愛称は「永ちゃん」「ボス」。ロゴマークは"E.YAZAWA"。"E.YAZAWA"にはⓇがついて、登録商標されている。

ほぼ全曲にわたる作曲、及び数曲における作詞を手掛ける。他のアーティストに楽曲を提供する際には「五大洋光」名義を使用することもある(クールス「紫のハイウェイ」等)。

俳優として映画ドラマの主役を務めたこともあり、CM出演も多数にのぼるが、デビュー以後、特にテレビ媒体に露出することを極端に嫌い[要出典]、『ザ・ベストテン』などの歌番組にノミネートされても、ほとんど出演しなかった時期が長かった。プロデューサーとして自身の多くのアルバムを手がけ、コンサートの興行や演出なども自身の会社が行い、自らがそれら全てを取り仕切る。

2009年現在、楽曲数300曲・ライブ総数1500本・総動員数550万人を超える。オリコンアルバムランキングベスト10入り最多記録(47作)と日本武道館最多公演記録(102回)を更新中である。

[編集] 家族

妻は米国人とのクォーターで、1女2男の父親でもある。また、長女のyoko(ヨーコ、本名・矢沢洋子)は歌手であり、男性ミュージシャン2人と共に3人組のユニット「the generous」(ザ・ジェネラス)を結成。エイベックスより2008年10月29日にアルバムを出しデビュー。

yokoとは、サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」のCMで初共演した。2人はリビングで食卓をはさんで対面し、夕食を食べながらグラスに注いだビールを味わう姿が収録されている。

[編集] 経歴

[編集] キャロル解散まで

実母が家を出て、実父は原爆後遺症で早逝したため、幼少期は親戚中をたらい回しにされる。その後は祖母に育てられ、極貧の少年時代を過ごした。中学時代、ラジオから流れるビートルズを聴いてロックミュージックに目覚め、更に広島公演で訪れていたザ・タイガースのコンサートに行ったことですっかり感化されスターになることを夢見るようになる。1968年、高校卒業と同時に、トランクとギターとアルバイトで貯めた5万円を持って、広島から最終の夜行列車で上京した。

しかし横浜駅で途中下車。チャイナタウンなどで働きながらバンド活動を始める。蒲田川崎、横浜、横須賀などのライブハウスキャバレー兵隊の集まるゴーゴークラブで歌う。

自作の曲「アイ・ラブ・ユー、OK」のテープを「ビートルズのレコードを出しているから」と言う理由から東芝EMI(現・EMIミュージック・ジャパン)に持ち込んだが「売れない」と社員に酷評される。

「ザ・ベース」「イーセット」等バンドを経て、「ヤマト」を結成。「ヤマト」には、後に「矢沢ファミリー」と呼ばれるNOBODYの木原敏雄(ギター)、大森正治(ドラム)がメンバーに名を連ねていた(なお、もう一人のNOBODYである相沢行夫もこのころに知り合う)。矢沢本人はこの「ヤマト」で芸能界デビューを望んでいたものの、様々な事情により解散。

その後、矢沢が張り紙チラシで募集をかけ、1972年ジョニー大倉・内海利勝・ユウ岡崎(この頃は別のドラム担当でユウ岡崎はデビュー後に参加)らとロックバンドCAROLを結成。ボーカルおよびベースギターを担当。

CAROLはデビュー時、内田裕也ミッキー・カーチスの二者から誘いを受けたが、内田に詫び、ミッキーを選ぶ。しかしこの際、金銭的に著しく不利な契約を長期で結んでしまったため、後にはミッキーとも袂を分かつことになる。ミッキー・のプロデュースにより日本フォノグラム (現・ユニバーサルミュージック) からシングル「ルイジアンナ」でデビュー(フジテレビリブ・ヤング!』)。ミッキー・カーチスのアイディアで革ジャンにリーゼントといったかってのロカビリースタイルで登場。、当時はフォークソング歌謡曲中心でロックバンドが商業的に受け入られなかった音楽シーンに突如として現れ人気を博すこととなる。

1974年3月には、パリで行われた山本寛斎のショーにCAROLが出演し、「ルイジアンナ」「ヘイ・タクシー」「憎いあの娘」を演奏している。

解散に至るまでの様々な葛藤は後述の自著に詳細が書かれている。

活動は2年間余りで終わりを迎えることになり、所属会社の要請で1975年4月13日日比谷野外音楽堂において解散ライブを行うこととなる。ライブには親衛隊としてクールスのメンバーが参加している。演出の為使用した爆竹が舞台セットに燃え移り、ステージが炎上するというアクシデントの中、解散(この事件により、メンバーは楽器を失うだけではなく、かなりの借金を抱えることとなる)。

解散が決定的になった頃、矢沢はソロ活動を行う際にフォノグラムとの間に起こり得る問題を未然に防ぐため、単身CBSソニーに行き、幹部と面会し、自らのソロ活動を担保とした金銭面・ビジネス面の話をまとめている。矢沢との面会後、CBSソニーから借金をして多大な金額をキャッシュでフォノグラムに払い、すぐに同社のプロジェクトチームが動き始めた。この時、同社が金銭的な部分を含めて助力を惜しまなかったことが、後の矢沢との信頼関係や、あるいは矢沢のキャリア形成に繋がった。

CAROL解散後は事前準備が実を結び、満を持してソロでの活動を始める。同時に矢沢はCAROL関係の人間から離れ、一切のスタッフを総入れ替えした。

[編集] 1970年代、ソロデビュー

CBSソニーに移籍後、同年ロサンゼルスレコーディングによる「I LOVE YOU, OK」でソロデビュー。以降、日の出の勢いで快進撃を続け、2年後の1977年には会場貸出拒否、ファンの暴走、世論等数々の難題を克服して日本のロック・ソロアーティストとしては初の武道館単独公演、翌1978年にはCMソング「時間よ止まれ」が大ヒットする(バックバンドの一員として 大スターになる前の坂本龍一がピアノを担当している)。

元来、矢沢を愛するファンは、いわゆる不良、無頼者の印象の強い人間が多く、矢沢自身に責任はないものの、ライブ会場などもそうしたファンによる乱闘騒ぎも懸念されやすいため 会場周辺を機動隊が取り囲む厳戒態勢の下、空前の後楽園球場単独公演を敢行、自伝「成りあがり」(ライターを糸井重里が担当し、糸井の出世作にもなった)の出版、長年日本の歌手部門1位の座にあった美空ひばりを抜き、初の長者番付歌手部門第1位を獲得、ドキュメンタリー映画『RUN&RUN』公開、と日本のロック界においてそのゆるぎない地位を確立する。1970年代後半長者番付歌手部門第1位の常連となり、スーパースターとして日本ロック界の頂点を極めた矢沢は、「世界のYAZAWA」と自称して、次なる目標を世界制覇に定める。

[編集] 1980年代

1980年代に入ると、矢沢は黄金期を迎え、売り上げ・動員数、共にロックスターとしての地位を磐石にする。1980年にワーナーパイオニアに移籍。海外市場に活路を求め、アメリカ西海岸に活動の拠点を移し、現地のプロデューサーやドゥービー・ブラザーズなどのミュージシャンを起用したアルバムを何作か世界・全米で発売する。また、このころより、積極的に交友を広げ、自身が有能と判断した人物に関しては、しがらみなどを気にせず、躊躇(ちゅうちょ)なく関わりを持つようになる。

古くからの友人であった大野真澄はフォークミュージックを歌う人間であったし、ソロになった当初より大野と共に相談相手となっていた吉田拓郎も同じである。以降もフォークミュージック界の人間であった西岡恭蔵を作詞に起用したり、また歌謡曲の分野で活躍していた大津あきら山川啓介を作詞に起用したりしている。近年でもブリティシュなモッドスタイルのバンド、ザ・コレクターズ加藤ひさしに作詞を依頼したり、ヘヴィメタルバンド、BOW WOWのギタリスト、山本恭司をツアーのギタリストに起用したりと、その姿勢は変わることがない。

  • 1980年
    米国ワーナーブラザーズに移籍。
  • 1981年
    単身渡米し、エレクトラアサイラム・レコードと契約。
    9月25日、全曲英語詞アルバム『YAZAWA』全世界発売。全米での売上げ枚数は約2,000枚だった。以後主なる活動拠点をロサンゼルスに定める。
  • 1982年
    2月10日 アルバム『YAZAWA It's Just Rock'n Roll 」全米発売。シングル『ROCKIN' MY HEART』がジョージ・ハリスンバリー・マニロウと共にビルボードに推薦曲として掲載される。
    ドゥービー・ブラザーズのメンバーと共にE.YAZAWA として“来日”し、凱旋武道館ライブを果たす。
  • 1987年
    アルバム『FLASH IN JAPAN』全米発売。全米での売上げ枚数5万枚。MTVスタッフによるPV製作。後に自伝で「FLASH IN JAPAN」の印税が800万円だったと回顧。
    日・米・伊合作映画グッバイ・ヒーローの音楽を担当。サントラが発売される。
  • 1988年
    アルバム『共犯者』ロンドンレコーディング。
    東芝EMIに移籍。日本国内を重視した活動になる。

上記のワーナーブラザーズへの移籍であるが、その実態は日本のワーナーパイオニア(当時)との契約であり、エレクトラ、アサイラム・レコードは単なる配給だけを行うだけの契約であった。この事からアメリカでのプロモーションは不十分な物であり、惨憺(さんたん)たる結果となる。また『FLASH IN JAPAN』はワーナーブラザーズが全面バックアップを行ったものの、同様の結果に終わってしまった。この一件により、矢沢はワーナーへの不信感をつのらせ、同時期、石坂敬一の誘いもあって東芝EMIに移籍することとなる。

[編集] 1990年代

[編集] 2000年代

  • 2000年
  • 2001年
  • 2002年
    • 初のアコースティックコンサートツアー「VOICE」、デビュー30周年記念イベント「THE DAY」、ロックコンサートツアー「ONE MAN」を敢行。
  • 2003年
    • ディズニーアニメ『ピノキオ』の主題歌『星に願いを』を担当し、東京ディズニーシーにてゲリラライブを行う。ディズニー社より表彰を受ける。
    • 7月27日、大阪の万博記念公演で開催されたFM802主催の野外ロックフェスMEET THE WORLD BEAT 2003にシークレットゲストとして出演。披露したのは「ラブ・ファイター」1曲だけではあったが、突然の登場で数万人の観客を驚かせた。
  • 2004年
  • 2005年
    • ソロデビュー30周年を迎え、原点回帰すべく毎年恒例の武道館公演を封印し「LIVE HOUSE TOUR 2005 ROOTS」を敢行。
  • 2006年
  • 2007年
    • 8月18日、北海道で行われた「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2007 in EZO」に出演。
    • 10月12日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2007 THE REALをスタート。12月16日には、前人未到の日本武道館100回公演を達成した。当日の公演は最初の武道館公演と同じ服装で登場した。
    • 郵便局会社民営化企画協力第一弾として、日本武道館公演100回記念「You Say YAZAWA矢沢永吉 フレーム切手」販売。
  • 2008年
    • デビュー以来、欠かさずライブツアーを行ってきた矢沢が、37年目で初、ステージに立たないことを決意。“少しじっくり距離を置いて考える”というコメントを発表した。EMIミュージック・ジャパンの契約を終了し、自らのインディーズレーベル「GARURU RECORDS」を立ち上げる。
  • 2009年
    • 7月20日ap bank fesにサプライズ出演。きっかけは、スポーツクラブのプールで、偶然出会った音楽プロデューサーの小林武史氏から、いきなりオファーを受けたこと
    • 7月26日、HIGHER GROUND 2009出演予定だったが、大雨の影響により中止。
    • 8月2日ROCK IN JAPAN FESTIVAL出演。
    • 8月19日、新宿のタワーレコード新宿フラッグスビル店屋上で、ソロデビューにして初めてのインストアライブ
    • 9月19日、東京ドームにて60歳バースデーライブ「ROCK’N’ROLL IN TOKYO DOME」開催。サプライズゲストとして、氷室京介、甲本ヒロト、ギタリストの真島昌利、長女でThe generousの、yokoが出演した。
    • 9月26日、Think the water,Feel the music. LIVE for LOVE we support WaterAid出演。
    • 10月30日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2009 「ROCK'N'ROLL」をスタート。

後楽園球場をはじめ、ナゴヤ球場横浜スタジアム、東京ドーム、札幌真駒内オープンスタジアム、福岡海の中道海浜公園阪急西宮スタジアム福岡ドーム、横浜国際総合競技場、東京スタジアムウェンブリー・スタジアム(ロンドン)、大阪ドーム等の大規模会場公演もある。

[編集] 様々な事件・騒動

  • 山中湖の自宅取り壊し。
    山中湖に建てた自宅が無断でアサヒ芸能[1]に取り上げられ、地図にも掲載された。そのため、熱狂的なファンが連日連夜訪れ、周辺は大騒ぎとなる。妻はノイローゼで入院一歩前、子供たちは登校拒否になり、しかたなく他の地区へ引越しした。その後、空き家となった住居に一部のファンが侵入し、スプレーで落書きや板をはがしてのたき火、無造作に残された女性下着など、悪質な行為がエスカレートしたため、自宅を取り壊すこととなる。
  • ポルシェ盗難事件。
  • マネージャーによるコンサート売り上げ詐欺事件。
  • そっくりさんによる3億円CM裁判。
    最終的に「肖像権を大切にしましょう」という共同提言を新聞に掲載した。
  • オーストラリアにおける事務所元側近による巨額横領事件。
    土地取引を巡り、34億円という巨額の経済事件となった。これはオーストラリア犯罪史上2番目の被害額である。
  • サントリー「BOSS」CM自粛。
    サントリー「BOSS」CM中の台詞「夏だからってどこか行こうってのやめましょうよ…どこ行ったって夏なんですから…」に、長野県の旅館経営者が抗議。このCMは自粛となったが、次回のCMでは台詞が「冗談じゃねえよ」となった。
  • 桑田佳祐による「すべての歌に懺悔しな!!」騒動。
    1994年に桑田が発表した楽曲「すべての歌に懺悔しな!!」の歌詞を巡り、マスコミによって長渕剛と共に桑田に揶揄(やゆ)された当事者とされた。この際、激怒した長渕とは対照的に「お互いクリエイター。全然、気にしていないよ。それより桑田君の方は大丈夫か?」と逆に桑田を気遣っている。
  • キャロルの著作権を巡って、ジョニー大倉との争いが起きる。
  • 提訴を起こす
    2008年、そっくりさんの物まねタレントが「矢沢永吉が唯一認めた」というコピーを公式ホームページに記載。矢沢側は提訴を起こすが、タレント側は逆提訴を起こした。この問題は和解という形で解決した。

上述のような様々な逆境に見舞われるものの、CMやTVドラマに数多く出演。また主演映画公開など新分野に挑戦。2005年までに全ての借金を返済し、東京赤坂に5階建てのスタジオを建設するまでに至る。なお本人はその件に関し「また新たなローンが出来てしまった」と笑い交りに話している。金融機関から「あなたは返済の優等生ですよ」と評価される。

[編集] 特色

[編集] 音楽の特徴と変化

矢沢は団塊の世代の生まれであり、彼らが若者の時代に多くが耳にしたビートルズやローリング・ストーンズなどの楽曲の"洗礼"を受けていた。矢沢が最初にプロデビューを飾ったキャロルは、ロックンロールをベースにしたものであり、特にビートルズの影響を強く感じさせるものであった。キャロルは人気の高いロックンロールバンドであったが、矢沢永吉の音楽を表現するには限界があった。

キャロルの解散の後、ソロ活動を始めた矢沢だったが、バラード色を強く押し出した曲調に戸惑いを感じるファンは少なくなかった。当時まだ日本では珍しかった自分自身でプロデュースを行い、アレンジも同時に行うというセルフプロデュース方式をとり、アルバムを発表した。特に矢沢のアレンジャーとしての才能は卓越しており、その成果は初期のアルバムにて発揮された。

近年は大人の切ない世界観を渋く重厚に歌い上げ、自分自身の音楽性をクラシックロックとして、芸域を拡大し、新たな市場を開拓していった。巻き舌でコブシを利かせた歌い方は、一部には「演歌ロック」との評価もあった。作詞を手がけた作品はかなり少ないせいか、矢沢いわく「賛否両論をつけることも大切である」とのこと。

1980年代のインタビューでは、洋楽ロックをお手本に「パクリ」を繰り返している同業者を「軽蔑してるね」と批判している。「ロックに詳しい層から見ればダサいモノであっても、本当に自分の内面から生み出した音楽をやる。そうでなければ、恥ずかしくて人前に出られない」という趣旨の発言をしている。

また、チェコ国立交響楽団をバッグバンドに招聘し、「ロックを混ぜたオペラ」("YAZAWA CLASSIC")を開催した。

[編集] 音楽活動とその特色

矢沢の音楽活動はいわゆるテレビ歌手としてのそれではなく歌番組への出演は極力控え、主にライブパフォーマンスに重点を置いていた。それはキャロルのデビューの時から現在まで変わらない姿勢である。毎年欠かさず全国ツアーを行い、観衆と正面で向かい合い、そのステージ技量を見せ付けている。

ロッド・スチュアートに影響を受けたというマイクスタンドを振り回す独特のアクションは「マイクターン」と呼ばれ、ライブでの見せ所の一つである。白い特製のマイクスタンドを使い、マイクは動かないように白いビニールテープで固定し、シールドコードも白色に統一してある。矢沢はソロデビュー当時からこのスタイルを貫いている。ステージ衣装も白のスーツを着用する事が多く、ライブ中盤から終盤にかけて矢沢タオルを肩にかけて登場する。コンサート終盤には楽曲(「止まらないHa〜Ha」、「トラベリン・バス」等)に合わせてタオル投げが会場全体に起こるのも大きな特色の一つである。また舞台装置にもレーザー光線や可動式ライトなどを使用した。

全国ツアーは大都市圏のアリーナ、スタジアム会場だけでなく、地方都市の市民会館などにも毎年訪れている。コンサートの広告には現在に至るまで「特攻服での入場はお断りします。また、他のお客様を威圧する服装・集団も入場をお断りすることがあります」という文言が入っている。かつて矢沢は暴走族ヤンキーなどの不良層から支持を受けており、それゆえコンサート会場周辺は不良の集会と化し、一種異様な雰囲気をかもし出し、一般のファンが近寄り難かったためである。

外国でアルバムを録音し、外国人のプロデューサーを起用するという、現在では当たり前の手法も、矢沢は早くから行っていた。1980年代前半にはレコーディングに参加したドゥービー・ブラザーズのメンバーらも連れてコンサートを行った。

矢沢に関する記事は、基本的に矢沢の事務所の了承を得てからでないと掲載できないようになっており。この事務所の厳しい目を業界話としては知っていた作家でコラムニストのナンシー関は、数あるコラムの中で唯一、矢沢のライブ(とその観客の様子)を取材したものが掲載前に事務所の検閲を受け、校正されてしまった顛末を著述の中で明かしている。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  1. アイ・ラヴ・ユー、OK (1975年9月21日)
  2. 真夜中のロックンロール (1976年3月21日)
  3. ひき潮 (1976年9月21日)
  4. 黒く塗りつぶせ (1977年6月21日)
  5. 時間よ止まれ (1978年3月21日)
  6. I SAY GOOD-BYE, SO GOOD-BYE (1979年4月1日)
  7. THIS IS A SONG FOR COCA-COLA (1980年3月10日)
  8. 涙のラブレター (1980年5月10日)
  9. 抱かれたい、もう一度 (1981年4月25日)
  10. You (1981年9月25日)
  11. YES MY LOVE (1982年2月20日)
  12. LAHAINA (1982年4月10日)
  13. ROCKIN' MY HEART (1982年10月9日)
  14. ミスティ-misty- (1983年6月29日)
  15. LAST CHRISTMAS EVE (1983年11月16日)
  16. THE BORDER (1984年3月10日)
  17. 逃亡者 (1984年7月10日)
  18. TAKE IT TIME (1985年6月25日)
  19. BELIEVE IN ME (1986年5月25日)
  20. FLASH IN JAPAN (1987年5月13日)
  21. 共犯者 (1988年7月6日)
  22. ニューグランドホテル (1988年9月21日)
  23. くちづけが止まらない (1988年11月30日)
  24. SOMEBODY'S NIGHT (1989年4月26日)
  25. 愛しい風 (1989年7月19日)
  26. バラードよ永遠に (1989年10月11日)
  27. PURE GOLD (1990年5月23日)
  28. 夢の彼方 (1991年4月19日)
  29. ラスト・シーン (1991年5月31日)
  30. BIG BEAT (1991年12月11日)
  31. Anytime Woman (1992年6月3日)
  32. Anytime Woman-English Version- (1992年6月17日)
  33. 東京 (1993年2月10日)
  34. 黄昏に捨てて (1993年10月27日)
  35. アリよさらば (1994年4月27日)
  36. いつの日か (1994年5月25日)
  37. 夏の終り (1995年2月8日)
  38. 青空 (1995年5月24日)
  39. MARIA (1996年5月16日)
  40. もうひとりの俺 (1996年11月7日)
  41. Still (1997年9月3日)
  42. あの日のように (1997年11月7日)
  43. チャイナタウン (1998年7月29日)
  44. Oh!ラヴシック (1999年6月30日)
  45. THE TRUTH (2000年8月9日)
  46. Tonight I Remember (2000年10月25日)
  47. 背中ごしの I LOVE YOU (2001年8月29日)
  48. 鎖を引きちぎれ (2002年7月26日)
  49. ONLY ONE (2005年8月24日)
  50. 夏の終り (2007年9月5日)
  51. Loser (2009年2月25日)
  52. コバルトの空 (2009年6月3日)

[編集] オリジナルアルバム

  1. I LOVE YOU,OK (1975年9月21日)
  2. A Day (1976年6月21日)
  3. ドアを開けろ (1977年4月21日)
  4. ゴールドラッシュ (1978年6月1日)
  5. KISS ME PLEASE (1979年6月21日)
  6. KAVACH (1980年6月10日)
  7. YAZAWA (1981年8月5日)(海外発売 第1弾)
  8. RISING SUN (1981年10月25日)
  9. P.M.9 (1982年7月10日)
  10. YAZAWA It's Just Rock'n Roll (1982年12月4日)(海外発売 第2弾)
  11. I am a Model (1983年7月20日)
  12. E' (1984年7月25日)
  13. YOKOHAMA二十まえ (1985年7月25日)
  14. TEN YEARS AGO (1985年11月28日)
  15. 東京ナイト (1986年7月25日)
  16. FLASH IN JAPAN (1987年5月18日)(海外発売 第3弾)
  17. 共犯者 (1988年7月21日)
  18. 情事 (1989年6月21日)
  19. 永吉 (1990年7月31日)
  20. DON'T WANNA STOP (1991年7月5日)
  21. Anytime Woman (1992年6月24日)
  22. HEART (1993年3月31日)
  23. the Name Is... (1994年7月6日)
  24. この夜のどこかで (1995年7月5日)
  25. MARIA (1996年7月3日)
  26. YES (1997年8月8日)
  27. LOTTA GOOD TIME (1999年8月6日)
  28. STOP YOUR STEP (2000年9月27日)
  29. YOU,TOO COOL (2001年9月7日)
  30. 横顔 (2004年9月1日)
  31. ONLY ONE (2005年9月14日)
  32. ROCK’N’ROLL (2009年8月5日)

[編集] ライブアルバム

  1. THE STAR IN HIBIYA (1976年11月21日)
  2. スーパーライブ 日本武道館 (1977年11月21日)
  3. LIVE 後楽園スタジアム (1978年12月5日)
  4. The Rock (1980年11月28日)
  5. 1982 P.M.9 LIVE (1983年3月26日)
  6. STAND UP!! (1989年2月15日)
  7. Anytime Woman LIVE ALBUM (1992年9月30日)
  8. LIVE! YES,E (1998年4月22日)
  9. LIVE DECADE 1990〜1999 (2000年3月29日)
  10. CONCERT TOUR"Z"2001 (2002年3月30日)

[編集] ベストアルバム

  1. THE GREAT OF ALL (1980年7月1日)
  2. THE GREAT OF ALL VOL.2 (1980年12月1日)
  3. THE GREAT OF ALL-Special Version- (1983年11月21日)
  4. THE BORDER (1984年2月15日)
  5. ROCK'N ROLL (1988年3月25日)
  6. BALLAD (1988年3月25日)
  7. THE ORIGINAL (1990年10月31日)
  8. THE ORIGINAL 2 (1993年12月8日)
  9. E.Y 70'S (1997年10月1日)
  10. E.Y 80'S (1997年10月1日)
  11. E.Y 90'S (1997年10月1日)

[編集] その他アルバム

  1. SUBWAY EXPRESS (1998年9月8日)(セルフカバー)
  2. SUBWAY EXPRESS 2 (2002年9月4日)(セルフカバー)
  3. YOUR SONGS 1 (2006年5月17日)(リミックスベスト)
  4. YOUR SONGS 2 (2006年5月17日)(リミックスベスト)
  5. YOUR SONGS 3 (2006年5月17日)(リミックスベスト)
  6. YOUR SONGS 4 (2007年9月26日)(リミックスベスト)
  7. YOUR SONGS 5 (2007年9月26日)(リミックスベスト)
  8. YOUR SONGS 6 (2007年9月26日)(リミックスベスト)

[編集] DVD&BD

  1. OPEN RECORDING GIG (1996年)
  2. SUBWAY EXPRESS LIVE IN HOUSE (1999年)
  3. SUBWAY EXPRESS LIVE IN BUDOKAN (1999年)
  4. TONIGHT THE NIGHT〜ありがとうが爆発する夜〜 (2000年)
  5. THE FILMS VIDEO CLIPS 1982-2001 (2001年)
  6. THE STAR IN HIBIYA (2001年)
  7. EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR“Z”2001 (2002年)
  8. YAZAWA CLASSIC -VOICE- EIKICHI YAZAWA Acoustic Tour 2002 (2003年)
  9. ONE MAN in BUDOKAN EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2002 (2003年)
  10. Rock Opera Eikichi Yazawa (2004年)
  11. 雨に眠れ-SLEEP IN THE RAIN- (2004年)(TSUTAYAオンライン限定)
  12. ROCK 'N' ROLL KNIGHT2 (2004年)(ファンクラブ限定)
  13. FIFTY FIVE WAY (初回限定版) (2005年)
  14. FIFTY FIVE WAY (通常版) (2005年)
  15. YAZAWA CLASSICII (2005年)
  16. FIFTY FIVE WAY in BUDOKAN (2005年)
  17. RUN&RUN (2006年)
  18. お受験 (2007年)
  19. Rock Opera2 NEW STANDARD (2007年)
  20. THE LIVE EIKICHI YAZAWA DVD BOX (2007年)
  21. THE REAL (BD 豪華版) (2008年4月23日)
  22. THE REAL (BD 通常版) (2008年4月23日)
  23. THE REAL (DVD 豪華版) (2008年4月23日)
  24. THE REAL (DVD 通常版) (2008年4月23日)
  25. SPECIAL X'mas LIVE (2009年1月30日)(ファンクラブ限定)

[編集] LD

  1. RUN&RUN (1981年)
  2. MILES AND MILES (1983年)
  3. 矢沢永吉ヒストリー (1984年)
  4. 東京ナイト (1986年)
  5. 矢沢永吉ヒストリー2 (1987年)
  6. STAND UP '89 ARENA (1990年)
  7. STAND UP '89 DOME (1990年)
  8. 燃えつきるキャロル・ラスト・ライヴ (1990年)
  9. ROCK'N ROLL ARMY '90 BUDOKAN (1991年)
  10. 1991 BIG BEAT STADIUM (1992年)
  11. 1991 BIG BEAT BUDOKAN (1992年)
  12. LIVE VIDEO Anytime Woman (1993年)
  13. VIDEO CLIPS (1993年)
  14. The name is YAZAWA (1995年)
  15. OPEN RECORDING GIG (1996年)
  16. SUBWAY EXPRESS LIVE IN HOUSE (1999年)
  17. SUBWAY EXPRESS LIVE IN BUDOUKAN (1999年)

[編集] VHS

  1. RUN&RUN (1983年)
  2. MILES AND MILES (1983年)
  3. 矢沢永吉ヒストリー (1984年)
  4. 東京ナイト (1986年)
  5. 矢沢永吉ヒストリー2 (1987年)
  6. E' LIVE 1984 (1988年)(ファンクラブ限定)
  7. STAND UP '89 ARENA (1990年)
  8. STAND UP '89 DOME (1990年)
  9. Rock'n'Roll Army '90 BUDOKAN (1991年)
  10. 1991 Big Beat STADIUM (1992年)
  11. 1991 Big Beat BUDOKAN (1992年)
  12. VIDEO CLIPS (1993年)
  13. VIDEO CLIPS2 (1993年)
  14. Anytime Woman EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1992 (1992年)
  15. Come On ! EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1993 (1994年)(ファンクラブ限定)
  16. THE NAME IS YAZAWA CONCERT TOUR 1994 (1995年)
  17. 燃えつきるキャロルラストライブ (1995年)
  18. OPEN RECORDING GIG (1996年)
  19. JUST TONIGHT EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1995 (1996年)(ファンクラブ限定)
  20. WILD HEART EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1996 (1998年)(ファンクラブ限定)
  21. YES, E EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1997 (1998年)(ファンクラブ限定)
  22. SUBWAY EXPRESS LIVE IN HOUSE 1998 (1999年)
  23. SUBWAY EXPRESS LIVE IN BUDOKAN 1998 (1999年)
  24. お受験 (2000年)

[編集] 校歌

Nishiyamato Academy of California School Song 「今日をありがとう」

[編集] 語録

  • 十メートル先のタバコ屋にもキャデラックで行って、ハイライト (タバコ)一個をぴゅっと買えるくらいの男になりたいですね(キャロルデビューして間もないころ、「どのくらいの位置まで立ちたい?」と聞かれ)
  • ハートで汗をかく
  • 一回目、散々な目に遭う。二回目、落としまえをつける。三回目、余裕。
  • 1のリスクしかないことはしない、10のリスクがあることをする。達成すれば10の成果がある。
  • 目標を失ったとき一番苦しい。俺には音楽があった。
  • (洋楽ロックをお手本に「パクリ」を繰り返している同業者に対して)軽蔑してるね。ロックに詳しい層から見ればダサいモノであっても、本当に自分の内面から生み出した音楽をやる。そうでなければ、恥ずかしくて人前に出られない。
  • 俺はこうしてビッグになった。誰もがビッグになれると信じている。
  • 年とるってのは細胞が老けることであって魂が老けることじゃない。
  • 中学のあの多感な時期にビートルズに持っていかれた。こりゃぐれてる場合じゃないよって思えたね。
  • 人生はかったるいしめんどくさい。だがこれから逃げるのはもっと悲惨。
  • コンサートは、音を聴くだけのとこじゃない。何か気持ちをもって歌ってる男に、会いに行くものなんだ。
  • 以上の楽器はない。
  • ロックにゴールはない。声が出なくなるまでやり続ける。だって、ストーンズが前走ってるもん。
  • 俺はいいけど、YAZAWAは許さないと思う。
  • 何歳まで生きられるのか知らないけど、オレは役を与えられたんだ。矢沢永吉という役を。
  • 最近勝ち組とか負け組みとか流行っているけど、スタート切っているかどうかがぼくは大事だと思うけどね。

[編集] 成りあがり

  • 著書
    赤貧の少年時代を綴った自伝『成りあがり』はベストセラーとなり、そのサクセス・ストーリーは社会現象にまで昇華した。
    インタビュアーに糸井重里を起用し、独特の矢沢口調で構成されている。十数年後の矢沢の著書も同じく糸井が参加している。
  • ドラマ
    2002年11月23日、フジテレビドラマにて放送、TOKIO松岡昌宏が矢沢を演じる。ほぼ矢沢の著作に基づいて構成されており、出生から武道館での大声援でのライブパフォーマンスが描かれている。また、日本で初めて、革ジャンにリーゼント・サングラスのスタイルでテレビ出演を行い、全国放送されたエピソードが紹介されている。
    デモテープを持ち込んだレコード会社の受付に、後に妻となる女性がいて出会うという設定に変更されている。

[編集] 出版物

[編集] 自著

  • 成りあがり (1978年) 小学館角川文庫 (文庫本)
    • 成りあがり 矢沢永吉物語 (2008年-) 角川書店 - コミックチャージ連載のきたがわ翔による漫画化。主人公が亡き父の遺品である「成りあがり」を読んでいるという構成。
  • 矢沢永吉写真集 SUPER PHOTO LIVE (1979) 稲越功一 小学館
  • 19490914 THE LIFE OF EIKICHI YAZAWA (1995) 新潮社
  • 地球音楽ライブラリー 矢沢永吉 (1997) TOKYO FM出版
  • アー・ユー・ハッピー? (2001年) 日経BP社
  • イチロー×矢沢永吉 英雄の哲学 (2006) ぴあ
  • 矢沢永吉×操上和美写真集「FACE EIKICHI YAZAWA 2006-2009」(2009)

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] 音楽番組

[編集] その他番組

[編集] ラジオ

ほか

[編集] 映画

  • RUN&RUN (1980年 松竹
  • お受験 (1999年 松竹)
  • E.YAZAWA ROCK (2009年 東映)

[編集] CM

[編集] ドラマ主題歌

[編集] 映画主題歌

[編集] アニメテーマソング

[編集] 番組テーマソング

[編集] ゲームテーマソング

[編集] CMソング

[編集] 脚注

  1. ^ 『成りあがり』には、週刊平凡 と記載

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月25日 (水) 03:15 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【矢沢永吉】変更履歴

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