石橋貴明

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 石橋貴明
本名 同じ
ニックネーム たかさん
生年月日 1961年10月22日(48歳)
出身地 東京都板橋区成増
血液型 A
身長 182cm
方言 標準語
最終学歴 帝京高等学校
出身 お笑いスター誕生
コンビ名 とんねるず
相方 木梨憲武
芸風 漫才コント
立ち位置 左(たまに右)
事務所 アライバル
活動時期 1980年 - 現在
同期 そのまんま東
現在の代表番組 うたばん
過去の代表番組 今夜、宇宙の片隅で
第四学区
イシバシ・レシピ
作品 メジャーリーグ2
他の活動 俳優歌手
配偶者 鈴木保奈美
親族 穂のか(実娘)
  

石橋 貴明(いしばし たかあき、1961年10月22日 - )は、日本お笑いタレント歌手司会者俳優

目次

[編集] 概要

  • 身長…182cm
  • 体重…74kg
  • 血液型…A型
  • 星座…てんびん座
  • 趣味…野球、ゴルフ、映画鑑賞、酒、
  • 兄がいる。
  • 愛称は「タカ(貴)さん」「タカちゃん」「イシバシ」「タカアキ」など。
  • 20代の頃は主に女性ファンから「タカちゃん」と呼ばれていた。また、「バシタカ」と呼ばれた時期もあった。相棒の木梨憲武、和田アキ子水谷豊古舘伊知郎堺正章モト冬樹らは「タカアキ」と呼ぶ(木梨はフルネームで、堺はタカと呼ぶことも)。またヒロミは「石橋くん」、勝俣州和は「貴明さん」と呼ぶのが基本だが、石橋の振る舞いに怒り興奮すると2人とも「イシバシ!!」と呼び捨てにする事も。(うたばんで共演しているSMAP中居正広も興奮すると、「イシバシ!!」と呼んでいる。但し、中居は通常は「タカさん」、たまに「石橋くん」と呼んでいる。)飲み友達で、プライベートで親交が深いコージー冨田もテレビでは「石橋貴明」とフルネームで呼ぶことが多い。次長課長河本準一は、テレビ番組中で「ジジィ!」と呼ぶ。長い交流がある東国原英夫宮崎県知事と生ダラで共演した定岡正二は「タカちゃん」と呼ぶ。

[編集] 略歴

東京都葛飾区で裕福な家庭に生まれるも、小学一年の時、父・武夫の経営する「石橋化成」が倒産板橋区成増移住夜逃げ)し、それ以降は極端な貧乏生活を強いられる[3]

子供の頃からテレビっ子で、そして意外な事に幼少の頃いじめられっ子であった(ライブのMCでの発言)。小学6年生の時『アフタヌーンショー』の「ちびっ子ものまね大会」に出演し、中学生時代には『ぎんざNOW!』に出演した。この頃からお笑いを意識し始める。

7歳上の兄の影響で野球を始め、帝京高等学校野球部に入部、「帝京の秘密兵器」として甲子園を目指したが秘密のまま終わる(スポーツ番組でよくネタにする)。交遊のある高校時代の2年後輩にヤクルトスワローズ元投手の伊東昭光がいる。

中学生の時、『8時だヨ!全員集合』の公開収録を見学、当時長髪だった志村けんを見て「あの長髪の奴、つまんねぇよ」と言っていた事を、志村けんのエッセイで明かされている[4]。卒業後、父・武夫の勧めもあって当時のホテルセンチュリーハイアット東京に就職(ちなみに同ホテルの二期生であり、就職先に同ホテルを選んだのも「うるさい先輩がいなさそうだから」というのが理由)。ここで「オレンジジュースガブ飲み事件」を起こす。

この時期、友人の近藤伸明(現:ブラザー・コーン)に紹介してもらい、あのねのねに弟子入りを志願するが断られている。また佐藤B作が主催した劇団東京ヴォードヴィルショーに入団を志願するも、佐藤から「俺は君の歳の頃にヴォードヴィルを造ったんだ。自分でやらなきゃダメだよ。」と諭されこちらも断念した。その後、高校の同級生の木梨憲武貴明&憲武を結成。所ジョージ司会の『ドバドバ大爆弾』に出場するも、あと一息のところで賞金100万円を獲り逃がす。次いで『お笑いスター誕生』に出演。その後とんねるずと改名する。

1984年 - 1986年に深夜ドラマの草分けである『トライアングル・ブルー』に相方の木梨、可愛かずみ川上麻衣子柄沢次郎前田耕陽等と出演する。

1998年、現妻で当時女優の鈴木保奈美と再婚。鈴木との間に娘を3人もうけた。

2005年、『MLB主義』で共演した牛島和彦監督が率いる横浜ベイスターズのエグゼクティブ・アドバイザーに就任(以前は読売ジャイアンツのファンだった)。

1996年10月15日に初めて石橋単独で始まったTBSうたばん』が、2008年8月28日の放送分で放送500回を迎えた。

その他コンビとしての略歴はとんねるずを参照のこと。

[編集] 芸風・仕事

[編集] 伝説

若かりし時代の石橋は「超」がつくほどの暴れん坊で、日本テレビ界史上後にも先にもこれしかないであろう伝説を数多く残している。

1985年1月19日放送の「オールナイトフジ」で『一気!』を熱唱中、石橋がテレビカメラを何度も揺すっているうちに、バランスが崩れてフロアに横倒しとなった。倒れたカメラをスタッフがすぐに立て直すも、とんねるずの二人は顔面蒼白。木梨は「俺しらねーよ…」と何度もつぶやいていた。曲終了後、MC陣がその場をどうにか取り繕った。カメラは一見故障していないように見えたが、倒れた際の衝撃により結局廃棄処分となった。このカメラとレンズは合わせて当時の価格で約1,500万円したが、保険により弁償された。その後、フジテレビの歴史や過去の番組を振り返る特番等で、このシーンが何度も放送されている。しかしながら、とんねるず(特に石橋)が(問題児として)広く知られるようになり、ブレイクのきっかけになったと言える。[5]

同年10月17日放送の「ザ・ベストテンin静岡」において、2位で登場したとんねるずに対して客席は総立ちに。とんねるずは客席から大井川の川越用の輿にのって登場するはずだったが、警備の不備なども重なり観客によって石橋の衣装がもみくちゃにされたり、かぶっていた帽子を観客に取られたりした。激怒した石橋は生放送中にもかかわらず、ステージ上で観客に対して「馬鹿野郎!」「てめぇら最低なんだよ!」などと罵声を浴びせたり身に着けている物を投げつけたりし、木梨のフォローも構わず、「雨の西麻布」を怒鳴り声で歌った。石橋の態度に対し番組宛に抗議が殺到し、翌週の放送で石橋が謝罪した。石橋の暴れん坊ぶりを象徴した事件と言える。

月日は流れ、2001年7月21日放送の「FNS27時間テレビ」では、石田弘(通称:ダーイシ)に扮する石橋が、港浩一(通称:小港)に扮する木梨とのパター対決でボールを大型モニターに激突させ破壊している。オールナイトフジでは顔面蒼白となっていた二人だが、このときは動じずそのまま石田と港のキャラを演じつづけた。[6]

[編集] 共演者へのイジり

芸能界きっての傍若無人で、かなり強烈な稀有の「イジり」キャラのタレントとして有名。芸能界の同じようなキャラとしては横山やすし上岡龍太郎やしきたかじんなどが挙げられるが、関東のお笑いタレントの中ではこれほどの「イジり」キャラは石橋の他にはさほど見受けられない。また、言葉遣いや行動等が独創性に富んでおり上に挙げられたタレントらとも一線を画す立ち位置を築いている。

石橋の特徴として「メインよりもその横にいる埋もれがちな人をトコトンいじる」という事が目立つ。とんねるずのみなさんのおかげでしたの「食わず嫌い王決定戦」で若手芸人コンビが出ると、どちらかというと目立たないほうにスポットを当てたり(例:DonDokoDon平畠雨上がり決死隊蛍原、など)、「うたばん」でもバンド出演の際は、ボーカルではなくベーシストドラマーの特異な外見に注目したり、ジャニーズ系のアイドルグループが来れば中心人物の横にいそうな「天然キャラ」っぽいメンバーを好む傾向がある(大野智KAT-TUN中丸雄一V6坂本昌行関ジャニ∞安田章大Hey!Say!JUMP知念侑李など)。

その「イジリ」により、多くのタレントやスポーツ選手を芸能界でブレイクさせたという功績もある。「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」では、定岡正二錦野旦輪島大士等をバラエティ界での面白さを見出した。また、初の単独レギュラー番組となった「うたばん」ではEvery Little Thingギタリスト伊藤一朗のキャラにいち早く注目し、番組内にてボーカル・持田香織以上に前面に押し出し「いっくん」というファンの間でしかわからなかったあだ名を今や全国的なものに広めた[要出典]モーニング娘。に対しては、メンバー個人にオリジナルのあだ名をつける等(これはモーニング娘。に限った事ではなく、他のアーティストに対してもオリジナルであだ名をつける事がある。それ以前の例としてはMAXなど。)、メンバー個人個人へスポットを当て知名度上昇の一端を担った。

しかし、「イジれる相手」ならば人を選ばず、不謹慎な言葉や厳しい言葉を発することもあり、騒動を起こしてしまう事がしばしばある。『新春かくし芸大会』が何年ぶりかで生放送をした際にゲストとして出演したミッキーマウスに対して「どうせ中におっさんが入っているんだろ」と発言し、頭をつかんで脱がそうとしているところで急遽CMに入るハプニングがあり、それが原因で「東京ディズニーランドに出入り禁止」になるという都市伝説が生まれるほどの物議をかもす。[7]フジテレビ1993年F1モナコGP中継にゲスト出演した際に、アイルトン・セナびいきが過ぎた為か、同レース中にライバルのアラン・プロストミハエル・シューマッハにアクシデントが発生したときに、「オレがプロストのタイヤに穴開けときました」「シューマッハ、やってもぉた!」などそのことを露骨に喜ぶような言動が視聴者やF1ファンからの抗議殺到に至ったほどに大顰蹙を買ってしまい、以後のF1中継に呼ばれる事がなくなってしまったり、共演者に名誉毀損で告訴される(石橋側の謝罪により、後に提訴取り下げ)[8]など賛否両論といえる部分もある。

[編集] 音楽活動

自身の音楽活動としては、「NHK紅白歌合戦」において別名義で2回の初出場(1991年:とんねるず、1999年:野猿)をしている。他には、1997年に「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」発のユニットで工藤静香と組んだ“Little Kiss”の「A.S.A.P.」(オリコン初登場3位)、定岡正二・デビット伊東と組んだ“ANDY's”の「FREEDOM」(作曲:佐野元春)(オリコン初登場10位)などがあり人気を博した。ANDY'sは、石橋が“ANDY”、定岡が“SHOW”、デビットが“JOSE”(ホセ)、また、作曲等を行った佐野が“MOTO”として結成された。 “Little Kiss”では生放送音楽番組「ミュージックステーション」で間奏中にキスをして話題になった。“ANDY's”では河村隆一HOUND DOGのライブに飛び入り参加したりした。 その後も関東裸会三羽烏、松田聖子とのSEIKO with Crazy.TでCDリリースをしている。公式CDリリースの無かったものとしては“矢島工務店”(木梨も参加)がある。 また、番組内の企画として、矢島美容室があり、公式プロフィールに明記されてはいないものの、歌手として参加している。

[編集] 俳優活動

映画メジャーリーグ2では謎の日本人選手「タカ・タナカ」として出演。続編にあたるメジャーリーグ3にも出演した。これは、第1作が世界でヒットした作品だったが、日本での興行成績がふるわなかったために、そのテコ入れとしての起用であった。これがきっかけで石橋は本場のメジャーリーグ選手やファンから「あの日本人選手」として知名度を得た。その後三谷幸喜脚本、西村雅彦飯島直子とのトリプル主演だった98年「今夜、宇宙の片隅で」や、議員秘書に焦点を当てた01年「レッツ・ゴー!永田町」でドラマの主演を演じる。その後も映画やテレビドラマなどコンスタントに出演。

[編集] その他

  • 毎年、夏に開催されるFNSの日のフィナーレ恒例の「フジテレビ新人アナ披露」では「2001年は21世紀最初の年」ということで立会人を担当した。現在の所、芸能人がフジ新人アナ披露の立会人を担当したのはこの回だけである。
  • 「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」では「バラエティ番組でのテロップ編集」を導入、「うたばん」ではカメラワーク・CGを最大限に利用するなど、現在のテレビバラエティでは常套手段となった手法をいち早く取り入れた(前者のテロップ編集に関しては探偵ナイトスクープが先にテロップ編集を取り入れているなどローカルでは目立ちつつあった)その一方で「第四学区」「石橋貴明のレディオイシバシーノ(仮)」のような編集一切無しのトーク一本の番組もこなす。

[編集] 人物

[編集] 趣味・嗜好

番組で出身地である板橋区や東武東上線に関連したゲストが来ると、必ずと言っていいほど東上線など地元ネタを絡めたトークを始める(その際、相方の木梨が負けじと同じく出身地である祖師ヶ谷大蔵について勝手にトークに割り込み、石橋が逆に呆れてしまうパターンもある)。過去放送されていたトーク番組「第四学区」においても古舘伊知郎と板橋区トークを展開した。他にも、小室哲哉globeで出演。)と番組で共演した際には、「早実(早稲田実業)VS帝京」の話(小室は早稲田実業出身。)になったことがある。[9]トーク相手の地元ネタや出身地などを笑いに変えることが目立つ。

とんねるず自体が「高卒」をウリにし石橋自身も貧乏だったという環境だったため、育ちの良い芸能人には非常にコンプレックスを感じており、トーク中に皮肉を込めた羨望の言葉を発することも。その反動からか、食べ物の嗜好や趣味などは相方の木梨と比べると高級志向な物が多い。

またオセロに造詣が深く、番組内で以前、ゲストの瑛太との対局風景がテレビで流れた。(結果は惨敗)[10]。また生ダラでもサダーズ(定岡正二輪島大士)との対戦にオセロを指定した事がある。

子供の頃はあべ静江の大ファンで下敷きに写真を入れていた。

[編集] スポーツ

スポーツ好きとしても知られており、様々なスポーツ(プロ野球メジャーリーグ競馬オリンピックボクシングプロレスなど)に関する知識が豊富である。1999年秋〜2000年秋に計3回放送された「FNS番組対抗!春秋の祭典スペシャル」(とんねるず司会)では「タカvsカルトQ」という、石橋が他の出演者全員と早押しクイズを対決するという企画があり、そこでスポーツ問題が多数出題され、99年秋・00年春の2回の放送ではほとんどの問題で石橋がことごとく早押しを決めて正解した。

スポーツ観戦にも積極的で2006年3月に米国で開催された第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝の「日本対キューバ」戦においてはスケジュール多忙の中、1泊3日という「弾丸ツアー」を強行して日本が世界一になる瞬間を見届けた。ちなみに、会場で観戦する姿がテレビを通じて放映された。更に3年後の第2回WBCにおいても、日本ラウンドの日韓戦の試合においてもテレビを通じて放映された。そのため、スポーツ選手や関係者とは多くの友人が存在し、特に社会人野球時代から友人関係にある野茂英雄投手とは旧知の仲で知られ、大リーグ入団の際、当時マスコミなどから非難を浴びていた野茂英雄をアメリカまで駆けつけて激励したエピソードがある。現在にいたるまで野茂との交流は続いており、野茂もとんねるず関連の番組には積極的に出演している。

そんな中、芸能人やスポーツ関係者の中でも唯一松岡修造だけには苦手意識を持っている。傍若無人でツッコミ屋な性格を持つがゆえに、様々なタイプの芸能人との絡みが出来る石橋だがマイペースの熱血漢という松岡のキャラクター・性格からか、松岡が石橋出演の番組に出ると石橋のツッコミにも全く動じずに事を運ぶシーンが繰り返された。

最近はゴルフにも熱心で2006年「とんねるずのみなさんのおかげでした」内でのスペシャル企画『石橋貴明 GOLF世界一へ〜セント・アンドリュースへの挑戦〜』でコーチとして知り合った谷原秀人とは仲が良く、石橋は谷原をゴルフの師匠と呼んでいる。企画が始まった2006年の「アルフレッドダンヒル・リンクス選手権」には準備不足から出場は出来なかったが、翌2007年の当大会に谷原とのプロアマペアで日本代表として出場した。ちなみに得意技はパターである。

[編集] ものまねの対象として

石橋の特徴的な声質は、しばしばものまね番組等でターゲットにされている。有名どころでは、最初に石橋のモノマネを始めた松村邦洋で、とんねるず好きであった松村が、「夕焼けニャンニャン」や「とんねるずのオールナイトニッポン」など、特に80年代の荒々しい時代を得意とする。その後、コージー冨田原口あきまさが更に微細な喋り方の癖や、仕草の特徴を捉えたものまねをしている。コージー冨田を気に入った石橋は、プライベートでも麻雀仲間として付き合いがある。一方原口は木梨のモノマネもレパートリーに持ち、一人とんねるずもこなす。

[編集] その他

  • タバコはマイルドセブンを喫煙していたが2005年から禁煙している。
  • 貧乏でも終生誇りを捨てなかった父・武夫を、貴明は現在も尊敬しており、父は常に貴明の味方であったという。中学時代にテレビに出た事を学校側が問題視したが、武夫は「帰宅した後は学校の管轄外だ!帰宅後の子供の行動は私が責任を持つ。それを学校がとやかく言うことか!」と怒鳴り込んだ事もある。そんな父は貴明がデビューしてまもなく死去し、死去した日に友達と遊び歩いていた貴明はそれを知って「最後の最後に親不孝をした」と、死に目に会えなかった事を後悔したという。[11]
  • 「『とんねるずのみなさんのおかげです』をレギュラーにして欲しい」と一人フジテレビの社長室に直談判しに乗り込んでいった事がある。なお、この際、「俺も一緒に直談判した!」と「みなさんのおかげでした」エグゼクティブプロデューサー石田弘氏が関係者に語っていたらしいが、特番にてフジテレビ会長(当時社長)の日枝氏によって否定されている。
  • 2005年までに公表されていた高額納税者ランキングにおいて俳優・タレント部門のトップ常連であり、相方の木梨憲武と共にランキング上位に顔を出していた。1980年〜の20年間の芸能人生涯所得ランキングは、1位の小室哲哉に続き2位にランキングされている。
  • 2004年、堀江貴文元ライブドア社長が近鉄を買収表明したとき、広島のテレビ番組に出演し、その番組の中で堀江の提案に好意的であるということを発言した。[12]
  • 輪島大士の再婚を番組で支援した事もある。[13]
  • 毎年本人主催でキャンプを行っている。このキャンプにはテレビやラジオなどで付き合いがある関係者やその家族を招き、本人が自慢の腕をふるってごちそうを振舞っている。

[編集] 作品

[編集] 音楽作品

単独で活動しているもののみ。コンビでの音楽作品は「とんねるず」を参照。

[編集] DVD

  • そろばんずく (2002年03月20日発売.とんねるず映画初主演作品)
  • 銃声 LAST DROP OF BLOOD (2003年11月21日発売)
  • ウルトラマンゼアス 1&2 (2004年8月27日発売)
  • 星野仙一物語 〜亡き妻へ贈る言葉 (2005年9月25日発売)
  • メジャーリーグ2 (2000年6月21日発売)
  • メジャーリーグ2 (2004年3月05日 発売)
  • メジャーリーグ お買い得パック <初回限定生産>(2004年3月5日発売)
  • メジャーリーグ3 (2000年7月19日発売)
  • メジャーリーグ3 (2004年3月05日発売)
  • メジャーリーグ2 <期間限定生産> (2005年9月30日発売)
  • メジャーリーグ2 <期間限定生産> (2006年6月2日発売)
  • メジャーリーグ3 <期間限定生産> (2006年6月2日発売)
  • イシバシ・レシピ 前編(2005年2月16日発売.2003年よりTBS系列にて放送分全24回の前半12回分を収録)
  • イシバシ・レシピ 後編(2005年2月16日発売.2003年よりTBS系列にて放送分全24回の後半12回分を収録)
  • イシバシ・レシピ2 (2006年1月18日発売.2005年1〜3月放送分を収録)

[編集] 出演

単独で活動しているもののみ。とんねるずでの出演作品は「とんねるず」を参照。

[編集] テレビドラマ

[編集] レギュラー番組

  • うたばん(1996年10月15日 - 、TBS)
  • 第四学区(1999年4月- 9月・2000年年4月- 9月、フジテレビ
  • イシバシ・レシピ(第1期2003年10月 - 2004年3月、TBS)
  • MLB主義 (2004年、TBS)
  • イシバシ・レシピ2(第2期2005年1月 - 3月、TBS)
  • MLB主義'05(2005年、TBS)
  • イシバシ・レシピ(第3期2005年10月3日 - 2006年3月27日、TBS)
    • メジャーシーズン中は『MLB主義』、シーズンオフには『イシバシ・レシピ』というローテーションで交互に放送されていた。
  • MLB侍(2008年7月26日 - 9月28日、TBS)

[編集] スペシャル番組

判明分のみ(ゲスト出演番組除く)

ほか

[編集] ラジオ

  • 石橋貴明のレディオイシバシーノ(仮)(2001年10月7日〜3月25日、ニッポン放送
  • 石橋貴明のレディオイシバシーノ2(仮)(2002年10月11日〜3月21日、ニッポン放送)

[編集] 映画

※括弧内は左から初公開年月・興行会社を表記。

[編集] 書籍

[編集] ものまねレパートリー

[編集] 石橋貴明のものまねをする芸能人

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ とんねるず『とんねるず 大志』
  2. ^ [1] 「とんねるず石橋長女、穂のか女優デビュー」SANSPO.COM(2008.11.11)
  3. ^ とんねるず『とんねるず 大志』
  4. ^ 志村けん『変なおじさん』
  5. ^オールナイトフジ』1985年1月19日放送
  6. ^FNS27時間テレビ』2001年7月21日放送
  7. ^新春かくし芸大会』1996年1月1日放送
  8. ^F1グランプリ』1993年5月23日放送
  9. ^うたばん』2002年2月14日放送
  10. ^とんねるずのみなさんのおかげでした』2009年1月9日放送
  11. ^ とんねるず『とんねるず 大志』
  12. ^KEN-JIN』2004年7月9日~7月23日放送
  13. ^とんねるずの生でダラダラいかせて!!』1996年3月27日放送

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月29日 (日) 17:05 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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