秋野暢子

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秋野 暢子(あきの ようこ、1957年1月18日 - )は、日本女優タレント。本名、田代 暢子

大阪府大阪市中央区出身。ジェイ・ツー所属(それまでは三船プロダクション→田中プロダクション→アクターズプロモーション)。

実家は呉服屋。四天王寺高等学校出身。A型。

目次

[編集] 来歴・人物

小学校の学芸会での劇出演をきっかけに女優の道を歩み、1974年に放送されたNHK銀河テレビ小説(後のよるドラの前身)・『おおさか三月・三年』で本格的に女優デビュー。1975年には同じく連続テレビ小説『おはようさん』のヒロイン・殿村鮎子の役を務め、「吉永小百合の再来か」と取り上げられた。また、赤い運命ではヒロイン役の山口百恵をイジメ抜く役を演じ切り、百恵ファン以外でも“本当にああいう性格なのでは?”と言われた程であった。誹謗中傷の葉書等も多数あったらしい。

私生活では、1983年TBSのプロデューサーであった田代冬彦(現TBS執行役員)と結婚、1993年12月に1女を儲けるが、2001年に離婚している。

その後演技派女優として活動するとともに、バラエティー番組にも積極的に進出。また近年はダイエットへの造詣も深めて講演や解説ビデオの出版等、多方面で活躍を見せている。現在、関西を中心に活躍しており、関西ローカルで毎日放送暮らしカルマガジン みかさつかさ』(土曜夕方)司会、2005年11月開始の讀賣テレビ放送の情報ワイド番組『激テレ★金曜日』(金曜夕方。週代わりMC)→2006年7月から帯番組化され『情報ライブ ミヤネ屋』の木曜日コメンテーターを担当(2008年9月までレギュラー)。関西ローカル番組でしか聞けない関西弁は関東のゲストの人が驚く。

高橋慶彦を(弟のように)可愛がっていた関係で広島カープファンで有名だった。

1980年代は歌手活動をしていて、度々オレたちひょうきん族にゲストで出演した時は、歌を披露していた。

料理もプロ級の腕並みを持っていて愛のエプロンにも定期的に出演したり、料理本も数冊出版している。

松村邦洋に「このままの体型じゃダイエットしなければ数年以内に死んじゃうよ!」とバラエティ番組内で言ったことがある。

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ

[編集] 映画

  • 青春の構図(1976年、松竹
  • 白熱(1977年、東宝
  • 犬笛(1978年、三船プロ
  • 真田幸村の謀略(1979年、東映
  • すっかり・・・その気で!(1981年、田中プロ)
  • 片翼だけの天使(1986年、プロジェクト・エー=ヘラルド・エース
  • ペエスケ ガタピシ物語(1990年、山田洋行ライトヴィジョン)
  • 修羅の伝説(1992年、東映)
  • 獅子王たちの最后(1993年、Gカンパニー)
  • 岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS(1996年、松竹)
  • さすらいのトラブルバスター(1996年、松竹)
  • 学校III(1998年、松竹)
  • 十五才 学校IV(2000年、松竹)
  • ハッシュ!(2001年)
  • IKKA:一和(2002年、PFFパートナーズ)
  • かぞくのひけつ(2006年、シマフィルム

[編集] CM

[編集] 書籍

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月11日 (金) 11:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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