羅振玉

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羅振玉
プロフィール
出生: 1866年8月8日
死去: 1940年5月14日
出身地: 浙江省上虞県
職業: 考古学者・教育者
各種表記
繁体字 羅振玉
簡体字 罗振玉
Luó Zhènyù
注音符号 ㄌㄨㄛˊ ㄓㄣˋ ㄩˋ
和名表記: ら しんぎょく
発音転記: ルオ ヂェンユー
  

羅振玉(ら しんぎょく)は清末民初から満州国にかけて活躍した考古学者、教育者。字は式如または叔蘊、号は雪堂時代の皇帝文書を私財を投じて保存したことで有名である。

1891年劉鶚と知り合い、劉鶚の持つ亀甲獣骨文字の拓本を目にする機会を得る。羅振玉はそのあとを継いで甲骨文字の研究に打ち込み、『殷墟書契考釈』を発表した。そのため王国維・董作賓・郭沫若とともに「甲骨四堂」と称される。

甲骨文字研究以外では敦煌学の分野にも大きな役割を果たしている。1909年、敦煌文書を獲得したポール・ペリオと会い、まだ残されているものがあると知ると、敦煌から残りのものを北京に運ばせて、京師図書館に収蔵させた。

その他に1896年上海に東文学社を設立し、日本語を翻訳できる人材を育成し、沈肱・樊少泉・王国維らを輩出した。

貴重な皇帝文書を転売することもあり、研究と実利を混同している学者として魯迅から批判された。

辛亥革命後、来日し京都で多くの日本人学者と交流を持ち、帰国後は溥儀の家庭教師を務めた。

晩年は満州国参議府参議・日満文化協会会長などを歴任した。

皇帝文書の保存という功績がある一方で、満州国建国に関わったこともあり、現在の中国では人物的評価がわかれている。

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最終更新 2009年11月28日 (土) 01:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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