航空艦隊

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航空艦隊(こうくうかんたい)とは、海軍または空軍の編制単位の一つ。日本海軍では機動部隊または基地航空隊を指す。ドイツ国防軍ではドイツ空軍直下にある最大の部隊編成であり、ドイツ語ではルフトフロッテ (Luftflotte) 。

目次

[編集] 日本海軍の航空艦隊

1941年1月、大日本帝国海軍連合艦隊の下位艦隊として基地航空隊を統一した第十一航空艦隊が、同4月に航空母艦(空母)を集中運用する第一航空艦隊が創設された。それぞれ数個の航空戦隊で構成されていた。第一航空艦隊はミッドウェー海戦のあと解隊されるが、1943年7月1日大本営直属の基地航空隊として再編成された(1944年になって再び連合艦隊の指揮下に入る)。

[編集] 第一航空艦隊

詳細は「第一航空艦隊」を参照

1943年7月10日創設、1945年6月15日解散。

[編集] 第二航空艦隊

1944年6月15日創設、1945年1月8日解散。フィリピン防衛のため台湾各地に展開したが、台湾沖航空戦で消耗したため、フィリピンに前進できた機体は僅かだった。早くも11月には機体を台湾に撤退させ、基地要員は陸戦に従事した。

編制
1944年7月10日、マリアナ諸島陥落~フィリピン防衛準備中の編制
司令長官
  1. 福留繁中将(全期間)
歴代参謀長
  1. 杉本丑衛 少将:1944年6月15日 -
  2. 菊池朝三 少将:1944年10月27日 - 1945年1月8日

[編集] 第三航空艦隊

1944年7月10日創設、1945年10月15日解散。本土防衛のため当初は関東、硫黄島陥落後は南九州を中心に展開し、硫黄島および沖縄への積極迎撃・特攻及び本土防空を担当した。

編制
1944年7月10日、新編時の編制
歴代司令長官
  1. 吉良俊一 中将:1944年7月10日 -
  2. 寺岡謹平 中将:1944年11月11日 -
  3. 山田定義 中将:1945年8月26日 - 1945年10月1日
歴代参謀長
  1. 三浦艦三 大佐:1944年7月10日 - 1944年8月1日戦病死
  2. 田口太郎 大佐:1944年8月1日 - 1944年12月25日
  3. 山澄忠三郎 大佐:1945年1月1日 -
  4. 高橋千隼 大佐:1945年8月26日 - 1945年10月1日

[編集] 第五航空艦隊

1945年2月10日創設、1945年10月20日解散。本土防衛のため九州を中心に展開し、沖縄への積極迎撃・特攻及び本土防空を担当した。終戦の詔勅が発表された直後に、宇垣長官が独断で特攻自決した。

編制
1945年2月10日、新設時の編制
歴代司令長官
  1. 宇垣纏 中将:1945年2月10日 - 1945年8月15日戦死
  2. 草鹿龍之介 中将:1945年8月17日 - 1945年10月10日
歴代参謀長
  1. 横井俊之 大佐:1945年2月10日 - 1945年10月10日

[編集] 第十航空艦隊

1945年3月1日創設、1945年10月10日解散。航空要員練成のために連合練習航空総隊を拡張して設置した。所属部隊はすべて練成航空隊で、即戦力は持たない。

編制
1945年3月1日、新設時の編制
歴代司令長官
  1. 前田稔 中将:1945年3月1日 - 1945年10月1日
歴代参謀長
  1. 山本親雄 少将:1945年3月1日 - 1945年5月25日
  2. 神重徳 大佐:1945年6月20日 - 1945年9月15日殉職・以後欠員

[編集] 第十一航空艦隊

詳細は「第十一航空艦隊 (日本海軍)」を参照

1941年1月15日創設、1945年9月6日降伏。

[編集] 第十二航空艦隊

1943年5月18日創設、1945年11月30日解散。第五艦隊とともに北東方面艦隊を編制し、千島樺太北海道防衛のため千歳飛行場を中心に展開した。1943年末には一部がマーシャル諸島に前進したものの玉砕。北東方面艦隊解散後は連合艦隊直卒で大湊警備府司令部が兼任した。

編制
1943年8月5日、北東方面艦隊新設時の編制
司令長官
  1. 戸塚道太郎 中将:1943年5月18日 -
  2. (兼)戸塚道太郎 中将:1943年8月5日 - ※本務は北東方面艦隊司令長官
  3. (兼)後藤英次 中将:1944年9月15日 - ※同上
  4. 後藤英次 中将:1944年12月5日 -
  5. (兼)後藤英次 中将:1945年2月15日 - ※本務は大湊警備府司令長官
  6. (兼)宇垣完爾 中将:1945年3月15日 - 1945年10月1日 ※同上
歴代参謀長
  1. 一宮義之 少将:1943年5月18日 -
  2. (兼)一宮義之 少将:1943年8月5日 - ※本務は北東方面艦隊参謀長
  3. 松本毅 少将:1945年2月6日 -
  4. (兼)鹿目善輔 少将:1945年2月15日 - 1945年10月1日 ※本務は大湊警備府参謀長

[編集] 第十三航空艦隊

1943年9月20日創設、1945年9月12日解散。防空部隊を持たなかった南西方面艦隊の航空支援を担うために編制した。インドシナはツダウム、マレー半島はペナン、西インドネシアはスラバヤ、東インドネシアはアンボンを拠点として分散配置された。1945年2月5日に第十方面艦隊が編制されると、そのエアカバー部隊となって終戦まで細々と運用された。

編制
1943年9月20日、新編時の編制
司令長官
  1. (兼)高須四郎 中将:1943年9月20日 - ※本務:南西方面艦隊司令長官
  2. (兼)三川軍一 中将:1944年6月18日 - ※同上
  3. (兼)大川内伝七 中将:1944年11月1日 - ※同上
  4. 田結穣 中将:1945年1月8日 -
  5. 福留繁 中将:1945年1月13日 -
  6. (兼)福留繁 中将:1945年2月15日 - ※本務:第十方面艦隊司令長官
歴代参謀長
  1. (兼)多田武雄 少将:1943年9月20日 - ※本務:南西方面艦隊参謀長
  2. (兼)西尾秀彦 少将:1944年3月15日 - ※同上
  3. (兼)有馬馨 少将:1944年11月1日 - ※同上
  4. (兼)朝倉豊次 少将:1945年2月5日 - ※本務は第十方面艦隊参謀長、第一南遣艦隊参謀長を兼任。

[編集] 第十四航空艦隊

1944年3月4日創設、同年7月18日解散。第四艦隊とともに中部太平洋方面艦隊を編制し、テニアン島を拠点として内南洋各地に展開した。すでにトラック環礁パラオ諸島は空襲のために基地機能は壊滅しており、ほとんどテニアンに貼り付けの状態であった。5月にはマリアナ海戦に備えて第一航空艦隊がテニアンに進出。その増強のためにすべての稼動機を譲渡し、僅か2ヶ月でテニアンの地上戦を待たずに戦闘力を完全に失った。サイパン島の陥落によって中部太平洋艦隊司令部が玉砕したことを機に、正式に解散した。

編制
1944年3月4日、新編時の編制
司令長官
  1. 中部太平洋方面艦隊司令長官兼任(全期間)※南雲忠一中将
歴代参謀長
  1. 中部太平洋方面艦隊参謀長兼任(全期間)※矢野英雄少将

[編集] 航空機類別

日本海軍は制空と味方機の護衛を担当するものを「戦闘機」、急降下爆撃が可能なものを「爆撃機」と称し、それ以外の水平爆撃雷撃(魚雷攻撃)を主任務とした航空機は「攻撃機」と称した。九九式艦上爆撃機(略称、九九艦爆または九九式艦爆)は、急降下爆撃を任務とし、九七式艦上攻撃機(略称、九七艦攻または九七式艦攻)は、水平爆撃、雷撃を任務とした。零式艦上戦闘機(略称、零戦または零式艦戦)はこれら爆撃機と攻撃機の護衛や基地や艦隊の防空を任務とした。なお、「艦上」とは、航空母艦から運用することを前提とした機種のことであるが、艦上機を陸上基地から運用することは可能なため、実際には空母のみからでなく陸上基地からも運用された。零式、九九式、九七式とは、各機種が制式採用となった神武天皇即位紀元(皇紀)の年の下二桁である(零式=皇紀2600年=昭和15年西暦1940年の制式採用を示す)。

[編集] 急降下・水平爆撃

詳細は「急降下爆撃」、「水平爆撃」をそれぞれ参照

急降下爆撃は水平爆撃に比して、急降下(急接近)によって高い命中率が期待出来る反面、低空から爆弾を投下するため貫徹力に乏しく、また水平爆撃に対し比較的小型の爆弾(250kg~500kg)を使用するため、戦艦等の装甲の厚い大型艦に対しては一般的に威力不足であった。

急降下爆撃に対して、水平爆撃は高空から大型爆弾(攻撃機は最大800kg)を投下できるため装甲の厚い艦でも撃破できたが、急降下爆撃に比して、高空からの投下は着弾に時間がかかることから対象や対象艦が移動すればたちまち命中率が落ちた。それを解決するために水平爆撃は精密な照準を要求され、精密な照準を行おうとすればするほど滞空時間が延びるため、敵方の迎撃を受ける危険性は高くなる。さらに、少しでも命中率を上げようと低空から水平爆撃を行えば、威力の問題よりも照準を行っている最中に高射砲機関砲などの対空砲の射撃を浴びやすくなってしまう。

そのため、真珠湾攻撃では奇襲を行うことで真珠湾に停泊する戦艦(静止目標)に水平爆撃を実施でき、戦艦アリゾナの撃破に成功した。しかし、ミッドウェー海戦ではアメリカ海軍の艦隊(移動目標)に対して攻撃を決断した際、アメリカ軍の空襲を受けているにも関わらず、水平爆撃用の800kg爆弾を装備した攻撃機から爆弾を外して魚雷に積み替える作業を行い、アメリカ艦隊への攻撃をあくまで雷撃で実施しようと企図した。これは、いかに移動する艦船に対して水平爆撃の効果が薄かったかを物語っており、装備の積み替えが原因で敗北したと言われることもあるが、それだけ効果に対する被害が割りに合わなかったと推測できる。

[編集] ドイツ空軍の航空艦隊

第二次世界大戦勃発時には第1航空艦隊から第4航空艦隊までが編成されており、それぞれ北東、北西、南西、南東に配置されていた。バトル・オブ・ブリテンには第2航空艦隊と第3航空艦隊が参戦し、北欧侵攻にともなってノルウェーをドイツ国防軍が占領すると、第5航空艦隊が配置された。また、東部戦線では第1航空艦隊と第4航空艦隊が陸軍支援を行った。

[編集] 艦隊編成

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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最終更新 2009年8月27日 (木) 13:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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