花斉会
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[編集] 概要
「花斉会」は、民主党の各グループの中でも自民党の派閥的な性格を有しているのが特徴である。
元々は1993年に松下政経塾出身の国会議員で結成された「松下政経塾立志会」を源流としている。これは55年体制の崩壊に伴い、松下政経塾出身者での保守系新党を構想したものであった。
しかしながら、日本新党、新生党、新党さきがけ、新進党、(旧)民主党と新しい保守政党が次々に結成されたこと、および、小選挙区制の下で松下政経塾出身者が自由民主党、新進党、(旧)民主党とに分かれ始めたことなどから根本的に不可能な状態に立ち至った。
1996年に「志士の会」として再始動したものの、与野党に分かれた松下政経塾出身者の結集は思うように行かず、同年の第41回衆議院議員総選挙(小選挙区比例代表並立制が初めて施行された総選挙)で野田佳彦自身が惜敗したため、その後は第1期生の野田佳彦を中心とする勉強会として継続してきた。
民主党内での「志士の会」は、2002年に野田が民主党代表選に出馬した前後に改めて結成されたものであり、2006年に「花斉会」と名を変えて拡大され、現在に至っている。
「花斉会」という名称は、「百花斉放」から取られた。「皆が花を咲かせるように」という願いを込めて代表の野田佳彦自身によって命名された。
「花斉会」は、前原誠司を民主党の代表候補として支援するグループとして成立した「凌雲会」と共同歩調を取ることが多く、また「凌雲会」と同様にメディアに露出する議員が多いため、党内に一定以上の影響力を持つ。
メディアではこの「凌雲会」「花斉会」両グループをまとめて「前原・野田グループ」と称することも多い。この「前原・野田グループ」は、2002年9月23日の代表選では野田佳彦を支援して及ばなかったものの、2004年5月18日の代表選では岡田克也を無投票当選させ、2005年9月17日の代表選では菅直人を2票差で破って前原誠司を当選させる原動力となった。
また、「前原・野田グループ」に松下政経塾出身の議員が多かったため、民主党内では「前原・野田グループ」を「政経塾サークル」と揶揄する声もあったほどである。 特に、「志士の会」は、メンバーが全員松下政経塾出身であったこともあり、近しい関係にある「凌雲会」メンバーからさえ独特の閉鎖性を指摘されるほどであった。このことが逆に「花斉会」への拡大の契機となったと見受けられる。 しかし、2008年9月の民主党代表選挙での野田の立候補を巡って亀裂が生じ、馬渕澄夫は退会した。
「志士の会」あらため「花斉会」は、政策立案能力に自負心を持っているとされており、いわゆる「対案路線」を最初に主張したグループでもある。新保守主義的な傾向も見られる。
2008年、「花斉会」は、「ニッポンまる洗い」と題する独自の基本政策を掲げ、政権交代に向けて研究中である。この「ニッポンまる洗い」という基本政策は、8つの柱からなり、行財政改革や地域主権の確立に主眼を置いているとされている。
[編集] 花斉会議員一覧
21名[1](第45回衆議院議員総選挙以降の名簿は不明)
[編集] 衆議院議員
15名。
| 小選挙区(15名) | ||||
|---|---|---|---|---|
| 近藤洋介(山形2区) | 太田和美(福島2区) | 石関貴史(群馬2区) | 武正公一(埼玉1区) | 長島昭久(東京21区) |
| 野田佳彦(千葉4区) | 田村謙治(静岡4区) | 伴野豊(愛知8区) | 古本伸一郎(愛知11区) | 北神圭朗(京都4区) |
| 藤村修(大阪7区) | 松本剛明(兵庫11区) | 松本大輔(広島2区) | 三谷光男(広島5区) | 楠田大蔵(福岡5区) |
[編集] 参議院議員
6名。
| 選挙区(6名) | ||||
|---|---|---|---|---|
| 長浜博行(千葉県) | 蓮舫(東京都) | 藤本祐司(静岡県) | 榛葉賀津也(静岡県) | 梅村聡(大阪府) |
| 広田一(高知県) | ||||
平成19年度寄付者より、楠田大蔵、太田和美、田村謙治、榛葉賀津也、梅村聡の5名が新規加入。
[編集] 脚注
- ^ 平成20年分政治資金収支報告書より。馬淵澄夫は2009年(平成21年)退会。
[編集] 関連項目
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