遺伝子

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遺伝子(いでんし)は生物遺伝情報を担う主要因子である。全ての生物でDNAを媒体として、その塩基配列にコードされていると考えられている。ただし、RNAウイルスではRNA配列にコードされている。

目次

[編集] 概念

もっとも狭義の遺伝子はタンパク質の情報に対応する転写産物(mRNA)の情報が書き込まれている核酸分子上のある長さをもった特定の領域=構造遺伝子(シストロン)のことをさす。転移RNA(tRNA)やリボソームRNA(rRNA)などの転写産物そのものが機能を持つノンコーディングRNAの情報が書き込まれている部分や、それ自体は転写はされないが転写因子の認識部位となり、転写産物の転写時期と生産量を制御するプロモーターエンハンサーなどの調節領域を含める場合もある(→オペロン)。ちなみに、語感が似る調節遺伝子とは上記の転写因子のタンパク質をコードしたれっきとした構造遺伝子である。通常、遺伝子といった場合は構造遺伝子ノンコーディングRNAに対応する領域を指すことが多い。

ある生物種・病原・細胞小器官などにおけるジャンクDNA等も含む広義の遺伝子の総和はゲノムと呼ばれる。ゲノム上の遺伝子の位置を示したものを遺伝子地図染色体地図と呼ぶ。ただし、ゲノムは真核生物においては=一組の染色体の塩基配列の全てであり、通常、葉緑体ミトコンドリアなどの細胞小器官は別ゲノムとしてあつかう(例えば「ヒトのゲノム」といった場合は、「ヒトミトコンドリアのゲノム」は含まない)。

古典的には遺伝子は、ゲノムもしくは染色体の特定の位置に占める遺伝の単位(→遺伝子座)であり、その位置は変わらず、構造も変化しないと考えらていた。しかしトランスポゾン(可動性遺伝子)が発見され、抗体産生細胞で多種の抗体を作り出すために遺伝子を再編成していることが明らかにされている。他にも遺伝子増幅、染色体削減といったダイナミックな変化や、二つの遺伝子の転写産物がつなぎあわされるトランススプライシングのように遺伝子の概念を広げる現象もある。

集団遺伝学進化ゲーム理論で用いられる遺伝子概念は自然選択あるいは遺伝的浮動の対象として集団中で頻度を変化させる理論的な存在である。表現型に算術平均的に影響を与えると仮定されている一種の情報であり、これは古典的な遺伝子の概念に近い。文化進化の文脈で用いられるミームは集団遺伝学における遺伝子のアナロジーである。

遺伝子という言葉は、「遺伝する因子」としての本来の意味を超えて遺伝子産物の機能までを含んで用いられる場合があり、混乱を誘発している。後者の典型例としては、遺伝しない遺伝子を使った遺伝子治療などがあげられる。さらに遺伝子やDNAという言葉は、科学的・神秘的といったイメージが先行し、一般社会において生物学的定義から離れた用いられ方がされていることが多い。それらの大半は通俗的な遺伝観を言い換えたものに過ぎない。また一般雑誌などでは疑似科学的な用法もしばしば見受けられる。

[編集] 機能

DNA複製

遺伝子はDNAが複製されることによって次世代へと受け継がれる。複製はDNAの二重らせんが解かれて、それぞれの分子鎖に相補的な鎖が新生されることで行われる。

本質的には情報でしかない遺伝子が機能するためには発現される必要がある。発現は、一般に転写翻訳の過程を経て、遺伝情報(= DNAの塩基配列)がタンパク質などに変換される過程である。こうしてできたタンパク質が、ある場合は直接特定の生体内化学反応に寄与して化学平衡などに変化をもたらすようになり、またある場合は他の遺伝子の発現に影響を与え、その結果形質表現型として現われてくる。転写はDNAからRNA(mRNArRNAなど)に情報が写し取られる現象であり、翻訳はmRNAの情報を基にタンパク質が合成される過程である。この過程はセントラルドグマとも呼ばれる。

[編集] 真正細菌での遺伝子発現

遺伝子の発現に関する多くの知見は真核生物ではなく真正細菌である大腸菌モデル生物とした実験から得られてきた。大腸菌の遺伝子発現は基本的に以下のステップに分けられる。

  1. 転写
  2. 翻訳
  3. 遺伝子制御(発現の調節)

調節段階は再び別の遺伝子発現に影響を及ぼしたり、あるいは周囲の栄養条件などによっても調節を受ける。真正細菌の遺伝子発現様式は真核生物とは異なるところが多いものの、一般的な遺伝子発現として理解できる。

[編集] 真正細菌の転写

転写とは、ゲノムDNAにコードされる遺伝子本体およびその周辺領域(具体的には以下に説明)がRNAポリメラーゼによって相補的なRNA鎖 (mRNA) が合成される過程である。必要な材料としては、

  • DNA依存性RNAポリメラーゼ(以降RNAポリメラーゼ)
  • ゲノムDNA
  • リボヌクレオチド(RNA分子:AUGC)

以上が基本的な要素である。ポリメラーゼの反応などにはマグネシウムなどを要求する場合があるが、ここでは割愛する。ここで、真核生物と異なるところは、RNAポリメラーゼの構造である。大腸菌のRNAポリメラーゼは5個のサブユニットから構成されており、サブユニット名からα2ββ’σ構造(αサブユニット:2個、β:1個、β':1個、σ:2個)を取っている。

これらのサブユニットの役割は以下のようになっている。

  • αサブユニット:プロモーター配列(後述)への結合
  • βサブユニット:RNA合成開始前にリボヌクレオチドを先駆的に結合させる
  • β’サブユニット:DNA配列への結合
  • σサブユニット:プロモーター配列の認識

αは無作為にプロモーター配列に結合するが、σサブユニットはその配列を認識して、発現に適当な遺伝子であるかどうか判断する。βおよびβ'はそれぞれが共役してRNAポリメラーゼ活性を発揮する。σサブユニットはプロモーター配列認識の際に必要であり、転写が始まるとRNAポリメラーゼから離れていく。σサブユニットがRNAポリメラーゼに含まれるか否かで名称が異なっており、以下の名前で示される。

  • ホロ酵素:α2ββ’σ構造、ゲノムDNAのプロモーター配列認識の際に構成される形状
  • コア酵素:α2ββ’構造、転写の最中、および細胞内を遊離している状態の形状

σサブユニットの脱着は、転写反応に深く関係する。

転写反応は以下の段階に分類される。

  • 開始
  • 伸長(延長)
  • 終結

これらの反応の詳細については、転写の項で述べる。

[編集] 真正細菌の翻訳

翻訳とは転写されたmRNAのコドン(遺伝暗号)にしたがって、リボソームにてアミノ酸がペプチド結合によってポリマー(タンパク質)になっていく過程である。翻訳に必要な材料は、

である。この中で、特に真核生物と異なる点はリボソームのサイズであり、真正細菌及び古細菌では70S(Svedberg単位)、真核生物では80Sとなっている。また、小サブユニット、大サブユニットに含まれるrRNAの長さも異なっている(詳細はリボソームを参照)。

翻訳過程は以下の段階に分類される。

  • 開始
  • 伸長
  • 終結

これらの反応の詳細については翻訳 (生物学)の項で述べる。

[編集] 真正細菌の遺伝子発現調節

真正細菌における遺伝子の発現調節はジャコブモノーの研究論文を基礎として理解することができる。発現調節にはオペロンと言う、いくつかの遺伝子が短い間隔を置いて、ゲノム中に並んでいる構造体が深く関与しているが、その発端となった大腸菌ラクトース(乳糖)の代謝について説明する。

[編集] ラクトースオペロン

真正細菌及び古細菌では、機能の関連した遺伝子が染色体上で隣接して存在し遺伝子クラスター(gene cluster)を形成している。この遺伝子クラスターのうち、単一のプロモーターで転写される単位をオペロン(operon)という。その代表的なものが、ラクトース(lac)オペロンである。 ラクトース大腸菌の細胞表層から細胞内へ輸送され、その後グルコースガラクトースに分解される。細胞内への輸送はラクトースパーミアーゼ、グルコースとガラクトースへの分解はβ-ガラクトシダーゼが関与している。この2種類の酵素が同時に働くことによって、大腸菌はラクトース代謝が可能となる。ラクトースオペロン上には、β-ガラクトシドトランスアセチラーゼをコードする遺伝子も存在するが、この酵素はラクトースの資化には直接関係なく、その役割は不明である。

β-ガラクトシダーゼ、β-ガラクトシドトランスアセチラーゼ、ラクトースパーミアーゼはそれぞれ、lacZ、lacA、lacY'という遺伝子によってコードされているが、これらの遺伝子は極めて近接している。ジャコブとモノーはこれらの遺伝子が以下のように配列していることを同定した。

これらの遺伝子群は構造遺伝子と呼ばれており、実際に反応に機能しているタンパク質をコードしている。これらの遺伝子が転写されると、翻訳も同時に進行し、必要なタンパク質全てが発現する。更に、lacZの上流にlacIと言う遺伝子が発見された。この遺伝子は独自のプロモーターおよびターミネーターを持っており、ラクトースの代謝に直接関与するタンパク質をコードしていなかった。

lacIの機能は構造遺伝子の転写を調節しており、ラクトースリプレッサーと呼ばれるタンパク質をコードしている。ラクトースの非存在下でこのタンパク質が発現している間は、構造遺伝子の転写は行なわれない。ラクトースリプレッサーは構造遺伝子のプロモーター配列の近傍に存在するオペレーター配列に結合することによって、RNAポリメラーゼの結合を回避させている。

逆にラクトースが存在している場合、ラクトースリプレッサーにラクトースが結合し、ラクトースリプレッサーはコンフォメーション変化を起こしてオペレーター配列に結合できなくなる。その時に初めてRNAポリメラーゼが構造遺伝子のプロモーターに結合し、転写が開始される。この反応によってラクトースが消費しつくされると、また、ラクトースリプレッサーがはたらき転写が抑制される。こうした調節因子(今回はlacI)の働きを変える因子(今回はラクトース)の事をインデューサーという。

詳しくはラクトースオペロンを参照。遺伝子の制御に関わる、他の因子としては転写、翻訳の速度やmRNAの回転率などがある。遺伝子の発現に関わる全ての因子がその制御に関わるといってよい。

[編集] 真正細菌遺伝子発現の実際

以上、真正細菌、特に大腸菌の遺伝子発現までが筆記してあるが、転写翻訳はほとんど同時に起こっていると考えてよい。真正細菌は核膜を持たず、遺伝子転写の場と、翻訳の場が真核生物のように分けられるということは無い

大腸菌のゲノムDNAから転写が行なわれているmRNAは、伸長中に5'側の塩基がリボソームで翻訳されていっている。真正細菌のmRNAは一切修飾を受け無いために、リボソームから合成されたポリペプチドはゲノムDNAの遺伝子の配列そのままのアミノ酸配列を持っている。

このRNAポリメラーゼとリボソームの共役した反応こそが、真正細菌における遺伝子発現の実際といってよい。なお、教科書などに掲載されている、遺伝暗号表は大腸菌を基準としたものであり(正確には、大腸菌の無細胞発現系を用いている)、他の生物や異なる遺伝子では、コドンとアミノ酸の対応が異なっていることもある。例えば、一般にAGAはアルギニンのコドンだが、脊椎動物ミトコンドリアでは終止コドンとなっている。

[編集] 真核生物の遺伝子の一般的な働き方

内では様々なDNA結合特異性を持った転写調節因子の転写調節領域への結合や、DNAのメチル化状態などで遺伝子の活性が制御されている。DNAからRNAポリメラーゼによってRNAへと転写された転写産物はmRNA前駆体と呼ばれる。

これが、5'末端へのキャップ構造の付加やスプライシング、3'末端の切断、ポリA鎖の付加といった作用を受けてmRNAとなる。mRNAは転写の場である核から核膜孔を通過し細胞質へ運ばれる。

細胞質では、キャップ構造を認識する蛋白質や翻訳開始因子との作用によりリボソームがmRNAに結合する。リボソーム上では、コドンに対応したアンチコドンを持ったアミノアシルtRNAがAサイトに結合することで塩基配列からアミノ酸配列への遺伝情報の翻訳が行われる。Pサイトに結合しているペプチジルtRNAから、アミノ酸が連なったポリペプチドがAサイトのtRNAに付加され、これがPサイトに移動することが繰り返される。

翻訳されたアミノ酸配列はその一次構造に依存した立体構造をもつ蛋白質へと折り畳まれる。蛋白質の機能はその立体構造によって規定されており、正常な構造をもつ蛋白質がさらに糖鎖の付加やリン酸化といった翻訳後の修飾をうけて最終的な遺伝子産物となることもある。

[編集] 真核生物の遺伝子発現

真核生物の遺伝子発現も基本的には、真正細菌と同じステップを経るが、いくつか異なる点がある。ただし、基本は同じなので、相違点を述べる程度にとどめる。

[編集] 転写

  • RNAポリメラーゼの種類が多い(I, II, IIIが存在し、遺伝子認識機構と転写遺伝子がそれぞれ異なる)。
  • 転写開始にはTATAボックスというチミンアデニンリッチな配列が使用される。
  • 転写終結システムは不明で、遺伝子の2000塩基対下流まで転写が進行することもある。

[編集] mRNAの修飾

  • mRNAの両末端(5'、3'両方)が修飾を受ける。
    • 5'末端はキャップ構造が取られ、3'末端はポリアデニル化される(250個程度のアデニンをmRNA3'末端に伸長させる)
  • イントロンをのぞくために、スプライシングを受ける。
  • 珍しいケースとして、転写直後のmRNAとは全く別の配列になる『mRNAの編集』を受ける。

[編集] 翻訳

  • mRNAはから運搬されて、細胞質リボソームで翻訳される。
  • リボソームは80Sである(60S+40S)。
  • mRNAにシャイン・ダルガノ配列(リボソーム結合部位)を持たず、キャップ構造を40Sリボソームが認識する。
  • フォルミルメチオニンを開始コドンに使用しない(普通のメチオニンを使用)。
  • 翻訳開始にATP加水分解が必要。
  • 翻訳終結にGTPが必要。

[編集] 遺伝子発現調節

真核生物の遺伝子発現調節機構は原核生物のそれより複雑で、遺伝子の上流に存在する様々な発現調節因子が関与している。例えば、メタロチオネインというタンパク質の遺伝子は一列の上流には9個の調節因子をコードする遺伝子が知られている。

TATAボックス、GCボックス、CAATボックス、エンハンサーサイレンサー、MREなどに、個々の遺伝子に特有な調節因子の例も多く見られる。

[編集] 古細菌での遺伝子発現

古細菌の遺伝子発現は、真核生物と真正細菌双方の特徴を併せ持っている。転写様式は真核生物のRNAポリメラーゼIIのものに良く似ているが、転写後のmRNAの修飾は起こらない。翻訳や遺伝子発現調節も中間的である。

[編集] 遺伝子研究

一般に、遺伝子研究とは遺伝学分子生物学ゲノミクスなどの研究を指す。集団遺伝学や進化遺伝学は含めないことが多い。

遺伝子研究はメンデル・モーガンの古典遺伝学に始まった。古典遺伝学における遺伝子研究はメンデルの行なったような交雑実験と表現型の観察を中心とし、遺伝子は遺伝情報を担う粒子の概念として扱われた。

分子生物学黎明期では主に大腸菌ファージを用いて、DNAを直接扱う形質転換実験や、DNA塩基配列からの遺伝子発現機構の解析などが行われた。現在では様々なモデル生物に研究対象が拡大している。これは、遺伝子の実体がほとんど全生物において『DNAである』ことによる(DNAを扱えればいかなる生物でも分子生物学的実験は行なえる)。

突然変異の表現型から遺伝子機能を推定する正の遺伝学はマウスなどでは行いづらく、先に遺伝子を同定してから変異体を作成する逆遺伝学という手法が生まれた。逆遺伝学の先にゲノムプロジェクトがあり、さまざまな生物種で進行または終了している。ゲノムプロジェクトによって遺伝子の数を有限に規定することができる。

DNAの構造決定とゲノムプロジェクトは遺伝子研究にパラダイムシフトをもたらした。シーケンシング(塩基配列の解析)技術は2009年現在も飛躍的に進歩し続けており、高速かつ低コストにゲノム全体を網羅的に解析できるようになりつつある。単に塩基配列を知るというレベルではなく、個体差を比較したり、遺伝子の発現パターンをプロファイリングしたりといった、従来は困難と認識されてきた研究も現実的に可能となってきた。in vivoにおける遺伝子の機能、すなわち『遺伝子はどのように生物体で機能しているのか』という問いへの答えが明らかになりつつある。

[編集] 遺伝子操作の概要

遺伝子の機能を調べるにはいくつかのテクニックが必要である。生物体内(in vivo)における特定の遺伝子はいくつかのコピーが存在するものの、その遺伝子が何を意味しているのか、発現するとどうなるのか、変異が起こればどうなるのかを調べることは困難である。したがって、その遺伝子のみを取り出して、遺伝子の特性を生物体外(in vitro)で調べる必要がある。それらの過程には

  1. クローニング:扱いやすくするために対象遺伝子を担うDNAの数を増やす
  2. シークエンシング:遺伝子の配列を読む
  3. 過剰発現:遺伝子をタンパク質に翻訳し、その機能を理解する

の三段階を経る。クローニングや発現の前には、サブクローニングや発現ベクターへの遺伝子の導入といったプロセスを経ることもある。

[編集] クローニング

クローニングとは、遺伝子のクローンを作成する実験である。遺伝子のクローンを作成するにはある程度の配列がわかっていることを前提に現在2つの方法が実用化されている。

遺伝子配列がわからない場合には、目的のタンパク質を対象生物内から精製し、タンパク質N末端配列を決定した後、ミックスプライマー(アミノ酸とその遺伝暗号に対応するパターン全てを含む複数種のプライマー、詳しくは当該記事にて)を用いてクローニングを行なうことができる。

上記いずれのケースにおいても、単一のDNA配列のみを増幅した、あるいは精製したのみではヌクレアーゼによって分解を受けてしまう。したがって、目的DNA配列をクローニングベクターに導入し、大腸菌を用いてベクターを増幅することを含めてクローニングという実験が完結する。

なお、真正細菌は遺伝子に介在配列を持たないためにDNAから遺伝子をクローニングすることが可能だが、真核生物の場合はイントロンをのぞいたエクソン部分のみを抽出する必要がある。これはスプライシング後のmRNAを精製し、逆転写PCR (RT-PCR) を行なうことによってクローニングが可能となる。詳しくはクローニングを参照。

[編集] シークエンシング

詳しくはDNAシークエンシングを参照。

シークエンシングとはDNAの塩基配列の並びを決定する実験を意味する。シークエンシングを行なうには、やはりある程度の配列が判明している必要があるが、クローニングが可能であれば特に問題はない。シークエンシングにはかつてマクサム - ギルバート法が用いられていたが、現在はサンガー - クルソン法(ジデオキシヌクレオチド鎖終結法)の変法である『ダイターミネーターサイクルシークエンシング法』が一般的である。

2009年現在もっとも一般的に使われているシークエンシング技術では、1つのプライマーから1,200塩基対の配列が一回の実験で決定可能である。しかし「次世代型シーケンサー」と総称される高速解読装置が複数のメーカーから発表されており、これらを用いれば従来よりはるかに大量の配列情報を短時間に得ることができる。たとえばアプライドバイオシステムズ社のSolidシステムでは一回の解析で30億塩基対の解読が可能という[1]

[編集] 過剰発現

タンパク質を用いた実験を行なうには、

  • 生物内からタンパク質を精製する、
  • 過剰発現系(かじょうはつげんけい)を用いて大腸菌等ベクターの宿主に目的タンパク質を大量に発現させる

という二通りの方法がある。生物内からタンパク質を精製するには、大量のサンプルが必要であり、タンパク質精製のテクニックが必要であるために一般的な技術とは言いがたい。一方過剰発現系を用いれば、誰でも簡単に目的のタンパク質を大量に得ることができる。

最も一般的な過剰発現系には、発現ベクター中の大腸菌のlacZプロモーター配列の下流に、クローニングした遺伝子を導入する方法がある。この方法では、IPTGという物質を用いてlacZプロモーター下流の遺伝子を大腸菌内で発現させることができる。転写されたmRNAはその後、大腸菌のリボソームで翻訳され、大量にタンパク質を生産する。

このようにして生産したタンパク質を用いて、酵素であれば活性を測定したり、DNA結合タンパクであればDNA結合実験を行なったりとタンパク質の実験が可能である。現在、ポストゲノムと言われる分野の主流はこの過剰発現系を用いたものである。しかしながら、大腸菌発現系では多くの問題を抱えており、現在大腸菌以外にも多くの発現宿主が開発されている(真正細菌:細胞外酵素作成型(Bacillusを用いたもの)真核生物:出芽酵母、動物細胞、ヒト細胞などなど)。 詳しくは過剰発現系を参照。

また、以上のような方法と比較して、要するコスト及び時間を低下させることが可能な、コムギ胚芽を利用した無細胞タンパク質合成系という新たな方法も研究されている。

[編集] 遺伝子研究の応用

遺伝子導入とは、上記にあげた遺伝子の実験系を用いて目的遺伝子の宿主でない他生物にクローニングしたベクターを導入し、その遺伝子が有効な形質を発現できるように仕向けることである。例えば、特定の除草剤に対して耐性を持つような作物や、霜害を防ぐ糖タンパクを生産できる作物(アイスマイナス)などはその一例である。

しかしながら、導入したベクターが花粉などを通じて拡散し、除草剤耐性を持っていなかった雑草にまでそうした形質が導入される危険性を指摘され、このような遺伝子組み換え実験は厳しく規制された状況である。遺伝子組み換え実験による物理的規制は

  • P1:一般的な実験室
  • P2:病原性を扱うような実験室
  • P3:バイオクリーンルーム(室内に流入する空気は全てHEPAフィルタ(0.22μm方形のフィルター)を通している)
  • P4:遺伝子組み換え対象生物に触れずに実験できる実験室

というランクが付けられており、危険な遺伝子組み換え実験を行なう場合にはそれ相応の規制のランクの敷かれた実験室で行なうように義務付けられている。

[編集] 歴史

現在の遺伝子の概念はメンデルによって定義される。彼はエンドウ豆のいくつかの表現型に注目した交雑実験を行い、表現形質が分離することを発見する(1865年 →メンデルの法則)。これを説明するために形質を伝える因子たる「遺伝粒子」を考え、これが現在の遺伝子の基となっている。それまで形質は液体のように混じりあっていくと考えられていた。しかし、長らくメンデルの法則は不評で、1900年に再発見されるまで理解されなかった。

細胞学者たちは減数分裂の様子を観察し、対になった染色体が一つずつになり、接合後に再び対を作るという染色体の挙動が、遺伝子のそれと同じであることを発見した(→染色体説)。ショウジョウバエ突然変異を用いた遺伝学的によりそれが明らかにされた。

染色体はタンパク質と核酸からできていることが明らかにされたが、当時はタンパク質が遺伝子の正体であると考えられていた。多数の種類があるタンパク質に比べ、核酸はあまりにも多様性が低いと考えられていたためである。実際、100bpのDNAの情報量は約10の60乗であるのに対し、100個のアミノ酸で構成される蛋白質の情報量は20の100乗と甚だ差が激しい。

しかし、肺炎双球菌やファージを用いた実験で DNA が遺伝子の正体であることが実証され、そのすぐ後に DNA の構造が解明された。DNA の二重らせん構造は遺伝子の性質と非常によく一致していた。

[編集] メンデルの法則発見から二重らせん構造発見までの歴史

  • 1865年 グレゴール・ヨハン・メンデル(現在のチェコ)がエンドウ豆の交雑実験の結果を発表。(→メンデルの法則
  • 1869年 ミーシャーが膿の細胞抽出液からDNAを発見する。
  • 1900年 メンデルの投稿した論文がユーゴー・ド・フリースオランダ)、カール・エリッヒ・コレンスドイツ)、エーリッヒ・フォン・チェルマック(オーストリア)によって再発見される。この再発見者の一人フリースはパンゲン説を推し、細胞内で形質を伝達する物質をパンゲンと仮定する。
  • 1903年 ウォルター・S・サットンが遺伝子が染色体上にあることを提唱した。(→染色体説
  • 1909年 ヨハンセンはメンデルの指摘した因子をフリークの名づけたパンゲン (pangen) から『gene(遺伝子)』と呼ぶことを提案した。
  • 1910年 トーマス・ハント・モーガンショウジョウバエの交雑実験を始める。
  • 1921年 DNAのテトラヌクレオチドモデルを解説した論文が発表される(J. Biol Chem. 48:119~125)。当時、遺伝物質は多様性に富んだポリペプチド(タンパク質)であり、テトラヌクレオチドはその保護の役割を果たしていると考えられていた。
  • 1922年 モルガンらのグループによってショウジョウバエの4つの染色体上に座している50個の遺伝子の相対位置が決定され、発表される。
  • 1927年 ミューラーがX線は遺伝子に突然変異を導入することを指摘する。
  • 1934年 カスパーソンがDNAは生体高分子であることを示し、テトラヌクレオチドモデルが誤りであることが証明される。
  • 1935年 マックス・デルブリュックらは、遺伝子は物質的単位であることを提案した。
  • 1941年 ビードルとテータムが『一遺伝子一酵素説』(1つの遺伝子は1つの酵素をコードしている)を発表。
  • 1944年 フレデリック・グリフィスの肺炎双球菌の形質転換実験(グリフィスの実験)を元にした、オズワルド・アベリーらの『DNAが遺伝物質であることの実験的証明』を収めた論文が掲載される(J. Exp. Med. 79:137~158)。この論文はDNA=遺伝物質であることが確実な今、矛盾のないものだが、当時は評価を全く受けなかった(註:この見方は、アヴェリーが属していたロックフェラー研究所およびその周辺での、当初の反響を伝えているに過ぎない。実際には、ジョシュア・レーダーバーグ、ジェームス・ワトソン、マックファーレン・バーネットなど現代遺伝学・分子生物学の元を築いた科学者たちが、「まだ初学者であった頃にアヴェリーらの論文を読んで大きな刺激を受けた」と述べている。ちなみに、ワトソンは彼の著書(ワトソン&ベリー『DNA』)のなかでも、「アヴェリーの実験はハーシーとチェイスの実験が行われる前に既に評価されていた」と重ねて記している。つまり、先を見据えていた科学者の間では正当に評価されていたということである。)
  • 1950年 エルヴィン・シャルガフペーパークロマトグラフィーを用いて塩基存在比に数学的関連があることを明らかにした(AとT、GとCはそれぞれ数が等しいことを示した)。
  • 1952年 アルフレッド・ハーシーとマーサ・チェイスによる『ハーシーとチェイスの実験』結果が論文に掲載される(J. Gen. Physiol. 36:39~56)。本論文によってファージの遺伝物質がDNAであることが確実視されたと言われる。同年、ロザリンド・フランクリンがDNAが二重らせん構造であることを証明するX線回折像写真を撮影する。
  • 1953年 ジェームズ・ワトソンフランシス・クリックによってDNAのB型二重らせん構造のモデルが示され、DNAは生体内で『二重らせん構造』をとっていることを示す論文が発表される(Nature 171:737,738)。

[編集] 二重らせん構造発見以降の歴史

  • 1955年 セベロ・オチョアによってポリヌクレオチドホスホリラーゼが発見された(一見遺伝子とは無関係だが遺伝暗号の解明に寄与した重要な酵素である)
  • 1956年 エリオット・ヴォルキンとラザルス・アストラチャンによってDNAからタンパク質への情報のメッセンジャーがRNAである証拠が提出された(mRNAが存在する可能性を示した、このことが確実になったのは5年後、ソル・シュピーゲルマンとベンジャミン・D・ホールらの実験による)
  • 1958年 クリックによってセントラルドグマが提唱された(Symp. Soc. Exp. Biol. 12:138~163)。
  • 1959年 ロバート・ホリーによってtRNAala分子が単離された
  • 1961年 マーシャル・ニーレンバーグとハインリッヒ・マテイによって大腸菌無細胞発現系を用いたポリウラシルからポリフェニルアラニンが合成される実験が行なわれた(遺伝暗号解明への初めての実験)
  • 1964年 ニーレンバーグとフィリップ・レーダーによって遺伝暗号解明に大きな寄与をした『トリプレット結合能測定法』が開発された。またヤノフスキーによって遺伝子がタンパク質をコードしていることが示された(遺伝子タンパク質間の共直線性が示された)
  • 1966年 遺伝暗号の解読が完了した
  • 1970年 ハワード・テミンとデビット・バルチモアがそれぞれある種のウイルス逆転写反応を見出した(セントラルドグマ概念の訂正)
  • 1977年 遺伝子が介在配列によっていくつかの単位に分断されていることが発見された(不連続遺伝子、イントロンの発見)
  • 1979年 フレデリック・サンガーによってミトコンドリアではことなる遺伝暗号が使用されていることが発見された(非標準コドンの発見)
  • 1981年 トーマス・チェックによって自己スプライシングイントロンが発見された(リボザイムの発見)

[編集] 参考文献

  • 『細胞の分子生物学』ニュートンプレス - 詳しく知りたい人向け。
  • 『Lewin 遺伝子』東京化学同人 - 詳しく知りたい人向け。

[編集] 関連項目

ウィクショナリー
ウィクショナリー遺伝子の項目があります。

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月15日 (木) 04:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【遺伝子】変更履歴

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