野村徳七
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野村 徳七(のむら とくしち)は、日本の実業家。両替商の初代(1850年4月15日 - 1907年9月30日)、その長男で野村財閥を築いた二代目(幼名は信之助、1878年8月7日 - 1945年1月15日)がいる。
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[編集] 初代 野村徳七
1850年(嘉永3年)4月15日、河内国渋川郡久宝寺村(現在の大阪府八尾市久宝寺)に生まれる。幼名は徳松。11歳から大阪屋弥兵衛の大弥両替店に丁稚奉公する。明治4年2月、大阪屋弥兵衛の養子となるが、8月に主人の弥兵衛が他界し、さらに翌5年8月に、弥兵衛の妻さくも他界した。明治維新後の明治2年には、東京、大阪に為替会社が設立され、5年の「国立銀行条令」によって国立銀行が設立され、弊制の改革も行われて、両替店の機能は次第に低下した。 大弥の両替店も例外ではなく未亡人の死後、後継当主の弥太郎は、ついに店を閉鎖することになる。大弥両替店は没落したが、初代徳七は最後まで残り、同じ店で働いていた山内多幾(後の初代徳七夫人)とともに、力をあわせて店の整理に尽力した。
徳七は、明治5年に大弥両替店から独立して、新たに野村の姓を名乗って分家するとともに、大弥両替店に奉公していた山内多幾と結婚した。多幾は、越前勝山藩の山内村右衛門と後妻との間に生まれた。店は大弥両替店の一隅を借りたもので、まず銭両替商として小銭の両替商売をはじめた。 こうして、両替商「野村商店」は、明治5年2月、百円の資本で誕生し、野村財閥の事業の出発点となった。徳七の独立後の商売は順調に発展した。明治11年、徳七は、大弥両替店の一隅から出て、大阪の農人橋詰町九番地に住宅兼店舗を構えた。徳七は12年、取引所仲買人となったが、翌13年4月15日に廃業した。明治10年代の野村家の収入は、銭両替の手数料と、日本銀行大阪支店の古金銀鑑定役による報酬であった。これによって野村家は年々資産を増やしていった。そして明治7年10月27日に長女キク、11年8月7日に長男信之助、13年11月23日には二男実三郎、16年10月には三男徳四郎(生後11ヶ月で死亡)、18年9月17日に二女タニ、20年10月18日には四男の元五郎が誕生し、家族も増えていった。
明治11年8月に大阪株式取引所が設立されたが、当時上場されたものは新旧公債、秩録公債、起業公債などだった。 翌12年になって、東西両取引所株、堂島米会議所株が、株式としてはじめて上場され、その後、民間企業の株式、各種の新公債が上場された。明治25年ごろには、鉄道6銘柄、船舶2銘柄、紡績・織物10銘柄、その他5銘柄が上場され、公債の取引は、新旧の公債、整理公債、海軍公債の4つとなった。この頃、株式および公債の銘柄数が増えて取引高が増大した。それとともに、両替店で両替のかたわら、株式、公債の売買、や、それを専業に扱う店がしだいに増えてきた。 徳七も、長男信之助(二代目徳七)の助言で、まず公債の取り扱いを手掛け、30年ごろには現株のブローカーと定期の取り次ぎをも行うようになった。
[編集] 二代目 野村徳七
1878年(明治11年)8月7日、初代野村徳七の長男として生まれる。幼名は野村信之助。 1892年(明治25年)大阪市立商業学校(大阪高等商業学校の前身校。後の大阪商科大学、現在の大阪市立大学。)に入学。予科在学中1895年に肺炎になり休学。本科への進学は断念し家業に専念する。
野村商店(後の大阪屋証券、現コスモ証券)は公債や株式を扱うようになり1907年(明治40年)、初代徳七の隠居に伴い信之助が徳七を襲名し弟の実三郎、元五郎らと野村商店を運営した。店員に背広を着せたり、多数の電話を引き女子店員を導入するなど進歩的な営業方針を採った。また丁稚制度が一般的であった時代に、学校で教育を受けた人材を積極的に採用した。日露戦争、第一次世界大戦の相場で大きな利益を得た。
1918年(大正7年)に大阪野村銀行(後の大和銀行、現在のりそな銀行)を設立、証券部は1925年(大正14年)12月に野村證券として独立し翌年1月に営業を開始した。
1928年(昭和3年)貴族院多額納税者議員となる。
野村財閥の創始者として大阪野村銀行、野村證券の他、野村合名会社、野村東印度殖産会社の社長、大阪瓦斯、福島紡績等の取締役を務めた。
文化発展の為に尽力したことでも知られ、日仏文化協会創立に関わったことからフランス政府から勲章を受章している。また自身も趣味人であり、茶号を得庵と称し京都・南禅寺近くに日本庭園を擁する碧雲荘を築造し数多くの茶会を催した。
[編集] 二代目野村徳七を題材とした作品
- 梅林貴久生『証券王 野村証券を起ち上げた男』上、下(学研M文庫、2002年)
[編集] 関連項目
- 野村證券
- 野村で始まる記事の一覧
- 住吉村(野村家本邸)
- 碧雲荘(野村家別邸)
- 野村文英(現野村家当主)
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年9月12日 (土) 07:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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