鈴木亨

鈴木亨の最新ニュースをまとめて検索!

鈴木 亨
Tooru Suzuki
基本情報
生年月日 1966年5月28日(43歳)
出身地 岐阜県
身長 178cm
体重 80kg
血液型 B型
利き手
経歴 日本大学
成績
2009年3月21日現在
  

鈴木 亨(すずき とおる、1966年5月28日 - )は日本のプロゴルファー

目次

[編集] 人物

岐阜県岐阜市出身。

ゴルフ練習場を経営する父親・鈴木基之の影響を受け、小学生の頃からゴルフを始める。中学生の頃にはプロゴルファーを目指し、父親からスパルタ教育を受けていた。

高校は、ゴルフ部のある高校が岐阜県内になかったため名古屋市愛工大名電へ進んだ。その後、日本大学へ進学。卒業後にプロ入り。

川岸良兼は同い年で、ジュニア時代からのライバル。

妻も元プロゴルファーである。

長女はアイドル歌手グループ℃-ute鈴木愛理

[編集] 経歴

[編集] 主な成績

  • 賞金獲得ランク最高位 9位(2000年)

[編集] エピソード

  • ゴルフ用品は、学生時代からミズノを愛用している。
  • ジュニア時代より家業のゴルフ練習場の手伝いをしていた。夜、練習場の営業が終了すると、客が使用した練習ボールの後片付けを日課としていた。後に本人は「この後片付けのおかげで足腰が強くなったかも」とゴルフ雑誌で語っている。
  • ジュニア時代、父親と練習ラウンドをこなしていた。帰りの車では反省会が行なわれ、ラウンド内容やコース内容について父親より質問が行われた。即答できないと厳しく叱責され、ときには鉄拳制裁を受けた。これは「一打一打が大切にできない者や一度回ったコースを把握できない者がプロを目指す資格はない」と父親が考えていたためである。
  • プロゴルファーを目指すと決意したとき、父親から岐阜本巣カントリークラブのゴルフ場会員権をプレゼントされた。
  • プロゴルファーになるため日本大学を選択し、ゴルフ部に入部した。しかし、父親からプロゴルファーになるための条件を出されていた。それは「在学中に『日本』と名の付くアマチュアタイトルのホルダーになること」だった。父親は「アマチュアホルダーにもなれない者がプロになっても大成しない」と考え、鈴木に厳しく対応していた。
  • 日本大学ゴルフ部では主将を務めた。なお、副主将を務めたのは川岸良兼だった。
  • 中島常幸と鈴木の関係は、「ジプシー後藤」こと後藤修を通じての兄弟弟子であり、一般的に言われている師弟関係にはあたらない。しかし、鈴木にとって中島常幸は最も尊敬するプロゴルファーであり、中島が主催していた練正館にも参加し、現在もツアーやボランティア活動などで行動を共にしている。
  • 後藤修からは「スイングが最もきれいなゴルファーの一人」と賞賛されたことがある。
  • まだシード権を取れていない頃、ツアーで尾崎将司とラウンドし、尾崎から「彼は10年後プレーしていない」と酷評されたことがある。
  • トーナメント競技4日間のうち1日だけ爆発的なスコアーを出して優勝することが多く、仲間から「ボンバー鈴木」と呼ばれていた。
  • 性格は、「超」がつくほどの真面目な性格。
  • 1993年以降、国内ツアーの賞金シード権を確保し続けており、これは賞金シードを継続している現役選手の中で最長記録である。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年7月14日 (火) 15:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【鈴木亨】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!