鈴木亨
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| 鈴木 亨 Tooru Suzuki |
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|---|---|
| 基本情報 | |
| 生年月日 | 1966年5月28日(43歳) |
| 出身地 | 岐阜県 |
| 身長 | 178cm |
| 体重 | 80kg |
| 血液型 | B型 |
| 利き手 | 右 |
| 経歴 | 日本大学卒 |
| 成績 | |
| 2009年3月21日現在 | |
鈴木 亨(すずき とおる、1966年5月28日 - )は日本のプロゴルファー。
目次 |
[編集] 人物
ゴルフ練習場を経営する父親・鈴木基之の影響を受け、小学生の頃からゴルフを始める。中学生の頃にはプロゴルファーを目指し、父親からスパルタ教育を受けていた。
高校は、ゴルフ部のある高校が岐阜県内になかったため名古屋市の愛工大名電へ進んだ。その後、日本大学へ進学。卒業後にプロ入り。
川岸良兼は同い年で、ジュニア時代からのライバル。
妻も元プロゴルファーである。
[編集] 経歴
- 1986年 - 岐阜オープンゴルフトーナメントで、ベストアマ獲得
- 1987年 - 日本アマチュアゴルフ選手権制覇
- 1989年4月22日 - ツアープレイヤーに転向
- 1990年6月21日 - ミズノオープンにてプロデビュー
- 1992年6月 - '92ヨネックス広島オープンでツアー初のベスト10入り
- 1992年10月- ゼンリン福岡オープン(後援競技)でプロ初優勝。裏シードによる権利で1993年のシード権を獲得。以後2009年度までシード権を連続維持。
- 1993年9月 - ジュンクラシックでツアー初優勝。
[編集] 主な成績
- 1994年7月 中村寅吉メモリアル日経カップ優勝
- 1994年8月 サンコーグランドサマー優勝(後援競技)
- 1996年3月 ノベルKSBオープン優勝
- 1998年6月 札幌とうきゅう優勝
- 2000年11月 カシオワールドオープン優勝
- 2002年6月 JCBクラシック仙台優勝
- 2004年10月 アコムインターナショナル優勝
- 賞金獲得ランク最高位 9位(2000年)
[編集] エピソード
- ゴルフ用品は、学生時代からミズノを愛用している。
- ジュニア時代より家業のゴルフ練習場の手伝いをしていた。夜、練習場の営業が終了すると、客が使用した練習ボールの後片付けを日課としていた。後に本人は「この後片付けのおかげで足腰が強くなったかも」とゴルフ雑誌で語っている。
- ジュニア時代、父親と練習ラウンドをこなしていた。帰りの車では反省会が行なわれ、ラウンド内容やコース内容について父親より質問が行われた。即答できないと厳しく叱責され、ときには鉄拳制裁を受けた。これは「一打一打が大切にできない者や一度回ったコースを把握できない者がプロを目指す資格はない」と父親が考えていたためである。
- プロゴルファーを目指すと決意したとき、父親から岐阜本巣カントリークラブのゴルフ場会員権をプレゼントされた。
- プロゴルファーになるため日本大学を選択し、ゴルフ部に入部した。しかし、父親からプロゴルファーになるための条件を出されていた。それは「在学中に『日本』と名の付くアマチュアタイトルのホルダーになること」だった。父親は「アマチュアホルダーにもなれない者がプロになっても大成しない」と考え、鈴木に厳しく対応していた。
- 日本大学ゴルフ部では主将を務めた。なお、副主将を務めたのは川岸良兼だった。
- 中島常幸と鈴木の関係は、「ジプシー後藤」こと後藤修を通じての兄弟弟子であり、一般的に言われている師弟関係にはあたらない。しかし、鈴木にとって中島常幸は最も尊敬するプロゴルファーであり、中島が主催していた練正館にも参加し、現在もツアーやボランティア活動などで行動を共にしている。
- 後藤修からは「スイングが最もきれいなゴルファーの一人」と賞賛されたことがある。
- まだシード権を取れていない頃、ツアーで尾崎将司とラウンドし、尾崎から「彼は10年後プレーしていない」と酷評されたことがある。
- トーナメント競技4日間のうち1日だけ爆発的なスコアーを出して優勝することが多く、仲間から「ボンバー鈴木」と呼ばれていた。
- 性格は、「超」がつくほどの真面目な性格。
- 1993年以降、国内ツアーの賞金シード権を確保し続けており、これは賞金シードを継続している現役選手の中で最長記録である。
[編集] 外部リンク
- JAPAN GOLF TOUR Official Homepage
- 鈴木亨ゴルフ塾インデックス (2008年現在、リンク切れ)
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