長野県松本深志高等学校
長野県松本深志高等学校の最新ニュースをまとめて検索!
![]() |
|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
|---|---|
| 設置者 | 長野県 |
| 学区 | 第4学区 |
| 校訓 | 自治自律・自学自習 一.克く学業に勉励せよ 一.身体を強健にせよ 一.世の悪風に染むことなかれ |
| 設立年月日 | 1876年7月10日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 20175J |
| 所在地 | 〒390-8515 |
|
長野県松本市蟻ヶ崎3-8-1
|
|
| 電話番号 | 0263-32-0003 |
| FAX番号 | 0263-37-1071 |
| 外部リンク | 公式サイト |
長野県松本深志高等学校(ながのけんまつもとふかしこうとうがっこう)は、長野県松本市蟻ヶ崎にある県立高等学校。
目次 |
[編集] 概要
1日65分の5時限授業を展開する進学校である。2002年度から2003年度までの夏期は70分授業を実施していたが、家庭学習の重視等の理由により、従来(1957年~)の65分授業に戻した。また、2006年度に情報の未履修を指摘された関係で2007年度からは毎週火・木曜日が6時限となっている。校名は松本城の旧名「深志城」、かつて信濃国の国分寺が上田からこの地に移転し信濃国の国府の置かれたことのある「深志の里」の古名に由来している。
本校管理棟普通教室棟(第一棟)と講堂は、共に2003年4月8日から、国の登録有形文化財となっている。
- 第一棟は、1933年(昭和8年)に建てられた初期のコンクリート造学校建築である。尖った柱の形や尖頭状の正面玄関のアーチ等、ゴシック風意匠に特徴がある。東京帝国大学安田講堂(東京大学大講堂)を手本としたと伝えられている。
- 講堂は、第一棟の翌年1934年(昭和9年)に建てられた。現在は体育館を兼ねている。壁体は鉄筋コンクリート造、屋根は桟瓦葺の切妻屋根である。5連の尖頭アーチが特徴のアーケード風の正面玄関、玄関のスクラッチタイルなどは第一棟に呼応した意匠である。
[編集] 沿革
- 1876年(明治9年)7月10日 - 第17番中学変則学校として創立。
- 1877年(明治10年) - 第18番変則中学校。
- 1883年(明治16年) - 東筑摩郡立中学校。
- 1884年(明治17年) - 長野県中学校松本支校となる。(創立70周年までの創立起算の年)
- 1885年(明治18年) - 松本支校の新校舎が松本城内の丸の内キャンパスに落成。間借りや相部屋でない、初の独立した旧制中学校のキャンパスと独立した校舎の落成であったために、盛大に祝賀式典が挙行さる。
- 1886年(明治19年) - 1府県1中学の制により、県内4つの本支校を統合し(長野町に移転した松本の旧県立師範学校跡地、、、柳町キャンパスに)長野県尋常中学校を設置。松本支校跡地(丸の内キャンパス)は寄宿舎、商業科、農業科などに利用される。その後、松本大火が起こり柳町キャンパスを全焼してしまったため、校長室と普通科校舎を松本支校跡地に増築して丸の内キャンパスへ再び移転。
- 1898年(明治31年) - とんぼの校章を制定。
- 1899年(明治32年) - 長野県立松本中学校と改称。(長野県尋常中学校飯田支校は松本中学校飯田支校に)
- 1901年(明治34年) - 長野県松本中学校大町分校を設置。(現:長野県大町高等学校)
- 1904年(明治37年)4月1日 - 大町分校が、長野県立大町中学校として独立。
- 1920年(大正9年)4月 - 長野県令38号により、長野県松本中学校に改称。
- 1922年(大正11年)4月 - 長野県松本第二中等学校(現:長野県松本県ヶ丘高等学校)が開校されるが名称変更はなされず。
- 1947年(昭和22年)8月 - 第29回全国中等学校優勝野球大会に出場。
- 1948年(昭和23年) - 学制改革により長野県松本深志高等学校となる。
- 1956年(昭和31年) - 創立起算年を筑摩県時代の17番変則中学校を開智小内に設置の明治9年からに変更。(深志高校の2代目の岡田校長の時)
- 1967年(昭和42年) - 西穂高岳落雷遭難事故が発生。
- 1973年(昭和48年)3月 - 長野県松本筑摩高等学校の開校に伴い、定時制を廃止。
- 2003年(平成15年)4月22日 - 文部科学省から学力向上フロンティアハイスクール事業の指定を受ける(2005年度迄)。
[編集] 教育目標
65分授業×5限である。
- 広い分野で、確かな基礎学力を養う。
- 生徒の個性や能力に応じ、その可能な限りの伸長発展を図る。
- 生徒の自主性を尊重して、自治の精神を育てる。また、豊かな情操を養い、知情意のバランスのとれた、ゆとりある学校生活ができるようにする。
[編集] 遺訓
旧制松本中学校初代校長小林有也が残した遺訓が現在も伝えられている。
- 一、諸子はあくまでも精神的に勉強せよ
- 一、而して大に身體の強健を計れ
- 一、決して現代の惡風潮に染み堕落するが如き事のあるべからず
[編集] 特色
[編集] 郷友会
出身中学校を共にする生徒がそれぞれ運営する団体。夜行軍・蜻蛉祭の灯篭作り・試胆会などの年中行事を行う。
[編集] 深志清陵交歓会
1956年(昭和31年)より続く伝統行事である。隣接通学区の諏訪清陵高校との交流の場であり、毎年6月に行われていたが、近年は行われていない。
[編集] クラブ活動
特別活動としてのクラブ活動は、「運動協議会」(運動部)と「学芸協議会」(文化部)とによって構成される「合同協議会」によって総括される。クラブ活動の団体には、予算や生徒会の支援の違う、愛好会・同好会・部活動の3段階が設けられている。
2007年5月現在、合同協議会に属する正式な団体は、運動協議会21、学芸協議会は37の計58団体(名前だけで部員を持たないものも含む)が存在する。
- 運動協議会
- 学芸協議会
[編集] 部活動の主な実績
- 弓道部
- 第8回東日本高等学校弓道大会 女子団体3人編成3位(2008年12月)[県新人戦優勝 県代表](2008年10月)
- 第7回東日本高等学校弓道大会 男子団体5人編成3位(2007年12月)[県新人戦優勝 県代表](2007年10月)
- 第24回全国高等学校弓道選抜大会 男子団体ベスト8[県選抜予選優勝 県代表](2006年3月)
- 第23回全国高等学校弓道選抜大会 男子団体ベスト8[県選抜予選優勝 県代表](2005年3月)
- 第4回東日本高等学校弓道大会 女子団体5人編成3位(2004年12月)
- 硬式テニス部
- 第27回全国選抜高校テニス大会 全国大会出場[北信越大会準優勝 北信越代表](2005年)
- サッカー部
- 全日本ユース大会出場[平成7年北信越高校総体優勝 北信越代表](1995年)
[編集] その他
1960年(昭和35年)から1972年(昭和47年)まで、「クロ」という犬が住み着いていた。クロは、職員会議に出席し、授業の見回りをし、そして、夜間の警備の巡回についてまわっていた。当時の職員名簿に名前ものっていた。
この事実に一部フィクションを織り交ぜて作成された映画が、「さよなら、クロ」(配給:シネカノン 監督:松岡錠司 主演:妻夫木聡)である。この映画には、当時在籍していた生徒や教職員がエキストラで出演もしている。
- 参考及び映画の原作:『職員会議に出た犬・クロ』 作:藤岡改造(元松本深志高等学校国語科教諭) 郷土出版社 ISBN 4876633886
[編集] 出身者
[編集] 政治
[編集] 学者
- 松本深志高等学校卒
- 礒山雅 - クラシック音楽評論家、国立音楽大学教授
- 大澤真幸 - 社会学者、京都大学大学院人間・環境学研究科教授
- 荻上紘一 - 数学者、元東京都立大学第10代総長
- 中嶋嶺雄 - 国際関係論、国際教養大学理事長・学長、東京外国語大学元学長
- 窪田充見 - 民法学者、神戸大学大学院法学研究科教授
- 田中勝人 - 経済学者、一橋大学大学院経済学研究科教授
- 森泰生 - 京都大学大学院工学研究科教授
- 山越言 - 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授
- 荒木崇 - 京都大学大学院生命科学研究科教授
- 古厩忠夫 - 歴史学者、新潟大学教授
- 高津聖志 - 元東京大学医科学研究所教授
- 相田利雄 - 法政大学社会学部教授、法政大学大原社会問題研究所所長
- 不明
[編集] 経済人
[編集] 文化人
[編集] その他
[編集] 著名教職員
- 古田武彦 - 歴史研究家
[編集] 校章
- 高の字にトンボがとまる。校章
- 文化祭は「とんぼ祭」と称し、その名称は校章に由来する。
[編集] 校歌
[編集] 交通
- 最寄駅
- 停留所
- 松本電鉄北市内線が当校に隣接する公道を走っている。
- 深志高校裏 - 西回り『横田方面行き』
- 深志高校前 - 東回り『松本駅前方面行き』
- 当校の周りが一方通行の為二方向のバス停が別になっている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月28日 (土) 01:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【長野県松本深志高等学校】変更履歴



