阪本順治

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阪本 順治(さかもと じゅんじ、1958年10月1日 - )は、日本映画監督

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[編集] 来歴・評価

大阪府堺市生まれ。家業は仏具商で、生家の向かいが東映の映画館であったことから幼少期より映画に親しむ。大阪府立三国丘高校を経て、横浜国立大学教育学部中退。在学中から石井聰互井筒和幸川島透などの現場に美術助手や助監督として参加するかたわら、自主映画を制作していた。

1989年赤井英和主演の『どついたるねん』で監督デビューを果たし、芸術選奨文部大臣新人賞、日本映画監督協会新人賞、ブルーリボン賞最優秀作品賞など数々の映画賞を受賞。

男の世界を描いた作品が多いが、2000年の『』では主演に藤山直美を迎えて女の内面を描き、各方面から賞賛され、キネマ旬報ベストワンや2001年日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞した。

[編集] エピソード

  • どついたるねん』、『王手』、『ビリケン』を新世界3部作と呼ぶが、これは阪本が「大林宣彦監督の“尾道三部作”に対抗しましょっか」と冗談で言ったのが始まり。
  • 佐藤浩市原田芳雄岸部一徳真木蔵人豊川悦司國村隼らと度々組んでいるが、それは彼らしかできない役だとの真剣な思いで起用したのであり、「『阪本劇団』などといわれるが、俺たちは『なかよしクラブ』などではない」と著書で語っている。
  • KT』では、荒井晴彦が執筆した脚本を無断で書き換えたとして、「映画芸術」誌上で荒井に批判された。
  • 2007年1月2日放送の芸能人格付けチェックこれぞ真の一流品だ!!'07お正月スペシャル!で一流監督と素人が監督した作品とを見極めるという主旨の問題で、一流監督として短編作品を監督した。ただし、多くの俳優や芸能人は素人のハリセンボン箕輪はるかが監督した作品の方を支持し、阪本が監督した作品を支持したのはプロレスラーチームだけという結果になってしまった。
  • 2008年の『闇の子供たち』では、マスコミに対して「フィクションではなく、真実」と発言していた[要出典]が、映画に協力した大阪大学医学部の福嶌教偉は「タイで日本人が心臓移植を受けた例はない」としてフィクションであることを明言している。されど日本ユニセフ協会(国連機関のユニセフの日本支部や構成機関ではない別団体)はウェブサイトに「現実を映し出している」「内容はドキュメンタリと同じ」などと紛らわしい微妙な言い回しを行った結果、ノンフィクションと誤った情報が流れる結果となった[要出典]

[編集] 監督作品

[編集] 著書

  • 『孤立、無援』(2005年、ぴあ

[編集] 研究・応援書

  • 『銀幕没我』(1994年、「銀幕没我」編集委員会=鈴村たけし・北見秋満・ますだけいこ)※阪本自身も寄稿

最終更新 2009年8月7日 (金) 00:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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