高松宮記念杯競輪

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高松宮記念杯競輪
概要
開催時期 5月末~6月(年によりまちまち)
開催地域 大津びわこ競輪場
愛称 宮杯
分野 競輪
カテゴリー GI
形態 4日間トーナメント
主催者 大津市
歴史
初回開催年 1950年
初代優勝者 山本清治
最多優勝者 滝澤正光(5回)
直近優勝者 平原康多(2009年)
  


高松宮記念杯競輪(たかまつのみやきねんはいけいりん)は滋賀県大津市大津びわこ競輪場で開催される競輪GI競走である。

目次

[編集] 概要

ファン・選手・関係者の間では親しみを込めて「宮杯(みやはい)」という略称で呼ばれる。また、例年5月末〜6月初めという梅雨の時期に開催されることから「雨の宮杯」と呼ばれることもある。

1992年第43回大会限りで引退した中野浩一(同大会決勝戦2着)が唯一タイトルを獲得出来なかった特別競輪(GI)としても知られる。また、2004年第55回大会に優勝した松本整や、2006年第57回大会の内林久徳が大会直後や大会中に引退発表したレースでもある。

開催時期については、従来は5月下旬〜6月上旬の間に開催されることが多かったが、2009年第60回大会では新設GI競走のSSシリーズ風光るが5月に開催される関係から、6月18日6月21日の開催となった。

[編集] 歴史

滋賀県大津市内の近江神宮高松宮との関わりにより、例年大津びわこ競輪場で開催されている。

1950年に同会場を訪れた故高松宮殿下が開設記念競走の優勝トロフィーを寄贈(下賜)したことをきっかけに創設された。特別競輪として正式に認定されたのは1963年第14回大会からで、それまでは準特別競輪という位置づけであった。

当初は女子選手の競走(女子競輪)があったため「高松宮および同妃賜杯競輪」という名称で行われていたが、翌1964年10月を以って女子競輪が廃止されたため、同年度を最後に「高松宮妃賜杯競輪」も併せて廃止された。

1965年第16回大会からは「高松宮賜杯競輪」として、1973年第24回大会から「高松宮杯競輪」として開催された。だが1997年第48回大会の直前になって、皇室経済法等の規定により高松宮家から「下賜を取りやめたい」という申し出がなされたため、一時は高松宮杯競輪の開催が危ぶまれるという事態に陥った。最終的に同年はそのまま「高松宮杯競輪」として開催されたが、翌1998年第49回大会からは「高松宮記念杯競輪」と改称することで落ち着いた(中央競馬にも「高松宮杯」があり、それも後に申し出が行われ改称された)。

1999年第50回大会からはそれまでの6日制から4日制へと改められ、2002年第53回からそれまでの特別競輪という呼称に代わりグレード制が採用されたためGI競走に格付けされ、現在に至っている。

[編集] 出場選手選抜方法

高松宮記念杯競輪の出場選手は、以下の優先順位に従って選抜される。

  1. 前年のKEIRINグランプリ出走者(9人)
  2. 本大会を過去3回以上優勝した者(ただし開催時にS級1班に在籍していること)
  3. 東西王座戦の準決勝戦進出者
  4. 前年10月〜当年2月の期間内における平均競走得点上位者

[編集] 勝ち上がり方式

この大会は、他のGI競走とは異なり、高松宮杯競輪となった1973年第24回大会以降は「東西対抗戦」の形式をとっているのが特徴である。

2001年第52回大会までは予選(一次予選、二次予選)と準決勝戦は東日本(関東・南関東以東)と西日本(中部以西)に分かれてそれぞれで勝ち上がりを行い、決勝戦では東西の各準決勝1〜4着4人ずつと5着2名の中から競走得点上位1名が進出するという体裁だった。

2002年第53回大会から番組が変更となり、東西対抗戦のタイトルこそ残しているものの、その前哨戦として2月に「東西王座戦」(GII)と題してそれぞれの地区でトライアル競走を開催し、その成績を基に本戦の出場を争う形となった。なお本戦はこれまでの東西の地区分けをせず他のGI競走と同じように勝ち上がりを行っていたが、2004年第55回大会からは一次予選および初日の特別選抜予選のみ東西地区分けが行われ、二日目以降は東西混合戦という形になった。

初日の特別選抜予選は青龍賞(東日本)・白虎賞(西日本)、二日目の特別優秀競走は龍虎賞2006年までは「マザーレークカップ」)という名称が与えられている。

2004年以降の番組(勝ち上がり戦のみ)
  • 初日 青龍賞1R(9名)、白虎賞1R(9名)、選抜予選2R(18名)、1次予選8R(72名)
  • 2日目 龍虎賞1R(青龍賞1〜4着4名・白虎賞1〜4着4名・青龍賞5着と白虎賞5着いずれかのうち平均競走得点上位1名)、2次予選A3R(青龍賞5着と白虎賞5着いずれかのうち平均競走得点下位1名・青龍賞6〜9着4名・白虎賞6〜9着4名・選抜予選1〜5着10名・1次予選1着8名)、2次予選B3R(選抜予選6〜9着8名・1次予選2〜3着16名・4着のうち平均競走得点上位3名)
  • 3日目 準決勝3R(龍虎賞1〜9着9名・2次予選A1〜4着12名・2次予選B1〜2着6名)
  • 4日目 決勝1R(準決勝1〜3着9名)

[編集] 過去の優勝者

開催日 優勝者 登録地
第1回 1950年(昭和25年) 山本清治 大阪
第2回 1951年(昭和26年)
第3回 1952年(昭和27年) 高倉登 埼玉
第4回 1953年(昭和28年) 松村憲 高知
第5回 1954年(昭和29年) 中井光雄 滋賀
第6回 1955年(昭和30年)
第7回 1956年(昭和31年)
第8回 1957年(昭和32年) 西村亀 山口
第9回 1958年(昭和33年) 加藤晶 京都
第10回 1959年(昭和34年) 山本清治 大阪
第11回 1960年(昭和35年) 石田雄彦 和歌山
第12回 1961年(昭和36年) 笹田伸二 徳島
第13回 1962年(昭和37年)
第14回 1963年(昭和38年) 高原永伍 神奈川
第15回 1964年(昭和39年) 戸上守 福岡
第16回 1965年(昭和40年) 白鳥伸雄 千葉
第17回 1966年(昭和41年) 宮路雄資 熊本
第18回 1967年(昭和42年) 平間誠記 宮城
第19回 1968年(昭和43年) 吉川多喜夫 神奈川
第20回 1969年(昭和44年) 高原永伍
第21回 1970年(昭和45年) 田中博 群馬
第22回 1971年(昭和46年) 稲村雅士
第23回 1972年(昭和47年) 福島正幸
第24回 1973年(昭和48年) 太田義夫 千葉
第25回 1974年(昭和49年) 荒木実 京都
第26回 1975年(昭和50年) 藤巻清志 神奈川
第27回 1976年(昭和51年) 荒木実 京都
第28回 1977年(昭和52年) 谷津田陽一 神奈川
第29回 1978年(昭和53年) 阿部良二 岩手
第30回 1979年(昭和54年) 荒川秀之助 宮城
第31回 1980年(昭和55年) 藤巻昇 北海道
第32回 1981年(昭和56年) 久保千代志 愛知
第33回 1982年(昭和57年) 伊藤豊明 愛媛
第34回 1983年(昭和58年) 尾崎雅彦 東京
第35回 1984年(昭和59年) 佐々木昭彦 佐賀
第36回 1985年(昭和60年) 滝澤正光 千葉
第37回 1986年(昭和61年)
第38回 1987年(昭和62年)
第39回 1988年(昭和63年) 井上茂徳 佐賀
第40回 1989年(平成元年) 滝澤正光 千葉
第41回 1990年(平成2年) 鈴木誠
第42回 1991年(平成3年) 佐々木昭彦 佐賀
第43回 1992年(平成4年) 滝澤正光 千葉
第44回 1993年(平成5年) 井上茂徳 佐賀
第45回 1994年(平成6年) 神山雄一郎 栃木
第46回 1995年(平成7年)
第47回 1996年(平成8年) 吉岡稔真 福岡
第48回 1997年(平成9年)
第49回 1998年(平成10年) 高木隆弘 神奈川
第50回 1999年(平成11年) 太田真一 埼玉
第51回 2000年(平成12年) 金子真也 群馬
第52回 2001年(平成13年) 高木隆弘 神奈川
第53回 2002年(平成14年) 山口富生 岐阜
第54回 2003年(平成15年) 小嶋敬二 石川
第55回 2004年(平成16年) 松本整 京都
第56回 2005年(平成17年) 村本大輔 静岡
第57回 2006年(平成18年) 山崎芳仁 福島
第58回 2007年(平成19年) 小嶋敬二 石川
第59回 2008年(平成20年) 渡邉晴智 静岡
第60回 2009年(平成21年) 平原康多 埼玉

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月2日 (金) 12:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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