高野寛

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高野寛
基本情報
出生 1964年12月14日(44歳)
血液型 B
学歴 大阪芸術大学芸術学部
芸術計画学科卒業
出身地 静岡県浜松市
ジャンル ロックポップ
職業 シンガー・ソングライター
ギタリスト
アレンジャー
プロデューサー
担当楽器 ボーカル
ギター
エレクトリック・シタール
活動期間 1986年 -
レーベル

東芝EMI/イーストワールド

ユニバーサルミュージック/ MILESTONE CROWDS
共同作業者 Nathalie Wise
GANGA ZUMBA
pupa
影響 トッド・ラングレン
ビートルズ
YMO
公式サイト HAAS(高野寛)
  

高野 寛(たかの ひろし、1964年12月14日 -)は、ミュージシャン音楽プロデューサー静岡県浜松市出身。血液型はB型。静岡県立浜松西高等学校大阪芸術大学芸術学部芸術計画学科卒業。代表曲に「虹の都へ」「ベステン ダンク」などがある。 影響を受けた主なアーティストに、トッド・ラングレンビートルズYMO忌野清志郎等がある。

目次

[編集] 活動

1986年高橋幸宏鈴木慶一主催の「究極のバンド」オーディションに出場、実力で他を圧倒、見事合格(この時同オーディションを受けていたミュージシャンに、青山陽一を擁するGRANDFATHERSや、後に『Bomb A Head!』などをヒットさせたことで知られるm.c.A・T[1]らがいた)。オーディションの本来の目的であったバンド結成は結局立ち消えになったものの、これをきっかけにビートニクスのツアーにギタリストとして参加することになる(ちなみにこのツアーメンバーには、後にソロデビューする鈴木祥子や、Mr.Childrenのプロデューサー小林武史大村憲司らもいた)。その後、1988年に高橋幸宏プロデュースのシングル「See You Again」でデビューする。

1995年4月から1年間、NHKのトーク番組『土曜ソリトン SIDE-B』の司会を緒川たまきとともに務めた。また、同年、TBS系列のテレビドラマ『揺れる想い』(南野陽子主演)に青年実業家で大学生の神野光雄役でレギュラー出演するなど、ミュージシャン以外の活動も行う。

ソロでの活動の他、1992年田島貴男をはじめとして他のミュージシャンとのコラボレーションも多い。 ギタリストとしては、1994年坂本龍一のワールドツアーや、2003年宮沢和史のヨーロッパツアー、2004年の南米ツアーに参加している。

2001年には、Nathalie WiseBIKKE斉藤哲也)にギタリスト/ヴォーカリストとして加入。2005年原田郁子tatsu坂田学らと共に、メンバー全員の血液型がB型という異色バンド、4Bを結成。同年9月4日、狭山・稲荷山公園で行われた『HYDE PARK MUSIC FESTIVAL』でのライブが起点となり、氏自身が敬愛する細野晴臣のプロジェクトバンド、東京シャイネスにギタリスト・コーラスとして参加。2006年からは宮沢和史ソロツアーのメンバーにより結成されたバンド、GANGA ZUMBA(ガンガ・ズンバ)のギタリストとして、2007年には、高橋幸宏の呼びかけによりpupaのメンバーとしても活動している。

他のアーティストへの詞や曲の提供、アレンジ音楽プロデューサーとしても活躍。鄭有傑(チェン・ヨウチェー)監督の短編映画『シーディンの夏』の音楽監督を務めたこともある。音楽プロデューサーとしての代表作に、SUPER BUTTER DOGの『サヨナラ COLOR』等がある。

ソロでの活動として高野寛名義以外に、2006年から、HAAS名義(自身が敬愛する写真家Ernst Haasの名に由来)での活動もスタートしている。

2007年5月19日、YMOの3人がHAAS名義で行ったパシフィコ横浜国立大ホールでのライブで、サポートメンバーとして参加。

2008年、ソロデビュー20周年を機にユニバーサルミュージック / MILESTONE CROWDSレーベルに移籍、シングル「LOV」を発表した。8月10日、夢の島公園陸上競技場で開催された「WORLD HAPPINESS 2008」にpupa、GANGA ZUMBAのメンバーとして、またHASYMOのサポートメンバーとして、それぞれ参加した。

2009年8月9日夢の島公園陸上競技場で開催された「WORLD HAPPINESS 2009」にソロとして登場。またpupaのメンバーとしても参加した。

[編集] 備考

参加作品は、幅広い音楽知識に裏打ちされた上質な作りで多くのアーティストたちに強い影響を与えている。細野晴臣坂本龍一高橋幸宏忌野清志郎 / 宮沢和史テイトウワ / クラムボンハナレグミ中村一義 etc...との世代を超えたセッションは、多くのミュージシャン達から信頼される存在であることを物語っている(2005年HMVの音楽ニュースでは「過小評価されているアーティスト」ランキングで日本人アーティストの最高位を記録、「日本ポップス界のキーパーソン」と評された)。

2008年から開催されている野外音楽イベント「WORLD HAPPINESS」(キューレターは高橋幸宏信藤三雄)では最多出場を果たしている。pupaGANGA ZUMBAなど所属バンドが複数参加したためである。GANGA ZUMBAのボーカル宮沢和史は1日3バンドもかけもちする高野の姿を揶揄して、客席に向かって「高野寛祭りへようこそ!」と呼びかけた。ソロでは2009年、サブステージに登場。「虹の都へ」「夢の中で会えるでしょう」などを披露した。また同イベントには高野のデビューのきっかけとなった「究極のバンド」オーディションにかかわっていた面々が多く登場していた。THE DUB FLOWERのいとうせいこうはオーディションの司会だったという。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

[編集] アルバム

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[編集] 参加作品

[編集] 出演

[編集] ラジオ番組

  • Hello it's me(NACK5)
  • 高野寛の五十歩百歩(NACK5)
  • ブルボンブランニューコレクション(Fm yokohama)
  • サンデーファンキーパーク(FM-FUJI)
  • IBM INTERNET CAFE 'Plug In' (1998年J-WAVE
  • フォーウェー・ミュージック・ストリート (JFN各局) 第4週を担当
  • 高野寛のトーキングエッセイ~ここはどこか~(JFN)

[編集] テレビ番組

[編集] 著書

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ ナタリー - [Power Push]高野寛

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月17日 (火) 05:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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