DML30系エンジン
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DML30系エンジン(DML30けいエンジン)は、日本国有鉄道(→JRグループに継承)の気動車用として開発されたディーゼルエンジンである。
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[編集] 概要
キハ60系でのDMF31HSAとDW1液体変速機の失敗を受けて1963年(昭和38年)に試作された直列6気筒の横型エンジンであるDMF15HS (240PS/1600rpm) を基本とし、翌1964年にこれをバンク角180度のV型12気筒に組み替えたDML30HSをはじめとして、国鉄と新潟鐵工所、ダイハツディーゼル、神鋼造機の各社によって共同開発された。
水平対向12気筒[1]、連続定格出力440 - 660PSのエンジンである。主に高速、高出力を要求される特急形車両や急行形車両に使用される。
型式名のDMはDiesel Motorの略、Lは12気筒を意味し(Aを1、Bを2…の意味に置き換えると12はL)、30は総排気量(リットル)である。末尾のHは横型機関 (Horizontal) を、Sはターボチャージャーを意味し、それに続くアルファベットは改良順にA、B…となる。
国鉄の気動車用エンジンは、大別するとDMH17系と、このDML30系(大出力形)/DMF15系(小出力形)エンジンに分けられる。後者のDMF15系は前述の通りこのDML30系エンジンの基本となったもので、両者はシリンダの摩耗部品や各種補機を中心として、相互の部品互換性を持つ。
[編集] 構造
DMF31系エンジンが、シリンダ径も行程も共に過大で気動車の床下に横置き搭載するには問題が多かったことを教訓として、実績のあるDMH17系の設計・構造から大きく離れることを避けて計画・設計された、保守的な設計のエンジンである。
このため、最初に試作されたDMF15HSでは、DMH17系と同じピストン行程(160mm)を踏襲しつつシリンダ直径を10mm拡大(130mm→140mm)して1気筒あたりの排気量を約8%増大、さらに定格回転数を100rpm引き上げて(1,500rpm→1,600rpm)ターボチャージャーにより過給を行い[2]、各シリンダ単体の出力を引き上げることでシリンダ数の削減を図り、バランスの良い直列6気筒構成を実現している。
本系列はこのDMF15HSを2台向かい合わせに組み合わせてクランクシャフトを共有とし、バンク角180度のV型12気筒とすることで出力の倍増と軽量化[3]を図ったものである。
その設計方針は単純・堅牢・廉価を狙いつつ新技術の導入を図ったとされ、1バンク6気筒のシリンダヘッドを3気筒ずつひとまとめにすることで消耗品であるガスケットを1枚で済ませるなど保守の容易化に留意した構造が採用され、またエンジン本体と付属圧縮機の一体化による潤滑油の共通化をはじめとして各種補機の設計にも工夫が凝らされていた。
もっとも、DMH17系エンジンでも問題となった排気管の焼損・発火問題を抑止するため、ターボ過給器による過給については姉妹機種であるDMF15HZとは異なり中間冷却器を付加できず、1バンクにつき1基ずつ計2基の石川島播磨重工業製TB15ラジアル形ターボ過給器[4]を搭載するに留められている。
[編集] 運用状況
国鉄は当初、DMH17系に代わるエンジンは300PS級のDMF15系が妥当なのか、それとも500PS級の本系列が妥当なのか、どちらとも決めかねていた。そこで実際にこれらの機関を搭載した車両を試作し、長期試験を実施することとした。それがキハ90系である。
1966年(昭和41年)、300PSのDMF15HZAを搭載したキハ90形と、500PSのDML30HSAを搭載したキハ91形が各1両製造され、千葉地区など各地で性能試験が行われた。これらでの試験の結果、今後の優等列車用国鉄気動車では500PS級機関を1基搭載することになり、翌年には営業列車での長期実用試験を行うため、DML30HSBを搭載したキハ91形量産試作車7両と、走行用エンジンを搭載しないキサロ91形が3両製造され、急行「しなの」などで長期実用試験が開始された。
だが、1968年の白紙ダイヤ改正で計画された非電化区間優等列車の速達化プランを実施に移すには、キハ90系試作車での長期試験の結果を待つ時間が残されていなかった。このため国鉄当局は試験結果を待たずに食堂車を除く全車に500PS級のDML30HSCエンジンを装備したキハ181系を製造、1968年(昭和43年)10月1日のダイヤ改正から特急に格上げされた「しなの」で営業運転を開始した。
こうして本格的な量産にゴーサインが出された本系列であるが、その設計は様々な問題点を内包していた。
まず、保守の容易化を狙って採用された3シリンダー1ヘッド構成は、過酷な「つばさ」運用へ充当されていたキハ181系搭載分を中心に、ガスケットのボルト締め付け力の不均等によると見られる吹き抜け現象が多発し、本系列のアキレス腱となった。これはガスケットの設計変更を繰り返し、出力のデチューンを行うことで一応の解決が図られたが充分ではなく、キハ66・67系用として設計されたDML30HSH以降では3シリンダ3ヘッド構成としてガスケットをそれぞれに組み付ける従来の設計に戻すことで対処せざるを得なかった[5]。
また、設計の効率化や合理化を目的として新設計が導入された補機にもトラブルが続出した。特に先に挙げた機関本体と圧縮機の潤滑油共通化設計は、機関の高温環境に曝された潤滑油が変質してゼリー状となり圧縮機の弁に固着する、といった深刻なトラブルを誘発し、これも潤滑油の供給系統を分割し従来と同様の設計とすることで対処が図られている。
さらに、DMH17系の段階で排気マニホールドの過熱による発火を防止するため、機関の全力運転時間を5分に制限する必要があったにもかかわらず、根本原因である気筒内の燃焼効率を改善し排気温の低下を図ることなく、ほぼそのままの構造で出力向上を図った結果、本系列[6]における機関発熱は当初の想定を超える過大なものとなった。
本系列の基本設計が行われた1960年代初頭には、既に燃焼効率が良く排気温を低く抑えられる直噴エンジンの開発が、主として経済性を重視してトラック用ディーゼルエンジンを中心に進められており、日本でもいすゞ自動車と日野自動車が1950年代末頃からその開発に着手していた[7]。このような状況下で、国鉄技術陣が直噴式を検討せず予燃焼室式に固執した理由は明らかではない[8]が、結果としてこれは本系列における不具合頻発の一因となった。
本系列でも採用された予燃焼室式が戦前のDMH17初号機設計の時点で選択されたのは、当時の国情から低質油の使用が可能であること、予燃焼室内での噴射燃料の燃焼が緩やかで低圧力に耐えるだけで済んで予燃焼室や気筒部の設計製造が比較的容易であったこと、それに騒音・振動の点で有利であったことなどの理由による。だが、予燃焼室式は前述の利点の一方で絞り損失が大きく冷却効率が悪く、ひいては熱効率が悪い、という弱点があり、DMH17クラスまでの低出力小型機関であればそれでもメリットの陰に隠れて目立たないが、大出力機関ではこの熱効率の悪さが深刻な問題になりやすい。
DML30系機関搭載車、中でも特に深刻な状況を呈したキハ90・181系における機関のオーバーヒート頻発は、予燃焼室の設計や工作精度の管理不十分、常用速度域の大半を変速段が占める専用変速機の特性[9]、それに性能の不十分な自然放熱式冷却器[10]の採用、といった事情から特に極端な形で顕在化したものである。本系列の製造上の品質管理の問題は、充分な管理・調整が期待できた試作機の段階では特に目立った不具合が発生しなかったために見過ごされたが、量産段階では設計陣の想定を上回る品質のばらつきが発生し、それらが過酷な使用状況にさらされた結果、一気に表面化したものであった。
この問題は予燃焼室式を採用した各機種では根本的には完治せず、後年、検査を担当する国鉄工場で燃料噴射量を一定レベルに調整[11]することと、強制通風式補助冷却器の追加[12]で一応の解決が図られた。更にはキハ66・67系以降の後発車種では強制通風式の冷却器を全車に標準搭載すると共に、機関出力を一律12%ダウンの440PSとすることで信頼性の確保を図る方策が採られている[13]。なお、このキハ66・67系では騒音が著しく車内で会話できないほどであったことが新聞紙上で取り上げられており、同系列では本来予燃焼室式のメリットであったはずの低騒音・低振動さえ満足に実現されておらず、少なくとも予燃焼室式を積極的に採用する理由は事実上皆無であったことになる。
こうして本系列は、改良、あるいは信頼性向上を目的とした出力ダウンを実施され、その後の高出力化要求に対応するための電子制御・直噴化[14]等、適宜情勢にあわせた変更を重ねられたが、その機械的信頼性の低さや整備の面倒な多気筒エンジンであることから当初の目的であったDMH17系機関を全面的に置き換えるには至らず、他に適切な代替エンジンが開発されなかった[15]ことから1990年代まで製造が継続されたものの、その製造実績は少数に留まった。
[編集] 液体変速機
液体変速機はすべて1段3要素であり、逆転機を内蔵している。DW4系をルーツとし、DW9系、DW12系へと改良された。
最初に造られたDW4系は自動クラッチである。DW4Cは爪クラッチ、DW4Eは湿式多板クラッチ(キハ181系#変速機も参照せよ)。また、逆転機の切り換え時には出力軸を揺動させる。DW4系を装備したキハ181系では、液体変速機と台車を結ぶ推進軸の他に、反力を吸収するための軸を装備する。
DW9系は、DW4系を手動クラッチに変更したもの。キハ183系で使用されるDW9Aは軽量・耐寒形。
DW12系はDW9系を改良したもので、ダイナミックブレーキを装備するための準備がしてあり、また、よりコンパクトになっている。DW12Aは、エンジン出力増大にともなう回転数増大のため、減速比が変更されたもの。
なお、液体変速機は暫時改良されているため、のちに製造時と異なるものに交換されている場合がある。
[編集] 諸元
[編集] 共通項目
- 形式:水平対向12気筒4ストロークディーゼルエンジン
- シリンダ径×行程(mm):140×160
- 排気量:29,541cc
- 燃焼順序:A1→B5→A4→B1→A2→B4→A6→B2→A3→B6→A5→B3
- 過給の有無:有
[編集] 主な共通項目
- 1気筒あたり4バルブ。DML30HSJ以降、1気筒あたり2バルブ。
- 予燃焼室式。DML30HSJ以降、直噴式。
[編集] 諸元一覧
| 主な搭載車種 | 圧縮比 | 定格出力 (PS/rpm) | 最大出力 (PS/rpm) | 組み合わされる液体変速機 | 長さ×幅×高さ (mm) | 乾燥重量 (kg) | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| DML30HS | 試作 | 500/1600 | DW4 | |||||
| DML30HSA | キハ91 1 | 16 | 500/1600 | 540/2000 | DW4A | 2000×1900×810 | 3500 | |
| DML30HSB | キハ91 2~8 | 500/1600 | 590/2000 | DW4B | ||||
| DML30HSC | キハ180 | 500/1600 | 590/2000 | DW4C、DW4D、DW4E | クランク軸一体化 | |||
| DML30HSD | キハ65 | 500/1600 | 590/2000 | DW4D | ||||
| DML30HSE | キハ181 | 500/1600 | 590/2000 | DW4E | ||||
| DML30HSF | キヤ191 | 425/1600 | DW4F | |||||
| DML30HSH | キハ66 | 440/1600 | DW9 | 安定性重視・保守費軽減のため出力ダウン、ガスケット吹き抜け対策 | ||||
| DML30HSI | キハ182 | 440/1600 | DW9A | HSHの耐寒形 | ||||
| DML30HSJ | キハ182-500 | 550/2000 | DW12 | 直噴・電子ガバナ化 | ||||
| DML30HZ | キハ182-550 | 660/2000 | DW12A | インタークーラ追加 |
[編集] DML30系を搭載している車両
[編集] 脚注
- ^ クランク軸への対向シリンダーのコネクティングロッドの組み付け方から判断する限り、厳密には水平対向ではなく、バンク角180度のV型エンジンである。
- ^ DMH17系はターボ過給器が一般的ではなかった時代に設計されたため後付でのターボ過給化が難しく、機関車用の縦型機関であるDMH17SBで300PSを実現したものの気動車用横置き機関への適用は困難であった。なお、これらDMH17系ターボ過給モデル各種での性能増加状況を考慮すると、本系列は各シリンダの燃焼効率という観点においては、DMH17系と比較してさほど大きく変わっていないことが見て取れる。
- ^ DMF15系が自重2.5t前後とより気筒数が多く排気量も大きいDMH17系と比較して約1tの自重増となったのに対し、本系列はクランクシャフトの共通化などにより自重3.5t前後に収まっている。
- ^ 最高許容回転速度50,000rpm、機関定格点での回転速度41,600rpm、圧力比1.28。
- ^ これにより、各シリンダの間隔を拡幅する必要が生じ、DML30HSE以前のモデルとの寸法面での互換性は失われた。
- ^ 直噴化された一部の後期モデルを除く。
- ^ いすゞ(D920)、日野(EA100)の両社共に直噴エンジンの市販化は1967年。
- ^ そもそもDMH17の原型機の一つである三菱重工業8150は直噴式であった。また、本系列が設計されていた時期には既に気動車用として使用可能な直噴機関が量産製品として存在しており、例えば台湾鉄路管理局へ1967年に納入されたDR2700形(東急車輌製造製)はカミンズの標準品の一つであるHR-6系エンジン(直列6気筒、直噴、排気量12.2l)のバリエーションモデルであるNHHRTO-6-B1(出力335PS)を搭載していた。
- ^ 変速段では連続定格(1,600rpm)を上回る回転数(2,000rpm)での機関動作を強いられるため、その長時間にわたる使用は機関本体に好ましくない結果をもたらした。
- ^ ファン駆動による振動や騒音がなく、かつ低コストであるとしてキハ90系より採用された。だが、同系の試験期間中に既に低速かつ機関最大出力での動作を要求される上り連続急勾配区間、特に長大トンネル区間で排気管発火に至る致命的なオーバーヒートの危険性があることが露見し、過熱対策として屋根上に振動や騒音の大きな補助送風ファンを搭載するという、当初の設計コンセプトと完全に矛盾する追加装備さえ搭載された。にもかかわらず、キハ181系ではこのシステムがほとんど無批判に継承され、結果的に列車運行の継続が危ぶまれるほどの深刻な問題を引き起こしている。
- ^ 実質的にはデチューンであった。
- ^ 公式には補助冷却器であるとされるが、実際にはこちらの冷却器を常用し、本来の自然放熱式冷却器は、冷却水温が70℃を超えた場合にのみ使用される。
- ^ この対策は姉妹機種であるDMF15系にも適用された。もっともキハ66・67系ではこれらは根本的な解決策とはならず後半はオーバーヒートトラブルが頻発、冷却系に強制循環ポンプを付加するなどの対策が採られ、最終的には製造後20年を前に新型直噴機関への機関換装という形で抜本的な解決が図られる結果となった。
- ^ いずれも国鉄分割民営化期以降の実施。
- ^ オイルショックによる電化の急速な進展もあって、1970年代以降は気動車の新製需要が激減しており、大出力機関の新規開発コストに見合うメリットが得られなかった。このため、国鉄気動車用エンジンは、国鉄分割民営化直前のキハ37形で新潟鐵工所製舶用機関を手直ししたDMF13Sを採用するまで、10年近くに渡って技術的停滞の中に留め置かれることとなった。
[編集] 参考文献
- 岡田誠一・服部朗宏「石田 啓介氏に聞く 新系列気動車キハ181系のトラブルから学んだ車両開発の要」『鉄道ピクトリアル2008・8月号 No.806』電気車研究会、2008年、pp.10 - 23
最終更新 2009年9月15日 (火) 11:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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