IBM

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International Business Machines Corporation
IBMロゴ
種類 公開会社
市場情報
NYSE IBM
略称 IBM
本社所在地 アメリカ合衆国
New Orchard Road
Armonk, New York 10504
電話番号 914-499-1900
設立 1914年
業種 電気機器
事業内容 コンピュータ関連の
ハードウェアソフトウェアの製造・販売
サービスコンサルティングの提供
代表者 会長社長CEO
サミュエル・J・パルミサーノ
売上高 1036億3000万ドル(2008年度)[1]
総資産 1095億2400万ドル(2008年度)[1]
従業員数 398,455人(2008年度)[2]
決算期 12月末日
主要子会社 日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社
外部リンク http://www.ibm.com/
  

IBM(アイビーエム、正式社名: International Business Machines CorporationNYSE: IBM) は、コンピュータ関連の製品およびサービスを提供する企業である。本社はアメリカ合衆国ニューヨーク州アーモンクに所在する。

なお日本法人は、日本におけるIBMを参照。

目次

[編集] 概要

事業内容はコンピュータ関連のハードウェアソフトウェアの開発・製造・販売・保守と、サービスおよびコンサルティングの提供である。1990年代に企業向け市場に選択と集中を行い、以後の売上比率はハードウェアが約2割、ソフトウェアが約2割、サービスおよびコンサルティングが約6割である。

米国に本社を置くが、各国に現地法人を設立し、世界規模で活動を行う多国籍企業(グローバル企業)でもあり、170か国に事業展開し、世界で8箇所の基礎研究所、24箇所の製造施設を持つ。現在は世界規模の連携・統合を更に強化したGIEへの変革を進めている。

コンピュータ産業の黎明期から携わり、現在ではコンピュータ関連屈指の大企業に成長した。コンピュータ界でマイクロソフト社と並んで業界を牽引するリーダー(巨人とも)と呼ばれ、コンピュータ業界で最も影響力がある企業の一つと言われる。

メインフレーム市場は世界的にはIBMがほぼ独占状態である。また現在主流のパーソナルコンピュータPC/AT互換機であり、IBM PCがベースとなった。商用初の高級言語オペレーティングシステムハードディスクフロッピーディスクRISCプロセッサ、SQL言語などはIBMが開発した。

高収益と豊富な資金力を背景に基礎科学の研究にも力をいれ、ワトソン研究所やチューリッヒ研究所からはノーベル賞受賞者を輩出している。1993年~2008年の16年間、米国での特許取得件数は連続トップとなった[3]

アメリカ東海岸を代表する企業とされ、保守的な社風でIBMの創始者トーマス・ワトソンの意向によりダークスーツに白のワイシャツレジメンタル・タイというスタイルがIMBマンの一般的な服装であった。これに対し西海岸のベンチャー企業の社員がジーンズTシャツといういでたちで対照を成した。後には製品やロゴの色から本国アメリカでは「Big Blue」の愛称で呼ばれている。これに由来してIBMのプロジェクトには「Blue」を冠するものが多く、広告などのイメージカラーになっている。

IBMは、一時期自身のウェブサイトで Planet Wide Company との表現を使っていた。World Wide ではなく、Planet Wide というところにIBMの自負が見られると言う人もいる。2008年11月6日からのコーポレート・ブランド・ビジョンはSmarter Planetである。

[編集] 主な事業

[編集] ハードウェア

[編集] ソフトウェア

[編集] サービス

[編集] その他

  • パーソナルコンピュータ(デスクトップのThinkCentre、ノートPCのThinkPadなど)は、2005年にPC部門ごとLenovoグループに売却された。契約によりLenovoはIBMブランドを一定期間は継続使用したが、既にIBM製品ではなく、正確には「Lenovo『IBM ThinkPad』」などである。

[編集] 歴史

[編集] 草創期

IBMの歴史は電子計算機の開発の数十年前に始まる。電子計算機の前には、パンチカードによるデータ処理機器を開発していた。1911年6月15日ニューヨーク州にザ・コンピューター・タビュレーティング・レコーディング・カンパニー (C-T-R : The Computing-Tabulating-Recording Company) として設立された。

CTRは3つの別個の企業の合併を通じて成形された。ザ・タビュレーティング・マシーン・カンパニー(1896年設立)、ザ・インターナショナル・タイム・レコーディング・カンパニー・オブ・ニューヨーク(1900年設立)、コンピューティング・スケール・カンパニー・オブ・アメリカ(1901年設立)の3社である。タビュレーティング・マシーン・カンパニーの当時の社長は創業者のハーマン・ホレリスであった。この合併の鍵を握っている人物は資産家のチャールズ・フリントであり、彼は3社の創業者を集めて合併を提案し、1930年に引退するまでC-T-Rの取締役であった[4]

トーマス・J・ワトソン・シニアはIBMの創立者とされており、1914年にNCRからC-T-Rの事業部長(ゼネラルマネージャー)として迎えられ、1915年に社長となった。IBMでは1914年を創立の年としている。1917年、C-T-Rはカナダ市場に参入する際に International Business Machine Co., Limited の社名を使用し、1924年2月14日に本体の社名を現在と同じ International Business Machines Corporation に変更した。

C-T-Rの元となった3社は様々な製品を製造していた。従業員勤務時間記録システム計量器、自動食肉薄切り機、そしてコンピュータの開発にとって重要なパンチカード関連機器などである。時とともにC-T-Rはパンチカード関連事業を中心とするようになり、他の事業は徐々にやめていった。

1933年6月20日にエレクトロマチック・タイプライターズ・カンパニーを買収して、タイプライター事業にも乗り出した[5]

[編集] 第二次世界大戦

エドウィン・ブラック(IBMがOS/2販売方針をエンタープライズ向けに変更した結果、廃刊に追い込まれたコンシューマー向けパソコン雑誌『OS/2プロフェッショナル』『OS/2ウイーク』の編集発行人であった)の2001年の著書 IBMとホロコースト (ISBN 4-7601-2158-7) では、IBMのニューヨーク本社とCEOトーマス・J・ワトソンが海外子会社を通してナチス・ドイツにパンチカード機器を供給しており、ホロコーストの実行にそれが使われる可能性を認識していたと主張している。同書では、ニューヨーク本社の協力のもとでIBMジュネーヴオフィスとドイツ内の子会社 Dehomag がナチスの残虐行為を積極的にサポートしていたと主張している。ブラック氏はそれらのマシンを使うことでナチスの行為が効率化されたとも述べている。2003年ドキュメンタリー The Corporation でもこの問題を追及している。

IBMはこれらを証拠に起こされた訴訟で、それを裏付けるだけの当時の資料を保有していないとし、これらを退けた。IBMはまた、著者や原告によって提起された主張を真剣に受け止め、この件に関する適切な学問的評価を期待している、と述べている[6]

第二次世界大戦期間中、IBMはブローニング自動小銃BARM1カービン銃を製造した。同盟各国の軍ではIBMのタビュレーティングマシンは会計処理や兵站業務などの戦争関連の目的で広く使われた。ロスアラモスで行われた世界初の核兵器開発計画であるマンハッタン計画ではIBMのパンチカード機器が広く計算に使用された。このことはリチャード・P・ファインマンの著書『ご冗談でしょう、ファインマンさん』に記されている。同じく戦時中、IBMは海軍のために Harvard Mark I を開発した。アメリカ初の大規模な自動デジタル計算機である。

ホレリス統計機が国勢調査に用いられるようになってから事業が大幅に伸び、企業や政府の計算需要に目をつけて、第二次大戦後にコンピュータの開発と販売に乗り出す。

[編集] 空軍と航空会社のプロジェクト

1950年代、IBMはアメリカ空軍の自動化防衛システムのためのコンピュータを開発する契約を結んだ。SAGE対空システムに関わることでIBMはMITで行われている重要な研究にアクセスできた。それは世界初のリアルタイム指向のデジタルコンピュータで、CRT表示、磁気コアメモリライトガン、最初の実用的代数コンピュータ言語、デジタル・アナログ変換技術電話回線でのデジタルデータ転送などの最新技術が含まれている (Whirlwind)。IBMは56台のSAGE用コンピュータを製造し(1台3000万ドル)、最盛期には7,000人が従事していた(当時の全従業員の20%)。直接的な利益よりも長期にわたるプロジェクトによる安定に意味があった。ただし、先端技術へのアクセスは軍の保護下で行われた。また、IBMはプロジェクトのソフトウェア開発をランド研究所に取られてしまい、勃興期のソフトウェア産業で支配的な役割を得るチャンスを逃した。プロジェクト関係者 Robert P. Crago は、「プロジェクトがいつか完了したとき、2000人のプログラマにIBM内で次に何をさせればいいか想像も出来なかった」と述べている。IBMはSAGEでの大規模リアルタイムネットワーク構築の経験を生かし、SABRE航空予約システムを開発し、さらなる成功を収めた。

[編集] 1960年代から1980年代までの成功

最初の IBM PC (1981年ごろ)

1960年代のIBMはコンピュータ主要8社(UNIVACバロース、Scientific Data Systems (SDS)、CDCGERCAハネウェル、IBM)の中でも最も大きなシェアを有していた。人々はこれを指して「IBMと7人の小人」と称した。その後、バロース、UNIVAC、NCR、CDC、ハネウェルだけがメインフレームを製造するようになり、企業名の頭文字をとって「IBMとB.U.N.C.H」と呼ばれることもあった。これらの企業はバロースとUNIVAC(スペリー)の合併で誕生したユニシス以外はIBMの独占するメインフレーム市場から事実上撤退した。そのころのIBMのコンピュータ製品群は名称を変更しながら今日も成長し続けている。IBMの System/360 として生まれたメインフレームは、今日では64ビットの IBM System z となっている。

1964年に最初の汎用メインフレーム・System/360の開発に成功し、他社を圧倒してメインフレーム市場をほぼ独占する。この成功により、アメリカ司法省は独占禁止法違反でIBMを提訴した(1969年1月17日)。IBMが汎用電子デジタルコンピュータ市場(特にビジネス向けに設計されたコンピュータ)を独占しようと謀り、シャーマン独占禁止法の2条に違反したとの訴えである。具体的には、CDC 6600 対抗機種を発表してCDC側の販売に打撃を与え、結局その対抗機種を発売しなかったという件である。訴訟は1983年まで続き、IBMに多大な影響を与えた。なお、同じ訴因でCDCからも訴えられ、CDC側に有利な条件で和解している。IBMはこれ以外にも度々独占禁止法違反で訴えられてきた。古くは1933年、パンチカード機器とパンチカードの抱き合わせ販売で訴えられた。

その一方で1970年代のパーソナルコンピュータの波には完全に乗り遅れ、主導権を取り戻すためにIBM PCを投入し成功を収める。その後IBM互換機メーカーのデルコンパックに主導権を奪われた。収益の核となるOSとCPUはマイクロソフトインテルに握られてしまった。

IBMエントリーシステム部門に雇われたフィリップ・ドン・エストリッジと "chess" と呼ばれるチームは1981年8月11日IBM PCを完成させた。標準価格は1,565ドルで決して安くは無いがビジネスに使用可能であり、PCを購入したのも企業だった。しかし、PCを管轄していたのは同社のコンピュータ部門ではなく、PCはまともなコンピュータとは見なされていなかった。8ビットパソコンの革命的な表計算ソフト VisiCalc の同系統のソフト Lotus 1-2-3 がPC上で動作するようになると、企業の中間管理職層がその可能性を見出した。IBMの名前に保証され、彼らはPCを購入してビジネススクールで学んだ計算をPCで行うようになった。

[編集] 1990年代の業績悪化と回復

1990年代にはダウンサイジングの潮流によりIBMの主力であったメインフレームは「時代遅れ、過去の遺物(レガシー)、滅び行く恐竜」と呼ばれ、IBMの業績は急速に悪化した。1993年1月19日、IBMは1992年度会計での49億7000万ドルの損失を発表した。これは単年度の単一企業による損失額としてはアメリカ史上最悪であったと言われた。

この損失以来、IBMは事業の主体をハードウェアから、ソフトウェアおよびサービスへと大胆な転換を進めた。また当時は水平分業モデルのマイクロソフトインテルサン・マイクロシステムズオラクルなどが好調であったため、米国のPC事業部(IBM PC Company)やプリンター事業部など、IBM分社化の動きも進められた。ハードウェアは主力のメインフレームの低価格化を進め、複数のサーバーシリーズのブランド名や機能の共通化が進められた。IBMは伝統的に、日本で日本企業が採用する以前から、各国で終身雇用を行っていたが、これを方針転換しリストラの実施が開始された。

1993年、ナビスコ社から引き抜かれたルイス・ガースナーCEOに就任し、不採算部門の売却、世界規模の事業統合、官僚主義の一掃、顧客指向の事業経営を行い、独自システムと独自OSによる顧客の囲い込みをやめ、オープンシステムを採用したシステムインテグレーター事業へ戦略を大きく転換した。また顧客の要望を聞き、顧客はトータルなサービスを望んでいると考え、IBM分社化の動きを停止した。これによりIBMはLinuxを推進する大手コンピュータ企業の筆頭となった。1995年にはネットワーク・コンピューティング1997年にはe-ビジネスを提唱した。

1995年、IBMはLotus Notesを持つLotusを買収した。以後も運用管理ソフトウェアを持つTivoliデータベースInformixソフトウェア開発ツールを持つRationalなどを買収し、従来からのIBMソフトウェア(DB2WebSphereなど)と統合した。この結果、2003年にはソフトウェア事業の5ブランド(Information Management、WebSphere、Lotus、Tivoli、Rational)を形成した。なお、それぞれのイメージカラーは緑、紫、黄、赤、水色である。

1999年、IBMはソフトウェア戦略を全世界で方針転換し、IBMは今後はアプリケーションパッケージは開発せず、ミドルウェアまでに集中し、各業務に強いアプリケーション・ベンダーとパートナーシップを組んで、ユーザーにソリューションを提供することを発表した。

コアと位置づけた事業の買収と投資を進める一方で、コモディティ化と価格低下が進みIBMの強みを活かせないと判断した非コア事業の売却を行い、「選択と集中」を進めている。1991年にはタイプライター事業、1998年にはネットワーク事業を売却した。

[編集] 最近の歴史

年度 成立した特許数
2008年 4186
2007年 3125
2006年 3621
2005年 2941
2004年 3248
2003年 3415
2002年 3288
2001年 3411
2000年 2886
1999年 2756
1998年 2658
1997年 1724
1996年 1867
1995年 1383
1994年 1298
1993年 1087
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IBMはハードウェア技術を基盤としながらも、コンサルティングを含むサービス、ソフトウェアなどからなるビジネスソリューションに更に重心を移しており、ユーザー企業の業務分析、提案から構築、保守までのワンストップ型のサービスの提供を目指している。

2002年7月、IBMはプライスウォーターハウスクーパース(PricewaterhouseCoopers、PwC)のコンサルティング部門を39億ドルで買収し、従来からのコンサルティング部門と統合し、IBM ビジネスコンサルティング サービスとなった。(なお日本市場のみ、別法人のIBMビジネスコンサルティングサービスに統合された。)

またコンサルティング以外のサービス事業(IBMグローバルサービス、IGS)では、システム構築(SI)に続き、ユーザー企業の情報システムの戦略的アウトソーシング(SO)、更には財務・人事・顧客サービス・購買など業務自体のリエンジニアリングと受託を含めたアウトソーシング(ビジネス・トランスフォーメーション・アウトソーシング、BTO)などを提唱している。

「選択と集中」によるコア事業への集中と、非コア事業の売却も続いている。ソフトウェア事業では、2006年にはコンテンツ管理ソフトウェアを持つFileNet、2007年にはBIツールを持つCognosなどを買収し、製品に統合した。また非コア事業として、2004年にはパーソナルコンピュータ事業、2006年には企業向けプリンター事業を、それぞれ事業部門ごと(製品、施設、従業員など)会社分割し売却した。2009年にも、IBMのアプリケーション・ソフトウェアのビジネスとしてほとんど唯一存続していたPLM事業(CATIA, ENOVIA)の売却を発表している。[7]

IBMは着実に特許件数を増やしており、他社とのクロスライセンス契約時にも重要となる。1993年から2008年までの16年間、IBMは米国での特許件数で常に第一位であった。この16年間でIBMが取得した特許は42,000件を上回る。知的財産権の保護はビジネスとしても重要性を増している。この期間にIBMは特許使用料などで100億ドル以上を得ている。2003年、フォーブス誌の記事でIBMリサーチの Paul Horn は、IBMが知的財産権のライセンス供与によって毎年10億ドルの利益を得ていると述べている。

2009年現在、IBMはコーポレート・ブランド・ビジョンとしてSmarter Planetを、またクラウドコンピューティングを提唱している。

[編集] 略歴

売却価格は6億ドルで、2005年3月に対米外国投資委員会が承認したことで2005年5月に取引が成立した。IBMはLenovoに19%出資し、Lenovoはニューヨーク州に本部を移転して経営陣にIBMの役員も迎えた。Lenovoは5年間、IBMの商標を使用する権利を有する。結果としてIBMの最も成功した製品のひとつであるThinkPadシリーズを引き継ぐこととなった。その後Lenovoの業績が買収前と比べて良くなって来た為に2008年北京オリンピックを前にIBMの商標使用を廃止した。
  • 2005年2月7日 - 東京証券取引所の外国株市場廃止に伴い、同取引所第一部に指定。同年5月6日、上場維持費用などを考慮して自主的に上場廃止。廃止となっても株式保有者は米国本社の株主であり、株主としての扱いは何ら変わらないが売買時に米国株を取り扱っていない証券会社では売買できないようになった
  • 2006年1月25日 - 周辺機器部門のひとつである法人向けプリンター事業を日本の株式会社リコーに売却することを発表。3年を掛けてプリンター事業から撤退する予定。
  • 2009年4月 - SaaSタイプのクラウドコンピューティングであるLotusLiveをサービス開始。
  • 2009年10月26日 - ソフトウェア事業部のPLM事業部門 (Product Lifecycle Management Solutions) をフランスダッソー・システムズ(Dassault Systèmes S.A.)に売却すると発表。

[編集] 主な企業買収

詳細は「IBMによる合併買収一覧」を参照

  • 1933年 エレクトロマチック (電動タイプライターメーカー、IBMエレクトリックの基本特許はエレクトロマチックによるものだった、1991年にレックスマークとして分社化)
  • 1985年 ロルムPBXメーカー、IBMによる初の大型買収でデータ通信と音声通信の統合を目指したが、1993年にシーメンスに売却)
  • 1995年 Lotus (グループウェア、IBMによる初のソフトウェア事業の大型買収、現在のIBMソフトウェア部門のLotusブランド)
  • 1996年 Tivoli (運用管理ソフトウェア、現在のIBMソフトウェア部門のTivoliブランド)
  • 1999年 Sequent (並列処理のNUMAテクノロジー、現在のSystem xなどに統合)
  • 2001年 Informixデータベース、現在のIBMソフトウェア部門のInformation Managementブランドの一部)
  • 2002年 PwCコンサルティング(コンサルティング、現在のIBMビジネスコンサルティングサービス
  • 2003年 Rationalソフトウェア開発ツール、現在のIBMソフトウェア部門のRationalブランド)
  • 2004年 キャンドル(主にメインフレームの運用管理ソフトウェア、現在のIBMソフトウェア部門のTivoliブランドの一部)[8]
  • 2005年 Ascentual (データ統合ソフトウェア、現在のIBMソフトウェア部門のInfoSphereブランドの一部)[9]
  • 2006年 インターネット セキュリティ システムズ (セキュリティソリューション、現在のIBMサービス部門などに統合)[10]
  • 2006年10月 FileNet (ビジネスプロセス管理・コンテンツ管理、現在のIBMソフトウェア部門のInformation Managementブランドの一部)[11]
  • 2007年11月 CognosBIツール、現在のIBMソフトウェア部門のInformation Managementブランドの一部)[12]
  • 2008年4月 Telelogic (ELM分野のソフトウェア開発、現在のソフトウェア部門などに統合)[13]
  • 2008年7月 ILOG (BPMマネジメント、現在のIBMソフトウェア部門などに統合)[14]
  • 2009年7月 SPSS(同名の統計解析ツール、BIツール)[15]

なお2009年3月18日にはIBMがサン・マイクロシステムズの買収を交渉中と報道されたが、最終的にはオラクルが買収することとなった[16][17]

[編集] 日本におけるIBM

IBM Corporationの日本における活動は、主に日本アイ・ビー・エム株式会社IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社、およびそれらの子会社・関連会社を通じて行われている。ちなみに日本以外の多くの国においては、原則としてIT・営業部門とビジネスコンサルティング部門は単一の法人として活動を行っている。

[編集] 日本アイ・ビー・エム株式会社

日本アイ・ビー・エム」を参照

[編集] IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社

IBMビジネスコンサルティングサービス」を参照

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ckb:ئای بی ئێم (کۆمپانیا)

最終更新 2009年11月24日 (火) 01:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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