YOSHIKI
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| YOSHIKI | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | 林 佳樹(はやし よしき) |
| 別名 | 五十嵐美由姫、立花香流、 橘朋実、白鳥瞳、白鳥龍、 白鳥麗 |
| 出生 | 1965年11月20日(44歳) |
| 学歴 | 千葉県立安房高等学校卒業 |
| 出身地 | |
| ジャンル | ハードロック ヘヴィメタル クラシック音楽 トリップホップ |
| 職業 | ミュージシャン、 プロデューサー、 作詞家、作曲家、実業家 |
| 担当楽器 | ピアノ、ドラムス、ギター |
| 活動期間 | 1982年 - 現在 |
| レーベル | Columbia Japan (2002) |
| 事務所 | Japan Music Agency Extasy Records International Axev (2004) |
| 共同作業者 | X JAPAN、Violet UK V2、globe extreme、S.K.I.N. |
| 影響 | キッス アイアン・メイデン LOUDNESS J.S.バッハ ベートーベン |
| 公式サイト | www.yoshiki.net |
YOSHIKI(ヨシキ、本名:林 佳樹 [はやし よしき] 1965年11月20日 - )は、日本のミュージシャン。音楽プロデューサー、ドラマー、ピアニストで作曲家。ロックバンドX JAPANのリーダー、プロデューサーとして知られており、ドラムとピアノを担当。また、自身のプロジェクトViolet UKを手がけている。そのほか、V2、globe extreme、S.K.I.N.などのスーパーグループとしても活動がある。極度の不眠症であり、ライフワークとしてコロンビア大学の医学博士・加藤友朗と共同で音楽療法の研究も進めている[1]。
音楽活動と平行して2008年からエナジードリンク「ロックスター」のエグゼクティブプロデューサー[2]、黒澤明生誕100年祭「AK100 Project」の音楽アドバイザー[3]、2009年からSuper GT童夢チームのチームプロデューサー[4]、アメリカの動画共有サービス「Ustream」のエグゼクティブアドバイザーを務めている[5]。また、グラミー賞のボーティングメンバーの一人でもある[6]。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 生い立ち
千葉県館山市の裕福な呉服屋の家庭に二人兄弟の長男として生まれる[8]。誕生日を迎えるごとに新たな楽器を与えられるなど、音楽に恵まれた環境で子供時代を過ごした。4歳から自宅そばのピアノ教室でピアノのレッスンを受け、小学校2年で最初に買ったシューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」とベートーベンの交響曲第5番ハ短調「運命」が収録されたレコードでクラシック音楽に目覚める[9]。とりわけベートーベンに対しては、若くして難聴となりながらも数々の名曲を残した苦難の人生を伝記を通じて知り、強い興味を抱いた。小学校4年から中学校2年までブラスバンドでトランペットを吹く。ピアノでの曲作りも小学校4~5年からはじめる[9]。10歳で自殺により父親を亡くし、父親の死後は母親の手で育てられる[10]。小学校5年まではほとんどクラシック音楽しか聴いていなかったが、キッスの「キッス・アライヴ! ~地獄の狂獣」と、母親に頼み連れていってもらったキッスの武道館公演でロックに目覚め、ドラムを始める[7][11]。
中学校で初めてのバンドDYNAMITE(後のNOISE)を、幼少からの友人であったTOSHIとともに結成。キッスやレッド・ツェッペリン、ディープ・パープルなどのコピーをはじめる。高校2年から音大を目指し、本格的にピアノに打ち込む。また音大受験用のプログラムを通してソルフェージュや和声、楽典などの音楽理論を学ぶ[9]。
高校2年の夏、NOISEを解散し、TOSHIと同級生とでX(現在のX JAPAN)を結成。Xの最初のオリジナル曲「I'll Kill You」を作曲。Xがバンド・コンテストなどで優勝を重ねる中で、次第にバンドとしての自信を深め、音大の推薦入学も決まっていたピアニストへの道を断つ[7]。高校を卒業すると、青山レコーディングスクール(当時)への入学とバンド活動の本格化のためTOSHIと共に上京。一部のメンバーは卒業と同時にバンドを辞め大学に進学した。1986年にはXのレコードをリリースするためにインディーズのレコード会社Extasy Recordsを設立。1989年にXの「BLUE BLOOD」でCBS Sonyからメジャーデビューを果たした。
X JAPANのメンバーとしての活動については「X JAPAN」を参照
[編集] ソロ活動
バンド活動と平行して、小室哲哉とのユニットV2を1991年に結成。1992年からロサンゼルスに自身のレコーディングスタジオを構え、制作の拠点をアメリカに移す。MIDIやシンクラヴィアなどに触れ、コンピューターベースの制作環境に関心を持ち、バンドの枠を超えたプロジェクト、Violet UKを構想する。この時期にキース・ジャレットの「ザ・ケルン・コンサート」をきっかけにジャズ・ピアノに目覚め、ジャズの理論やインプロビゼーションを学び始める。また、同時期からオーケストレーションについても学び始める[9]。
東芝EMIと1992年に初のソロ契約をし、翌年にビートルズのプロデューサーとして知られるジョージ・マーティンとのクラシックアルバム「Eternal Melody」をリリース。その後もクイーンのロジャー・テイラーとのコラボレーション作品「Foreign Sand」のリリースや、キッスのトリビュートアルバム「Kiss My Ass」の参加など、世界的に著名なミュージシャンとのコラボレーションがあった。またプロデュース活動も開始し、LUNA SEAやGLAY、ZI:KILLをプラチナム・レコードやExtasy Recordsからデビューさせた。
TOSHIとの別れ、X JAPANの解散、HIDEの死と、度重なる挫折や不幸で精神的に落ち込んでいた1997年からの2年間は、北野井子やDir en grey[12]のプロデュースを手がけるものの、絶望から表舞台には一切上がらずにいた。
1999年、天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典の奉祝曲の制作依頼を受け、作曲したピアノ協奏曲ハ短調「Anniversary」を式典で御前演奏[13]。この時に受けた歓声が再起の契機となった[14]。再起後はViolet UKでの制作活動に集中した。プロデュース活動も継続し、TRAX[15][16]のデビューや、2000年に設立したExtasy JapanとExtasy Records Internationalレーベル所属のアーティストのデビューに携わった。2002年にはglobeに加入し、「seize the light」をリリース。後にYOSHIKIを加えた活動時には、ユニット名がglobe extremeになることを発表した。
X JAPAN解散後は、管弦楽曲での活動が増し、東京国際フォーラムで「Yoshiki Symphonic Concert 2002 with Tokyo City Philharmonic Orchestra featuring Violet UK」を2002年に開催。後にDVDとして発売されたこのコンサートは、弦楽器に比重が置かれた16型編成のクラシックスタイルコンサートで、藤原いくろうとコンスタンチン・クリメッツが指揮した[17]。また2005年日本国際博覧会(愛知万博)の公式イメージソング「I'll Be Your Love」を制作し、開会式においてEXPOスーパーワールドオーケストラが演奏するクラシックアレンジバージョンを指揮した[18]。2作目となるクラシックアルバム「Eternal Melody II」もリリースされた。
その他にも、2003年にNHKのテレビ放送50周年記念番組「あなたとともに50年 今日はテレビの誕生日」のエンディングテーマ「君だけだから」、2004年に宝塚歌劇花組公演「TAKARAZUKA舞夢!」で使われた「世界の終りの夜に」を作曲。2006年には、劇場長編アニメーション映画「ベルサイユのばら」の音楽を担当することを発表した。
2006年の8月5日、ボルチモアで開催されたアニメコンベンション「Otakon 2006」に特別ゲストとして招かれ[19]、翌2007年には5月25日と26日にロサンゼルスのウィルターン・シアターで「J-Rock Revolution Festival」を主宰[20]。アメリカにおけるジャパニーズロックの人気に注目したアメリカの大手イベントプロモーター会社ライブ・ネイションの企画から実現したこのイベントには、アリス九號.やヴィドール、DuelJewel、Kagrra,、Miyavi、D'espairsRay、メリー、ギルガメッシュ、ムックらが出演した。YOSHIKIは、このイベントのオーガナイザーを務め、GACKT、SUGIZO、雅-miyavi-とのロックバンドS.K.I.N.の結成と、6月にロングビーチで開催された「Anime Expo 2007」でのS.K.I.Nのファーストライブ決定を発表した[21]。また、2007年公開のアメリカ映画「カタコンベ」の主題歌制作や[22]、2008年公開のアメリカ映画「Repo!」の音楽総監督や製作総指揮、主題歌制作を務めるなど[23]、アメリカにおける活動が増えた。
2008年には、日本テレビ開局55年記念ドラマ「東京大空襲」の主題歌として、秋川雅史が歌う「愛する人よ」を制作[24]。2009年に、日本テレビ系「ズームイン!!SUPER」のお天気コーナーに「Blue Sky Heaven」を提供した[25]。
[編集] 使用機材
[編集] ピアノ
1990年までのステージでは、スペースと予算の都合でアコースティック・ピアノが使えなかったため、Rolandのエレクトリックピアノ、Roland RD-1000を使用していた。ピアノ以外にもチェンバロなど、音色を変えて演奏する事も多かった。
1991年以降のステージでは、外装部分が透明アクリル樹脂で出来ているKawaiのクリスタル・ピアノ、Kawai CR-40Aを主に使用。東京の自宅では特注MIDI仕様のCR-40Aを置いている。幼少から自宅のKawaiピアノで練習をしていたことからKawaiのタッチに慣れており、レコード会社とロサンゼルスの自宅にもそれぞれKawaiピアノを置いている[9]。1997年のテレビ出演時にはKawaiのシンセサイザー、Kawai K5000Wを使用した。
レコーディングスタジオではKawai RX、Yamahaのフルコンサート・ピアノとMIDIピアノ、Steinway & Sonsのフルコンサート・ピアノが置かれている[9]。Steinway & Sonsのフルコンサート・ピアノはカーネギーホールで使われていたものを買い取ったもので、著名なアーティストのオートグラフが数多く入っている[26]。他にも様々な種類のピアノを約30台所有している[26]。
[編集] ドラムセット
基本的にTAMAの2バス (16"x24", 16"x24")、スネア (6.5"x14")、2フロア (16"x16", 16"x18")、4タムタム (10"x10", 12"x12", 13"x13", 14"x14")の構成である[27]。
「音質」を重視するレコーディング用と、「パフォーマンス性」を重視するステージ用とを使い分けており、X JAPANのアルバム「Jealousy」のレコーディングからはTAMAのチタンシェルのセットを使用している。
ステージではこれまでにTAMA アートスター・カスタムのレッドとクローム、TAMA カスタム・アクリル・キット(通称クリスタル・ドラム)を使用。初期にはレッドが、以降はクロームが破壊パフォーマンスに使用されている。ステージでメインとなるクリスタル・ドラムは、かつてレッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムが使用していた事で知られるラディック製が有名だったが、当時は生産されていなかったため、ライブで「ライトによって何色にでも光る」という理由でTAMAとエンドースメント契約し、特注した。その後に一般にも台数限定で販売されたが、シェルがアクリル樹脂素材のため、「あのモデルを買った人は大変だと思いますよ。強く叩かないと鳴らないから」と語っている[28]。ドラムヘッドはエヴァンス。フットペダルはYamahaのベルト・タイプ、FP-910を使用[28]。TAMAとエンドースメント契約する以前のインディーズ時代のステージではPearlのドラムセットにロートタムをセットしていた。
2008年のXJAPAN復活ライブ以降は、バスドラムの前面ヘッドのデザインが一新されたクリスタルモデルが使用されている。ドラムソロ用のセットでは、さらに4つのオクタバンと2台のシンセサイザー(Access Virus TI Poler、Access Virus TI Keyboard)が新たにセットされた[28]。
シンバル系は初期はPearlのWildシリーズを使用していたが、後にジルジャンに統一された。ハイハット・スタンドはTAMAのIron Cobra HH805[28]。
ドラムスティックはTAMAから市販もされているYOSHIKIのシグネチャーモデル、TAMA H-YKBを使用している。ヒッコリー材でチップはボールタイプ。全長:398 mm、径:14.25 mm。ショルダー部分が比較的太く、先端にウエイトが置かれている。本人は使用していないが、TAMAからは上位モデルとしてマティロ(滑り止めの塗装)仕様のTAMA H-YKM、YOSHIKIのネームロゴが入ったドラムスティックケース、TAMA TB-YKも販売されている。
[編集] レコーディングスタジオ
YOSHIKIがX JAPANのアルバム「ART OF LIFE」のレコーディングでレンタルしていた、ノースハリウッド・ランカーシム通りNoHoアート地区の老舗レコーディングスタジオOne On One Recordingは、当時メタリカやボン・ジョヴィ、マドンナなどの有名アーティストに人気で予約が取りにくかったため、YOSHIKIが1992年に購入し、その後2000年にExtasy Recording Studio Northに改称した[7]。約300坪の敷地にABCの3つのスタジオとラウンジ、機材室などがある。スタジオAのコントロール・ルームにはメインモニタリングスピーカー Genelec 1035Bと、アメリカ本土最大となる104インプットのミキシング・コンソール (SSL J Series) が備えられ[26][29]、ドラムレコーディングにも定評があるスタジオAのトラッキング・ルームは70人規模のオーケストラが入れる広大なスペースになっている[30]。スタジオBには72インプットのミキシングコンソール (SSL J Series) が置かれ、スタジオBのブースは主にボーカル録りに使用している[30]。スタジオCにはDigidesign Pro Controlが置かれ、エディット作業に使用している[30]。「ART OF LIFE」完成時の打ち上げではメンバーがスタジオを破壊。一部タブロイド紙の地方版にも掲載されるなどアメリカ音楽業界で話題になった。2003年からは一般へのレンタルを一切やめ、完全なプライベートスタジオとして使用している[31]。Extasy Records InternationalとExtasy Music Publishingも同じ建物内にある。
1998年には、マドンナのマネージャーを務めていたフレディー・デ・マンとレコーディング・ディレクターのビル・ドゥーリーが1993年にビバリー通りに構えたBrooklyn Recording Studioを買い取り、Extasy Recording Studio Southに改称して使用していたが[32]、YOSHIKIがアメリカのバンドのプロデュース活動から手を引いた2003年に手放している[31]。このスタジオには80インプット、32モニターチャンネルへの拡張と、104本のフェーダーのGMLオートメーション化がなされたNeve Electronicsのビンテージミキシングコンソール、Neve 8078が備えられていた[29]。1999年にはトレイシー・チャップマンやフィオナ・アップル、マリリン・マンソンといったアーティストがレコーディングで使用している[29]。なお、Brooklyn Recordingでチーフ・エンジニア兼ジェネラルマネージャーを務めていたビル・ドゥーリーが、Extasy Recording Studio Northのディレクターを現在務めている[29]。
DAWソフトはMark of the UnicornのDigital Performerを使用[9]。globeの「seize the light」では、MIDIのプログラミングを含め、Digidesign Pro Toolsを使用して小室哲哉とエディットのやりとりをした[9]。Korg T1、Doepfer LMK4+をMIDIマスターキーボードとして使用している。
TOSHIがX JAPANの再結成に向けてスタジオへ出向いた後、Extasy Recording Studioの設備の充実度はおそらく世界一であると自身のホームページで明かした。両スタジオに備えられたレコーディング機材と、シンセサイザー、ピアノなどの楽器の総額は10億円を越える[26]。YOSHIKIと交流のあるミュージシャンもレコーディングに使用することがあるこのスタジオは[33]、あくまでYOSHIKI個人の所有物であるため、たとえX JAPANのレコーディングでメンバーが使用する場合でも、メンバーの所属する事務所がレンタル料を支払う。
[編集] 設立レーベル
1986年にXのレコードを出すためにExtasy Recordsを設立。後にLUNA SEAやGLAY、ZI:KILLを輩出する一大インディーズレーベルとなる。1994年に ポリグラムグループとプロデューサー契約を結びPlatinum Recordsを設立。GLAYなどがこのレーベルからメジャーデビューした。 2000年にメディアファクトリーの出資を受け、Extasy Japan、Extasy Records Internationalを設立。Extasy Japanはイーストウエストジャパン(当時)と流通契約。Extasy Records Internationalは2000年にワーナーグループの日米協業としては初となるワーナー・ミュージック・グループとの流通契約で、レーベルとして始動した。もともとはロサンゼルスにあるエクスタシーレコーディングスタジオの運営会社で、YOSHIKIのマネージメント業務も兼ねている。X JAPANが再結成した2008年にExtasy A Musicを、X JAPANのシングル「I.V.」の全世界同時発売時に設立した。
[編集] 持病
X時代の激しいドラムプレイは、何度もライブの中止・延期を引き起こした。初期の頃は頭を激しく振りつつ、若さを利用した力任せなプレイで叩いたため、頚椎椎間板ヘルニアや神経循環無力症などを相次いで発症。このため、回復後は首にコルセットを巻いてドラムを叩いていた。今度倒れたら車椅子生活になると医師から宣告されたYOSHIKIは、再発防止のために、首をはじめ全身に筋肉をつけるよう勧められる。ドラムというパートの特性上、元々筋肉質の体ではあったが、自宅にジムを作ってトレーニングに励んだ結果、見た目が変わるほどにまでに筋肉が強化されている(得意なスポーツに長距離走と遠泳を挙げるなど心肺機能も非常に強くなった)。しかし2009年にヘルニアをさらに悪化させ、椎間孔切除の手術を受けた[34]。第5番-6番頚椎の間を広げるこの手術は成功したものの、ほかの頚椎間や腰にも損傷が判明したため、3年以内に再手術が必要であると医師から宣告された[35]。
そのほか、過去に長い期間、手首に負担がかかる角度でスタジオのマスター・キーボードを弾いて以来、慢性的な腱鞘炎を患っている。
[編集] ディスコグラフィ
アルバム
- Yoshiki Selection (1991/12/12) (SRCR-8670)
- Eternal Melody (1993/4/21) (TOCT-6994˜5)
- Yoshiki Selection II (1996/11/4) (POCH-7004)
- Eternal Melody II (2005/3/23) (COCP-33130˜1)
シングル
- 背徳の瞳 ~Eyes of Venus~ (V2) (1992/1/18) (ESDB-3266)
- Amethyst (1993/11/3) (TODT-3130)
- 今を抱きしめて (NOA) (1993/11/3) (FHDF-1329)
- Foreign Sand (with Roger Taylor) (1994/6/1) (TODT-3253)
- RAIN (GLAY) (1994/6/1) (PODH-7002)
- moment (西城秀樹) (1997/8/6) (BVDR-1177)
- Begin (北野井子) (1997/8/6) (AVDD-20251)
- 薔薇と緑 (北野井子) (1997/8/6) (AVDD-20263)
- アクロの丘 (Dir en grey) (1999/1/20) (AMDM-6268)
- 残-ZAN- (Dir en grey) (1999/1/20) (AMDM-6269)
- ゆらめき (Dir en grey) (1999/1/20) (AMDM-6290)
- Cage (Dir en grey) (1999/5/26) (AMDM-6291)
- 予感 (Dir en grey) (1999/7/14) (AMDM-6300)
- 深紅の花 (工藤静香) (2000/7/14) (EJCJ-80001)
- Pearl (Shiro) (2000/7/5) (EXJ-1)
- LR-7 (Beast) (2000/7/26) (AMCM-4491)
- Chemical (Beast) (2000/9/27) (AMCM-4494)
- Happy Driving (Revenus) (2000/8/23) (EXJ-2)
- Vision (Beast) (2001/4/11) (AMCM-4529)
- 千の瞳 (Revenus) (2001/2/7) (EJCJ-80003)
- Flower (Revenus) (2001/5/9) (EJCJ-80004)
- Believer (Laura Dawn) (2001/10/9) (48102-2)
- Before The Beginning (Aja Daashuur) (2002/2/26) (48103-2)
- I'll Be Your Love (DAHLIA) (2003/10/29) (COCA-50768)
- Scorpio (TRAX) (2004/12/15) (AVCD-30639)
- Rhapsody (TRAX) (2005/4/20) (AVCD-30719)
- Blue Sky Heaven (2009/6/17) (デジタル・ダウンロード)
コンピレーションアルバム
- Kiss My Ass: Classic Kiss Regrooved (1994/6/13) (PHCR-1245)
- Hide Tribute Spirits (1999/5/1) (PCCM-2)
サウンドトラック
- Repo! The Generic Opera (2008/9/30)
- Catacombs (2007/10/3) (EXRI-1001)
X Japan
「X JAPAN#ディスコグラフィ」を参照
Violet UK
「Violet UK#ディスコグラフィ」を参照
Globe
「Globe#ディスコグラフィ」を参照
その他
- The Inner Gates (BAKI)(1989/12/16) - 「In My Heart Cave」にピアノとアレンジメントで参加。
- Habit of Sex (EX-ANS) (1990/5/21) - 「Different Malice」にピアノで参加。
- Shake Hand (L.O.X.) (1990/5/25) - 白鳥麗の名義で全収録曲にドラムスで参加。
ビデオグラフィ
- V2 Special Live Virginity 1991.12.5 (1992/3/25) (LD: ESLU-355, VHS: ESVU-355, Betamax: ESUU-3355)
- Anniversary (2000/3/1)
- Yoshiki Symphonic Concert 2002 with Tokyo City Philharmonic Orchestra featuring Violet UK (2005/3/30) (COBA-4385)
[編集] エンドースメント
- Starlight Yoshiki (1992) - リカちゃん人形シリーズ初の実在する人物がモデル。
- Fernandes Burny BG-125X (1992) - フェルナンデスによるYOSHIKIモデルのエレクトリック・ギター。
- Larme (1993) - YOSHIKIのプライベートブランド。香水とボディウェアを発売。
- YOSHIKI Arts (2001) - 直筆サイン入りシルクスクリーン3作品。
- YOSHIKI カレー<キレ辛> (2004) - 食べたカレーが辛かったことに腹を立てたYOSHIKIが、リハーサルをボイコットした事件が元ネタのレトルトカレー。
- YOSHIKI インテリアランプ (2004) - ランプシェードにYOSHIKIの写真がプリントされた室内用ランプ。
- Yoshiki Jewelry (2008) - ジュエリーメーカー株式会社 桑山とコラボレーションしたジュエリーブランド。
- Underground Kingdom Visaカード (2008) - カード会員限定の特典があるYOSHIKIのオリジナルクレジットカード。
- Yoshikitty (2009) - ハローキティとのコラボレーション。ビジュアル系メイクアップを施したキティ。
- Y by Yoshiki Chardonnay California 2008 (2009) - カリフォルニア産シャルドネワイン。
- Y by Yoshiki Cabernet Sauvignon California 2008 (2009) - カリフォルニア産カベルネ・ソーヴィニヨンワイン。
[編集] 書籍
- 市川哲史 (1992) 『Art Of Life』 ロッキング・オン ISBN 978-4947599193
- 羽積秀明 (1992) 『Nude』 フールズ・メイト ISBN 978-4938716011
- 小林信也 (1993) 『蒼い血の微笑』 ソニー・マガジンズ ISBN 4-7897-0793-8
- NHK「わたしはあきらめない」制作班 (2003) 『YOSHIKI―わたしはあきらめない』 KTC中央出版 ISBN 4-87758-286-X
- 小松成美 (2009) 『YOSHIKI / 佳樹』 角川書店 ISBN 978-4-04-883687-6
[編集] 脚注
- ^ Yoshiki (X Japan) Brandnew Interview 『Hanako』 (941号) マガジンハウス
- ^ ROCK STAR - YOSHIKI Event report rockstarenergy.jp 2008-09-15
- ^ AK100 World Tour | ツアー概要 ak100wt.com
- ^ 2009年 童夢GT参戦体制発表 Dome.co.jp 2009-02-11
- ^ X JAPANのYOSHIKI、Ustreamのエグゼクティブアドバイザーに就任 CNET Japan 2009-08-24
- ^ YOSHIKI、Ustream.tvのエグゼクティブ・アドバイザーに Barks.jp 2009-08-25
- ^ い ろ は に 小松成美 (2009) 『YOSHIKI / 佳樹』 角川書店
- ^ 一部スポーツ紙にて報道されたYOSHIKIに関する正式アナウンス Barks 2008-09-29
- ^ い ろ は に ほ へ と ち YOSHIKI ピアノ、クラシック音楽、これからの活動について大いに語る! 『キーボード・マガジン』 (2003年1月号) リットー・ミュージック
- ^ 日本テレビ「NEWS ZERO」 2009-03-19 O.A.
- ^ 【この3枚】X JAPAN YOSHIKI 産経ニュース 2008-11-16
- ^ 「GAUZE」, 1999.7.28
- ^ 天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典 天皇陛下御即位二十年奉祝委員会 2009-10-14
- ^ NHK「わたしは あきらめない」 2002-04-03 O.A.
- ^ "Scorpio" release information cdjapan.co.jp
- ^ "Rhapsody" release information cdjapan.co.jp
- ^ Yoshiki Symphonic Concert 2002 with Tokyo City Philharmonic Orchestra Featuring Violet UK IMDb.com
- ^ 「愛・地球博」イメージソングを元X JAPANのYOSHIKI氏に依頼 expo2005.or.jp 2002-02-25
- ^ YOSHIKI, the honored guest at OTAKON 2006 JMusicAmerica.com 2006-09-24
- ^ J-Rock Revolution Festival Announcement JRockRevolution.com 2007-04-20
- ^ YOSHIKI、新バンド「SKIN」今夏始動を発表! Oricon.co.jp 2007-05-27
- ^ 【予告編】P!NKも熱演!パリの地下墓地を舞台にした恐怖映画『カタコンベ』公開! CD Journal 2007-09-28
- ^ あのYOSHIKIが、パリス・ヒルトン次回作のプロデューサーに! シネマトゥデイ 2007-09-21
- ^ YOSHIKI「東京大空襲」主題歌披露 日刊スポーツ 2008-03-13
- ^ 「ズームイン!!SUPER」30周年記念 ♪春のお天気テーマ♪のお知らせ ズームイン!!SUPER 2009-03-30
- ^ い ろ は に TBS「世界バリバリ★バリュー」 2007-01-24 O.A.
- ^ Artist profile of Yoshiki tamadrum.co.jp
- ^ い ろ は に アーティスト特集YOSHIKI[X JAPAN] 『リズム&ドラム・マガジン』 (2008年6月号) リットー・ミュージック
- ^ い ろ は に More changes for the burgeoning empire owned by multi-Platinum Japanese artist/producer Yoshiki Mix Magazine 2009-10-20
- ^ い ろ は Keyboard Magazine Interview YOSHIKI 『キーボード・マガジン』 (2005年6月号) リットー・ミュージック
- ^ い ろ Extasy Records' label profile Discogs.com 2009-10-21
- ^ Billboard Newspaper 1998年4月18日号
- ^ TBS「新春もズバリ言うわよ細木 vs 超豪華有名人! 炎の3時間! 衝撃鑑定大連発SP」 2006-01-02 O.A.
- ^ YOSHIKI、7月27日(月)頸椎椎間孔切除の手術 Barks 2009-07-27
- ^ YOSHIKI:首の回復は「100%無理」と告白 3年以内に再手術も 毎日新聞 2009-08-24
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月17日 (火) 04:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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